小話

「結婚しよう」と言ってみた。

その1：ふっちーとシュウの場合

「ねぇ、ふっちー」

神社の境内で、さっき買ったパピコを吸いながらシュウ。

「なんだ」

傍らでもう半分のパピコを吸っていた府中野は見向きもせずに答える。

「結婚しよう」

唐突なシュウの発言に、府中野の動きが止まる。
そして、こちらを見て怒った。

「何言ってんだ、お前っ！」

「え？
　オレは本気だけど？」

相変わらずシュウは、飄々とした表情のままだ。

「オレ、ふっちーの事好きだし、これからも一緒に居たいし」

ぺろり、と冷たくなった舌で耳の裏を舐める。
熱い吐息で、囁いた。

「ねぇ、だめ？」

馬鹿、お前！
此処を何処だと…

放った言葉はキスで消された。

「ね、神前式」

にっこりと微笑むシュウに、何も言えなくなって。
府中野は溶けかけたパピコを流し込んだ。

暑い夏の盛りの話。




その2：みっちーとぐれっちの場合。

慣れない浴衣と下駄と石畳の組み合わせに、先に根を上げたのは三井の方だった。

「ちょっと休憩！」

そう言って、境内へと続く長い階段に腰掛ける。
大きく足を組んで、足の裏を何度も揉んでいた。

同じ格好の木暮は辛さなど微塵も感じさせず、楚々とした佇まいでその隣に座る。

「ははは、だらしないぞ、三井」

笑って、ラムネを差し出しだした。
ありがと。
頷いて受け取り、ビー玉を瓶の中へを押しやる。
細かい気泡が立ち上がり、三井の手を濡らした。

「ラムネつったら、やっぱコレだよなー」

喉を上下させてその味を堪能すると、嬉しそうな顔で木暮がこちらを見ている。
急に照れくさくなって、そっぽを向いた。

「…な、なんだよ」

「え？
　ラムネ、欲しいなぁって」

…俺じゃなかったのか、見てたの。
心の中で落胆し、一口だけ残ったラムネを渡す。

階段の下には、露店の明かりと、祭りの提灯。
少し高台になった此処からは、町の明かりもよく見えた。

不意に、この景色をずっと見ていたいと思う。
来年も、再来年も、その先まで、ずっと――

「また、来ような」

三井の気持ちが伝わったのか、木暮が呟く。

「今度は洋服だなー。
　面倒ったらありゃしねぇ」

浴衣の袂を捲り上げながら三井。
からからと木暮が笑った。どうやら、賛成のようだ。

「なぁ、木暮」

「うん？」

「結婚、しよう」

それは、あまりに突然の告白で
木暮の顔が引きつったのが三井にも分かった。

「あ、ごめ、いや、なんでも…！」

大きく手を振って、今の言葉を無くそうとする。
自分でも、パニックに陥っていた。
俯いた木暮が、がっしりした三井の方に顔を埋める。

「…何言ってんのか分かってる？」

「だ、だから今のはナ…」

「…うれしい…」

囁くような木暮の声が、上がった花火の音にかき消された。


夏祭りの夜の話。



その3：ペコとスマイルの場合

「なんでガキん頃って此処がこんなに楽しかったんでショーネッ！」

5段上の階段から、大きく跳躍をしたペコに、ルービックキューブを回しながらスマイルが答える。

「捻挫しても、知らないよ」

「やっさしーね、スマイル」

駆け寄って覗き込むと、スマイルはキューブに興じていた。
くるくると一瞬で面が回り、気付けば一面が同じ色に揃っている。

「すげいね、それ」

上から圧し掛かったまま言うと、小さく返された。

「…重いよ」

へーい。
今度は大の字に転がってみる。

石畳が冷たく、空は真っ直ぐと青かった。

「オイラたち、仲良しだな」

欠伸をしながら言うと、スマイルが短く答える。

「そうだね」

「付き合ってるみてぃ？」

転がったまま、ポケットからフーセンガムを取り出すと4粒まとめて口に放り込む。

急に視界が暗くなった、と思ったらそれはスマイルが作った影のようだった。

「…そうだね、このまま結婚しようか」

頭上から言われて、ペコも頷く。

起こしてくれろ、両腕を差し出すとスマイルはたやすくペコを引き上げた。

「オイラたち、ベストカップルだかんな」

「その台詞、オババにも言ってるでしょ」

冷静な突っ込みに、ペコがてへっ★と舌を出した。

「帰るよ、ペコ」

狛犬のところに置いた荷物を持ち上げて、スマイルが階段を下る。
慌てて彼もそれに続いた。

夏休みが終わる、少し前の話。