在る作文の思い出。

小学生妄想。
少年の膝小僧は正義。
そうかそういう奴だったんだなスマイル（懐かしいよね少年の日の思い出）。

国語の授業で、作文を書くことになった。
今度の土曜日に授業参観があって今月は父の日がある月だったから、先生が黒板の真ん中に大きく文字を書く。

『ぼく　わたしのお父さん』

「今度の参観日に発表して貰うからね～みんな、ちゃんと書くんだよ！」

まだ赴任して間もない、若い女性の先生がまだがやがやとしている教室に向かって云う。

「え～せんせ～理想のお父さんはダメなの～？」

黒板に近い席で、二つ結びにした女の子。

「だーめ。ゆかちゃんのお父さんの、格好良いところを書けば良いじゃないの」

「また作文かよー」

後ろで言った坊主の少年にも、

「ほらほら、来てくれたお母さんとお父さんに良いとこ見せる！」

先生は意に介さない。
教卓の上で出席簿を纏めて、彼女は続けた。

「いーい？
　来週の月曜日までの宿題だからね。ちゃんと書くこと！」

『はぁーい』

クラスから気の無い返事が響く。
窓際の席で、スマイルは配られた作文用紙をじっと見つめていた。

「…お父さん、って。どんな感じ…？」




いつもと同じように掃除を押し付けられて、独りで教室のグッピーの餌やりをしていたら廊下をばたばたと駆ける音がする。
この足音はきっとペコで、また風呂敷でも結んで走り回ってるのかなとスマイルは思った。

「おーい、スマイルやーい」

案の定、教室の入り口でその足音はぴたりと止まり、自分を呼ぶ声がする。

「なぁに、ペコ」

振り向いてスマイルは答えると、丁寧に餌を用具入れに仕舞ってランドセルを背負う。
俯いたときに膝小僧の擦り傷が少しだけチリチリ痛んだ。

「なんだースマイル、またやられたんか」

屈んで、薄っすらとの滲んだ膝小僧を見てペコ。

「やられたらやりかえせよなっ」

そう勢い良く立ち上がって、スマイルと同じようにランドセルを背負う。
綺麗に使っているスマイルのものと対照的に、ペコのランドセルはキズも多くなっていて、金具もきちんと止めてないから歩くたびにかしゃかしゃと鳴った。

「いいよ、面倒だし」

事も無げにスマイルが言うと、ツバつけときゃ治るしな！ペコはそう笑った。





今日はタムラに寄らないで、真っ直ぐと高台の神社に行く。
タムラに寄らないときは此処で遊ぶのが日常だったし、今日は何故かクラスの奴らが一人もいなかった。あのアクマでさえ来てないのだから、相当、珍しい。

狛犬の隣、階段に腰掛けてぼんやりしながら、スマイルはペコに尋ねてみた。

「ねぇペコ。
　ペコは作文、どう書くの？」

それは今日の帰りの会で先生が言っていた、『お父さん』の作文についてだった。

「あー、作文？」

腕の上に蟻を這わせながら、ペコは話半分だ。

「お父さんの、作文」

「オイラ、作文ってニガテなんよね」

蟻ふっと吹き飛ばしてペコが言う。

「…お父さんって、どんな感じなのかな」

膝を抱えてスマイルが呟くと、今度はちょうちょを追いかけ始めたペコが振り向く。

「とーちゃん？」

ペコは駆け戻ってくると、スマイルの隣に腰を下ろした。

「うん。お父さんってさ、どんな人なの？」

「オイラの父ちゃんは母ちゃんより怒るとすんげぇ怖いんよ。
　ゲンコツだって超いてぇし！」

「それで、それで？」

「うーん、あとはお風呂に入ると楽しいくらいかなぁ。
　あっ、でも父ちゃん紙飛行機作るのがすげぇ上手いんだわ」

虚空に、ペコは紙飛行機を飛ばす動作をする。
俯いたスマイルに、ペコは首を傾げた。

「どした、スマイル？
　スマイルの父ちゃんだってそうだろ？」

「僕ん家ね、母さんしか居ないんだ。
　だから、お父さんってどんな感じなのかなって」

また、ぎゅっと膝を抱えたスマイルに、ペコは大きく頷く。

「したらさ、オイラ、お前の父ちゃんになってやんよ」

「…ペコが？」

驚いてペコを見ると、彼は満面の笑みで続ける。

「お前が悪い事したら叱ってやんよ。
　んで、良い事したら褒めちゃる。
　それが父ちゃんだろ？」

我ながら名案だと何度も頷くペコに、スマイルは嬉しくなる。

「…ペコが、お父さん…」

少しだけはにかんだスマイルに、ペコも嬉しくなって立ち上り、手を伸ばす。

「やっぱタムラ行こうぜスマイル。
　卓球教えてやんよ」

「うん」

スマイルも頷くと、差し出された手を掴んで、長い神社の階段を駆け下りた。


――僕の、お父さん。
同じ学年のクラスメイトだけど、その背中が急に大きく見えた。




後日、スマイルが発表したのは休みの日に父と卓球をした内容で、参観に来た彼の母だけが不思議そうな顔をしていた。
ペコとスマイルの秘密は、誰も知らない――



＊おしまい＊