春麗 – haru urara –

松任谷由美氏の春よ、来いが好きです。
歌詞も、メロディも。泣ける。
そう思って書いたのに…思ってたんと、違う（笑い飯）。

でも、幸せなのは良いことです。

ペコがドイツに渡って5年。
久しぶりに日本に来ると云うのが、丁度桜の花が綺麗に咲く季節で『日本人らしい事をしよう』と、スマイルはペコに花見に行こうメールを打った。
小学校の教師になろうと決意したものの、大学院へ進んだスマイルだったから、送信完了の画面を確認するとまたPCに向き合う。今週中に仕上げる予定の短い論文だったが、気が変わってインターネットに接続した。

【花見　名所】

そんな文字を打ち出して検索する。
車の免許も持ってたから、少し遠出したって構わないな。スマイルは一人頷くと、マウスをくるくと動かしてお花見の場所の選定を始めた。








「綺麗だなぁ、月本」

江戸川の河川敷、見事に連なるさくら色の風景に星野が感嘆の声を上げる。
彼の手にはみたらし団子が握られていて、最後の一つを齧ると、その串をそこらに投げ遣った。

「お行儀が悪いよ、星野」

月本は言うと星野の投げた串を拾い上げる。懐紙で丁寧に包むと袂へと其れを隠した。

此処は江戸川の中流で、今日の二人は花見でもしようかとぶらぶら歩いて来たのだった。
川面に映る桜が、時折吹く風にゆらゆらと揺れて美しい。ひらひら舞う花びらも儚げで、見ているだけで気持ちが洗われるようだった。

「どれ、この情景で一句詠んでみようか」

星野は懐からノートを取り出すと、柔らかく草の生えた地面に座り込む。最近の星野の趣味は短歌で、よくこうして風景を詠みあげようと考え込むのだった。暫く、ぶつぶつと何かを呟いていたようだったが、急に何かを思い立ったのかさらさらと鉛筆を走らせる。どれ、と月本が覗き込むとさっと身体を覆って隠された。

「…減るものじゃないし、構わないではないか」

「気の持ちようなのだよ、月本君」

ふふん、と星野は鼻で笑うとノートを仕舞う。
発表しないのかと尋ねると、そのうち文芸雑誌に投稿する積もりだと答えた。

「なぁ、月本」

緩やかに弧を描きながら流れる川と、それと同じように弧を描く桜色の河川敷。
空は春らしく柔らかな青で、ぽかぽかと暖かい。
そんな、平和を絵に描いたような景色を真っ直ぐに見据えて、星野が呟く。彼の視線の先に、何が見えるのか月本には分からなかった。

「…また、来年も花見が出来ると良いな」

――出来るさ。
云おうと口を開いた時に、急に強い風が吹いた。ざわざわと、枝の鳴る音が響く。細くなった視界から、花びらが巻き上げられたのが分かる。その中に黒い何かが空に消えたのが見えた。
刹那、小さく響く星野の怒声。

「持ってかれた！」

大きく舞い上がった星野の学生帽は、ゆっくりと江戸川の真ん中へと落ちる。
くるくると回りながら流れていたが、そのうち沈んで、見えなくなった。

「あぁ、くそっ！」

星野が憎たらしそうに江戸川を睨む。

「もう二度と花見なんてするかっ！」

前言撤回。忌々しそうに踵を返す星野に月本は笑いながら、ご機嫌直しにパフェーでも食べようかと誘った。それでもまだ腹の虫が収まらない様子だったので、露店であんこ餅を買って渡す。来年は江戸川じゃない場所で花見をしようかと相談しながら。








♪♪

メールの着信音ではっと顔を上げる。
スマイルの意識が現実に戻る。どうやら、彼は眠っていたようだ。
はっとして時計を見るが、さっきから5分も経っていない。安堵して、スマイルは携帯電話の画面を開けた。

【日本の心だね】

どうやら、花見に対しての答えはYESのようだった。
スマイルは少しだけ寝ぼけた頭を覚まそうと首を振る。なんだか、夢を見たようだったが思い出せない。10分も寝ていないのだから夢なんて見ていない気もするが、夢を見た事だけは覚えていた。良い夢だったようで幸せな気分だけが残る。
スマイルはもう一度パソコンに向かうともう一度、検索画面に戻った。

【江戸川　花見】

如何して、江戸川と打ったのかは分からないが、急に河川敷の桜が見たくなった。
開花予想の満開日は、丁度ペコが帰ってくる日だ。

――早く、春よ　来い。



＊FIN＊

春うらら…穏やかな春の日の、暑くもなく寒くもなく心地よいようす。