Serena*Mのあたまのなかみ。
記憶喪失ペコ。
そんだけっ!
そんだけっ!
ここ最近【エコ】なる言葉が流行りだして、
車のCMはハイブリッド車や電気自動車ばかりだし、
通勤に自転車を使う人が多くなった。
立ち読みしている雑誌にも、お洒落なデザインの自転車(ロードバイクって言うの?)が特集されていた。
坂の多いこの街で、
この自転車は時に自動車よりも性質が悪いものとなった。
***
「そんじゃぁな!スマイル!」
宵闇の迫る、いつもの三叉路。
僕は左へ、ペコは右へ。
ちょっとだけ立ち話をして帰る毎日の光景だ。
「…うん、また明日」
僕は小さく手を振る。
ペコは大きく手を振って、そのまま駆け出す…筈だった。
だった、と過去形だったのは彼は駆け出せなかったから。
たぶん、携帯電話か音楽プレイヤーか。
そんなのに気を取られたサイクリストに衝突されたのだ。
事故の瞬間は、僕もよく覚えていない。
勿論、顔はそちらを向いていたし自転車の細い緑のフレームが光ったのも見ている。
けれど、記憶にあるのは真っ白の顔のペコを抱えて震える手で119番を押したことだけだった。
***
ペコの怪我は思ったより酷いものではなかった(手首の捻挫だから彼にとっては重傷なのかもしれない)。
救急隊員の人が「最近、ロードバイクの事故が多いんだ」と教えてくれた。
自動車と違って、免許もなく法が整備されていない分、こう云った事故も多いそうだ。
事故の相手は隣の市に住むサラリーマンで、音楽プレイヤーの操作をしていて前方不注意だと云う。
衝突した時に運悪くコンクリートに打ち付けてしまった頭は脳震盪を起こしたらしく、白いベッドに横たわったままペコはぴくりとも動かなかった。
腕に巻かれた包帯が痛々しい。
そんなペコを直視できなくて、僕はそっと病室を出た。
搬送された病院の冷たい廊下で、ペコのお母さんを待つ時間がとても長かった。
***
ペコのお母さんが彼を迎えに来て、
念のための検査のため、ペコは1泊だけど病院に入院することが決まった。
「また明日、来るね」
そう、眠り姫のままのペコの耳元で囁いて
僕はタクシーで帰宅した。
時間も遅かったし、路地を歩くのに物凄い恐怖を感じたから。
――明日になれば、またペコに会える。
その時は、その気持ちを疑いもしなかった。
***
次の日。
夕方には家に帰るとお母さんが教えてくれたから、
僕は部活を休んで彼の好きそうな駄菓子と棒付キャンディーで作った花束(飴束?)を持ってペコの家へと向かった。
お昼休みにメールを打ってみたけれど、ペコからの返事はなく、
いつもペコの返事は無いものだから僕もあまり気にしてはいなかった。
「こんにちは、お邪魔します」
初めて踏み入れた彼の家は、彼の性格を表すように乱雑で、けれどとても居心地の良い空間だった。
お母さんがお茶を出してくれて、そして僕に告白する。
「…驚かないで聞いて欲しいんだけど…
あの子、記憶喪失らしいの」
――記憶喪失?
ドラマの世界の話だろう、それは。
「お医者さんが言うには、短期的なものだろうから心配しないで見守って欲しいって事だったから家に連れて帰ってきたけど…
本当に、あの子じゃないみたいよ…」
記憶喪失、のフレーズが脳裏に焼きついて離れない。
「ちょっと変なこと言うかもしれないけど、気にしないでね…月本くん」
お母さんに案内されて、僕は2階のペコの部屋に向かう。
ほんの10段少しの階段だったけれど、とても長く感じた。
「ペコ、入るよ」
僕はノックをして、部屋に入る。
西日の差し込むその部屋で、ペコはぼんやりと読書をしていたようだった(普段のペコからは考えられない!)。
彼は少しだけ首を傾けると、小さく「いらっしゃい」とだけ云う。
ベッドサイドを指差し、座って良いか訪ねると小さく頷いた。
普段のペコよりもずっと幼く見えるペコに、ちょっとだけ緊張しながら僕は腰掛けた。
「こんにちは、ペコ。
僕は月本誠。」
「…月本…くん?」
ペコは携帯電話を開いて、同やら連絡先を探しているようだった。
苗字で呼ばれて、なんだか背中がこそばゆい。
「きっと、スマイル、で登録されてると思うよ」
「…スマイル?」
もう一度、小首を傾げて上目遣い。
その動作が可愛くて、僕は平常心を保つのに精一杯だった。
「…笑わないからスマイル、ってペコがつけてくれたんだよ」
「そっか。
…あぁ、本当だ。スマイルで登録してある。
今日メールくれたんだな。ありがとう。」
ぱちん、と携帯電話を閉じてペコ。
「なんだか、自分の部屋なんだけど別の場所に居るみたいだ」
彼は苦笑した。
「ねぇ、ペコって僕のこと?」
ペコの唇から【僕】と言う言葉が飛び出る。
なんだか凄く違和感があって、でも、一人称が同じなことが嬉しかった。
「そうだよ、君のあだ名はペコ」
僕は頷いて、持ってきたお菓子を差し出した。
「ペコの好きそうなもの持ってきたんだけど…」
彼は袋を受け取ると、くすくすと笑った。
「甘いものばっかりだね。
僕ってそんなにお菓子が好きだったの?」
「…部活中にコンデンスミルクを吸ってるのはいつものことだったよ」
「コンデンスミルク?」
「イチゴに掛ける、あの甘い…」
ペコはちょっとだけ瞳を閉じて、其れが何かを思い出そうとしているようだった。
「…うわぁ、想像しただけで胸焼けがしそう。
面白いな、僕って」
手を叩いて、またくすくすと笑う。
ひとしきり笑って、ペコが僕を見据えた。
「ねぇ、僕に月本くんの知ってる【ペコ】を教えて」
***
ペコが記憶を無くして2週間。
学校の勉強に支障は無いらしく、けれどあまりの彼の変貌ぶりから(だって大人しいペコだよ?考えられない)、
一時的に保健室登校をしている。
授業に遅れが無いように、僕は何度か彼の課題を手伝ったけれどペコとは思えないほどの丁寧な文字と
きちんとした計算式に舌を巻いた。
挙句「勉強って楽しいね」とまで言う。
僕の部活中、ペコは図書室で読書をして
それから一緒に帰るのが日課になった。
そんな風に過ごしているうちに、時折、彼の視線が妙に熱を帯びたことに僕は気付いた――
***
「月本くん、君は優しいね」
ペコの部屋で取りとめも無いお喋りをしていたら、唐突に彼が呟いた。
「…傷つくのが怖いだけの、臆病者だよ」
僕はそう返す。
アクマに罵られ、コーチに指摘されても、
やっぱり誰かを傷つけて勝利するのはあまり気分の良いものじゃなかったし、
それが優しさだと云うのなら、立派な偽善者になるだろう。
「そんなことないよ。
記憶を無くした僕に、ずっと付き合ってくれてるし。
ペコって、本当に…大切な人だったんだね」
ミヒャエル・エンデの『モモ』のハードカバーを閉じてペコが微笑う。
本来の彼は【破顔】することが多かったから、微笑みは変に新鮮だった。
長い睫に西日が当たって影を作る。
「…ペコは君だろう?」
尋ねると、彼はふっと真面目な顔を作った。
「…そうだね、僕はペコだ。
だけど、それは偽りの人格に過ぎない。
いつか…僕はきっと僕を忘れてしまうだろう」
そして、頬を赤らめて続ける。
「ペコの中に居る僕を、ずっと忘れないで――」
ふわりとペコの香りが鼻腔を擽る。
唇に触れた、柔らかい感触。
僕は驚いて、そのまま動けないまま。
ねぇ、ペコ。
君は今、何を――?
***
それから程なくして、ペコが今までの【ペコ】に戻った。
コンデンスミルクをチューブで吸うし、
読書なんてしないし、
そして卓球バカの。
「スマイルー!
タムラ寄ってくべ~~!」
廊下の向こうで大きく手を振るペコに安堵するとともに、
彼の中に眠ったペコに思いを馳せる。
ペコの中の君は、僕を好きだと、そう…行動で示した。
ペコは、僕をどう思っているんだろう。
――嫌いじゃなかったら、誘わないか。
そう一人で頷いて、向こうのペコにも頷き返す。
幼い顔をした彼にも惹かれるけれど、
僕はやっぱりペコの太陽のような、満面の笑みが好きだ。
僕は読みかけの本を仕舞うと、彼の元に向かった。
『モモ』を読めば、あのペコにいつでも会える。
*FIN*
PR
What's NEW
PASSについては『はじめに』をご覧ください。
2025.07.11
におい UP
2025.07.09
えすこーと UP
2025.06.27
しかえし UP
2025.06.26
ろてんぶろ UP
2025.06.23
しーつ UP
2025.06.20
ねっちゅうしょう UP
2025.06.17
あくじき UP
2025.06.15
しゃしん UP
2025.06.14
ヒーロー情景者がヒーローの卵を手伝う話
大人になったヒーロー情景者が現役ヒーローを手伝う話 UP
2025.06.12
ていれ② UP
2025.06.10
せきにん UP
2025.06.09
よっぱらい UP
2025.05.28
まんぞく UP
2025.05.27
きすあんどくらい UP
2025.05.26
もーにんぐるーてぃん UP
2025.05.23
みせたくない UP
2025.05.21
あい UP
2025.05.15
サイズ UP
2025.05.13
すいぞくかん UP
2025.05.12
intentional gentleman UP
2025.05.09
てんしのあかし
considerate gentleman UP
2025.05.06
新米ヒーローと仕事の話
そんな男は止めておけ! UP
2025.04.27
なつのあそび UP
2025.04.19
はちみつ UP
2025.04.18
ようつう UP
2025.04.16
しつけ UP
2025.04.10
へいねつ
鮫イタSSまとめ UP
2025.04.08
ヒーロー2人と買い物の話
かいもの UP
2025.04.05
こんいんかんけい UP
2025.04.04
角飛SSまとめ⑦ UP
2025.04.03
ゆうれい UP
2025.04.02
汝 我らに安寧を与えん UP
2025.03.31
どりょく UP
2025.03.29
とれーにんぐ UP
2025.03.28
しらこ UP
2025.03.26
ティム・ドレイクの幸せで不幸せな1日
あいのけもの 陸 UP
2025.03.25
さんぱつ UP
2025.03.23
けんこうきぐ UP
2025.03.21
へんか UP
2025.03.20
はな UP
2025.03.18
こえ UP
2025.03.17
こくはく UP
2025.03.15
ぎもん UP
2025.03.14
あめ UP
2025.03.12
よだつか/オメガバ UP
2025.03.10
あこがれ UP
2025.03.08
おていれ UP
2025.03.07
くちづけ UP
2025.03.06
どきどき UP
2025.03.04
たいかん② UP
2025.03.03
たいかん UP
2025.03.01
かおり UP
2025.02.28
なまえ UP
2025.02.27
さいふ UP
2025.02.26
しらない UP
2025.02.24
くちうつし UP
2025.02.21
うそ UP
2025.02.20
たばこ UP
2025.02.19
よだつか R18習作 UP
2025.02.17
きのこ UP
2025.02.15
汝 指のわざなる天を見よ UP
2025.02.04
角飛 24の日まとめ UP
since…2013.02.02