オイラは誰とキスをする？

キスの日、のお題。
まかさのペコとペコ（笑）

それは、夢か幻か。
或いは、唯の現実逃避の妄想か。

現実であったなら――



＊＊＊



其処は、路地をちょっと入ったゲームセンター。
100円で2プレイ出来る其処は高校生の溜まり場だったし、それ以外の学生のオアシスでもあった。
そして、腕に覚えのある奴ばかり集まるような、そんな場所だった。

「あり？」

お気に入りのゲームで遊んでいたペコが、乱入してきたキャラに負けてしまい、首を傾げた。
さっきの投げなら回避ひた筈。なのに、ラッシュを決められて8割くらい残っていたHPは一気に持って行かれてしまった。

いや、まだ大丈夫。
ここのゲーセンの対戦は3本制なんだ。まだ、1本取られただけじゃないか。

その時だ。

「オイラが勝ったらな、ポコさん、そう呼べ」

対戦台の向こうで話し声がする。

それは、自分の声のようであって
でも、違う声にも聞こえた。

【ポコ】
その響きに懐かしさを覚える。


全てを投げ出して、逃げてしまったあの頃。

【ペコ】はその名前を棄てて【ポコ】と名乗った。


『Ready　FIGHT！』


液晶画面が点滅する。
あ、と思う暇も無くペコはその相手にしてやられた。


「三世紀早まったね」

相手が、そう告げる。


周りを見回しても、そこは深い闇。
さっきまで騒がしかったいつものゲーセンの姿は何処にも無かった。


『よそ見してると、負けるよ』


ゲームの液晶に現れたのは、あの頃の、自分。


胸倉を掴まれ、ペコは其処が座っていたゲーセンの椅子では無く、何処か別の場所なのだと理解した。

急に気道を塞がれ、酸素が脳に回らなくなる。
苦しさに、涙目で【自分】を見降ろす。

「…な…で…」

必死に紡いだ言葉は伝わらず、そのまま地面に叩きつけられた。

「ッ！」

馬乗りに乗られて、今度は両手で首を絞められる。

赤いキャップの下の表情は、読めなかった。

「……！」

さっきより酷く、酸素が欠乏して、
くらりと頭が回る。
【自分】は掌の力を緩めないまま、顔を寄せて


そして唇を合わせた。


残り少ない酸素を唾液ごと吸い上げられ、
強引に【ペコ】の口内に侵入を試みる。

自分が誰かにキスするときは、こんな風なのだろうか。

薄れゆく意識の中、ペコはぼんやりと思う。
自分の舌が、自分を確かめる妙な感覚。


眠る前に赤ちゃんが泣くのは、その感覚が【死】に似ているから泣くのだと
昔スマイルが教えてくれた。

――鳴呼、死がこんな風に緩やかなら怖くないのかもしれない。

意識を手放す、その刹那だった。


急に酸素が脳に運ばれて、彼のシナプスが活性化する。


「どうして、どうしてお前なんだよ！」

【ポコ】はそう叫んで、何度もペコの胸を叩いた。

「お前より、ずっと俺の方がアイツを大切に出来るのに！

アイツにあんな表情させない、あんな風に悲しませない、お前みたいに…」


胸のシャツを掴んだまま、ポコは震えた。


彼の気持は知っている。

スマイルが好きで仕方無くて、
絶望させた自分が不甲斐無くて、
格好悪いと思われたく無くて、

だから、
投げ出した気持ちも、何もかも全て。


「なぁ、オイラさんよ」

ペコはポコに手を伸ばし、赤いキャップを取った。

「お前の名前はなんだ？」

「…ポコ」

大粒の涙を堪えたまま【自分】は声を絞り出す。

「そう、お前はポコだ。
　ペコじゃない。






　スマイルのヒーローは、【ペコ】なんよ――」



ペコの頬に、ポコの涙が落ちる。



拭って、もう一度見上げると其処に【ポコ】の姿を何処にも無かった。



大丈夫。
お前の気持は、オイラが一番知ってんよ。



ペコは深呼吸をして、大きく酸素を吸い込んだ。



＊＊＊


「ペコ、そろそろ帰ろう」

対戦台で白熱するペコの服を、スマイルが遠慮がちに引っ張る。

「…おう！」

ペコは答えたが、視線はディスプレイに向けられたまま。

「…本当に帰っちゃうよ」

「今終わる、終わらせるからっ！」

泣きそうな顔でスマイルにお願いすると、彼はやれやれと肩を落とした。

「…ラバーの張り替え、ちゃんと手伝ってね」

「む！
　オイラは約束は守る男だ！」

…それはどうだろう？
スマイルは聞こえないように小さく呟いたところで、ペコが真ん中に座っていたのをちょっとだけ端に動いた。
隣に座って、の意思表示なんだろう。

ずっと立って見ているのにも飽きたので、スマイルは素直に腰を下ろしてディスプレイの熱中するペコの長い睫毛を見つめていた。


――それは彼の知らない、ポコの姿だった。



＊FIN＊