ブカツガエリ×ドヨウビ

やっと、やっと此処まできて変態スマイル。

「何故、夏と言うのはこんなにも暑いんでショーカ」

買ったばかりのガリガリ君の包装をペリペリと剥がしながらペコが言う。

「夏だからね、仕方ないと思うよ」

涼しい顔をして答えるスマイルに、ペコがむすっと返す。

「ダンナは、暑くないんデスカ」

「ペコ程では無いと思うけど…暑いよ」

そう言って、胸元を扇ぐ。


季節は、夏の終わり。
9月になっても残暑は厳しく、今日の最高気温も30度越えだった。
土曜日の今日は午前中だけ部活で、なんとなく神社まで来てしまった。
蝉が相変わらず、大合唱で愛を叫んでいる。

「此処に来ると、ちったぁ涼しいと思ったんだけどなぁ…」

境内の軒下で溶け始めたガリガリ君と格闘しながらペコが呟く。

少しだけ間を空けて、スマイルも隣に座った。

「此処に来ると、色々と思い出すんよ」

小学校の頃のヒーローごっこ、
つい最近までのオババとの特訓。

誰に聞かせるわけでもなく、ペコは喋る。

スマイルは時折眼鏡を直すだけで、ずっとルービックキューブに興じていた。

「…聞いてますかぁ、スマイルさん」

ひょいっとペコがスマイルのルービークキューブを手に取る。
完成間近だったそれを奪われて、ちょっとだけスマイルは眉を寄せた。

「これ、もうすぐ完成？」

視線を下げただけで、ペコにはそれが「そうだ」との答えだと分かったようだった。

アイスの棒を加えたまま、右に左に、何度か自由に回す。

「教えてくれろ？」

少しだけ空いた、距離を詰めてペコ。
さっきまで揃えられてた色は、四方八方に散っていた。

無言で取り返し、面を観察する。
ちょっとだけ考えて、彼は其れを回し始めた。

「ちょ、ま！」

ペコが其れを取り上げる。

「オイラは、教えてくれって言ったの！」

「…そうだっけ」

「そ、う、な、の！」

イーッと思い切り舌を出したペコに、スマイルは分かった、とだけ答えた。

「で、で？
　これ、どう回せば良い？」

ペコは機嫌を直し、スマイルにひっつく。
唯でさえ気温は高いのに、更にペコにくっつかれてスマイルの体温は急上昇したようだった。

教えようと、キューブに手を伸ばしたところで、ペコが驚いた顔でこちらを見ている。

「…？」

「スマイル、血…っ！」

大慌てでポケットからハンカチを取り出して、彼はスマイルの鼻を摘まんだ。

一瞬、何が起こったのか分からなかったけれど、喉の奥に嫌な鉄の味がじわりと広がって、
スマイルは自分が鼻血を出したことを諒解した。

「飲み物買って――」

立ち上がったペコの腕を、無意識で掴む。

「…平気、だから。
　此処に居て」

上を向いたまま、くぐもった声で言うと不安げな瞳のまま、ペコが同じ場所に座り込んだ。


それから、5分は経っただろうか。
お互い無言で、ただ、蝉の声だけが境内に響いていた。


ハンカチを外したタイミングで、ペコがぽつりと言う。

「やっぱり、ガリガリ君食べないと夏はダメなんよ」

手に握られたルービックキューブはさっきのまま。

「行こ、スマイル。
　ガリガリ君もう1本食べたい。オイラもう限界」

大人しく、スマイルも頷くと手を繋いで長い階段を下った。
心配したペコが肩を貸そうとしてくれたが、それこそ今度こそ倒れてしまいそうで
スマイルが丁重に断った結果だった。

コンビニで、今度は一緒にガリガリ君を買って。

「ちゃんと、これ、教えてくれろ。な？」

そう、残った棒をゴミ箱に捨ててから、いつもの三叉路で別れた。


スマイルの手には、あの途中までのルービックキューブ。

――これはこのままにして、新しいキューブを買おう。

暑さで、ちょっとだけ頭が変になったスマイルは一人ごちた。



＊FIN＊