十三夜月

見切り発車。

些細な事で喧嘩をした。
でも、それは喧嘩とも云えないただの口論だったのかもしれない。
珍しく感情的になった僕を、ペコがなんとか宥めようとしてくれたけど
それにも妙に苛々してしまって、八つ当たりして
ペコがむくれた顔して出て行ってしまった。

後に残されたのは、食べかけのクリームシチューと夜の帳。
ついでに、置きっ放しの携帯電話。

季節は秋になっていて、先週あたりから急に朝晩の冷え込みが厳しくなった。
けれど、ペコはまだ半袖のYシャツを着ていたから
思い出して、小銭入れと家の鍵、それにリビングに放っぽってあるひざ掛けを掴んで飛び出した。


近所のコンビニ、高台の思い出の神社、足を伸ばした駅前のゲームセンター。
子供の頃から過ごした小さな町だから、ペコの行きそうな場所にひた走る。

けれど、特徴的なあのオカッパ頭は何処にも見つけられなくて、
途方に暮れて、自販機で暖かい缶コーヒーを買って目の前の公園へ足を運ぶ。

家から5分しない距離にあるブランコと滑り台くらいしかない、小さな公園だったけれど
この公園の思い出は驚くほど少ない。
子供の頃の僕はタムラで卓球をしているか、高台の神社に行くほうが多かった。

薄暗い街灯の真下に置かれたベンチに座って、プルタブを引き上げる。
冷たいプラスチックから、どんどん体温が奪われるような気がして不安になった。
ほうっと一口コーヒーを飲んで、視線を上げると薄明かりに揺れる青いブランコ。

「ペコ！！！」

僕は思わず立ち上がって、ブランコを揺らす主へと駆け寄る。

「…良かった、良かった無事で…よかった…」

崩れ落ちた僕に、ペコは少しだけバツの悪そうな顔をして顔をくしゃっとさせる。
持ってきたひざ掛けで両肩をくるむと、ふわりとチュッパチャップスの甘い芳香が鼻孔を擽った。

「ごめんね、ごめんねペコ…寒かったでしょ…」

人目も憚らずにぎゅっと抱きしめると、ほんの1時間も経って無いのに、凄く懐かしいペコの声。

「一旦帰ったんだけどヨ、家に鍵掛かってるしョ…」

言ってから、ペコも僕をぎゅっと抱きしめてくれた。

「探しに来てくれたんさね。
オイラを見つけてくれた」

そうして密着させた身体を離して、続ける。

「シチューも冷めちゃったかんな、もっかいあっためて食べようぜ」

何時もの、あの優しい笑顔を向けてくれて
僕はペコには叶わないなぁ、と心底痛感した。


あれだけ寒いと思った気温は二人で手を繋ぐと全く気にならなくて
冷めかけた缶コーヒーと、舐めかけのチュッパチャップスを交換して家路を歩いた。



僕は、きっと
今日舐めたコーラの味を一生忘れないだろう。
君と喧嘩したことも、君を探したことも。


空には太っちょの月が浮かんでいて、今度は月見団子を作ろうかと提案したら
ペコが嬉しそうに頷いた。


明後日は中秋の名月。
ススキと、月見団子を用意して君を迎えよう。


＊FIN＊

十三夜月…満月の2日前の月。満月に次いで美しいとされている月で、古くから月見の宴などが行われていた。これからまさに満ちていくさまが縁起の良い月とされる。