アメ×ツユ

前に書いたのはゲリラ豪雨。
今回は梅雨。
なんかタイトルの語呂が悪いけど他に浮かばないのでこのまま行く。

体育館に響く、天井に叩きつける雨の音。今日は一日中霧雨の予報だったが、こうして時折強く雨が降り付けた。

「…雨は、嫌いだ」

スマイルが呟く。

「なして？」

傍らで、ペロペロキャンディ（英語圏で伝わるように云うとポップキャンディ）を舐めていたペコが首を傾げる。
切り揃えられた、おかっぱ頭の前髪がさらりと動いた。

「…髪が…まとまらない」

スマイルは視線を一筋垂れた前髪へと寄越す。
意味が分からなくて、ペコは目をぱちくりと瞬かせた。

「天然パーマがね、うねる」

もう一度、静かに説明すると、ペコはやっと意味を理解したようだった。

「へぇーそうなんか。
　大変なんね」

チラチラと赤い舌を出してキャンディを舐めるペコの前髪はいつもと変わらずさらさらとしていて、
そのスッキリとした直毛はスマイルの憧れの一つでもあった。

「ペコは、そーゆーの…無いもんね」

「うん。おいら知らん」

以前、さらさらの髪の秘訣を知りたくって尋ねたら（スマイルは寝る前と登校前のブローは欠かせない）

「面倒だから乾かしたりしてないんよ。
　おかーちゃんに怒られてるけどな、毎日！」

との返事だった。
スマイルは猫っ毛で柔らかい髪質だったから、それは羨ましくて仕方なかった話だ。

「雨に濡れるのとかは、嫌じゃないの？」

ちょっとばかり神経質はスマイルは、制服のズボンが雨に濡れるのもあまり好きではなかった。
ウール素材が雨に濡れたあの変な臭い。それも苦手だった。

「オイラ、傘持たないし？
　水も滴る良い男？なんつってな！」

お腹を抱えて笑うペコに、スマイルはそうだったと溜息を吐く。
荷物を持ちたく無い主義のペコは、いつだって両手をぶらぶらさせていて
片手が塞がっているのは大概、何かお菓子を食べている時だけだった。

「雨が強くなってきたからなー
　ちょっと早いけど今日は終いにするぞー」

キャプテン大田が声をあげる。
部員がめいめい、台の片付けや球拾いを始めたのでスマイルとペコもそれに倣った。
と、云ってもペコはスマイルの隣をうろちょろするだけだったが。

体育館の玄関で、スマイルは尋ねる。

「ペコ、傘は？」

「あっち」

まだ舐め終わってない、キャンディごと教室を指差す。

「…じゃぁ、僕の傘に入って」

スマイルはグレーの傘を広げるとペコを促す。

「いつも悪いねッ。へへ」

おどけてペコがその傘に入ると、折り畳み傘の狭さもあって普段より随分と二人の距離は近くなった。
ペコの舐める甘いキャンディの香りと、部活でかいた汗の匂い。それに、ペコ自身のちょっと甘い香り。
それが合わさってスマイルの鼻孔を擽る。


――君の体温を感じる距離だから。


「雨、そんなに嫌いじゃないかも」

ポツリと呟いたスマイルに、ペコが「変なの」と短く返した。

「…そんな事言うと、傘入れてあげないけど？」

そう言い返して、早歩きを始めたスマイルをペコが謝りながら追いかけていった。


「ゴメンってばスマイルー傘入れちクリッ！」



今年の梅雨は、まだ始まったばかりだ。


＊FIN＊