Serena*Mのあたまのなかみ。
大正時代のスマイルとペコを第三者視点で書く、と云うお題。
ろくすっぽ大正時代を調べていないので時代背景はごく適当。地名も超適当。
一文を敢えて長く記して、文豪ごっこ。
ろくすっぽ大正時代を調べていないので時代背景はごく適当。地名も超適当。
一文を敢えて長く記して、文豪ごっこ。
西洋の社会では、将来を誓い合った男女がお互い指輪の交換をすると云ふ。
日本の社会でもその様式は取り入れられ、やれ婚約指輪【エンゲーシリング】だ、やれ結婚指輪【マリッシリング】だと世間が取り立て、それに踊らされた若い青年が大枚を叩いて買うのが妙に流行していた。
「星野は興味ないの?」
午後の微睡み、出窓で少し夢うつつの星野へと月本は声を掛ける。
家への仕送りやら何やらで貧乏学生であった星野裕は月本の部屋に居座ってもう長い。
学生の殆どは彼らが一緒に暮らしているものだと思っていたが、生活に関わることは全て月本が仕切っていたし、星野はおんぶに抱っこな状態であった。
「何にだ?」
午睡を邪魔され、不機嫌に星野が月本を見遣る。
鋭い視線ではあったが、それに慣れた月本は意に介さなかった。
「この、結婚指輪【マリッジリング】とか云うしろもの」
読みかけの文芸雑誌を投げて寄越す。開いたペーシには【マリッヂリング】の大きな広告。
それには。初めて星野が発表した短歌が載っていた。
「ほう、買ってくれたのか」
くつくつと、人の悪い笑みを浮かべて星野が言うと、月本は「ついでだよ」と短く返す。
それから、「賞金が入ったのだから、少しは何か還元し給え」と続けた。
「…全て、郷里に送ったよ」
空気の多い硝子をこつんと叩いて星野が呟く。
今度、一番下の妹が尋常小学校に進むのだと酒に酔わせたら教えて呉れた。
「そうか」
事情を知っているから、月本も其れ以上追及せず、今日は銀座のカッフェにでも行こうかと思案した。
*
旧い友人でも知らない、二人の秘密がある。
二人は仲の良い友人でもあったし、其れ以上の恋人の関係でもあった。
切っ掛けは如何だったか、今では思い出せない。
ふと、気付いたら星野の傍に月本が居たし、月本を探せば近くに星野が待っていた。
名だたる文豪の派手な恋に比べたら、自分らなんて可愛いものだと二人は慰みあい、そして肌を重ねた。
*
星野の郷里は雪が深い所にあった。
それだけ冬の期間は長いし、作物も作れず貧しい地域である。
東京に出てから、一度も帰った事が無いと云っていたから、なんだか月本の妙な親心が疼き、少しの暇で星野を郷里に帰すことにした。
両手いっぱいの食料と、往復の汽車賃。
「そんなの、貰えない」
星野は最後まで突っぱねたが、頑として月本はその意見を聞かなかった。
「僕の両親は冷たい人だったから、今まで一度も手紙なんて寄越したこともない。
君の両親はいつも君を気遣って手紙を寄越すだろう。たまには、孝行して来い。それは、僕からの餞別だ」
其れが、月本の主張である。
星野も詳しい話を聞いたことは無かったが、月本の母は東京でも有名な芸子で、その私生児だと誰かが噂していた。
母は身請けされ、一生遊んで暮らすに困らない金を手に入れたがいつも何処かの宿に入り浸り、月本は常に独りだったと云う。上の学校に行きたいを云った時も何も云われず、唯好きに生きろとだけ云われたと…云っていた。
星野は西洋人のやうに大きな瞳を潤ませて、何度も月本に礼を言うと嬉しそうに汽車に乗り込んで、手を振ったのがほんの半刻ほど前の話。
六畳の部屋であったが、出窓でいつも空を眺める星野が居ないとなんだか広く、がらんどうに感じて、まだ外も明るかったから月本は学生帽を被り直すともう一度外へと踏み出した。
普段ならあまり歩かない、日本橋の裏のほうを歩いているとなんだか怪しい店も多いし、ちょいと兄さん、なんて袂を引っ張られる。なんだか気味が悪かったが、それも面白くてぶらぶらと月本は流して歩いた。
ふと、小さな看板に目が留まる。
「イレズミ 彫リ□」
イレズミ、刺青。
刺青と云うとやくざ物がその背中に入れるものを想像していたが、其れがこんな場所で施していると思えない。
興味が湧いたので、月本は木製のドアをそっと開けた。
薄暗い室内の空気は少しだけ埃っぽく、学校の図書室を彷彿とさせる。
「…お客さん、かい。
冷やかしなら断るよ」
急に背後から声を掛けられ、驚いて振り向くと其処には自分の胸くらいの身長しかない、まだ若い少女が立っていた。
驚いて目を瞬かせると、心底面倒臭そうに続ける。
「アンタみたいなお坊ちゃんの来る場所じゃぁないよ。おかえり」
まだ、年端も行かぬ子供のようにも見えたが、その声は腹の其処に響き、彼女が唯の少女では無い事を悟るに早い。
月本は首を振った。
「いや、彫って欲しいんだ」
「あら、なんだい。お客かい」
ぐいぐいと引っ張る手を止め、彼女は薄く仕切られた衝立の先に向かう。
「お客さん」
手招きされて、その先に進むんで月本は驚いた。
先の彼女と同じような、同じ顔をした少女が座っている。
「あら、お兄さん。
刺青がしたいなんて、珍しいね」
少女と同じ、その声音。
けれど、彼女の声は少しだけ軽い。
驚いて背後の少女を確認すると、また、面倒そうに息を吐いた。
「…双子だよ。
兄さん、初めて見るワケでも無いだろ?」
確かに、双子を見るのは初めてではなかったし、学校に双子だと云う兄弟も入学していた。
けれど、此処は日本橋の裏の方、煤けたこの場所にこの少女たちは酷く不釣合いに写る。
「姉さんの腕は確かだ。
生まれてからずっと、師匠に教わってきたから」
彼女は妹だったのか。
背後の声に月本はこの姉妹関係を了解する。
「兄さんは何を彫りたいの?
まさか、背中に昇り竜ってことはないと思うけど…」
姉さん、と呼ばれた姉の彫師が所狭しと並べられた道具を取り出す。
それに合わせて、ランプの光がゆらゆらと蠢いた。
「そうだな…」
月本は顎に手を遣って考え込む。
出任せに彫ると云ってしまったのは、既にこの姉妹には分かっているのだろうか、姉はのんびりと道具の手入れを始め、妹が小さく呟いた。
「西洋じゃぁ、好きな人の名前を彫ったりするらしいよ。
兄さん、懇意の相手は居ないのかい?」
あぁ!
月本は諒解する。
「…五芒星を。
五芒星を掘って欲しい」
懇意の相手、星野の星。
誰にも気付かれずに、君の名をこの身に刻みたい。
「五芒星?」
妹が云うと、姉が静かに頷く。その瞳は、先までののんびりしたものではなく、鋭く職人の色を宿していた。
「何処に彫る?」
首、背中、腕、足
半紙に書かれた人型を指して姉が促すと、月本は着物の袷を肌蹴た。
白い胸元が薄暗いランプに浮かび上がる。
「此処に」
彼は、薄い胸元を指差した。
*
刺青を彫った胸元が熱を持って痛む。
着物を脱がないと見えない、その縁のところ、彼は愛する人の名をその胸に刻んだ。
いつも君が耐えている痛みだと思えばこそ、この痛みすら快楽にもなり得る。
この姿を見た時、君はどんな反応を僕に見せてくれるだろう。
痛みに苛まれ、熱に浮かされ、六畳一間の小さな部屋は普段以上に広く寒々しかったけれども、変な高陽が月本を支配していた。
もう何度目か、コップに水を並々と注いで飲み干すと、それだけで玉のような汗が背中を伝う。
夢と現実を何度も往復しながら、じっと出窓を睨んで、月本は夜が明けるのを待った。
*
星野を送り出して1週間、初雪が降ったからと秋の終わりに彼は両手に沢山のお土産を持って帰ってきた。
郷里の家族は元気だったこと、一番下の妹に大きなリボンを買ってやれたこと、畑の世話、それから、色々と。
あれだけ広く感じたその部屋であったが、彼が戻ると急に手狭に感じてしまう。
「久しぶりに牛鍋でも食べようか。星野が帰ってきたお祝いに」
月本が提案すると、定位置で本を読んでいた星野が嬉しそうに頷いた。
*
薄い布団を並べ、牛鍋で重くなった腹を抱えながら寝転ぶとどちらともなく情事が始まる。
星明りの中、星野が月本の着物の袷を大きく広げると、其処に広がる今まで違う光景に驚いた。
「…月本、これ…?」
「五芒星。君への誓いさ」
そう、柔らかく両腕の自由を奪い唇を重ねる。
星野はその黒い五芒星を愛おしそうに撫でると「ずっと見ていても飽きない」そう接吻した。
「西洋では、誓い合った人の名をこうして刻むらしい」
乱れた布団で、そう伝えると結婚指輪【マリッジリング】よりずっといいなと、星野が微笑んだ。
*
後日、あの日本橋の彫り物屋から星野が出てきたこと、それはまだ、月本も知らない。
柔らかい太ももの内側に痛々しく彫られた、細い三日月の誓いを――
了
PR
What's NEW
PASSについては『はじめに』をご覧ください。
2025.07.09
えすこーと UP
2025.06.27
しかえし UP
2025.06.26
ろてんぶろ UP
2025.06.23
しーつ UP
2025.06.20
ねっちゅうしょう UP
2025.06.17
あくじき UP
2025.06.15
しゃしん UP
2025.06.14
ヒーロー情景者がヒーローの卵を手伝う話
大人になったヒーロー情景者が現役ヒーローを手伝う話 UP
2025.06.12
ていれ② UP
2025.06.10
せきにん UP
2025.06.09
よっぱらい UP
2025.05.28
まんぞく UP
2025.05.27
きすあんどくらい UP
2025.05.26
もーにんぐるーてぃん UP
2025.05.23
みせたくない UP
2025.05.21
あい UP
2025.05.15
サイズ UP
2025.05.13
すいぞくかん UP
2025.05.12
intentional gentleman UP
2025.05.09
てんしのあかし
considerate gentleman UP
2025.05.06
新米ヒーローと仕事の話
そんな男は止めておけ! UP
2025.04.27
なつのあそび UP
2025.04.19
はちみつ UP
2025.04.18
ようつう UP
2025.04.16
しつけ UP
2025.04.10
へいねつ
鮫イタSSまとめ UP
2025.04.08
ヒーロー2人と買い物の話
かいもの UP
2025.04.05
こんいんかんけい UP
2025.04.04
角飛SSまとめ⑦ UP
2025.04.03
ゆうれい UP
2025.04.02
汝 我らに安寧を与えん UP
2025.03.31
どりょく UP
2025.03.29
とれーにんぐ UP
2025.03.28
しらこ UP
2025.03.26
ティム・ドレイクの幸せで不幸せな1日
あいのけもの 陸 UP
2025.03.25
さんぱつ UP
2025.03.23
けんこうきぐ UP
2025.03.21
へんか UP
2025.03.20
はな UP
2025.03.18
こえ UP
2025.03.17
こくはく UP
2025.03.15
ぎもん UP
2025.03.14
あめ UP
2025.03.12
よだつか/オメガバ UP
2025.03.10
あこがれ UP
2025.03.08
おていれ UP
2025.03.07
くちづけ UP
2025.03.06
どきどき UP
2025.03.04
たいかん② UP
2025.03.03
たいかん UP
2025.03.01
かおり UP
2025.02.28
なまえ UP
2025.02.27
さいふ UP
2025.02.26
しらない UP
2025.02.24
くちうつし UP
2025.02.21
うそ UP
2025.02.20
たばこ UP
2025.02.19
よだつか R18習作 UP
2025.02.17
きのこ UP
2025.02.15
汝 指のわざなる天を見よ UP
2025.02.04
角飛 24の日まとめ UP
since…2013.02.02