『オイラ、高校ハネっからね!』
そう、常々呟いていた友人は、本当にドイツへの留学を決めた。
「スマイルは、進学するのけ?」
うだるような暑さの昼下がり、屋上のコンクリートは目玉焼きが焼けそうなほどに熱い。
給水塔の木陰でサンドイッチを齧っていると、ペコはそう尋いた。
スマイルは、あの試合以来ほとんど公式の試合には出場せず、非公式の試合やタムラの卓球クラブのコーチなんかをしていた。あとは、ペコに付き合って本気でラリーをするくらい。
「…うん。
国立の教育学部のつもり」
「きょーいくがくぶ?」
ペコでも国立の意味は分かったらしい。
だが、その先の【教育学部】が未知の世界だったようだ。
「学校の先生になるところだよ」
「ほぇー!
スマイル、ガッコの先生になるんか!!」
「まだ決まったワケじゃないよ」
そもそも、大学に入学すらしてないしね。
言いかけた言葉を、ハムと一緒に飲み込み別の言葉を続ける。
「今年の夏で引退、でしょ。
そしたら、僕も予備校に通おうと思ってるよ」
「よびこー?」
「大学に入るための勉強をするところ」
「スマイル、いつかベンキョのしすぎでアタマ爆発すんじゃねーの」
バリバリと、ポテトチップスを噛み砕いてペコ。
「関西風うどん風味は美味かったけど、味噌煮込み風味はいかんね。これ。
迷走しまくりんぐ」
「部活、これからどうするの?」
どうしてパンと牛乳って合うんだろう、そんな事を思いながらスマイルは残りの牛乳を飲み干した。
「ガッコ、卒業したらすぐにでも来いって云われてるんよ。
それまではタムラで打ち込もうかにょー」
「…そう。
そしたら、一緒に帰れなくなるね」
「ぉ?」
「さっき言ったでしょ。予備校に行くって」
「タムラ寄ってからは遅いんけ?」
「ちょっと遅いかな。
予備校終わった後だと、タムラ閉まってるだろうし」
くしゃくしゃっとポテトチップスの空袋をコンビニのビニール袋にしまうと、つまらなさそうに呟いた。
「寂しくなんね。」
スマイルは無言のまま、肯定も否定もしない。
「考えたら、オイラ。
うんと長い間スマイルと卓球してたんね。」
「卓球に誘ったのもペコだしね。
…暇つぶしにしては、楽しかったよ。」
昼休みが終わる、予鈴が鳴る。
スマイルは立ち上がって、ペコに告げた。
「海、行こうか」
「アツがーーーーー
ナツいぜーーーーーーーーーーーー!」
何度も打ち返す白波に向かって、ペコが叫ぶ。
午後の授業は丸ごとサボって、
荷物も教室に置いたまま。
小泉先生の自転車をそっと借りて漕いだ海への県道。
後ろにペコを乗せて、
それは小さな逃避行のようだった。
「ねぇ、ペコ」
学校からこの海まで、ずっと漕ぎ続けても汗ひとつかかないスマイルは
見た目に反して、と云うか想像通りの体育会系だった。
波打ち際ではしゃぐペコが振り向く。
「なんだー?スマイルー」
彼も、革靴と靴下を脱ぐと制服の裾を丁寧に捲り上げた。
そして、ペコと同じように海水に足を浸す。
「ドイツにもさ、海、あるよね」
「何云ってんだスマイル?
地球は水のワクセイって云われてるんだぞ」
「…うん」
小さく続ける。
「ペコ。
…寂しくなったら、海に来ていいかな」
流れ着いた海藻にケラケラ笑っていたペコが、うん、大きく頷いた。
「オイラも寂しくなったら、海くんね」
そして、嬉しそうに笑う
「スマイルもおんなじ気持ちで、オイラ嬉しいんよ」
そうして、スマイルを引っ張って駆け出す。
「あ、ちょ、ちょっとペコ!!」
砂浜に足を取られて、つんのめりそうになりながらスマイルも続く。
「水のワクセイ、バンザーイ!」
大声で叫ぶと、犬の散歩をしていたご婦人が驚いて振り向いた。
「うん、ばんざい。」
引っ張られながら、スマイルも呟く。
周りからどう思われたっていい、
君は僕のヒーローなんだ。
だから。
「ね、ペコ。ずっと一緒だよ」
囁いた言葉が、波に消えた。
*FIN*