駒鳥たちの夏の飲み物

バットマン/蝙蝠一家

いつもの俺アース。
Twitterでカルピスの話が上がってたので軽率に妄想する。
（作者はカルピスで口の中に残るタイプ）←聞いてない

※英語圏ではカルピスの名前が“カルピコ”らしいのでそっち表記にしてみました。

夏の暑い盛りのある日、水遊びも兼ねて裏庭の水撒きをしていた子供達に執事のアルフレッドが声を掛けます。

「ぼっちゃま方、少し休憩なさってはいかがですか」

彼は銀のトレイに載せたグラスを木陰に設えた木製のテーブルへと置きます。
お手製のドーナツも置いたらおやつの準備は万端でした。

アルフレッドの声に、ホースで水撒きをしていたジェイソン（と、言っても人に掛けてばかりで水撒きとは言えませんが）、ダミアンと一緒になってずぶ濡れになっていたディック、水鉄砲で遊んでいたティムが駆け寄ります。

テーブルに置かれたグラスの液体が、よく知る特製のレモネードの色ではなかったのでダミアンが訊ねました。

「アルフレッド、今日はいつものレモネードじゃないの？」

「はい、今日はカルピコです」

アルフレッドは答えます。

「つい先ほど、クラーク様がカルピコの箱を抱えていらしたもので。
　ちょうどぼっちゃま方のおやつに良いかとお持ちしたんですよ」

「美味しいよね、コレ」

カラフルなストローの挿されたグラスを持って、ティムが言います。

「なんだかカルピコを見ると夏だなぁって余計に感じるよ」

テーブルに置いたグラスの氷がカランと音を立てて回ります。
もぐもぐとドーナツを口いっぱいに詰め込んだダミアンが勢い良くグラスを空にしたので、アルフレッドは微笑って「換わりをお持ちしますね」と裏口へと歩みを進めます。

ジェイソンも美味しそうにドーナツを頬張るとごくごくと喉を鳴らしてカルピコを飲み干します。

「俺の分も！」

アルフレッドの背中に叫ぶと、彼は一度振り向いて丁寧に頷きました。

「ふふっ、みんなコレが大好きだね」

ディックがストローからのんびりとカルピコを吸い上げます。
半分くらいまで飲んでから、彼は少し顔を顰めました。

「…ん。
　アルフレッド、ちょっと濃く作りすぎじゃない？」

ディックの言葉に、ダミアンが首を傾げます。
その手にはジェイソンと競うようにドーナツが握られていました。

「濃い？」

「うん。
　なんかさ、口の中に残らない？」

なんか、こう、ざらっとした――
続けたディックに、他の3人が首を振ります。

「いいや」

「僕は何も残らないけど…」

「気の所為じゃないのか？」

弟達の返答に、「えぇっ」と驚いたディックに、ジェイソンが口を開けろとジェスチャーをします。
彼は小さく溜息を吐くと素直に弟に向かって口を開けました。

ディックの綺麗な赤い舌の上に白く残った小さなその塊を、何処かで見たような気がします。
少しだけ考えて、彼は呟きました。


「…なんだ、ザーメンみたいだな」


失言だと気付いたのは、その直後です。
一斉に注ぐ刺されるような視線に、ジェイソンはしまった！と頭を掻きます。
ディックが手を出すより早く吼えたのはティムでした。

「あれは唾液のたんぱく質とカルピコのたんぱく質が結合したもの！！
　【ムチン】って言う糖たんぱく質と、【カゼイン】って言うという乳たんぱく質で出来るものだよ！
身体に害はないし、体質で出来るものなんだからね！？」

早口でまくし立てる彼の剣幕に圧倒されて、ディックが上げた拳を元に戻します。

「…雑学王」

ダミアンが呟いたので、ディックは兄らしく弟に振舞いました。

「ありがとう、ティム。フォローしてくれて嬉しいよ。
　ジェイソン、子供の前でスラングを使うのはよくないよ？」

言ったところでアルフレッドが大きな水差しいっぱいにカルピコを持ってやって来たのでこの話はおしまいになりました。

「沢山飲んでくださいね」

兄弟それぞれのグラスに継ぎ足すアルフレッドに、少しだけ兄弟はぎこちない笑みを作ったのでした。



＊



「珍しいな、君がこんな早い時間に来るなんて」

ブルースの執務室の応接テーブルで、ブルースとクラークは向かい合います。
真ん中に置かれたのはやっぱり白いカルピコで、置かれたドーナツも一緒でした。

「オチューゲン？って言うの？
　母さんがワイドショーで見たらしくて、持ってって！ってうるさくてね」

――日本の妙な文化か、ブルースは頷きます。。
普段世話になっている人に贈り物をする習慣が東の島国にはあるのだと雑誌で読んだことを思い出しました。

「マーサにはいつもこちらが世話になっていると云うのに」

ブルースはカルピコに口を付けます。

「子供達にご飯を作るのが楽しいって本人は言ってるし、今は編み物ブームらしいから気にしなくて平気だと思うよ」

クラークは彼の心配を払拭するかのように微笑みます。
今年のクリスマスに向けて家族全員分のセーターを編み始めたことは内緒にしておきました。

「子供の頃さ、よく飲んだよね」

クラークは続けてカルピコを飲み干します。
濃い味がいかにも“お金持ち”らしく、少しだけ入った炭酸が爽やかに喉を潤しました。

「…あぁ、飲んだよ。
　昔も今も変わらないんだな、これは」

ブルースがもごもごと口を動かしたのでブルースが首を傾けると、彼が小さく舌を出しました。

彼の舌の上にも、ディックと同じような白い塊があります。
クラークが其れを見たのを確認すると、ブルースは口を閉じました。

「…まぁ、体質的なモノらしいが」

彼は一人、続けます。
ドーナツを手に取っても微動だにしない恋人に、とうとう彼は尋ねました。

「どうした、クラーク。
　固まったままで」

頬を染めたクラークの視線が、ブルースにぶつかります。

「…クラーク？」

もう一度静かに名前を呼ぶと、彼はポツリと呟きました。


「…それって、まるで精液みたいだ――」


＊


「…あれ、クラークじゃない？」

弾丸のような早さで飛んでいくクラークを指差してディックが言うと、全員の視線が豆粒のようになった彼に注がれました。

「――片付けに参りましょうか」

アルフレッドが言ったので、「ごちそうさま」と子供達も休憩時間を終了させたのでした。
きっと父の気の障る一言でも言ったのだろうと、誰もが心の内に思います。

「よし、今度はオレに水鉄砲貸せ！」

「ヤだよ、ダミアンすぐ壊すだろ」

「ここは年長者の俺にだな…」

「絶対ジェイソンには貸さないもんね！！」

駆け出した弟たちを、ディックは目を細めて見送りました。

まだまだ日の長い、夏の午後は続きます。


＊おしまい＊