日盛りのカペラ

TENET/主ニル

逆行すると消えるキスマーク、と言うそれだけの話。
スパダリ感漂う男は、CIAの凄腕エージェントだからです。


カペラ：ぎょしゃ座の星。可視光では、カペラは黄白色に見える。しかし、望遠鏡による昼間での観測では、青空とのコントラストで、より明確に黄色がかってみえる。（wikiより抜粋）

その日、ニールは目に見えてご機嫌だった。
いつもなら嫌がるロッカーの整理整頓も、逃げ回る資料作りも、ガジェット類の手入れも。
朝からきびきびとよく働き、仔犬のような笑顔を無駄に振りまく彼に“何か”があったのは誰にでも想像出来る事だった。

「あー…何だ。
　良い事でもあったのか」

とうとう不安に思った部下たちからせっ突かれ、上機嫌に本棚の掃除をしているニールにアイヴスが声を掛ける。

「ん？　あ…あぁ、うん。やっぱり分かっちゃう？？」

憧れの先輩と目が合って赤面する女子中学生のように肩を竦めてニールははにかむ。
彼の背中の延長線上には男の姿があって、彼に聞こえないようにこっそりとニールは耳打ちした。

「…あのね、えっと…」

もじもじとする彼にうんざりしながらも、根気よくアイヴスは話を聞く。

「俺に言えない話か」
「言える話だけどー…うーん、恥ずかしいなぁ」
「俺とお前の仲だろ？　言ってみろよ。場合によっては味方になるぜ」
「うーんうーん…　あのね…秘密にして欲しいんだけど…」

こそこそと肩を寄せる2人に、大きなデスクで書類を読んでいた男が顔を上げる。

「昨日ね、キスマークつけてもらったの…！」

ニールは言うと、ショールが撒かれた首元を指差す。
その下に浮かぶ赤い花が見えた気がして、アイヴスはそっと視線を外した。

「あー…？　それは、おめでとう…？」

ふくふくと笑みを零すニールに、アイヴスはひっそりと溜め息を吐く。
そんなタイミングで、男から声が掛かった。

「…ちょっと、悪いが2人に急いで片付けて欲しい要件がある」

組織のトップに呼ばれて、ニールとアイヴスは背筋を伸ばして男の机の前に並ぶ。

「は」
「はい」

「先ほど、△△の逆行から戻った者からの報告だが、□□を見落としていたらしい。
　済まないが急ぎ戻って、修正を頼めないか。
　なに、ほんの半日くらいの話だ、危険はない」

男はいつの間にかモニターを見ていて、その画面と2人の顔を交互に見遣った。

アイヴスは直ぐに頷く。

「急ぎ準備をして、直ぐに参りましょう。
　作戦の詳細なデータは」
「直ぐに送る。装置の中で確認してくれ」

構成員としての顔を作ったアイヴスに対して、ニールはやっぱり“ニール”だった。

「逆ﾞ行ﾞしﾞたﾞくﾞなﾞいﾞいﾞいﾞいﾞいﾞいﾞいﾞいﾞいﾞ」

首元を抑えて子供のように首を振っている。

「任務だ、ニール」

アイヴスも諭すが、「やだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ消えちゃうぅぅぅぅぅ」今までの上機嫌なニールは何処へやら。手負いの獣のようは勢いになってしまった。
どうしたものか、アイヴスが肩を落とすと「ニール」男が呼びかける。

半泣きのニールが男を向くと、最大級のキメ顔で男は投げキスをした。

「…どうだ？
　逆行してもう一度見たくないか？」

おまけのウインクまでした男に、ニールの背筋がピンと伸びる。

「任務に行って参ります！」

――気を付けて。
穏やかに微笑んだ男は直ぐにモニターを凝視し始める。

「ふふっ！
　ほら！行くよっ」

また上機嫌に踵を返したニールに、上司と同僚、2人の顔を見ながら「転職してぇ…」アイヴスは溜め息を吐いたのだった。

＊おしまい＊