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Serena*Mのあたまのなかみ。
グッドオーメンズ/アジラフェルとクロウリー

Twitterで「『他人の為に流す涙に善も悪もないよ』って言う天使に泣いちゃう悪魔など浮かんだ」と呟いたのを具現化した話。 モブの女の子が出てきます。

タイトルはマルコによる福音書10章14節より。


それは、いつも通う公園での出来事。

「バニラのアイスクリーム、チョコバー付で1つ。それと、ストロベリーバーを」
手慣れたようにワゴンで自分と親友のアイスクリームを頼むクロウリーに、半歩下がったところでアジラフェルが微笑む。
「いつものベンチが奇跡的に空いているようだよ」
親友の好物を手渡すと、金の髪の彼は慈愛に満ちた笑顔を向ける。対するクロウリーはと言うと、相変わらずのへの字口で「ん」頷いただけだった。
暖かな昼下がり、6000年の友情に今更口にする話題もなく、ただ行き交う人々の往来を眺めながら2人は持ったアイスクリームの質量を減らす。
――その時だ。
「赤毛のお兄さんは赤いキャンディーバー、金の髪のお兄さんは白いアイスなのね」
天使にも似た金髪の巻き毛をおさげにした少女が2人を見上げる。
向けられた双眸は綺麗な青色で、そばかすを散らした頬が健康的だった。
「……あぁ、そうだな」
どんな時だってクロウリーの返事は素っ気ない。例え相手が子供だろうと、あのサタンであろうと。彼の対応が軟化するのは親友の前でだけだった。
「そうみたいだね、金の髪のお嬢さん。
 あそこのワゴンのアイスクリームがとっても美味しいから、誘惑に負けちゃうんだ」
にっこりと返したアジラフェルに、少女もつられて満面の笑みを作る。
「わたしも、バニラのアイスクリームが大好き!
 それはチョコバー付なの?」
指差した少女に、代わりに応えたのはクロウリーの方だった。
「あぁ。チョコバーがないとバニラアイスの意味がないんだと。
 だからそんなにコロコロとまーるくなるんだよ」
付け加えられた悪態にむっとアジラフェルは表情を変える。
「わたし、まだチョコバー付のアイスは食べたことがないの!
 お兄さんのお勧めならきっと美味しいわね」
破顔した少女にアジラフェルの目尻も自然と下がる。彼が何か言いかけようとしたが、それは少女を呼ぶ家族の声に掻き消された。
「――――! ――――!」
「はぁーい! 今、行く!!」
広大な芝生に叫んで彼女はもう一度2人に笑う。
「わたしね、シャーロット。
 時々母さんが公園に連れてきてくれるの。
 また会ったら、こうして挨拶してもいい?」
天真爛漫な彼女の態度に、すっかりアジラフェルが骨抜きにされたのは言うまでもない。
「あ、あぁ! 勿論だとも。
 私はアジラフェル、彼はクロウリーだよ。小さなお嬢さん。
 私たちもよくここでこうしてアイスクリームを食べているんだ。また会おうね」
上擦った声で返した彼に「やれやれ」クロウリーは溜め息を吐き、少女は「さよなら!」おさげを揺らして駆け出して行ったのだった。



子供と言うのは不思議な生き物で、人当たりの良いアジラフェルに懐けば良さそうなものの、お気に入りはクロウリーのようだった。
「ねぇ、クロウリー? 貴方は何故サングラスをしているの?」
「…太陽が嫌いだからだよ」
「でも今日は曇りよ? 薔薇のお花も外した方が綺麗な色が見えると思うわ」
「…気が向いたらそうするよ」
「そう言ってずーっと見ないつもりでしょう! もう!
 アジラフェルからも何か言って!!」
「ははは、シャーロットの言う通りだ。彼はここの美しい薔薇の色も知らないんだよ」
親友と新しく加わった小さな友にいつもクロウリーは溜め息を吐く。そして場を逃げるように言うのだ。
「…ワゴン行ってくるよ。ご希望は」
『バイラアイス、チョコバー付で!』
重なる声に「はいはい」また、クロウリーは特大の溜め息を吐くのだった。



シャーロットと出会った季節は夏になる前だったが、今やすっかりと木枯らしの吹く冬に差し掛かっていた。
「じゃぁね、またお話してね」
そう駆け出した彼女の背中を見送ってクロウリーが切り出す。
「…エンジェル、気付いているか」
棒だけになったストロベリーバーを咥えながら短く呟く。
「……分かってるよ」
返すアジラフェルの声のトーンも低い。
行き交う人々が半袖から長袖になり、コートを羽織り出しても少女の服装は変わらず、夏仕様の薄手のワンピース1枚だった。心なしか出会った時よりも薄汚れてしまっていて、食べこぼしのシミが目立つ。

――2人に出会えばいつだって笑顔の彼女の、家庭の事情は少し複雑なようで。
お父さんは身体が弱くて働けないこと。お母さんがシャーロットと弟を1人で育ててくれていること。
最近、お母さんの帰りが遅い事。“弟”の世話をしなければならないこと――

「…悪いことに、ならないと良いんだけど」
肩を落としたアジラフェルに
「天使さまはお優しいことで」
クロウリーも吐き捨てる。
並ぶ2人の腕にはシロツメクサの腕輪がはめられていて、それはシャーロットが作ってくれた贈り物だった。

「さ、私たちも帰ろう」
立ち上がったアジラフェルに、クロウリーも続く。
「…今なら奇跡的にリッツの座席が空いているみたいだぜ」
彼の言葉に、アジラフェルは嬉しそうに目を細めた。



寒い冬になって、またシロツメクサが公園の芝生に咲き始めてもシャーロットは2人の前に現れなかった。
きっと何処かに引っ越しだのだろう、クロウリーは思う。
まだ少し気温が上がってきたから、いつものワゴンでアイスクリームを注文した。
「バニラのアイスクリーム、チョコバー付で1つ。それと、ストロベリーバーを」
いつもと同じようにベンチに座り、親友へバニラアイスを渡すと懐かしい声が耳に届く。
「やっぱりアジラフェルはバニラアイスだし、クロウリーはストロベリーバーなのね。
 他に試したい味はないの?」
悪戯っ子のように2人を覗き込んだシャーロットに「ふん」相変わらずクロウリーはへの字に口を曲げる。
「…好きなんだよ」
「そうだね、私もこのアイスが好きなんだ。
 シャーロット、君も要るかな?」
アジラフェルが尋ねると、そばかす顔をくしゃりとさせてシャーロットは満面の笑みを浮かべた。
「ううん、まだ寒いからダメってお母さんが。
 もう少し温かくなったら一緒に食べよう! 約束だよ」
そうして、ポケットから小さな腕輪を取り出す。
「それから、これね。
 いつもありがとう。アイスクリーム、とっても美味しかった」
それは、いつか揃いで渡したのと同じ、この季節にしては気の早いシロツメクサを使った小さな腕輪だった。
膝に置かれた其れに、
「…シャーロット!」
珍しくクロウリーが名を呼ぶも、彼女は既に背中を向けている。

――またね。

伸ばした手の先は空を切って、見えていたはずの少女の姿は何処にも見えなかった。
そのまま俯いたクロウリーが低く呟く。
「…知ってたのか」
姿勢が悪く、丸まった背中をそっとアジラフェルは撫でた。
「…今朝の新聞でね」
購読している地方新聞の5面に、継父による虐待死の記事をアジラフェルは確認していた。
死んだ子供の名前はシャーロット。3つ下の弟を守るように亡くなっていたそうだ。
肩を震わせた親友を、アジラフェルは抱き寄せる。そして、安心させるように何度も肩を擦った。
「…俺は、悪魔で。だから、こんな――」
「……人の為に流す涙に善も悪もないよ」
天使の言葉に、悪魔の掛けたサングラスが曇る。
アジラフェルは深呼吸をすると、そっと目を閉じて空を見上げた。
「安心して。彼女はちゃんと“天国”に迎えられたよ」
彼の言葉に、クロウリーも短く言葉を紡ぐ。
「……あぁ、いつだって地獄の準備は整ってるさ」
其れが誰に向けられた呪詛なのか、アジラフェルは詮索しなかった。
だって、彼は天使で慈愛に満ちた存在なのだから。けれど、こうして誰よりも優しい悪魔が地獄を用意してくれるかと思うと、彼の溜飲も下がるのだった。

「ね、クロウリー。早く食べないとアイスが溶けちゃうよ」
「…あ、あぁ、そうだな」
「もう少し暖かくなったらさ、皆でアイスを食べに行こうね」
「……当たり前だ。貰いっぱなしは性に合わないんだ、俺は」

――6000年の親友の、ある1年の出来事だった。

*END*

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