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Serena*Mのあたまのなかみ。
グッドオーメンズ/アジラフェルとクロウリーとアダム

天使と悪魔と人の子の長い長い1日
6話後にコテージシェアを始めた天使と悪魔と、時々顔を出すアダム君の話。
話に出て来る本の元ネタはアレです。知ってる人だけ笑って欲しい。

特に左右固定はありませんが、生産者はアジクロ畑農家です。

タイトルはマタイによる福音書7章7節より。


「健康に育て~~~っ!!」

ガラス張りの温室から響く、およそ温室に相応しくない怒号にちょっとだけ眉を顰めながら温めたカップのお湯をシンクに捨て、アジラフェルは良い香りのする紅茶を淹れる。
普段はココアを好んで飲む彼だったが、1日に3杯も4杯も砂糖とミルクのたっぷり入った其れを飲み干す姿にクロウリーが「ミケランジェロの描く天使にでもなるつもりか?」そう揶揄ったのだ。与えられたこの肉体に不都合はないけれど、そうやって揶揄われるのも癇に障ったので、おやつと一緒に休憩する時はこうしてノンシュガーの紅茶を淹れて飲むようになった。引っ越して来た始めの頃こそ簡単にティーバックで済ませていたが、アジラフェルが紅茶を嗜むのを見てクロウリーも品質の良い茶葉を集めてきたから、今では否応なしにこうしてしっかりとゴールデンルールに乗っ取って紅茶を淹れるようになったのだ(コーヒー派のクロウリーはボタン1つでエスプレッソが抽出できるマシンを買った。ココアも作ることが出来るので、最近はこのマシンのココアを飲むことも多い)。

琥珀色に輝く最後の1滴を愛用の天使の羽根が付いたカップに注ぐと、茶菓子のマカロンを置いたテラスのテーブルにアジラフェルは移動する。
陶器にも似た真っ白なのは塩バニラ味、可愛らしいピンクのはいちごチョコ味、爽やかな青いのはミントチョコ味。ころんと並んだフォルムを堪能して、さて、どれから食べようかな。アジラフェルは考える。このミント味についてクロウリーが関与しているようだったけど、チョコとミントの組み合わせは美味しいし、その点については追及しなかった。

テラス用に設えた木製の椅子に腰掛けると、クロウリーの持つスマートフォンの画面が点灯するのが目に入る。

「クロウリー! 電話ぁ」

震える文明の利器に相棒の名をアジラフェルは呼んだ。

「んぁ?」

ガラス扉から覗いた顔に「で ん わ !」黒いカバーのスマートフォンを指差すと、クロウリーは抱えた鉢を置く。それから、ずんずんと長い脚を差し出してアジラフェルの座るテラス席へとやって来ると、土埃をエプロンで払ってからテーブルに置かれたスマートフォンをつついた。

「…電話じゃねぇ、メールだ」

当たり前のように置かれた紅茶に口を付けてクロウリーはスマートフォンをアジラフェルに見せる。
普段アジラフェルの扱う書物に比べて小さな文字ばかり並ぶスマートフォンをあまり好きになれなかったが、親友から差し出されたものを無下にも出来ず、マカロンを頬張りたい気持ちをぐっと抑えて画面に表示された文字を読んだ。

【From:Adam
 Text:本を探して欲しい。
 タイトルは「どんと来い!超常現象」日本の本らしいけど、翻訳された本はあるかな。
 よろしくね                                  】

「……ったく。
 本が欲しいなら直接店に電話すりゃいいのに」

ぶつくさと文句を言うクロウリーにスマートフォンを返しながらアジラフェルは苦笑する。

「最近のニュースで、電話が苦手な人が多いって言っていたよ」
「…ハッ」

親友の言葉を鼻で嗤うとクロウリーは白いマカロンを口に放り込む。
甘いバニラにほんのりと塩気が混ざった罪な味は遠い昔に誰かの耳元で囁いたアイディアのような気がする。――相変わらず彼は、人を堕落させるのが上手かった。

「“どんと来い!超常現象”…か。
 聞いたことないタイトルの本だな。相変わらず宇宙の真理だのUFOだのにハマってんのかね」
「UFOを人間に見せた君がよく言うよ」
「ありゃ偶然そうなっちまったんだ。おれだけの責任じゃない」

大袈裟に首を竦めた親友にアジラフェルは薄く笑うと「うーん」頭を捻る。

「この本ってJapanの出版物だね… 直ぐに手に入るかなぁ」

――アダムからの本の要求は今回だけではない。

彼が生まれる前に世を騒がせた世紀末についてのトンデモ本、宇宙人に連れ去られた人間のエッセイ、巨大生物や未確認飛行体についての怪しい論文…
アナセマの影響もあるのか、彼の欲しがる本は多岐に渡る上に綴られた言語も様々で、その度に古書店の店主は小さな奇跡を起こして存在しない翻訳本をこの世界に誕生させるのだった。

「…んなもん、奇跡を使えば1発だろ」

指を鳴らす仕草をしたクロウリーに「そうだけど…」アジラフェルの顔は浮かない。

「なんだ、お堅い天使サマは反キリストの子に協力するのは神の意志に反するってまだ言うのか?」
「べ、別にそんなことは思わないけど… アダムはとっても良い子だし……うん」
「なら問題無いだろう。今日は午後からロンドンに仕事に行くから、ついでに取りに行ってやるよ。
 夕方の配達で“奇跡的に”届くだろう?」

ソーホーにあるアジラフェルの古書店は、どんな絶版の本でも必ず手に入ると噂がある。その本の殆どは店主が趣味で集めた本らしいが、中には学術的価値があると交渉したがる輩も多かった。
以前は殆ど毎日開店させていたが、最近はこういった輩が多かったし、通うのも少しだけ億劫だったので週に3,4日ほど、気が向いた時に店を開いていた(勿論、常連さんからの声が掛かればこの限りではない。ずっとお世話になっているマダム、初孫の話を聞かせてくれる紳士。人々の愛の話を聞くのはアジラフェルは大好きなのだ)。

「…そうだね。先月の船便で日本から取り寄せた本の中に1冊紛れ込んでる。
 きっと16時の配達で届くんじゃないかな」

指を鳴らした店主にクロウリーは意地悪く笑う。

「いい加減、宅配ボックスでも置けよ。
 もう21世紀だぞ」
「…ん。今日はお店を開けるよ。だから受け取りは私が」
「!!
 だったら急がねぇと。開店は10時だろ」

温室に置かれた大時計を見遣ってクロウリーは声を荒らげる。時計の針は9:40を差していて彼の(比較的安全な)運転でも開店時間に間に合うかどうか、と言う時刻だった。

「うわぁ、もうそんな時間!?」

驚いた顔を作ったアジラフェルは「マカロン…」指を鳴らしたクロウリーに物憂げな瞳を向ける。

「……あぁ、もう!
 んなもんベントレーで食えばいいだろ!」

親友にこんな顔をされてしまっては悪魔だってこう答えざるを得ない。
怒った声を出しながらもアジラフェルを否定しない答えに「優しいなぁ」言いかけて、その言葉をぐっと飲み込んだ。

――そうだった。
親友は“優しい”と言われるのに過剰反応する。

今だって葉が枯れた植物の剪定をして、栄養剤を与えて。
この子たちが元気に育つように細心の注意を払っているのに。
自分に対してだってそうだ。
間に合わないなら指を鳴らせば一瞬で店に移動出来るのに、こうして車で送ってくれようとするし、「店を開けない」とアジラフェルが言えば文句を言いながらも本を受け取ってくれるのだろう。

「ねぇねぇ、ちょっと、待って。待って」

すっかりいつもの格好になってドアを開けるクロウリーに、アジラフェルも指を鳴らして細い背中を追いかけたのだった。



次の日曜日、アジラフェルの古書店のあるソーホーまでバスに乗ってやってきたアダム少年を、天使と悪魔の2人は出迎える。

「こんにちは、アダム。よく来たね」
「こんにちは、アジラフェル。
 父さんにお小遣いを貰って来たんだ。バスから見える風景を見ていたらあっという間だったよ」
「それは良かった。君が無事にここまで来れて私も嬉しいよ」

にっこりと出迎えるアジラフェルに対して、相変わらず不機嫌な顔なのはクロウリーだ。

「…届けてやるって言ってんのによ」
「だってさ、自分で頼んだ本だもん。自分の手で受け取りたいじゃない?」

自慢げに胸を反らせたアダムに足元を確認してクロウリーは続ける。

「…あれ、犬は」
「バスにドッグは乗れないよ。
 …まぁ、ドッグが盲導犬なら話は別だけど。だからドッグは家でお留守番」
「そうか」

クロウリーの本性なのか、若干彼はアダムの相棒のドッグを苦手としていた。
蛇としてなのか、地獄の家族としての嫌悪なのかは分からなかったが。

「ずっと座っていて疲れただろう?
 折角ロンドンまで来たんだ、美味しい物を食べようよ」

誘ったアジラフェルにアダムは満面の笑みを作る。

「もちろん!」

言ったところで、クロウリーが溜め息を吐いた。

「残念な話だが、奇跡的に角のカフェの座席が空いてる」
「あ、あそこの新しくオープンしたお店だね!自分の好きなサンドイッチをオーダーお店なんだ。
……もう、クロウリーってば素直じゃないんだから」

――この前、若者が列をなしていたと教えてくれた通りの向こうのカフェ。
アジラフェルとクロウリーには少々物足りない格式の店だったが、アダムにとっては充分楽しめるお店だし、土産話にもなるだろう。

アジラフェルは苦笑すると「行こうか」アダムの手を握った。



「はい、これはこの前言ってた本。
 訳してあるからこのまま読めると思うよ」

いつもの公園のいつものベンチで、足をぶらぶらさせるアダムにアジラフェルは茶色の包み紙にくるまれた本を差し出す。

奇跡的に座席が確保出来たカフェのサンドイッチは美味しく、アジラフェルの舌を充分に満足させてくれたし、野菜のスムージーをクロウリーも気に入ったようだった。
勿論アダムが喜んだことは明白で「ペッパーに自慢しよ!」そう言って店の出入り口で記念撮影もした。

流石に混雑する店舗でデザートまでゆっくり寛ぐのは憚られたので、こうしてデザートのアイスに移動してきたのが此処に居る理由だ。

「わぁ、ありがとう!」

アダムは素直に礼を言うとがさがさと包み紙を開ける。
中から出てきたのは眼鏡を掛けた日本人の写真が大きく載った本で『Come on! Paranormal phenomenon.』そう記されていた。

「やったぁ! 凄い!!」

嬉しそうに本を抱きしめたアダムにアジラフェルは諫めるように続ける。

「あのね、アダム。私は何でも屋じゃないんだよ?」

――その本は絶版して暫く経つ本だし、そもそも訳された本でもないし。

心の内に続けた彼にアダムは首を傾げる。

「古書店でしょ?
 この本、僕が生まれる前の本だもん。古い本を探して貰うのって間違ってる?」

そう質問されて言葉を詰まらせたアジラフェルに

「間違ってねぇな」

アダムを後押ししたのはクロウリーだった。

チョコバー付のバニラアイスをアジラフェルに、限定フレーバーのアップルキャラメルアイスをアダムに渡すとアダムを挟むようにクロウリーはベンチに腰を下ろす。ストロベリーキャンディバーを齧ると「いつもそれだね」アダムは笑った。

「アダム、帰りはどうするの?」
「父さんがバスの時間を教えてくれたからそれで帰るよ。家にはこれで連絡出来るし」

まだピカピカのスマートフォンを取り出したアダムに「送ってく」相変わらずぶっきらぼうにクロウリーは呟く。

「そうだね、その方がヤングさんも安心だ」

微笑んだアジラフェルに「ありがとう!」アダムもアイスを頬張りながら頷く。

「…だったらさ、お土産…買って帰りたいんだけど」

遠慮がちに続けた言葉には家族への愛がこもっていて

「もちろんだとも!
 ねぇ、クロウリー?」

破顔する天使に、愛だの家族だの関係のない世界に生きる悪魔は「面倒くせぇ」舌打ちするのだった。



「じゃぁね、アダム。
 お父さんとお母さんによろしくね」
「もう来んな」
「ははは、2人とも今日はありがとう!
 とっても楽しかった!!」

山ほどのお土産を抱えたアダムが玄関のドアを開けたのを確認して、クロウリーはベントレーを走らせる。
相変わらずベントレーからはご機嫌にqueenが流れていて、もう何度目かになる“地獄へ道連れ”を流していた。

道中、アダムがこの曲を「良い曲だね」なんて耳を澄ませるから

『地獄へ道連れ、なんて笑いごとじゃない』
『地獄へ道連れ、なんて笑いごとじゃねぇ』

なんて2人して顔を見合わせたりしたのだが。

「どうする、天使サマ。
 帰る前にリッツにでも寄って飯食って帰るか?」

いつものデートのようにクロウリーが告げると、「いいのかい?」アジラフェルは笑顔を作る。
またロンドンまで戻るのだから少し遅い夕食にはなるだろうが、6000年を生きた2人には気にも誤差の範囲内だ。

「じゃ、奇跡的に座席があることを祈っててくれ」

エンジンをふかしたクロウリーに、しっかりとシートベルトが固定されているかをアジラフェルは確認する。
――子供の手前、安全運転に努めてた(気持ち程度だけど!)クロウリーに「優しいなぁ」やっぱり思って彼は目を細めた。

耳に届く、この景気の良い音はクロウリーの車のエンジン音だろう。随分古い車のようだけど、乗り心地は悪くないし、何よりも流れる音楽が最高だ。
両親と夕食を囲むアダムは温かなミートパイを食べながら1人頷く。

「今日はどんな1日だったんだ?」

ロンドンに出掛けて、どっさりとお土産を持たされて帰宅した息子に父が尋ねる。

「すっごく楽しかったよ。欲しかった本も見つかったし、新しいアイスも食べたんだ!
それからね、父さん。Queenって知ってる? 今日ね、その人たちの曲を聞いてたんだけど――」

アダムは今日起こった楽しい出来事を両親に報告する。

――それから暫く経ったある日、クロウリーのスマートフォンに『買ってもらった!』と、グレイテスト・ヒッツのCDと満面の笑みのアダムの写真が送られてきたと言う。

*おしまい*

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