原作準拠につきボロミアさん死亡済(済って…)
ちょっと記憶曖昧なところがあるので、その辺のツッコミはナシでお願いします~

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それは、遠く聞こえた笛の音でした。
*
「兄様、何を磨いてらっしゃるの?」
暖かな午後、真剣な眼差しで何かを磨いているボロミアに、
弟のファラミアは尋ねました。
「…父様から、磨いても良いってお許しが出たんだ!」
磨いていた其れをファラミアに差し出します。
「うわぁ…!」
それは、真っ白で、そして大きな角笛でした。
ゴンドールの執政家に伝わる家宝です。
所々に施された、銀の装飾はとても美しく、
そしてピカピカに輝いていました。
「いいなぁ、兄様!」
普段、父の執務室に飾られているその角笛は執政官である父の持ち物で
ボロミアもファラミアも、どんなに頼んでも触らせてはくれなかったのでした。
「お前も俺と同じ歳になったらきっと触らせてもらえるぞ!
父上も、今の俺と同じ年の祖父様から磨かせて貰ったと言っていた!」
「兄様、角笛は吹いてはいけないの?」
弟の質問に、ボロミアはちょっとだけ困った顔をしました。
「…聞いてないから、きっとダメなんだと思う」
そう言って、また角笛磨きに取り掛かります。
「兄様が吹くの、聞いてみたいな」
呟くと、兄はテラスに弟を誘いました。
実は、ボロミアも一度でも良いからこの角笛を吹いてみたかったのです。
執務室から離れたテラスは、塔の高くにあり、まだ強い風が吹いていました。
大きく深呼吸をして、角笛に呼吸を吹き込みます。
深く、大きな音が響き、
そして…直ぐに音を聞きつけた城の警備兵に捕まってしまいました。
その後、しばらくボロミアが角笛に触らせて貰えなかったのは言う間でもありません。
けれど、ファラミアの耳にはしっかりと兄の吹いた角笛の音が残ってました。
父の吹く音とも違う、兄の音です。
*
今、まさにその笛の音が響きました。
驚いて、周囲を見回しますが誰も音に気付いてはいないようです。
「どうされましたか、ファラミア様」
侍した兵が尋ねます。
答えようとした時に、もう一度その音が響きました。
短く、三度。
「…笛の音が、聞こえないか?」
兵は耳を欹てたようですが、首を振りました。
「風の音と、遠くのオークどもの声だけです」
わかった、ファラミアは頷くと唇を噛みました。
あまり、良くない気持ちが胸の中に広がります。
オスギリアスまで、もう少しの距離でした。
兄の死を知ったのは、それから暫くしてのことでした。
真っ二つに割れた、ゴンドールの角笛。
それは、旅に出る前の兄に父が渡したものでした。
…駆けつけることが、出来なかった。
笛の音は、聞こえていたのに。
ファラミアは、静かに頭を垂れました。
*
子供の頃に一度だけ吹いた角笛は、懐かしくもあり、そして緊迫感のある音色でした。
ホビットにオークが迫っています。
彼は、背中で小さな人を守りつつ、もう一度角笛を吹きました。
きっと、ゴンドールの民が助けに来る。
そう、きっと…
*
嫌な夢を見て、ファラミアは飛び起きました。
それは、兄の夢でした。
ウルク=ハイに殺されたと言う兄。
いたぶられ、なんども件を突き立てられ…
苦悶の表情で自分を見つめています。
「…ファラミア様…」
傍らのエオウィンが、優しく背中をさすります。
「…すまない、エオウィン…」
彼は、そっと妻の手を握りました。
*
王から呼ばれたと思えば、アラゴルンは退屈そうに机に脚を投げ出していました。
「なんだか、王様には見えないですね」
ピピンは椅子によじ登ります。
(エントの飲み物で大きくなっても、やはり人間の椅子はちょっと大きめでした)
「ピピン、君も衛兵には見えないよ」
アラゴルンも返します。
彼は、銀のお盆に乗せられた果物をピピンに投げて寄越しました。
「まぁ、人間に比べたら小さいかもしれませんけど…
ホビット庄の治安くらいは守れますよ」
ピピンは笑います。
そして、続けました。
「…そして、どうしたんですか?」
真面目なピピンの顔に、アラゴルンも居住まいを正します。
「ファラミアの事なんだが…」
「ファラミアさん?」
しゃりしゃりと、リンゴを食べながらピピン。
「最近、疲れているように見えてな。
本人に聞いても何も言わないから、エオウィンに尋ねてみたんだ。
そうしたら…」
「そしたら?」
「悪い夢にうなされている、と」
「夢?」
放ったリンゴの芯は、綺麗な弧を描いてダストボックスに落ちました。
「…ボロミアの、最期の夢らしい」
「…」
ピピンは黙りました。
彼の最期なら、ピピンもよく知っています。
凶悪なウルク=ハイから自分とメリーを救おうとして…そして命を落としました。
「…それで、僕に何をしろと?」
長い沈黙の後で、アラゴルンは言いました。
「彼の最期を、ファラミアに語って欲しい」
メリーとピピンは、ボロミアの最期をファラミアに聞かせたつもりです。
多少、誇張表現はあるかもしれませんが、
それでも立派に自分たちを立派に守った、素晴らしい人だった、と締めくくっているはずです。
「…でも、どうして今頃…?」
「分からぬ。
だが、間違った夢に侵され、ファラミアは苦しんでいるのだ…」
ボロミアさんの…
ピピンは噛みしめるように言うと、アラゴルンの目をはっきりと見て頷きました。
それは、彼にとっても辛い記憶でしたが、
弟が苦しんでいるのを良しと思うボロミアではありませんので、
彼の為にもまた話そうと決心しました。
「…ありがとう、小さな友よ」
執務室の壁には、割れた角笛が飾られていました。
*
「…兄は、本当に笑っていたのでしょうか」
アラゴルンが、ボロミアの最期を伝えるとファラミアが辛い表情で尋ねました。
「確かに、微笑っていたよ。
『王が、戻られた』
と…」
夢の中の兄は、苦悶の表情を浮かべていた。
『まだ、死にたくない。
故郷に帰りたい』
そう、顔に書いてあった。
「…エレスサール王、貴方の中で兄は笑っていますか?」
「…あぁ、少々呆れられてるかもしれないが
怒られないようにこの国を治めているつもりだ」
ファラミアが口を開きます。
「私の兄は、ずっと辛そうな表情をしていました。
最後に笑顔を見たのかいつだろう…と思います」
「兄の替わりに私が旅に出れば良かったと。
父の反対を押し切って行けば良かったと」
それは、自分に言い聞かせているようでした。
「兄の角笛を聞いた時、私は助けに行けなかった。
空耳だと、別の場所に隊を進行させた…」
「…ファラミアさん…」
見上げるピピンに、彼はふっと微笑みました。
「過去に縛られていたのは私なのかもしれませんね…」
そして、尋ねます。
「ピピン、君の中で兄はどうだい?」
「私の分まで、国の平和を守れって言ってるよ」
ファラミアは頷きました。
「…私も、兄に笑って貰えるように精進せねば、な」
それは、さっきまでの表情と違っていました。
「ファラミアさん」
メリーが声を掛けます。
「昔、僕らにボロミアさんが教えてくれたように、
剣術を教えて貰えませんか?」
彼は、微笑みました。
「あぁ、喜んで。
私も剣術は、兄に教えて貰ったんだ」
遠く、あの角笛の音がします。
この音も、きっと誰にも聞こえていないのでしょう。
けれど、今日の音はとても優しく、彼の耳に響きました。
『白の都に、王がお戻りになられた!』
*FIN*