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Serena*Mのあたまのなかみ。
自傷癖×スマイル







高校二年のインターハイが終わった夏。
本来であれば引退するはずの3年の大田だったが、生来の世話好きが高じてか引退したあともちょこちょこと部活に顔を見せる存在だった。【元】が付いても部長だ。部員は若干萎縮したが「もうこの卓球部はお前らの時代だ。トボけた球拾いだと思ってもらえばいいよ」そう大田は笑い、まだサーブの下手な1年に丁寧に球運びを教えるのだった。そんな調子だから、卓球部の部員も、顧問ですら大田を歓迎し、下手をすれば1年から絶大な信頼を寄せられるのが【元】部長だった。

そんな、秋も終わりのある日。

「あれ、今日は先輩来てたんですか」

部室に忘れ物を取りに来たスマイルが、冷たい視線を投げかける。
大田は部室に散らばった雑誌を片付け、踏みつけられた球なんかを選別してるところだった。

「よぅ、月本」

大田は片手を挙げて挨拶をする。

「忘れ物か?」

「帰ってから読もうと思って」

大田が片付けた雑誌の山から何かを探そうとするスマイルに、わりぃ、小さく大田が謝ると彼は首を振った。

「…どうして先輩が謝るんです?」

インハイの後から、スマイルは随分と【普通に】喋るようになった。

「先輩に片付けろと怒鳴られる筋合いはあっても謝る必要は無いと思いますよ」

スマイルはあった、と続けて雑誌を抜き出す。
彼からの正論に大田は少し考えるように顎を手に遣り、そして無言で球の選別を始めた。

「これ、捨てちまっていいか?」

箱に投げ捨てられた、無残なピンポン球を指差して大田。
別の箱には蒸気で直せそうな球が入っていた。

「良いと思いますよ。って僕部長じゃありませんけど」

雑誌を鞄の中に仕舞ってスマイルが言うと大田が立ち上がる。

「っし、んじゃぁ帰るか」

大きく伸びをして肩回した大田を、スマイルがじっと見つめるのが彼は首を傾げる。

「月本?」

「…ね、大田先輩」

「?」

「僕とキスしてくれません?」

それは、まるでペットボトルのお茶を一口貰うかの如く。
さらりと、スマイルは言い放った。

「?!」

何を言われたのか理解が出来なくて、大田が目を見開く。
一歩スマイルは近づいてにこりと笑顔を作った。

「え、だから僕とキスしましょうって」

彼は瞳を閉じて唇を突き出す。

「は?お前何バカ言って…!」

「万国共通の挨拶じゃないですか」

薄目を開けて彼が言い放つと、あぁままよ!
覚悟を決めて大田はスマイルを引き寄せた。

ちゅっ

可愛い音を立てて、頬に口付けると

「これでいいだろ!」

顔を赤くして大田が叫ぶ。

「…先輩、彼女居るんでしたっけ」

「居たら悪いか!!」

――親しい友人しか知らない事だったが、彼にはこの春から一つ年上の彼女がいた。詳しい話は省くが、幼馴染の腐れ縁だったので、あまり恋人らしい雰囲気は無かったのだが。

「だったら、僕を彼女だと思って。シテくださいよ?」

こいつ、何言ってんだ?
大田は心底思ったが、瞳を伏せた後輩の睫は長くて、それに頼まれると弱かったから仕方なしに今度は腰を引き寄せた。
そして耳元で囁く。

「…後悔すんじゃねェぞ。それに、これっきりだ」

低い声にスマイルの体内がぞわりと疼く。
伸び上がってキスを懇願する前に、大田に喰らいつかれて叶わなかった。

優しい、丁寧なペコと違う野獣のような、そんな猛々しい接吻。
激しい其れに隙間からは透明な液体が流れ出して、止められなかった。

ほんの10秒だったのか、3分だったのか。
彼の頭の芯がぼうっとなった時に唇は離され、大田の言葉だけが耳に残った。

「それじゃぁな、月本」

残された月本は、とろんとした雌の顔で、携帯を取り出した。


To:ペコ
From:スマイル
Text:
ペコ、話したいことがあるんだ。
時間、作れる?


僕が、先輩とキスをしたと言ったら――
ねぇ
君はどんな表情を浮かべるの?







「ね、ペコ?」

急に公園に呼び出されて、ペコは不機嫌そうだった。
だって仕方ない。コンビニの新作スイーツを食べようと蓋を開けたところだったのだ。きっと今頃、弟たちがその味を堪能している事だろう。もう1つ帰りに買おうか、ぼんやりとペコは考えた。

「聞いてる?」

覗き込まれて、彼は頷く。

「で、どーしたんだ?
 スマイル、お前が呼び出すなんて珍しいもんよ」

彼と知り合ったのは小学生の時で、それこそ幼馴染と言って良い長さだったが
恋人としてはまだ3ヶ月も経ってなくて、なんだか妙に初々しかった。

「ん、あのね」

コンビニの缶コーヒーを転がしながら、彼はゆっくりと伝える。

「僕、大田先輩とキスしちゃったんだ」

「… … … ふぇ?」

ペコがきょとんとした顔でスマイルを見つめる。
もう一度、スマイルは繰り返した。

「大田先輩とキスした」

「ぇ、な、なんで先輩と!?
 他には!?厭なことされなかったか!?」

スマイルには自分を罰する癖がある。
何かをキッカケにして、そのスイッチが入るのか分からない。
ペコはスマイルに傷ついて欲しくないから、一生懸命に他の道を模索して
良くなろうと誓い合ったこの矢先、だ。

てっきり大田に乱暴されたのだと思ったのだろう、鼻息荒く立ち上がるペコの腕をスマイルが掴む。

「…ううん、違う。
 僕からお願いしたの。キスしてください、って」

「… ぇ … ?」

怒りに燃えたペコの瞳が、急速に光を失う。

――スマイル?お前は今、なんて?

「ペコって恋人が居るのに…僕…最低だよね…」

さめざめと涙を流すスマイルに、その場は慰め、家まで送ったけれど
どうしても部屋にまでは入れずに

「明日、迎えに来るわ」

そう言って作り笑顔で踵を向けた。
振り向かなかったから、その時のスマイルの表情は分からない。

でも、一つだけペコに分かった事がある。

恋人は、自分の存在を知った上で
関係を結ぼうと、そう、していた。

その夜は、大好きなアイスも食べないで眠った。
視覚、聴覚、触覚。五感を全て落とすことで時間の針を進めようと努力した。



-触れてはいけない、その存在-


朝、スマイルを迎えに行ったものの、なんだか会話がぎくしゃくしてしまって、
話しかけられても生返事ばかり。
なのに、スマイルは普段と変わらずにペコに微笑み、そして話しかける。


「明日は休みだし泊まってかない?」

「部室、綺麗になったんだよ」

「ねぇ、ペコ…」


そんな日が三日も続いただろうか。
遂に堪忍袋の緒が切れたペコが片付けの終わった体育館で怒鳴りつけた。

「何なんだよスマイル!
 オイラお前がわっかんねぇよ!!!!!」

それは、ずっと心の底で抱えてたモヤモヤ。
どうして恋人(オイラ)が居るのにスマイルは大田先輩とキスしたんだろう
その話をオイラに嬉しそうに話すのだろう
いつもと変わらず過ごせるのだろう

大声が苦手なスマイルが、びくりと身体を震わせ、硬直する。

「なんでだよスマイル!
 オイラ、お前の【恋人】じゃなかったのかよ!?」

スマイルに優しくしようと思った。
人一倍辛い経験ばかりなのなら、オイラが半分その重さを持とうと
辛いのなら、一緒に辛さを分かち合おうと。

「…えっ、恋人、だよ?僕の…」

「じゃぁ、なんで他の野郎とキスするんだよ!?」

「そ、それは僕が好きだったら…」

「んなの許せねぇよ!!!!!!!!!」

片付けようと持ったラケットを叩きつける。

「オイラ、お前が分かんねーよ。
 一緒に良くなろうって言ったのは嘘だったのか?
 オイラ馬鹿だから騙せるとでも思ったのか!?」

「え、ペコ…」

「呼ぶなっ!!!!!」

涙に、真っ赤に瞳を潤ませて
我ながらなんてダサいんだろうと泣けてきたけれど
飛び出す言葉を押さえることは出来なかった。

「お前なんかもう知らねぇ!!!!!!!!!!
 絶交だ!!!!!!!!!!!!」

吐き捨てて、ずんずんと昇降口へと向かう。

残されたスマイルは放心状態で、

「…え…? え…?」

何が起こったのかを理解出来ていないようだった。


彼にとって、大田とキスした事は至極単純な理由だったのだ。

『僕が好きなら、許してくれるよね?
 馬鹿だなぁ、ってキスして、叱ってくれるよね?』

けれど、現実は真逆の方向で
【ペコ】と言う幼馴染であり恋人を失う結果となってしまった。

――ねぇ、やっぱり僕は。
誰からも愛されない存在なんだね。

すっかり綺麗になった左腕に、消えない傷が追加されるのはまた少し後の話。







卓球場のタムラで、スマイルは子供たちに卓球を教えていた。

「少し休憩してきたらどうだい?」

あの頃よりも、少しだけ小さくなったオババに言われて片瀬の海岸で紫煙を燻らす。
真夏に長袖を着込んだスマイルは海岸では少し浮いて見えたが、それも気にせず彼は小さなスマートフォンに言葉を打ち込んでいた。
黒い画面に赤い文字。背景には三角木馬と吊るされた鎖。分かる者が見れば、其れは【何】を表しているかよく分かるものだった。



『ご主人さま、悪い僕を存分に叱ってください』


*BAD END*

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