Serena*Mのあたまのなかみ。
くっそ、ムー子可愛い。
「おい、聞いてんのか?」
「ったく、トロいんだからよお前は」
「しゃーねーなァ」
あたしは、必死にこの子をあやしながら片づけをしているのに。
下手だ、って言われてもこれでも頑張ってるんだよ。
ご飯だって、お掃除だって、洗濯だって。
夜中にこの子が泣いたらまー君の明日の仕事に触ると思ったから、
あたしが外に行ったの知ってる?
知らないおじさんに怒鳴られたことだってあるよ。
おばーちゃんがあったかいお汁粉の缶持ってきてくれたこともあった。
知ってる?
あたし、これでも頑張ってるんだよ。
でも、でもね。
今日はね、もう、ダメ。
「まー君のばか!!!!!!!!!」
あたしは、携帯電話と財布だけ掴んで
子供を抱きしめて飛び出した。
*
そう、喧嘩の原因は何時だってアタシ。
だって竜ちゃん、ちっとも嬉しそうじゃないんだもん。
楽しそうにしてくれないんだもん。
少しはさ、思っちゃうじゃん?
仲の良い従姉妹が急に遊びに来たら喜ぶかな?って。
パパにも内緒で来たんだよ。
なのにさ
『諦めて帰ってきたのか?』
って。
酷くない?
私、そんなにヘコたれて見える?
「竜ちゃんの大馬鹿野郎っ!」
お土産の入ったバッグを力いっぱい投げつけて、アタシは踵を返した。
お気に入りのヒールがガツガツ鳴って、
竜ちゃんの馬鹿、竜ちゃんの馬鹿、アタシは何度も繰り返す。
言ってしまえば前方不注意。
駅ビルの曲がり角で、アタシは人と接触した。
*
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!」
一番初めに驚いたのはこの子で、ぶつかった人が綺麗なワンピースを着ていたから、汚してはいないだろうか?あたしはそれが心配になった。きっとまた、まー君に怒られちゃう。そんな思いが脳裏を掠める。
「ご、ごめんなさいごめんなさい…!」
何度も頭を下げる私に、相手の女性は首を振って、それでも顔を上げないあたしにしゃがんで視線を合わせてくれた。
「私は大丈夫。
それよりも、赤ちゃんは平気?何処か怪我してない?」
綺麗なその人はこの子を覗き込む。
相変わらず大声で泣いてはいたけれど、驚いただけだから直ぐに泣き止むだろう。
あたしは身体を揺すってこの子を落ち着かせると、もう一度頭を下げた。
「ちょっとびっくりしただけだと思うから…大丈夫」
「そっか、良かった」
彼女は安心したように溜息を吐く。
そして、あたしを覗き込んで首を傾げた。
「…あなた、何処かで会ったことある?」
――あたしは、こんな綺麗な人を知らない。
「何処だろ…海王…」
ぶつぶつ続けるその人に、ある単語が閃いて尋ねた。
「卓球?」
「あーそーだ!
貴方、海王の卓球部に知り合いがいない?」
みんな、こーんなスキンヘッドなの!
オーバーアクションでスキンヘッドを表現するその人が面白くて、あたしは笑った。
つられて、彼女も笑う。
「アタシね、ちょっと暇してたの。
よかったら少し付き合ってくれない?」
なんだかその人は悪い人に見えなくて、あたしは頷いた。
*
ぶつかったその子は、まだ高校生のようなあどけなさを残していて
けれど、胸の子供をしっかりと抱きかかえて離さなかったから、きっと母なのだろうと予感した。
彼女の顔は何処かで覚えがある。
あれは何だったろう。
卓球部の面々と、妙なリーゼントと、その隣に居た人。
きっと誰かの写メだろうか。
でも、彼女の顔は覚えがあったから、
つい、お茶に誘ってしまった。
彼女の名前はムー子と言い、彼氏の名前はまー君。
昔、海王の卓球部に所属していたと。
そして、ついさっき喧嘩して
カッとなって家を飛び出してしまったと。
聞けば聞くほど、そのまー君は彼女の事を蔑ろにしてたし、
頑張ってるのに認めようともしない、
最低最悪な奴だった。
本当、アタシだったらさっさと実家に帰ってるレベルよ。
話しながらも、彼女は子供とあやし、優しそうな微笑みを浮かべる。
化粧っけの無い、素朴な顔に其れが良く似合ってて
なんだか私も笑顔を作っちゃう。
そんな彼女の話を聞いていたら、
私、なんであんなに竜ちゃんに怒鳴っちゃったんだろうって、少しだけ申し訳ない気分になって。
でも、今更会わせる顔もなくって。
「あたしが、ちゃんとしなくっちゃね」
そう一人頷くムー子ちゃんがなんだか不憫で、アタシは立ち上がった。
「アタシがね、そのまー君にガツンと言ってやるわ!
ムー子ちゃん、あなた間違ってない!頑張ってるじゃない!!」
急に叫んだのかマズかったのか、また子供が泣き出し、アタシは周りのお客さんから白い目で見られちゃった。
*
その綺麗な人はユリエさんと言って、海王の竜ちゃんって人の幼馴染なのだそう。
驚かせようと思って日本に帰ってきたんだけど(今は海外に住んでるんだって!凄いねぇ)
喧嘩をしてしまって、飛び出してきたくだりが今日のあたしとそっくりでなんだか笑ってしまった。
その人はまー君に説教してくれるのだと言う。
そんな事したら、またまー君怒っちゃうんじゃないかな?思った時には遅くて、ユリエさんが私の携帯電話からまー君に電話してるところだった。
「いい?
アンタの奥さんの命が惜しかったら今すぐ此処に来るのよ。今 す ぐ !」
なんだか、果たし状みたい。思うとちょっと面白くなって、どんな顔でまー君が来るのかな、ちょっぴり期待した。
きっかり10分、現れたまー君に彼女はさっきあたしを励ましてくれた言葉で、まー君に教えてくれた。
「アンタ、分かってる?
ムー子ちゃんこの子抱えながら頑張ってるんだよ。
今だってアンタの悪口なんて一言も言ってないんたよ?
全部、私が悪いから、出来ないからダメなんだって。
アンタ、旦那なんでしょ?お嫁さんのこと認めてやんなくてどーすんのよ。
分かったんならさっさと謝って仲直りして!!!!」
あたしは、ずっと誰にも認めてもらえないと思ってたから
見ず知らずのこの人が、こうしてあたしを認めてくれて、本当に、本当に嬉しかったんだ。
*
言いたいことだけ言うと、なんだか、急にアタシは恥ずかしくなった。
アタシ、何を偉そうに説教しちゃってるんだろう。
しかも、今さっき知り合った人の家庭の事情にどかどかと土足で踏み入ってる。
「…そ、それじゃぁ、あ、アタシはこれで」
財布から千円を取り出すと、テーブルの上に置いて逃げるようにその喫茶店を後にする。
いっつも、いっつもそうなんだ。
頭に血が上ると、周りが見えなくなっちゃって
それで後から後悔する、それの繰り返し。
鞄を開けると、携帯電話がピカピカ光ってて
不在着信の発信者は『竜ちゃん』
本当に、一番の馬鹿はアタシなんだと思う。
アタシは「ごめんなさい」と言うのに発信ボタンを静かに押した。
*
家に帰ると、食器もきちんと洗ってあって、洗濯物も畳んであって。
やっぱりまー君は私がやるよりも早くて綺麗で、上手だった。
ソファに座ると、まー君が頭を掻く。
「まー君、あのね、あたし…」
謝ろうと思った。だって、悪いのはあたしだから。
折角のまー君の休みを邪魔して、本当にダメな奥さんだ。
「その…悪かったな」
まー君がぽつりと呟く。
「…え?」
「…なんか、お前に全部押し付けてたみたいで」
「まー君が、謝ることじゃぁ…」
「お前なら、なんか少しくらいキツく言っても許されんじゃないかって、
どっか、思ってたんだ。
でも、それって違うよな。ムー子だから傷つかないとか、無いもんな…」
俯くまー君が、なんだか出会った頃の高校生みたいに見えて、あたしの胸がぽっと熱くなる。
「…ううん。
あたし、上手くできないから。でも、頑張るから。だから少しだけ、時間をちょうだい」
ぎゅっと手を握ると、まー君もぎゅっとしてくれて。
「痛いよぉ~~」
言うと、ムードが台無しじゃねぇかと小突かれた。
*
「ムー子、知ってっか?
今日のあの人、風間先輩の彼女だぞ」
2組のお布団を並べて敷いた寝室で、まー君はぽつりと喋る。
あたしは真ん中の子供の背中をとんとんと叩きながら頷いた。
「そうなの?凄く綺麗な人だったねぇ」
「ありゃぁ、風間先輩も大変だな…」
「大変って何が?何が?ねぇ」
起き上がって突くと、心底面倒そうに背中を向けられた。
「うっせぇなムー子。早よ寝ろ」
…なんだよ、さっきまで大人しく謝ってたのにさ。
ちょっぴり思ったけど、あたしはまー君の頭を撫でた。
何の変哲も無いけど、それがあたしの毎日。
ちょっと口うるさい旦那さまと、可愛い子供。
きっと明日も良い一日に出来る。
あたしは、ミルクの甘い匂いのする子供を抱きしめて、眠った。
「…おやすみ、まー君」
*おしまい*
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