君と繋げる未来への会話

妊婦さんのお腹を触ってぽんわりするスマイル。

木枯らしに黄金色の銀杏の葉が舞う秋のある日。ペコがドイツに旅立ってから既に1年が経っていた。
学校に提出するレポートを郊外の図書館で仕上げ、のんびりと駅までの道を散歩する。
随分柔らかくなった日差しに、ちょっと睡魔が負けかけていた時。
晩ご飯の材料でも買って帰ろうか、思ってスーパーに立ち寄ると、其処には見知った顔があった。

「…あれ、ムー子さん？」

「スマイル君？」

上下いっぱいのカートを押したムー子がレジに並んでいるのに気付く。
傍らにアクマの姿が無いかとスマイルは辺りを見回したが、ムー子の言葉に否定された。

「あ、まー君なら今日お仕事だよぉ」

見下ろしたムー子のお腹が、妙にふっくらとしているのに気付く。
じっと見つめる視線に気付いたのか、ふふふ、と嬉しそうにムー子は微笑んだ。

「あと2ヶ月したらね、会えるんだ」

暫く前に、アクマを飲みに誘った時、嫌に歯切れが悪く断られた事がある。
その時は彼にしては珍しいものだと一人思っていたが、きっとムー子の面倒でも見ていたのだろう。世話焼きな彼が想像できて、ふっとスマイルは笑ってしまった。

「…言ってくれないもんなぁ、アクマ」

荷物、運びますよとそのまま一緒にレジへと進む。
身重の女性に大荷物を持たせるワケには行かなかったし、何よりもムー子と話しているとなんだか落ち着けてスマイルは好きだった。

「悪いよぉ、スマイル君。何か買いに来たんでしょぉ？」

トイレットペーパーを抱えたムー子にスマイルは首を振る。

「一人暮らしなんで、大した量じゃないですし。
　気にしないでください」

その言葉に、ムー子は笑顔を作った。

「それならさぁ、晩ご飯食べてってよぉ。
　確か前にまー君の誘ってたでしょぅ？
　今日はお鍋だから、みんなで食べると美味しいよぉ～」

上機嫌で会計を済ませるムー子に、敵わないなぁ、スマイルは苦笑した。


＊


招かれるのなら、と途中で見つけた小さなケーキ屋さんで幾つかケーキを見繕う。
きっと女性は甘いものが好きだろうとムー子に好きなケーキを選んで貰い、そうしてアクマとムー子の住むアパートに着いた。

「少し待っててねぇ」

買ってきた荷物を冷蔵庫に仕舞うムー子を手伝って、自分に出来ることがあれば、と洗濯物の取り込みを頼まれる。
ぱたぱたとベランダにはためく洗濯物にアクマの作業着やお揃いのパジャマなんかを見つけて口元が綻ぶ。
カゴに入れれてねと言われたので、素直に太陽の匂いのする其れをカゴの中に入れたら、台所からコーヒーの匂いがしていた。

「どうもありがとう～最近ちょっと動くのも疲れちゃうんだよねぇ」

スマイルがソファに腰掛けるのを見計らって、ムー子が淹れたてのコーヒーとモンブランを持ってくる。

「お砂糖とミルクは要る？」

「や、ブラックなんで」

「男の人ってブラックが好きだよねぇ。まー君もだよぉ」

彼女は言うと、自分のカップにざらざらと砂糖とミルクを投入する。
…妊婦が、こんな風にカロリーの高いものを摂取して大丈夫なのだろうか。不安になって聞いてみると、本当はダメだけれど、1日1杯だけは許してるのだと言う。それから、自分のはたんぽぽコーヒーで見た目はコーヒーだがカフェインレスの安全な飲み物だと教えてくれた。

「うるさいんだよねぇ、まー君」

ふんわりとしたショートケーキにフォークを突き立ててムー子。

「…確かに、煩そうだね」

妙にきっちりしたアクマの性格を考えて、スマイルも同意する。

「ほんと、毎日アレはしたか、コレはどーした、体調は悪くないか…って。
　その口煩いほうがストレスになるよ、ってね。言いたぁい」

ぱくりと大きく切ったケーキを口に運んで続ける。
大きなベランダに面した窓からは黄金色の夕陽が差しこみ、居間に長い影を作っていた。
目の前に座るムー子の、大きなお腹が嫌でも目に入る。

視線に気付いたムー子がにこりと笑う。

「触ってみる？」

「えっ、え、そんな…」

身じろぐスマイルだったが、よっこいせ、ムー子が隣に座り、彼の手を自分のお腹に押し当てる。
それは、思ったより暖かく、そして固かった。

「…　…」

いつまで、そうして居ただろう。

「あっ、蹴った！」

ムー子が言うと、その小さな振動が彼の掌にも伝わる。
本当に、この中に赤ちゃんが居るんだ――
生命の神秘、とでも言うのだろうか。超次元的な力にスマイルが感動していると、ムー子がその手を退かす。

「さて、そろそろ晩ご飯の支度するね～」

この世界で母、と言う職業はいつも忙しそうだ。
残りのショートケーキを平らげ、コーヒーを飲み干すと手伝を申し出たスマイルを制して「お客さんなんだからゆっくりしてって～」と事も無げに言う。

手持ち無沙汰なのでアクマに『今晩お邪魔するよ』とメールしたら、『そんならビール買ってくな』と短い返事。
彼も、良い夫であり父になろうとしていた。

サザエさんをのんびり見ていたら、玄関が騒がしくなる。

「帰ったぞ～」

少し経ってから、居間に顔を覗かせる。
外に干していた作業着じゃなかったから、きっと着替えたのだろう。

「お、鍋か」

「まー君おかえりぃ～ちゃんと手ェ洗った？」

「おかえり、アクマ。お仕事お疲れ様」

「おぅ」

アクマは言うと、どっかりとダイニングのテーブルに腰を落とす。
振り向いたスマイルにコンビニのビニール袋を見せて、ニヤリと笑った。

「飲もうぜ、スマイル」


＊


ムー子の作った寄せ鍋をつつきながら、昔のバカだった頃の話をしたり、二人のなれそめなんかを聞き出したり、彼にしては随分と上機嫌でアクマの家を後にする。
泊まってけとも言われたが、二人の邪魔をするほど野暮ではなかったし、明日の講義も1限からだったので酔い覚ましも兼ねて家路まで散歩する。

空には、綺麗な三日月が浮かんでいて、彼はそっと呟いた。



「…いつか、僕らもああしてお酒を飲もうね」



＊FIN＊

お酒は20歳になってから！
アクマはきっと春生まれなんだ…うん、そーゆーことにしといて…（震え声）