Serena*Mのあたまのなかみ。
ぼくはジャック。
犬のぬいぐるみ。
小さな子のお友達として作られたぼくだけど、ぼくのお家は大きなお兄さんが2人で住んでる狭いアパート。
でもぼくはお兄さんたちが大好きだし、ずっと一緒に過ごせたらなぁって思ってる。
*
ディックの朝は妙に早い。
まだベッドでまどろむジェイソンに1つキスを落として朝食の用意を始める。
最初は上手く出来なかったスクランブルエッグも今はとろとろで美味しく作れたし、厚切りのベーコンだって外側だけカリッと焼けて良い匂いだ。
年代物のテレビのスイッチを入れるとソファの前に上手にお座りした犬のぬいぐるみの頭をちょんとつつく。
「おはよう、ジャック。今日のお天気のチェックをよろしくね」
虚空を見つめたままのぬいぐるみに彼は1つウインクをして寝室のジェイソンを起こしに消える。
「ジェイソン、朝だよ。起きて」
暫くして鈴を転がすようなディックの笑い声が聞こえて、相変わらず2人は朝を楽しんでいるようだった。
*
「さ、ジャック!
今日はお天気だから洗濯から始めちゃおうか」
ジェイソンを送り出したその足は上機嫌で、ディックはソファのぬいぐるみをテレビの横の1番日当たりの良い窓に置く。
「君も日向ぼっこが大好きでしょ?ランチの時間までいい子で居てね」
ディックはぬいぐるみをぽんと撫でて、軽やかに家仕事を始めたのだった。
*
きっかり12時に始めたディックのランチは冷たいヌードルスープで、この前面白いレシピがあるんだ、とジェイソンに教えられたものだった。
作り方はごく簡単で、マーケットに売られているヌードルの湯を半量で作り、冷たい氷を最後に入れるだけで、牛乳を追加して冷製パスタのように楽しむ人もいるらしい。
ディックは今回初めてこのヌードルに挑戦したから聞いた通りの作り方を試し、ソファで手早くランチを済ませるのだった。
「ね、ジャック。
今度のお休みは何処にお出掛けしようかな?」
いつの間にかソファの定位置に戻したぬいぐるみにディック話しかける。
ヌードルのボウルを片手にテーブルに置いた街の情報誌を捲ると新しく開店した店の情報や、週末のジャズフェスティバルの情報なんかが目に入った。
「ジェイ、あんまり人混みの中に行くの嫌がるしなぁ」
ちゅるん。
くるんと丸まったヌードルを啜ってディックは1人ごちる。
「最近実家に帰ってないからたまには顔を出す?
うーーーーん…」
ひとしきりブツブツと呟いて、それから「やーーめた!」言って、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。
「ジェイが帰ってきたら聞いてみたらいいよね」
続けて、ふわふわの鼻先にちゅっと口付ける。
「きっと『面倒だ』ってこんな顔するだけだろうけど!」
思い切り顰め面を作ってぬいぐるみを睨んで、そして直ぐに破顔した。
「…でもね、そんな顔も格好良いんだけど」
内緒だよ、そう、小さく続けて。
「ごちそうさま!」
ディックは高らかに宣言すると立ち上がって伸びをした。
「さ、お買い物に行ってくるからお留守番しててね」
*
夕方のオレンジの光がアパートに差し込む頃、
「ただいま」
アパートの玄関扉が開く。
「おかえりなさい!」
振り向いたディックはキッチンで夕食の支度中で、フライパンでチキンステーキを焼いているところだった。
「旨そう」
ひょっこりと肩から顔を出したジェイソンにディックは嬉しそうな表情を浮かべる。
「昨日から漬け込んでたから美味しいと思うな」
肉の焼ける良い匂いに鼻をひくつかせたジェイソンが、ソファに転がったままのぬいぐるみに気付く。
「お前も、ただいま」
彼は続けてクッションの上にぬいぐるみを座らせると「俺より偉そうだな」笑って頭を撫でた。
「まだご飯ちょっと掛かりそうだから、先にシャワー浴びちゃっていいよ」
ディックが振り向くと、置きっぱなしの情報誌を捲っていたジェイソンが立ち上がる。
「終わったら手伝うよ、ディッキー」
バスルームへ行きがけに額にキスをすると、やっぱりディックは可憐に微笑んだ。
*
夕食を終え、ディックがバスルームに行くとジェイソンは冷蔵庫からお気に入りのビアを取り出してプルタブを引き上げた。
「…アイツには言うなよ?」
ソファの背からキッチンを見上げるように置かれたぬいぐるみにジェイソンは釘を刺す。
物言わぬ唯の無機物だと分かってはいるのだが、こうして名前を付けて一緒に生活していると、どうもこのぬいぐるみにも命が宿ったように思えるのだった、
犬のぬいぐるみは何も言わず、ただ茶色のボタンの瞳をジェイソンに向ける。
バスルームからはディックの上機嫌は歌声とシャボンの匂いがしていた。
少しの間、バスルームの方を見遣っていたジェイソンだが、ぬいぐるみを掴んでキッチンのテーブルに座らせる。
相変わらずぬいぐるみは少しとぼけた顔でジェイソンをじっと見つめていた。
「俺でいいのか、っていつも思うよ」
ぽつりとジェイソンは呟く。
「ちゃんとアイツを幸せに出来るのか、ってな」
彼は豪快に喉を鳴らしてビアを飲み干す。
「……“誰か”の居る家へ帰るのに慣れちまったのかな」
空になった缶を握りつぶしてジェイソンは俯く。
主照明を落とした部屋は間接照明の薄明かりだけで、その明りに彼の苦悩が浮かび上がった気がした。
「お前はずっと俺たちを見守っててくれよな」
大きな手で目の前のぬいぐるみを押し潰すように撫でると、少しだけ心のわだかまりがほぐれた気がして、ふっとジェイソンは微笑を漏らす。
――其れは誰も知らない年相応の青年の微笑みで、穏やかな表情だった。
*
「もう!
また酔っ払ってる!」
バスルームから上がったディックはジェイソンから仄かに漂うアルコールの匂いに頬を膨らませる。
「…別に1缶だけじゃ酔ううちに入らないだろ?」
少しだけ回る世界に身を委ねたジェイソンがその言葉を否定する。
そして、ディックのリラックスウェアにしている着古したTシャツの下に見慣れない青い紐が見えて、其れの意味を悟ったジェイソンは口の端を歪ませた。
「なに、今日はそんな気分だったか?」
自身の鎖骨を指差したジェイソンに、ディックの顔がみるみる赤くなる。
「ばか!」
言って、冷蔵庫を乱暴に開けると彼も負けじと買い置きしてあるカクテルの瓶を開けた。
「お、おい…」
慌ててジェイソンは瓶を取り上げるものの、頬を膨らませたディックが眼前に迫る。
「今日は僕も飲みたい気分なの!放っといて!」
鼻息荒く続けたディックに、ジェイソンは小さく溜息を吐いて頭を撫でた。
「……今更ほっとけるかよ」
ジェイソンは瓶のカクテルを口に含むとそのままディックに口付ける。
含んだ液体全てを恋人へ流し込むと、満足げにジェイソンは息を吐いた。
「はんそく…」
不機嫌に上目遣をするディックに、不敵にジェイソンは返す。
「少しくらい酒が入った方が盛り上がるだろ?」
恥ずかしさからか控え目に頷いたディックに、ジェイソンはそのまま彼を抱き上げると寝室のドアを閉めた。
――ソファには相変わらず犬のぬいぐるみがちょこんと置かれたまま、虚空を見つめていた。
*
ぼくはジャック。
犬のぬいぐるみ。
ぼくのお家のお兄さんたちはとっても仲良し。
寝室で一緒に寝れないのが残念だけど。
ぼくはお兄さんたちが大好きだし、ずっと一緒に過ごしたいな。
明日も良い日になりますように。おやすみなさい。
*おしまい*
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