Serena*Mのあたまのなかみ。
TENET/主ニル
SS名刺メーカーにブン投げた短編まとめ。
SS名刺メーカーにブン投げた短編まとめ。
暁闇とアルデバラン
普段は突っ伏して眠るニールが珍しく仰向けに無防備な寝顔を晒している。
あまりお目にかかれないその寝顔を、傍の男は薄明かりにそっと観察した。
自分とは真逆の、太陽光に弱そうな白い肌。
伸びようとしている髭が顎の付け根まで青白く浮かんでいる。
真っ直ぐに通った鼻筋に、ブルーグレイの瞳を隠す睫毛は長く、呼吸をする度にゆっくりと揺れていた。
ニールの性格を象徴するような凛々しい眉を見つめていると、薄っすらと彼の青い瞳が男を射る。
「…あれ? 夢?」
夢現に零した言葉に、男は目を細める。
「夢?」
「キスしてたの、貴方と。でも、今の貴方はしてない。だから――」
――其れは、夢の続きなのか。或いは逆行なのか。
単純に唇を塞ぐ行為は順行でも逆行でも変わらず、時々2人の時間軸を酷く狂わせていた。
唇から伸びた細い鎖を指で切って、男は恋人に微笑む。
『 』
行く先が未来であれ、過去であれ。
2人が共に過ごす時間に違いは無かった。
*おしまい*
Perfume
それは、まだ男とニールとキャットが出会ってまだ日の浅いある日のこと。
キャットの事務所に“打ち合わせ”と称して出向いた時、「ちょっと外の景色を見たい」なんてベランダに出たニールが部屋へ戻ると、其処に男の姿はなかった。
備え付けの小さなキッチンで、キャットがエスプレッソを淹れている。
「…あれ?あの人は…」
「熊を倒しに行ったわ」
キャットの言葉に、ニールが首を傾げる。
「くま?」
「そう、熊」
「どーゆー意味?」
「お手洗いのことよ。
女性は“お花を摘みに行く”なんて言うでしょう? だから男の人には“熊を倒しに行く”って言ってるの」
朗らかに笑うキャットに、ニールは目を細める。
「貴方もコーヒー、如何?」
カップを掲げたキャットに、「欲しいな」ニールは貰い受けるようにカウンターに近づく。
キャットの手元のコーヒーメーカーがエスプレッソの抽出を終えると、彼女はニールを振り向いた。
「はい、どうぞ」
それから、少し間を於いて微笑む。
「貴方の香水、とっても素敵な香りね」
ふんふんと鼻を鳴らすように匂いを嗅いで、そしてまた大輪の花のような笑顔を向ける。
「貴方によく似合ってる。
調香は、自分で?」
――普段、上流階級の金持ちのお相手をしているキャットだ。
男には話題にもしないようなことで、話を広げることが出来た。
「…母が、香水を集めてる人で。それで」
小さなエスプレッソのカップにニールが口を付けると、彼女は抽出ボタンを押しながら続ける。
「あら、素敵。
貴方のお母様とはお話が盛り上がりそう」
「きっと母も貴方のような若い友人が出来たと喜ぶと思います」
ニールもはにかんだ時、事務所の扉が開く。
「…おや。お邪魔だったか」
「おかえり。熊は倒せた?」
「強敵だったかしら?」
男が「?」と頭に疑問符が浮かべると、ニールとキャットの2人は同じように顔を崩して笑ったのだった。
*おしまい*
CIA出身のPさん
「やっぱりボスの部屋ともなると違うなぁ」
人間工学に基づいた、座り心地の良いパソコンチェアをくるくると回しながら僕は呟く。
僕はまだこの“組織”に入って間もない。
そんな下っ端の僕がなんで、一番上の人間にこんな口を?と思う。
僕だって自分に驚きだ。
最初の挨拶で見た厳しそうなボスは、実際に話してみると人間味があってとても温かい人物で。
何故か僕によく目を掛けてくれた。
「おはよう、ニール」
「おひゃようございます!」
最初は、朝の挨拶から。
それから、昼休みに時々スナック売り場で顔を合わせて。
時々エレベーターで一緒になったりして。
ちょっとずつ色々な話をするうちに、話の流れでこうして彼の部屋に招かれたのだった。
「ははは、普通だよ」
彼は笑って僕の前にエスプレッソを置く。
ウォールナットのシンプルではあるが高級感のあるデスクは、やっぱりこうした人間に似合っているようで、僕の目の前にあってもただの大きな机にしか見えなかった。
彼の住居地は組織の本部のすぐ下だ。
僕は知らないけれど、彼の部屋と本部の会議室とは直結した隠し通路があるらしい。
「いいなぁ。
僕も早くこんな素敵な部屋に住みたい!」
僕は素直に願望を口にする。
薄型のモニターが壁に掛けられ、品の良い絵画がその周りに飾られている。
1輪だけ活けられたカラーもお洒落で、この部屋の雰囲気によく似合っていた。
本棚に置かれた置物の熊だって、洗練された造形だ。
「…ニールだって住めるよ」
彼はデスクに凭れながら言う。
全面ガラス張りの窓から、暖かな陽光が差し込んでいた。
「実績を積んで、頑張らないとね」
腕まくりをした僕に彼は「いいや」首を振る。
「?」
首を傾げた僕に構わず、彼は僕の後ろから覆いかぶさるようにしてデスクに置かれたマウスを弄る。
スリープ状態だったパソコンが起動して、大きな2つのモニターに現れたのは株の取引き画面だった。
「…株さ」
彼は短く言うと素早くパソコンを操作する。
めまぐるしく上下するチャート画面に彼は真剣な眼差しを向ける。至近距離のその顔に、思わず僕は唾を飲み込んだ。
「よし」
少しの間の後、彼は言ってまた別のチャート画面を出す。
「凄いね」
僕は素直に言う。
僕だって経済の仕組みは分かる。勿論、こうした株式のことだって理解しているつもりだった。
――けれど、彼は違う。
僕の何倍もの頭を回転させて、そして利益を生み出したのだ。
今、この画面を見てたから分かる。この一瞬で30万ドルほどの利益を得ていた。
「なに、CIAで習っただけだよ」
事も無げに彼は言って、パソコンから離れる。
――元CIAって、凄い。
その時初めて、僕はそう思った。
*おしまい*
CIA出身のPさん②
僕の所属する組織の“ボス”は凄い。
アーチェリーをさせれば連続で高得点を決め、相撲だって取れる。
それに、この前なんかは小型の船舶免許を持ってるって話してくれたし、その前はカラーリスト検定にも合格したって笑っていた。
「貴方に“不可能”なんてないみたい」
子供の頃見た、古い映画のエージェントに、不可能に見えるミッションを持ち前の強運で成功させるシリーズがあって、なんだか彼を見ているとそんなエージェントを思い出してしまう。
「…買いかぶり過ぎたよ」
そう言って、ボスが笑う。
――その時だった。
『Trespass! Trespass!』
不法侵入を知らせる警報が鳴り響き、武装した男たちが部屋に現れる。
目出し帽を被り、ガスマスクを付けた彼らは“逆行”する者たちなのだろうか。
思わず後ろに飾られたゴルフバックからクラブを取り出して構えた僕を、ボスは片手で制した。
「…落ち着け。
お前たちのターゲットは私だろう?」
彼は今にもハンドガンの引き金を引きそうな彼らに語り掛け、そして僕の握ったゴルフクラブをそっと引き抜く。
「…最近、ゴルフを始めたんだ。
ちょっと練習に付き合ってくれないかな」
順行する僕らの言葉は、逆行する彼らにはどう届いているのだろう。
けれど、彼らは大人しくボスの挙動を見ているようだった。
彼は、ゆっくりと身体を捻って――それから勢いよくゴルフクラブをスイングする。
ヒュッっと風を切る鋭い音がして、刹那、武装した男の一人が崩れた。
落とされた仲間を見て、侵入者がボスに襲い掛かる。けれど彼は鮮やかな手付きで侵入者を撃退すると、遅れて現れたアイヴスに彼らを投げ遣った。
その間、きっと30秒もないくらいだ。
「…後処理を頼むよ」
部屋で起きた惨劇などなかったように、またチェアに座ったボスに僕は尋ねる。
「…いつから、ゴルフなんてやってたの?」
凄く綺麗なフォームだった。
続けた僕に彼は笑う。
「なに、CIAでちょっと齧っただけだよ」
――元CIAって、凄い。
僕は改めてそう思った。
*おしまい*
box lunch
最近、本部では“BENTO”がブームだ。
最初はホイーラーがサンドイッチを持ってきたのが始まりだった。
「最近、ちょっと体が重くて。
ジムのトレーナーに相談したら食事も気を付けたら?って言われたのよ」
ターキーのハムの入ったサンドイッチを齧りながら言った彼女に、たまたま通りかかった男が
「手作りのランチか。
自分のデスクで手軽に食べられるし、良いね」
なんて肯定したのがアイヴスの考えるブームの始まりだ。
次の日には日中にヨガの日課がある男がヘルシーなサラダのランチを持ってきてホイーラーを盛り上がり、その翌日にはスニッカーズを片手に持ったニールが混じって、さながら昼休憩はハイスクールのカフェテリアみたいになったのだ。
「アイヴス、君はBENTO作らないの?」
子供が好きなサンドイッチ№1のピーナッツバターとジャムの甘いパンを齧りながらニールはアイヴスを振り返る。彼の目の前には甘いヌガーの包装紙が丸めてあり、まだ未開封のチョコレートドリンクも鎮座している。
隣では男が茹でたチキンの乗ったサラダを、向かいではホイーラーがスムージーを飲んでいた。どうやら2人はヨガ談義に花を咲かせているらしい。本部内でヨガを禁止されたニールには関係ない話題だった。
「いや、別に。
食べたいモンを朝から用意するなんてまどろっこしくてな」
アイヴスは彼らを肯定するわけでも否定するわけでもなく言い、「飯食ってくる」そう財布を掴んだ。
「いってらっしゃ~い」
「午後のミーティングまでには戻って来てね」
*
そんなアイヴスが昼休みの変化に気が付いたのはほんの先週くらい。
健康的な食事で減量に成功したホイーラーが時々一緒にアイヴスと外で食事を摂るようになった頃だった。
「お、今日もカフェテリアランチか?」
ミーティングルームでランチパックを広げるニールにアイヴスは声を掛ける。
ニールの返答を聞かず見当たらないホイーラーについて尋ねると
「さっき急用を思い出したって言って急いでランチして行っちゃった。
ボスも今日はランチミーティングがあるからってご飯出来ないし…
良かったら君、一緒にどう?」
なんて手招きする。
「昼までお前と一緒に過ごす義理は無ぇな?」
アイヴスは言うと、豪快に笑って部屋を後にする。
長い廊下を歩きながら、彼は真顔になって顎鬚に触れた。
広げられた、ニールのランチ。
ずっとずっと、子供のランチのような甘いサンドイッチにチョコレートミルク、それにお菓子の類が置かれていた筈だ。なのにさっき見た光景はなんだ? 緑色のサラダに、ジップロックに入った小さな人参。手に持ったベーグルに赤い色が見えたからアレはきっとトマトだろう。スナックバーも置かれていたが、ほんの1本だけだった。
その健康的な食事は、まるでボスと同――
其処まで考えて、アイヴスは首を振る。
きっと、ミーティングを忘れてランチを用意したボスがそのままニールに渡したのだろう。
前向きに考えるも、ニールのランチは…? そう、新たな疑問も湧く。
考える事を止めたアイヴスは、今日のランチについて思考を切り替えた。
最近出来たヌードルの店にしようか、それともアイツを見習ってたっぷり野菜の入ったサンドイッチでも食べるか。
本部に戻ったホイーラーから「あの2人、最近付き合い始めたの?」なんて耳打ちされるのはまだ少し先の話――
*おしまい*
SweetS
プリヤとの密議も含めて1週間程組織を留守にしていた男は、その日珍しく土産の類を持って本部へと顔を出した。
「おかえりなさいボス」
書類を纏めていたホイーラーに良い香りのアロマオイルを手渡し、
「お疲れ様です」
敬礼したアイヴスには派手な色に装飾された神々の小さな置物を渡す。
「良い香り」
嬉しそうに顔を綻ばせたホイーラーに満足し、
「なんですかコレ…」
怪訝な顔をしたアイヴスの反応が想像通りで笑う。ついでに通りかかったマヒアにもビールのパックを押し付けた。
「ねぇ、ねぇ、僕には?」
いつの間にか背後から現れたニールに、男はポケットから小さなストラップを取り出す。
「これ、なに?」
「お守りだよ」
穴の開いたコインに赤と黄色の組紐が通された小さなストラップは、アイヴスたちに渡した土産物と比べて随分とローカル的なものに見えた。
「おまもり?」
穴の先から男を見つめるようにして、ニールは首を傾げる。
「君に幸運を運んでくるおまじないさ」
男が朗らかに笑うと、ニールもぱっと顔を輝かせる。
「じゃぁ、任務の時には必ず身に着けていくね」
「そうしてくれ。このお守りで君が護られるように」
目を細めた男にニールも頷く。
「あぁ、それから皆で食べてみようと思って…」
男がバックパックから大きめの缶詰めを取り出すと、アイヴス、ホイーラー、マヒアの3人はさっと目を逸らした。
「あー…ちょっと、それは」
「ごめんなさい、まだ少し資料の整理があって…」
「向こうで整備しなきゃいけない用事があるんだ」
めいめいにそう言い訳して、引き攣った笑いを浮かべながら部屋を後にする。
部屋に取り残された男は、缶詰を持ったまま寂しそうに呟いた。
「プリヤから勧められたんだが…」
小さくなった男の肩を、満面の笑みを浮かべたニールが突く。
「それ、すっっっっっっっっっっっっっっっごく美味しいよ」
男が手に持った缶詰め、それは“世界一甘いお菓子”を言われている【クラブジャムン】だった。
滅多に甘いものを食べない男が、その後酷い頭痛に苛まれたのはまた別の話――
*おしまい*
paper
ニールは基本的に物を持ちたがらない。
連絡を取るのに必要な携帯電話、ドアの開場に必要なIDパス、身嗜みとしてのハンカチ、小銭の類…
同じく出歩く時に何も持たない男と同じではあったが、彼の整理整頓されたカードケース、きちんとファスナーの閉まるコインケース、糊付けされたハンカチに首からIDパスを下げる彼とは随分と違いがあった。
今朝もふかふかの枕に頭を埋めて熟睡するニールに男からの怒号が響く。
「ニーーーーーーーーーーーール!」
恋人の怒りを察すると、素早くニールは枕を掴んでその下に頭を圧し込めた。
普段は何度呼んで揺すっても起きないのに、こんな時ばかりはニールだって行動が早いのだ。
「また君は! 何度言ったら!!」
鼻息も荒く寝室のドアを開けた男は不自然に枕の下に頭を突っ込むニールに怒る。
彼だってニールが覚醒しているのは承知している。だからもう、こうして“起きている”と思って話すのだ。
「現在、ニールはエントロピーの深い所で眠りについております。
ご用のある方はまだ30分――」
ぶつぶつと枕から聞こえる声に男はニールの枕を掴んで、そのくしゃくしゃの頭を陽光に晒す。
「ニール!」
もう一度言って腕を組むと、薄目を開けたニールが反対側に顔を逸らした。
「ニール」
――この時の男は怖い。
点数の悪いテストが見つかった子供の気分だ、ニールは思う。
「寝てます」
「そうか。じゃぁ寝ているならこの小銭もIDパスも全部私が貰って問題ないんだな。
おっと、これは免許証か。こっちはアパートの鍵に、これは…にゃんにゃんはうす…?」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ、それは!」
男の言葉にニールが跳ね起きて男の持つカードを奪い取る。
「…おはよう、ニール君。
良いお目覚めだな」
「オハヨウゴザイマス」
可愛らしい猫の描かれたスタンプカードを持って正座したニールに、男は冷ややかな視線を投げる。
「私の怒りの原点は分かるだろうか」
「ぼ、僕が勝手にネコカフェに行ったこと…?」
「ほう、君は私が猫好きだと?」
「えぇと…それじゃ…
この前デスクにあったチョコチップクッキーを全部食べちゃったこと?
それか…始末書を全部コピペで書いちゃったこと…? えぇと、他は…」
「…ちょっと待て。
始末書? コピペ?」
片眉が上がった男に「あ、今日は僕の命日かも」ニールはその後アイヴスに語ったらしい。
「す、すみませんでしたーーーーーーーーーーー!!!」
男の怒号よりも大きく響いたニールの謝罪の言葉に、アパートの外の電柱に並んだ鳥が驚いて飛び立っていった。
男が怒っていたのは、洗濯物のポケットにお菓子の包み紙とレシートと小銭と、
兎も角“洗えない物”が沢山詰め込まれていたことらしい。
その日、本部では半泣きで始末書の直しをするニールに、アイヴスが肩を叩き、
ホイーラーが「洗濯物の紙類って本当にイライラするわよね」そう男を慰めていたと言う。
*おしまい*
アイヴス君は転職したい 番外編
――いつもだらしなくワイシャツの第一ボタンを開けているアイツが、昨日からきっちりとボタンを締めるようになった。
ついでに言うと、ニールと冗談で笑う俺へのボスの視線がキツイ。
あぁ、そういう……
察した俺は、エージェントの転職サイトに登録した。
*おしまい*
Daily calendar
プリヤが何処からか貰って来たカレンダーをデスクに置いた。一般的によく見かける、風景写真と日にちが書かれたものではない。
子犬の写真と日にちだけが書かれた日めくりカレンダーだ。
最初は律義に捲っていた男だったが、そのうちニールが「可愛い」と毎日捲るようになり、置かれたデスクもプリヤの応接室から男のデスクへと変わった。
「どうしてこの場所に?」
男が尋ねる。
「だって、こっちの方が僕から見やすいでしょ?
捲るのにも簡単だし」
ニールは自分のデスクに向かって子犬が見えるように置いて言う。
――カレンダーの意味、とは。
男は思ったけれど、ただの日付の確認ならデスクに置いたパソコンからだって見れるし、時計にだって表示されていたから、さして気にも留めなかった。
今日の日付に写った、ゴールデンレトリバーのような金髪を揺らして笑ったニールに、男も頷くしかなかった。
*
始めは、毎日。
そのうち、週に1回から10日おきへ。
最初こそ「可愛い」なんて捲っていたニールの日めくりカレンダーだったが、そのうちに飽きて来たのだろう。
任務で席を外していた日は男が律義に捲っていたカレンダーが、いつ日かまとめて千切られるようになってしまった。
「えーーーっと、今日は何日?」
「16日」
「…っ、と。これでよし」
「20日まで日にちが進んでいるが?」
「だって僕、明日からアイヴスと任務でしょ。一応2日の予定だけど、念のため」
最早カレンダーの意味を無くした其れに男は苦笑する。
面倒そうにしながらも、捲った子犬の写真を見て「ねぇ見て、パピヨンの毛並み、ふわふわだね」なんて笑顔を向けたニールに、男も「君の髪の毛みたいだな」と笑うのだった。
*
――ニールたちが挟撃作戦に出て行って暫く経った頃。
やっぱり男のデスクの上に置かれた日めくりカレンダーは子犬のもので、男が管理しているのだろう、正しい日付を主の居ないデスクに向かって示していた。
珍しくテネット本部へ顔を出したプリヤが男に声を掛ける。
「…ずっと置いてるのね」
「もう、習慣のようなものです」
男は今取ったのだろう、チワワの写ったカレンダーを見ながら頷く。
あの子が纏めて千切ってた頃が懐かしいわね、寂しそうに遠くを見つめたプリヤに、男は「随分昔の事なので忘れましたよ」そう穏やかに言いながらデスクの引き出しを開けた。
――引き出しいっぱいに、千切ったカレンダーが束になって重ねられている。
「取っていたの…?」
驚いた声を上げたプリヤに、
「いつか、あの子が戻ったら今までの写真を見せてやろうかと思って。
ほら…このパピヨンなんかは叱られた時の顔に似てるでしょう?」
「こっちのビーグルは拗ねた顔にそっくり!」
2人は穏やかに過去に向かった人を思い遣る。
微笑んだ男の真意は、プリヤにも誰にも分からなかった。
同じ頃——
「…っくしゅ、っしゅ!!!!」
派手なくしゃみを連続で放ったニールに「汚ねぇな」隣のアイヴスが悪態をついて唾を払うように手を振った。
*おしまい*
KISS ME/KISS YOU
恋人は、キスが上手い。
年相応の経験を積んでいるからだろうか。
身体を引き寄せるタイミングも、後頭部に回される手も。
口の中の縦横無尽に駆け回る小魚のような小さな舌も。
愛も恋も知り尽くした手順に、見えない彼の“経験”に嫉妬した。
きっと愛だって恋だって沢山きっと愛だって恋だって沢山してきたんだろう。
何処が一番弱い場所かを知っている、自由自在に跳ねまわる舌で。
瞳を閉じてから腰に回される手で、頬に掛かる息遣いで。
だって彼は大人だもの、若い彼を知る人を妬んでしまう。
キスが上手な、恋人に。
*END*
Perfume × Perfume
男の纏う、新しい香水は随分と評判が良かった。
廊下ですれ違うホイーラーに「ボス、今日はとっても凛々しくて良い匂いがする」と褒められ、
ミーティングで顔を合わせたプリヤにも「貴方の良さを引き立てる素敵な香りだわ」と頷かれる。
たまたま外出した先のエレベーターでご一緒したハンチングの似合う老紳士にも「良い香りだ」そう微笑まれたから、身内の贔屓目だけでは無さそうだった。
――今までの香水はあまり合ってなかったんだろうか。
帰宅してスーツを丁寧にハンガーに掛けて肩を落とした男の心の声が漏れていたのだろうか、ニールが「そんなことはないよ」言ってお帰りのハグを求める。
長身の恋人に伸びあがるようにして背中に手を回した男にニールはぎゅっと抱きしめる両手に力を込めた。
――男の新しい香水はニールの見立てだった。
「うん、貴方にぴったりの匂いだよ」
ニールは男の肩に顔を埋めながら言う。
朝に振ったきりの香水は随分と成分が薄くなっていたが、ピリリとしたスパイシーな香りは健在で、見立てたニールの鼻孔を擽った。
「…評判が凄く良かったんだ。
やはり君に見立てて貰って正解だったよ」
ニールの金の髪を梳きながら男は目を細める。
ニールも嬉しそうに頬を緩ませると「あ、」続けた。
「でも、僕と一緒じゃない時は今までの香水を使って欲しいな」
「…?
残ってる分か? まぁ、時間が経つと香りが変わってしまうから折を見て使うつもりでいたが…」
男は首を傾げる。
「…ちょっと、違うかなぁ」
「違う?」
「うん。
あの香水ね、僕のコロンと合わさると凄く貴方に似合う香りになるんだ」
「!!!!!!!」
――確かに、朝のオフィスでは誰も男の香りについては言及しなかった。
昼前にニールが来て、いつものように「おはよう」そうハグされてからホイーラーが彼を呼び止めたのだ。
恋人の天使のような純真無垢な笑顔の裏に浮かぶ、悪魔にも近い独占欲に男は苦笑する。
とんでもない奴に肩入れしてしまったな、思った時にはもう遅い。——もうすっかり男は悪魔の術中に嵌まっているのだ。
「…私は、ずっと君の傍を離れないと?」
「……そうだと、嬉しいなって」
方眉を上げながら見上げた男に、ニールが恥ずかしそうに視線を逸らす。
男は踵を上げるとそっと耳元で囁いた。
「……なら、毎朝私にハグしてくれ」
――例え香水が無くても。
続けた言葉にニールは灰青の瞳を瞬かせるとまたぎゅっと恋人を抱きしめた。
「——何度も新しい香水を僕に選ばせて」
*END*
Lost Perfume
※TV版TENETシーズン1 第1話の幻覚です
――彼の人と想うと、必ず香りも思い出す。
香水の銘柄は分からない。
爽やかで甘く、目尻を下げて破顔する彼によく似合う香りだった。
シャワー上がりの一吹き、出掛ける前の一瞬、寝る前は枕に。
「良い匂いだな」
褒めた男にニールは目を細める。
「尊敬する人が選んでくれたんだ。
僕に似合うって」
ふわりとシトラスの香りを漂わせて彼は微笑う。
彼の表情をこんな風に形作れる“尊敬する人”とはどんな人物なんだろう。無意識の嫉妬心が男の心をちくりと刺した。
「…やだな、そんな怖い顔しないでよ」
「別に」
「…嘘。貴方があんまりにも真面目な顔をするから揶揄っちゃった」
カラカラと笑う声に、ムスクの甘い香りが鼻を突く。
「…寝るぞ」
ヘッドランプの明かりを消すと、「はーい」大人しくニールは男に抱き寄せられるのだった。
*
何度その香りに首を向けただろうか。
木枯らしの吹くビルの隙間、
ショッピングモールの雑踏、
何気なく立ち寄ったBAR――
彼の人を彷彿とさせる爽やかで甘い香りに男は人一倍敏感だった。
何度見知らぬ人間の腕を掴んだか分からない。
「…っと、失礼」
「友人に似ていたもので」
「人違いだった、済まない」
其処に彼は居ないと理解しているのに、自分より背の高い柔らかい金髪を見つけるとつい目で追ってしまう。
――この世界で出会える確証はないのに。
それでも、まだ男は彼の人を諦められないでいた。
*
仄かに漂うあの香りに男ははっと顔を上げる。
大勢の人々が行き交う朝の大通り。
沿道に植えられた樹木の青葉が茂り、夏の強烈な日差しを柔らかく遮ってくれる。
「――っ!」
男は思わずすれ違った男の腕を掴む。
こうして振り向くのは何度目だろう、その度に何度肩を落としただろう。失敗を繰り返しても、男の行動は治らなかった。
今日男に腕を掴まれたのは、麻地のシャツを捲って着る人で、男よりも頭一つ分背が高く、逆光に髪の色は分からない。
「…なん、ですか」
男性にしては高いような、けれど低くも聞こえる不思議な声質。
不安げな声音と、見上げた視線の先に在る顔つきは、男にも記憶があった。
――記憶より、ずっとずっと若さがあったが。
意志の強そうな太い眉毛をハの字に寄せ、不審者を見る目つきで彼の人は男を見遣る。
「…どうして、泣いてるんです?」
「!!」
――その後、男がどうニールを口説いたのか、それは男の記憶には無い。
ただ涙を拭ったこと、上手く言葉が出せなかったこと、酔っぱらったニールが必ず上機嫌でアイヴスに自慢する話なこと。
『やっと、見つけた』
其れは壮大な作戦の、終わりと始まり。
また動き出した運命の輪に、男もニールも気付いてはいなかった――
*おしまい*
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PASSについては『はじめに』をご覧ください。
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