忍者ブログ
Serena*Mのあたまのなかみ。
TENET/主ニル

『別に甘い物に微塵も興味はないけれど(疲れた時にタフィキャンディを舐めるくらい)
ニールがニコニコしながら「1つ貰っても?」って聞くのが可愛くてデスクの上のキャンディポットにクッキーとかキャンディとか絶やさない主人公さん』
の、文章化。
でも随分違うテイストになっちゃった。
未来軸で主さんとモブ老人さんのお話です。

ニールくんの守った未来、みたいな。ね。

シェダル…カシオペヤ座α星。オレンジ色の巨星(wikiより)

高いビルの隙間にある、小さな公園を訪れるのが男は好きだった。

洗練されて美しい、と形容されれば頷きたくなるような事務所の内装は悪い言い方をすると無機質で、閉じこもっているとどんどん自身も薄く引き伸ばされた人間のように思えてしまう。今までは賑わっていたその場所が、急に寂しくなってしまったのも原因の1つだと思う。
日々過ぎる時間に、以前ほどの刺激は無い。

『為るようにしか為らない』

と、プリヤと紅茶を飲むのにも疲れてきた。
だから、少し空いた時間を見つけてはこうしてこの公園を訪れるのだ。

在るのは古びた街灯と小さなベンチ、2つ並んだブランコに高さの選べる3段の低い鉄棒。
バネの付いた揺れる遊具は塗装が掠れてしまったのと不届き者が殴って穴を開けてしまってから撤去されてしまった。

男はオレンジの光を反射するプラナタスの下に置かれたベンチに腰掛ける。秋が始まったばかりの風が、羽織った男のジャケットを通り抜けていった。
夕方のこの時間、小さな公園は少しだけ人の往来が激しい。
急ぎ足でメモと取りながら歩くビジネスマン、ベビーカーを押す女性、夕方の散歩を楽しむ老夫婦…
男はそんな風景に目を細めると持ってきた文庫本を開いた。ほんの5分でもこうして自然と触れ合いながら読書をするのは良い気分転換になるのだ。
窮屈なオフィスから抜け出しての束の間の休息を男は堪能する。広げた本は『地動説を覆す50の論文』で所謂トンデモ本の類だったが、肩の力を抜くのにはぴったりの眉唾物の本だった。ヘミングウェイの伝記とも迷ったが、最近は気付くと科学の本を手にするようになっていた。――それもこれも、彼の影響だろうか。

じっと文字を追いかける男に、

「隣、良いですかな」

杖を突いた老齢の男性が声をかける。
まだ秋も始まっていないと云うのに明るい山葵色のストールを撒いた老人は洒落者で、身に着ける服も上等の素材に見えた。

「どうぞ」

男は顔を上げるとベンチの端に寄る。

「ありがとう」

老人は頭を下げると反対側へ腰掛けた。
彼はただ公園を眺めている。男はまた本へ視線を落とすと、文字を追い始めた。

ページを捲ると隣の老人が咳き込む声が耳に届く。
男は本に栞を挟むと「大丈夫ですか」隣の老紳士に顔を向けた。

「いや、大丈夫」

老人はゆっくりと首を振る。
季節の変わり目ではあるし、日暮れの屋外は寒さがある。男は左右のポケットを確認すると、小さなトフィーを差し出した。

「良ければ、これを」

老人がトフィーと男の顔を交互に見つめる。

「少し喉を潤せば良くなると思います」
「…」
「…あぁ、糖分の制限とかありましたか? それなら、これを」

別のポケットから取り出したノンシュガーのキャンディに、老人はもっと驚いた顔を作る。

「あっ、好みに合わなければこちらも…」

今度はミントタブレットを取り出した男に、とうとう老人は破顔した。

「ご配慮痛み入る」
「遠慮なさらず、どうぞ」
「…では、こちらを」

老人は最初に出されたトフィーを受け取ると、立派な髭を蓄えた口元に運ぶ。

「家内には止められているんだが…1つくらい食べたってバチは当たらないだろう」

茶目っ気たっぷりに言った言葉に、男も笑ってミントタブレットを口に放り込んだ。
2人は並んで風に揺れるブランコを見つめたまま言葉を交わす。

「…随分と色々とお持ちですな」
「……癖のようなもので」
「若者でも低血糖の心配は常にありますからな」
「見た目ほど若くはないのですが」

老人の言葉に男は苦笑する。

「古い友人が、こうしてキャンディをねだる人で。
 甘やかしてる、と言われればそれまでなんですが…つい用意してしまうんです」
「あぁ、それで何種類かお持ちだったのか」
「…えぇ。この他にフルーツ味のキャンディも幾つか」
「ははは、それは甘やかしと言われても仕方ありませんな」

男の言葉に老人は声を上げて笑う。その笑い声は陽気で、男も元気を分けて貰ったような気がした。

「良ければ、他にも…」

申し出た男に、老人はゆっくりと立ち上がる。

「いえ、これ以上は。
お気持ちだけ頂きましょう。
 いやぁ、面白い話を聞かせて貰いました。ご友人殿はどのキャンディがお気に入りだったのですかな?」

老人の質問に、男は遠い記憶を探る。

「…何だったでしょう。
 あまりミントは好きじゃなかったかな。バタースコッチやトフィーがお気に入りだったかと」
「確かに頂いたトフィーは美味しかった。ご友人殿に美味しかったと伝えてください」

老人は小さく頭を下げると、またゆっくりと杖を突きながら歩いてゆく。
老人が出入り口の角を曲がったのまで見届けると、男も立ち上がって胸を反らせた。

新鮮な秋の空気を思い切り胸に吸い込んで、そして吐き出す。

――君に渡していたトフィーと、包み紙が違うデザインになってしまったよ。
容量も変わってしまったから、「小さい」って言って文句を言うかな。

遠い時間へ旅してしまった恋人を思い浮かべて、男は語り掛ける。
彼もまた、こうして空を見上げているだろうか。

『何か甘い物、持ってない?』

ねだる恋人を懐かしんで、男も事務所への道を戻るのだった。
こうして毎日が平穏に過ぎていくこと。それだけが男の心の支えだった――

*おしまい*

拍手

PR
 HOME | 359  358  357  356  355  354  353  352  351  350  349 
Admin / Write
What's NEW
PASSについては『はじめに』をご覧ください。
2025.07.09
 えすこーと UP
2025.06.27
 しかえし UP
2025.06.26
 ろてんぶろ UP
2025.06.23
 しーつ UP
2025.06.20
 ねっちゅうしょう UP
2025.06.17
 あくじき UP
2025.06.15
 しゃしん UP
2025.06.14
 ヒーロー情景者がヒーローの卵を手伝う話
 大人になったヒーロー情景者が現役ヒーローを手伝う話 UP
2025.06.12
 ていれ② UP
2025.06.10
 せきにん UP
2025.06.09
 よっぱらい UP
2025.05.28
 まんぞく UP
2025.05.27
 きすあんどくらい UP
2025.05.26
 もーにんぐるーてぃん UP
2025.05.23
 みせたくない UP
2025.05.21
 あい UP
2025.05.15
 サイズ UP
2025.05.13
 すいぞくかん UP
2025.05.12
 intentional gentleman UP
2025.05.09
 てんしのあかし
 considerate gentleman UP
2025.05.06
 新米ヒーローと仕事の話
 そんな男は止めておけ! UP
2025.04.27
 なつのあそび UP
2025.04.19
 はちみつ UP
2025.04.18
 ようつう UP
2025.04.16
 しつけ UP
2025.04.10
 へいねつ
 鮫イタSSまとめ UP
2025.04.08
 ヒーロー2人と買い物の話
 かいもの UP
2025.04.05
 こんいんかんけい UP
2025.04.04
 角飛SSまとめ⑦ UP
2025.04.03
 ゆうれい UP
2025.04.02
 汝 我らに安寧を与えん UP
2025.03.31
 どりょく UP
2025.03.29
 とれーにんぐ UP
2025.03.28
 しらこ UP
2025.03.26
 ティム・ドレイクの幸せで不幸せな1日
 あいのけもの 陸 UP
2025.03.25
 さんぱつ UP
2025.03.23
 けんこうきぐ UP
2025.03.21
 へんか UP
2025.03.20
 はな UP
2025.03.18
 こえ UP
2025.03.17
 こくはく UP
2025.03.15
 ぎもん UP
2025.03.14
 あめ UP
2025.03.12
 よだつか/オメガバ UP
2025.03.10
 あこがれ UP
2025.03.08
 おていれ UP
2025.03.07
 くちづけ UP
2025.03.06
 どきどき UP
2025.03.04
 たいかん② UP
2025.03.03
 たいかん UP
2025.03.01
 かおり UP
2025.02.28
 なまえ UP
2025.02.27
 さいふ UP
2025.02.26
 しらない UP
2025.02.24
 くちうつし UP
2025.02.21
 うそ UP
2025.02.20
 たばこ UP
2025.02.19
 よだつか R18習作 UP
2025.02.17
 きのこ UP
2025.02.15
 汝 指のわざなる天を見よ UP
2025.02.04
 角飛 24の日まとめ UP
since…2013.02.02
忍者ブログ [PR]