アイヴス君は転職を考える④

TENET/主ニル+アイヴス

いつもしっとりした唇のニール君に対して、「何かケアしているのか？」と尋ねる主さん
「うん、貴方からいつキスをされても良いようにね」と、言い切るニール君
※この2人はまだ付き合っていない
…の、具現化。
結局はニール君に堕ちちゃうんだけど、絶対ニール君と恋をしないマンの主人公さんも居るんだよなぁ…と思う。
天然を繕って気付かない振り…

アイヴスが昼休憩を済ませてデスクに戻ると、其処は既に上長でもある男とマヒアが真面目な話をしているようだった。

「…戻りました」

ミーティングを邪魔しないように小さなオフィスチェアへ身体を滑り込ませたアイヴスに、ホイーラーが肘を突く。顎を遣った彼女の視線の先には、まるで乙女のようにぽやりと男を見つめるニールの姿があって、誰が見ても彼が誰に“恋をしている”のか分かる状況だった。

「…いつから？」
「マヒアとミーティングし始めた頃から」

ホイーラーは耳打ちする。
同僚の熱い視線に気付いたのはいつの事だったか。

始めは上手く上司と部下の関係を築いていた気がする。
相変わらずニールは生活にだらしなくて、よく2人で朝まで飲み明かした日もあったのだから。

それが、いつの間にか。
いつの間にやら妙に熱っぽい視線をニールは男に送るようになっていたのだ。
其れに気付いたのはホイーラーで、「最近、合コンの付き合いが悪いのよね」そう愚痴ったのが切っ掛けだった。

アイヴスから見ても男はいつでも冷静沈着で、気配りが上手いのにニールの熱視線に気付いていないとは思えない。
けれど男はニールからの視線をいつもひらりと交わし、気付いていない体を貫くのだ。

――実は、真面目が過ぎて天然なのかもしれない。

アイヴスは仮定する。
男の出すアイディアはいつも突飛なものばかりだったが、その全ては過去に実行された作戦の裏付けがきっちり取られているものばかりだった。誰も思いつかない…思わせつつも、彼の作戦はいつも綿密に計算されたものばかりだ。
石橋を叩いて渡る、と形容しても良いだろう。まぁ、男の場合だとそのまま石橋を叩き割りそうな所があるが。
時々マヒアの冗談に素で返すこともあったし、『ユニークに生きる』そう題された本に丁寧に付箋を貼っているのを見かけたこともある。

「…そのように手筈を頼むよ」
「ちょっと今回ばかりは時間が欲しいかなぁ」

男の言葉に苦笑しながら部屋を出たマヒアが、「お熱いことで」ニールの視線に気付いて小さく口笛を吹く。

「…ほら、誰が見ても一目瞭然じゃない」
「逆にボスの鋼鉄のハートの正体が気になるな」

アイヴスとホイーラーも肩を竦めると、面白い事も無くなったので真面目にデスクに向かう。
ニールも慌てて男から視線を逸らすと、広げた地図にペンを走らせていた。

今度、男の視線に気が付いたのはニールの方だった。

「……ボス？」

落ちた前髪を掻き上げるようにして顔を上げたニールを、相変わらず男はじっと見つめる。

「……やだ、そんなに見つめて。照れちゃうな」

はにかんで目を細めたニールに『どの口が言う』アイヴスもホイーラーも心の内に突っ込む。
それでも、何も言葉を発しない男に、とうとうホイーラーが助け舟を出してやった。

「…どうしたんです、ボス」

彼女の言葉に男がじっとホイーラーを見つめる。
ぱっちりとした二重の褐色の瞳に射られて、思わずホイーラーも息を呑んだ。
ニール程の美丈夫…とは言えないが、男だって精悍な顔つきをしている。真面目さが滲み出る面立ちは、若い時から変わって無さそうに見えた。
もう耐えられない！ホイーラーが視線を外そうとした時、男は

「いや…ちょっと……気になって」

ゆっくりと告げ、また視線をニールに戻す。

「ニール」
「は、はい！」

思わぬ点呼に背筋を伸ばしたニールに、男は尋ねた。

「君は何か……唇のケアをしているのか？」

ホイーラーのようにつやつやとしているから。続けた男にアイヴスとホイーラーの２人は脱力して肩を落とす。
余りに想定しない男の問いかけに「やっぱ天然かよ」アイヴスは確信した。

ニールだけは彼の問いに笑顔で生き生きと

「うん、貴方からいつキスをされても良いようにね！」

なんて答えていて、アイヴスは調べていた軍事工場の写真をそっと閉じると転職サイトのブラウザを立ち上げたのだった――

＊おしまい＊