どきどき

メダリスト/夜鷹×司

軽くシャワーで汗を流した司が、バスタオルを羽織った姿でホテルの一室に戻る。
広々とした其処は相変わらずのスイートルームで、大きなデスクにセンスの良いカウチ、それにガラスの向こうには街明かりの夜景が綺麗だった。

「おかえり」

ゆったりとカウチに座った夜鷹が、司を見遣る。裸でも熱いくらいと感じる室温に、“これから”を想像して司の頬も熱くなった。

夜鷹との行為は初めてではない。
けれど、何度肌を重ねても『抱く』呼び出されると緊張してしまうのだ。

夜鷹は立ち上がるとばさりとバスローブを落とす。
しなやかな壮年の四肢が惜しみなく晒され、その圧倒的美の暴力に司はひれ伏した。

突っ立ったままの司に「…どうした？」近付いた夜鷹が首を傾げる。

「そ、その……緊張…してしまって」

居心地が悪そうに司は視線を逸らす。
逸らした先には大きなベッド。一つは此処で肉体を溶け合わせ、もう一つは休息をとるためのもの。
ランプの下に置かれた、営みの小道具が目に入って司の緊張も更に高まる。

――今日は、その、これ、を。

贅沢な雰囲気のこの場所に似合わない、派手なピンク色の物体に司は俯く。
夜鷹は司の視線に気が付いたものの、無言のまま司に一歩近付くと、ぎゅっと彼の胸に耳を押し当てる。柔らかな胸筋に頭をめり込ませると、心臓の音に耳を聳てた。

「… …」

瞼を閉じると、司の鼓動を全身に感じることが出来る。
ドキドキとした早い音は夜鷹にも充分に経験があるものだった。

「…貴方には無縁の話かもしれませんが」

オリンピックを始め、世界選手権ほか、数多の大会で輝かしい成績を残している夜鷹に司は謙遜する。
彼は常に冷静な魔王。氷上で演技を崩すことは一切なく、ただただ高みを目指して演技を極め続けた。きっと緊張も重圧も、夜鷹には無縁の世界なのだ。

あの晩、食い入るように見つめた演技を思い出しながら司は呟く。
静かに司の鼓動を聞き入っていた夜鷹だったが、名残惜しそうに頭を離すと長身の司を見上げた。

「…そんなことはない」

小さく首を振った夜鷹は、司の手を取ると自身の胸に当てる。

指先から伝わる、静かな脈動。とくとくと伝わる振動は司と同じく、随分と早かった。

「…同じ」

呟いた夜鷹に、「はい」司も真っ直ぐに頷き返す。

そのまま夜鷹に押し倒され、組み敷かれた司の緊張は随分と解れていた。

ガラスに映るのは、身体を溶けあわせる2人の姿。

「…いい？」
「……はい」

表情を崩さない夜鷹の人間らしい部分に触れた気がして、今宵の司はいつもより艶やかな姿を晒すのだった。

＊おしまい＊