君と僕の関係についてのエトセトラ

今読み返すと何故お蔵入りにしていたのか分からないスマイル。
当時は私の脳も正常だったのかしら…？

好きな人が居たら、抱きしめたい。
両想いなら、キスしたい。
付き合ったなら、その先まで進みたい。

それって、普通の事だろう？


＊＊＊


深夜のスポーツニュースで、ちらっと、
ペコが試合をしている姿が映った。
対戦相手は、あの、孔文革。

ニュースではペコが試合に負けた、としか伝えていないけれど
彼がまた膝に爆弾を抱えていることを考えればそんな言い方は酷く空虚に聞こえた。

保護してあるメールの中に、ペコと孔が卓球台の前でキメ顔の写真と、笑顔の写真とあったからね。


＊＊＊


教頭先生から飲みに誘われて、なんとなく【普通】が分かってきた僕はその誘いに応じた。
自分ではあまり行かない、少しだけ高級志向の居酒屋で酒を酌み交わすうちに
自然と結婚の話になり、お決まりの台詞が出てきた。

「良い人は居ないのか？」

「…居ますよ。結婚も考えてます」

「そうか。
　あんまり月本先生のそう云った話を聞かないからな。ちょっと心配だったんだ」

…余計なお世話です、とも言いたかったけれど、
言葉はそっと日本酒で流し込んだ。

正式には、彼は【彼女】ではない。
それも言わずに日本酒を煽った。


＊＊＊


ペコが最後に日本に帰ってきたのは、一昨年の秋。

ハガキでの連絡は相変わらず。
変わったことと言えば、たまに写真付きのメールが送られてくるくらい。

僕の声は君に届かず、君の声も僕に届かない。

そろそろ、君の声が聴きたいーー


＊＊＊


それは、本当に突然の出来事だった。

日曜日、いつものようにタムラへ顔を出して子供相手に卓球を教えたり、
ちょっとだけ自分でも打ってみたり。

「少し、休憩しようか」

そう言って壁際の椅子に腰を下ろした時だ。

「た～の～も～～」

なんだか、懐かしい声がする。
でも、きっと、空耳だ。

声の主は遠いドイツの空の下だし、此処は日本なんだから。

思って、スポーツドリンクを飲み干す。
一息吐くと、目の前に知り合いに良く似た人が仁王立ちしていた。

「おに～さん、
　オイラと卓球しない？
　ほいで、オイラが勝ったらさん、くれろ？」

…？

鳩が豆鉄砲食らう、ってこんな時に使うんだろうか。

「…ペコ…？」

「ペコさん、そう呼べ」

あの、変わらない笑顔で。

「…ぇ…？」

「オババースマイル借りんよー」

「スマイルは売りモンじゃぁないよ」

威勢の良いオババの声にちょっとだけ現実に戻されながら、
なんだか恥ずかしいくらいに、
ペコに引っ張られてタムラを後にした。


＊＊＊


ちょっとだけ寂れた、駅前の喫茶店。
其処に、僕らは落ち着いた。

暖かいコーヒーと
ドきつい緑のクリームソーダ。

「…急に、どうして…」

「驚かせよう、思ったんよ」

「でも…」

「オババに教えて貰ったんよ。
　必ず日曜日にスマイルは来るって。
　だから、オイラ…」

そこまで言って、ペコは急に慌てだした。

「えっ、ちょっスマイル！！」

なんだか夢のようで、嬉しくて。
僕は俯いたまま嗚咽を止められなかった。

カウンターのマスターが不思議そうな顔でこちらを見ている。

――鳴呼、このお店にはもう来られないな…


＊＊＊


次の日、午後の便でペコはとんぼ帰りをしてしまった。

本当に、僕の顔を見に来ただけらしい。

飛行場が見える駐車場で、見えなくなった銀色の飛行機を眺めながら。
ペコの荷物から拝借した、彼のポロシャツを抱きしめた。



好きだったら抱きしめたい。
それって、【普通】のことだろう？


＊FIN＊