花を吐く病、そして。

バットマン/ブルディク+兄弟

花吐き病のディックが欲しくなったので自分で処方しました。

本来の病気と若干の乖離がありますが、その辺は雰囲気でよろしくお願いします。

ある日、グレイソンが花を吐いた。
小さな白い花だった。

「どうやって仕込んだ？」

トッドが笑い、

「そんな二次元的な表現が似合うのはディックだけだよ」

と、ドレイクが恍惚の表情を浮かべる。

けれど当のグレイソンは真っ青な顔をしてバスルームに駆け込んで行ったから、

――あぁ、これはきっと大事になるな。

おれは一人で悟った。

＊

それから時々グレイソンは花を吐くようになった。

「そんな冗談、いつまで続けるんだ？」

相変わらずトッドは笑い、

「似合うけど頻度が増すとちょっと萎えちゃうよ」

ドレイクは突飛な回答をする。

けれど、やっぱりグレイソンは真っ青な顔のままで、やっぱりバスルームに駆け込むのだ。

――だから、悪い冗談でもないだろ。

誰に告げるでもなく、おれは一人思った。

＊

青い可憐な花、黄色の大輪の花、紫の妖艶な花。

幾つもの花を吐き出した時になって、やっと家族はグレイソンの病状を知る。

『嘔吐中枢花被性疾患』

古より伝搬する病であり、ヴィランの攻撃が切っ掛けとなって発症してしまったこと。
中毒性の病気ではあるが伝染性はないこと。
“片思い”の病気であり、両想いになれば完治すること。

「誰が好きなの？
　ディック、君が望めば誰だって君を愛してくれるよ」

ドレイクは懇願する。

以前付き合いのあった男女をトッドが引きずってきても、グレイソンの病状は軽快するどころか悪化の一途を辿っていた。

けれど、グレイソンは懇意の相手の名前を明かそうとはしなかった。
いつも薄く微笑んで、その話題に蓋をする。

そうこうする内、吐く花は毎日になり、そして量も大きさもどんどん増えていった。

裏庭で彼の吐いた見事な薔薇が炎に呑まれるのを眺めながら、おれはアルフレッドに尋ねる。

「なぁ、アルフレッド。
　あいつの好きな人って誰なんだろう」

アルフレッドは少しだけ首を傾げて、

「……さぁ」

言って薔薇を炎に投げ込んだ。

真っ赤な薔薇が無様にも炎に焦がれていくのが滑稽で悲しくて。
飾られることのない見事な花に胸が痛んだ。

＊

間もなくして、グレイソンは真っ黒な薔薇を吐き出して

そして息を引き取った。

若かりし頃は初代ロビンとして活躍し、ナイトウィングとして街を守っていた立派なヒーローは、
思いも拠らない病で命を落とした。

「……嘘だろ。
　アンタが死ぬなんて悪い冗談はやめてくれよな」

声を震わせたトッドに、

「そうだよディック。
　王子様のキスで生き返ってよ……」

ドレイクが俯く。

最後に現れた父が静かにグレイソンを抱きしめると、
彼の口から小さな花が零れ落ちた。

その花には見たことがある。
おれでも分かる、百合の花だ。

「……ほんの少し、遅かったですね」

囁いたアルフレッドの言葉に、父の嗚咽が混じる。

――嘔吐中枢花被性疾患。それは真っ白な百合を吐いて完治する病だと言う。

グレイソンの想い人は父だったのだ。

……おれはまだ子供たから、何も知らないふりをして泣き顔を作った。

＊

一つだけ、おれは嘘を吐いた。

『中毒性の病気ではあるが伝染性はないこと』

伝染性なら、ある。
吐き出した花に触れることだ。

おれは最初の日、小さな白い花に手を触れた。
小さな白い花の正体は勿忘草。

花言葉は「私を忘れないで」

さて、いつおれはこの病を発症するのだろう。
明日か明後日か、それとも30年も先か。

「私を忘れないで」

想い人と同じ病でこの世を去れるのなら、それは幸せな事だ――

*FIN*