Cherry lip

MCU/バキステ

「食べたくなる くちびる」

コンビニエンスストアで買い物をしていた時だ。

「あっ今7ドル以上お買い上げでスピードくじやってます」

サムに頼まれた食料品を買っていたスティーブに店員が言って簡素な箱を向ける。

「くじ？」

「はい！
　当たる、と言ってもこのお店のものですけど。飲み物とかちょっと嬉しいものばかりです」

新人なのだろうか、弾けるような笑顔で店員はそう説明する。

「そう…
　嬉しいものが当たるといいね」

10ドル紙幣を手渡してスティーブもつられて微笑む。

――キャプテン・アメリカは運をも味方にする男なのだろうか。
店を出てきた彼の荷物に増えていたのは、小さなリップクリームだった。

＊

昼食の準備中、野菜を洗うスティーブの隣でアイスバーを齧っていたバッキーは恋人の薄く色付いた唇に目ざとく気が付いた。

「……ぴんく」

稀代のプレイボーイはアイスバーを咥えたまま呟く。
普段でも血色の良い桃色のスティーブの唇だったが、今日のはいつもにも増して鮮やかだ。心なしかしっとりふっくらとして見えて、ついその柔らかさを堪能したくなる。

「バック、なに？」

振り向いたスティーブにバッキーは己の唇を押し付ける。
食べかけのチョコレートの味に混ざるリンゴの匂い。夏に差し掛かる季節の今、リンゴなんてもう出回ってなかったから、きっとこれは香料の類だろう。

――罪の果実だと言われるこの香りと、禁忌を犯すのも悪くない。

強引に差し入れた舌も唇から話すと、顔を真っ赤にしたスティーブの怒号がバッキーを迎えた。

「もう、急になんなの！？」

「…べつに」

事も無げにバッキーは言って、齧りかけのアイスバーをまた舐める。

飄々とした態度の恋人にもう一度「もう！」小さくスティーブは漏らすと、また何事も無かったのように野菜を洗い始めた。

「スティーブ」

「なに」

構えたスティーブに、バッキーは肩を竦める。

「もうキスはしないって」

「そーゆーコトじゃない。
　…で、何？」

「リンゴの匂い」

バッキーの言葉にスティーブ少しだけ眉を寄せると、あぁ、ダイニングに置いたままの紙袋に視線を投げ遣った。

「お店の景品で貰ってね。勿体無いから付けてみたんだ」

ふうん、バッキーは返して食べ終わったアイスバーの棒をゴミ箱に投げる。そしてリビングに行くとスティーブの言った“景品”を手に取った。

パステルカラーを基調としたパッケージはティーン向けのコスメのようで、可愛らしいキャッリコピーが並ぶ。

『ふんわり香るリンゴの香り　貴方も食べたくなる唇へ　ほんのり色付くチェリーピンク』

それを見て、バッキーは失笑した。

――色付いたチェリーボーイの罪の香り。

それに、まんまと食らい付いてしまったのは化粧品の魔力だったのだろうか。

……キャプテン・アメリカがチェリーボーイか？　だって？
それは彼の個人的な情報だから開示は控えておこう。ただ分かるのは、彼は親友でもあるバッキー・バーンズと恋人関係であることだ。

「スティーブ、お前、これが“色付きリップ”なのを分かってて使ったのか？」

大柄な体格を丸めて野菜を丁寧に刻んでいるスティーブに、バッキーは声を掛ける。

「え？
　何だいそれ？」

きょとんと返したスティーブに、気付いてないのか、バッキーは心の内に吐き出す。

「…なんでも」

そう続けて、「手伝うよ」隣に並んだ。

「もうキスはなしだよ。手元が狂っちゃう」

はにかんだスティーブに

「バカはしないよ」

バッキーも応えるように柔らかく微笑む。

「いちゃつくなら俺の居ないところでやってくれ」

キッチン脇でアイロンを掛けていたサムが溜め息混じりに呟くと、

「サム、お前も早くパートナー作れよ」

「君ならきっと素敵な女性が待ってるよ」

そう、サム曰く『色ボケじーさんず』から返されるまでが一連の流れなのだ。

スティーブとバッキーと、家主であるサムと。
ちょっと不器用な男たち3人の奇妙な同居生活は続く――

＊END＊