宵口を照らすポルックス

TENET/主ニル

寝る前に香水を吹くニールとその理由
一緒に暮らしてる主ニルちゃん。
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ポルックス…ふたご座で最も明るい恒星で全天21の1等星の1つ（wikiより）

男が雑用を済ませて寝室に戻ると、恋人はサイドランプの明かりだけで読書していたようだった。
ゆっくりとスプリングを撓ませると、男に気付いたニールが本から視線を上げて彼に寄越す。

「…寝る？」

こうして2人が同じ寝床で過ごすようになってから、随分と時間は流れていた。
枕を共にして緊張してなかなか寝付けなかったこと、初めて触れた素肌の暖かさ、お互いしか知り得ない宵の表情――
今でも情熱的にお互いを求め合う夜もあったが、多いのはこうして一緒に同じ場所で過ごすだけの穏やかな時間だった。

ニールの問いかけに応えず、男は古代ギリシア彫刻のような肉体を隠すことなくシーツの隙間に滑らせる。

「…もう、働きすぎだよ」

ニールは男に言うと、縮れた黒髪に口付ける。
同じシャンプーの香りが鼻腔を擽って満足したニールは、読みかけの本に栞を挟むとランプの下に本を置く。

「ちょっと資料を見直していただけだ…仕事じゃない」
「…一緒に居る時に資料なんて見てるの、立派に仕事でしょ」

そう揶揄うように言って、ニールは寝所を抜け出す。

「…寝ないのか？」
「寝る前にトイレ」

男の言葉にニールは笑って、寝室のドアを閉める。
まだ煌々と点いたランプの明かりに男が背中を向けていると、用を足したニールが戻ってきた。

「あ、ごめん。明るかった？」

ニールはランプを消し、まだ己の温もりがあるベッドへ潜り込む。

「おまたせ」

そう男に抱き着くと、律義な男はニールの方へ寝返り、頭の下に腕を通して肩を抱いた。

「ん…」

顔を近づけた男が、恋人から嗅ぎ慣れない香りがするのに気付いて眉を寄せる。
同じソープの匂いが掻き消されてしまったようで、少し寂しかった。

「香水？」
「うん、ほんの少しだけ。アロマの替わりに」
「…寝る前に？」

爽やかなシトラスの香りに混ざる、ほんのりと甘いムスクの香りが男の鼻腔を刺激する。
甘いものに目が無い恋人は、こうして身に纏う香水もどこか“甘さ”のあるものを好んで使っていた。あまり香水類に詳しくない男でさえ、ニールの“香り”を認識できるくらいだ。

男の問いに、ニールは恥じらうように腕の中から彼を見上げる。

「…だって貴方と居る時は良い匂いの僕でいたいじゃない？」

少しだけ潤んだダークブルーの瞳に、男の体温が少しだけ上がる。

「可愛いことを」

昂りを悟られないように瞳を伏せたが、どうやらニールは気が付いていないようだった。
無邪気に男に抱かれながら言葉を続ける。

「…そうやって可愛いって言ってくれるからだよ」

そして、もう一度恋人を見つめた男に躊躇うことなく真っ直ぐな想いをぶつけた。

「――好きな人の前では可愛い僕で居たいもの」

また、男の体温が上がったのは言うまでもない。

「…久しぶりだから、優しくして」

雄の欲を灯した男に、そう微笑んだニールは本当の砂糖菓子のように甘美で極上の恋人であり、策士なのだった――

＊おしまい＊