rise like the sun

ダンケルク/ファリコリ

劇場で1回しか見ていない人間の空組妄想なのでボロがあるのは目を瞑ってくださると幸い。
空組尊い…

空を飛ぶのが好きだった――



雪解けを知らせた暖かい陽気の空は優しく、空の蒼が海に煌いてとても綺麗だった。
薄く引いた雲が地平線の向こうまですぅっと伸びていて、何処までも地平線に向かって操縦桿を傾けたくなる。

『コリンズ、それ以上は領空外だ』

ファリアに言われるまでそうするのが好きだった。


夏の空はどこまでも青く、入道雲が遠くに見えると土砂降りを想像して少しだけ気が滅入った。
30度を越える機内は蒸し暑く、着込んだ飛行服からは滝のような汗が流れ落ちる。
ただ燦々と降り注ぐ太陽と一緒に見下ろす海岸線は美しく、

『さっさと降りてシャワー浴びようか』

そう、ファリアに誘われるのが待ち遠しかった。


熱気を孕んだ空が少しずつ冷たさを増していく季節は、ピカピカに磨き上げた愛機と空を飛ぶのに一番気持ちの良い季節だった。
うろこ雲の隙間に愛機を滑り込ませて、ちょっとしたかくれんぼの気分を味わえる。

『そんな悪戯ばっかりしやがって』

笑うファリアの声はのんびりとして、基地に戻る“遊びすぎだ”と小突かれるのだった。


冷気を含んだ風はぴりりを頬を突き刺し、曇る室内は冬の到来を知らせていた。
普段は邪魔だと思う大きなマスクがこの季節だけは神の道具に思えてさっさと装着したくなる。
からっとした空は何処までも高く澄んでいた。

『気持ちの良い空だな』

先を飛ぶファリアからの言葉に小さく返事するのが日常だった。



ダンケルクでの飛行から何度季節が巡ったのだろう。
空を飛ぶコリンズの隣にあの懐かしい声の主はずっと不在のままだった。

あの時見上げたあの機体は本当に彼のものだったのだろうか。
思わず拳を振り上げて声を出したあの日。
間近で見ていたあの愛機を間違える筈が無い。
だって彼はまだこの地に戻らぬまま――

書類を纏めていたコリンズに、部下の軍人が声を掛ける。

「貴方に会いたいと言う人が来ています。
　…断りますか？」

決して低い地位の軍人では無くなった彼は、こうして時々人が訪れる。

「どんな用件だって？」

あの頃と変わらない、柔らかい金の髪を揺らして彼は部下を見上げる。

「届けたいものがある、と。“フォーティス”と言えば分かる、と――」

部下の言葉を遮って、コリンズは駆け出した。
彼の足取りは、壮年の軍人ではなく、まだ飛行機乗りとしての若い青年の姿だった。




＊




田舎の村から出てきたのだろう青年は、場違いな軍の応接室に居心地が悪そうにきょろきょろと視線を泳がせていた。

その青年は黄ばんだ手紙とドッグタグをコリンズに手渡す。

「…死んだ祖父の遺品の整理をしていたらコレを見つけました。
　きっと貴方に渡るものだと思って」

濃いブラウンの巻き毛の彼は手短に話す。
申し訳ないが手紙は自分が一度読んでしまったこと、軍の探し人サイトを介して貴方を探したこと。
祖父がずっと渡せずにいて申し訳なかったこと――

彼の話しもそこそこに、コリンズはすっかりインクも薄くなった、年季の入った手紙を開く。そには几帳面そうな、丁寧な筆記体が並んでいた。

『コリンズ様

私はこのタグを村へ帰る汽車の中で受け取りました。
相手は誰か知りません。ただ、その人も戦時中の帰りの船でこのタグを受け取ったそうです。
“タグの持ち主は知らない。けれど田舎の幼馴染に渡して欲しいと託されたんだ。フォーティスのコリンズ。そう伝えてくれ”
彼に託された言葉はこうでした。
本来であれば私が誰かへと託さねばなりませんでしたが、生憎社交性に欠けた私は誰に渡すことも出来ず、こうして誰かに見つけて貰える事を信じて棚へ仕舞うことしか出来ませんでした。

まだ見ぬコリンズ様、申し訳ありません。

きっとこのタグは貴方の大切な人のだったのでしょう。
どうか生きて貴方にこのタグが渡りますように。
わがままな願いですみません。

貴方様の、心の平穏を願います』


「祖父は戦争から5年経って村へ帰ってきました。
　…ずっとそのタグは人から人へと託されてきたんでしょうね…」


コリンズが手紙と置くのを確認すると、彼は頭を下げて部屋を後にする。

彼に届けられたもの――それはファリアのドッグタグだった。

出所が何処なのか、それは誰にも分からない。
ただ、ファリアが生きて“誰か”に是を託したこと。
“誰か”から“誰か”へ、想いが繋がっていたこと。

分かるのは、長い年月を掛けてファリアがコリンズの元へ帰ってきたこと――



＊



よく晴れた日曜の朝、コリンズは久しぶりに操縦桿を握った。

今はあの頃と違って随分とハイテクな飛行になったものの、やっぱり彼は空を飛ぶのが好きだった。

窓の右側、あまり使わない計器の上に彼は愛しい人のタグをぶら下げる。
コリンズは、年期の入ったゴーグルを下ろしてそっと囁いた。

「おかえり、ファリア。
　一緒に空を飛ぼう」


＊FIN＊

金髪は性癖なのでダ…はコリンズとピーターが好きです。