why don't you

ダンケルク/ファリコリ

コチラの前日譚のような。
コリンズの片想い短編。
“あお”を印象付けたかったけど文字で表すのって難しい…

「これからよろしくな」

そう差し出された先輩パイロットの革手袋は随分と使い込まれていて、
まだ支給されたばかりのコリンズのパリパリの革手袋と対照的だった。

彼の瞳は冬の空のような薄い灰がかった青色なのが妙に心に残った夏の終わり。

＊

「…ったく、飲み過ぎだぞコリンズ」

彼はぐったりと金糸を揺らす後輩を抱え上げる。
急な揺れに対して彼は『うぇぇぇぇ』と情けない声を上げた。
急な降下に旋回。
くるりと大空で宙返りを決める敏腕パイロットで、候補生時代はしょっちゅうその重力に泣かされたと言うのに
彼はアルコールに呑まれて久しぶりの吐き気を格闘していた。

「…ごめんなさい」

背中から聞こえた小さな声に、ファリアはニンマリと笑う。

「おれの貸しは大きいぞ？」

まるで悪い子を叱る親のようにお尻を1つ叩くと、またコリンズは情けない声を漏らした。
仲間の栄転が決まった、春先のこと。深い群青色の空には無数の星がきらきらと瞬いていた。

＊

「…好きだ」

新聞を読みながら顔を上げたファリアの言葉に、ドキリとコリンズの心が高鳴る。

流したラジオからは懐かしい故郷の音楽が流れていて、彼はその曲に聞き入っているようだった。

――同性に抱いてはいけない感情に気付いたのはいつだっただろう。

「寒くなってきたね」

何の答えにもなっていない言葉を一人呟きながら、秋の始まりの澄んだ空気を吸い込んで、彼はガラス窓をそっと閉じる。
コリンズの言葉に、ファリアは薄目を開けるとゆっくりと頷いた。相変わらず、故郷の音楽に身を委ねながら。

大きな窓の外は、雲ひとつ無いすっきりとした青空が広がっていた。

＊

『だから冬は嫌いなんだよ』

真っ白に世界が染まったある日の飛行の終わりに、ファリアは愚痴る。
その日は酷い暴風雪でまるで雲の中に突っ込んだ時のような飛行だった。

わざわざこんな日に飛ばなくても。

誰しも思ったが上からの命令と言うのは絶対なもので、軍属の彼らは危険を承知しながらも白い世界へと翼を広げたのだった。

「あ、ファリア。海が見えたよ」

真っ白な世界で、彼はひとつの色を見つける。
空の色を写したような薄い灰色の海だったがそれは彼の人の瞳の色とよく似ていた。

＊

――空を飛べば、いつでも貴方と一緒だから。

エンジンを回すとき、彼はいつも神に祈る。

笑い声が溶けた青空、
不時着して水浴びをした名も知らない海の藍、
冬空の瞳の色。


だから。
早く帰ってきて

『おかえり』と言わせて

少しでも近い場所で、神に願いを届けようと
今日もコリンズは青い世界へ飛び立って行った。

――彼の人に“おかえり”と言えるのは、まだずっと先の話。


＊FIN＊