君は凍ったロジック

ハイキュー/岩及

まだ付き合っていない岩及。
岩ちゃんにタカる及川氏が見たかっただけです。

家まで徒歩10分の距離でも空腹に耐えられないと立ち寄ってしまうコンビニ、火曜日の部活帰りは必ず及川の声が岩泉の注文の後に続いた。

「カラアゲ殿下ひとつ」

「あ、あとピザまんも！」

使い古した小さなコインケースを出して会計を済ませる岩泉が、傍らの及川を小突く。

「130円」

囁かれた言葉に

「それくらい奢ってよぉ」

店員からホットスナックを受け取って及川は唇を尖らせる。
ビニール袋からピザまんだけを取り出すと、「ん」ビニール袋を幼馴染に手渡した。

「…先週もそう言って奢ってやっただろ」

月明かりの帰り道、唐揚げを頬張って睨み上げる岩泉に、まだ湯気の立つピザまんを持て余しながら及川は涼しい顔を作る。

「デートはぁ、色々お金が掛かるんです～～」

――毎週月曜日は青葉城西のバレー部の活動は休みで。
勿論自主練をすることは許されていたが公休である以上自由に体育館は使えず、「気持ちの切り替えは大事だよ☆」なんて主将の言葉にも促されて殆どの部員は休暇を思い思いに過ごしていた。
彼――及川の過ごし方は決まって彼女とのデートで（まぁ、休日も練習試合だ何だのとで忙しい）昨日も学校帰りに話題の恋愛映画を観てきたらしい。主人公が稀な病気になる悲恋の話でテレビから随分とCMが流れていた。

「…んなモン、ワリカンにすりゃいいだろ」

もう4個目にもなる唐揚げで頬を膨らませた岩泉は続ける。

「ダメだよ～
　女の子って綺麗になるのにお金掛かるんだし」

少し冷めたのだろうか、両手を行き来させていたピザまんを掴み直して及川は頬張る。
年の離れた姉の居る彼は、そんな姉から教え込まれていたのだろう、“女の子の綺麗を維持するのは大変なんだよ”高校に上がったくらいからそう言っていた。

「可愛いメイクでしょ、キラキラしたネイルに洋服、それに髪の毛だってさぁ」

もぐもぐと口を動かしながら及川は続ける。
そう言う彼だって流行の洋服は揃えていたし、身嗜みだっていつも気を遣っていたから同じだろ、岩泉は思う。
今だって部活帰りで家に戻るだけなのに、ご丁寧にワックスを付け直して髪の毛を直し、爽やかな香りの制汗シートで全身を拭ったはずだ。

「まぁ、ほら。オレも彼氏らしく格好良い所見せたいじゃん？」

「…クズ川に格好良いなんて思うところはあるのか？？？」

大袈裟にトボけた岩泉に「もう！」及川は大きくピザまんを齧り取る。

「その理論で行くと俺が格好良い存在になるが」

自分の唐揚げを食べ終わったのか、及川の食べかけのピザまんを奪うと岩泉は豪快に口に運んだ。

「う～ん、ワイルド♡
　惚れちゃう♡♡♡」

両手を頬に当ててぶりっこのポースをキメた及川に岩泉は白い眼を向ける。

「利子付けて返して貰うからな」

「ウインク1つでどう？」

アイドルばりの美丈夫から繰り出される一撃に、青葉城西の応援席は黄色い歓声が多い。
至近距離に放たれた爆弾でも、幼馴染には効果がないようだった。

「…要らん」

最後の一口を詰め込んだ岩泉が頭を振ると「つまんないの」傍らの及川は唇を尖らせる。

「来月、お小遣い貰ったらファミレス奢るよ。
　新しいウェアも欲しかったし、買い物付き合って♡」

「…デートのお誘いか？」

片眉を上げた岩泉に及川は頷く。

「そうそう、デートのお誘い。
　岩ちゃん、デートしよ♡」

調子よく続けた及川に「しゃーねーな」大袈裟に岩泉は諒解した。

「優しい岩泉様が付き合ってやろう。
　くそダッセーの選んでやるよ」

「え、そこは似合うの選んでよー
　いやまぁ世界の及川さんだから何でも似合っちゃうんですけどぉ☆」

くるくると忙しく表情を変える幼馴染に岩泉は目を細める。

「…岩ちゃん？」

覗き込んだ美丈夫に、思わず岩泉は唾を呑み込んだ。

「…！」

「変なの～岩ちゃん」

カラカラと笑った及川に、うるせぇ、言うように岩泉は背中を叩く。
そうして特に話す事もなく歩いていくと住宅街の丁字路にぶつかって、2人は片手を上げた。

「じゃぁね、また明日」

「…おう、明日な」

互いに背中を向けると、及川はゆっくりと口角を上げる。

――岩ちゃんとデートだって。
あんまり気合入れた服装だと引かれちゃうかな～？　でも駅前で誰に合うか分からないし。

ぼんやり浮かぶ月を見上げた及川に、岩泉は俯いたまま難しい顔をしたまま歩調を早めていた。

――どうしてクズ川とデートの流れになった？

幼馴染に自由に悪態を吐けるからと、コンビニ代を気にも留めていなかったのが彼の実情だ（及川と違って小遣いは買い食いに消えるものだ。遠征の時に大目に渡されるお札をそのまま懐にしまえば、小遣いが足りなくなることもなかった）。

想定外の展開に、幼馴染に抱く感情が“友達”以上であることに岩泉が気付くのは、まだ先の話――

＊おしまい＊