なつのあそび

メダリスト/夜鷹×司

呼び出したホテルに現れた司に、まず夜鷹がした行動は労いの言葉を掛けるのではなく、「ん」小さな紙切れを差し出すことだった。

「…何ですか、これ」

バックパックを足元に置いた司は訝しげに其れを受け取ると、書かれた文字を読む。

『ナイトプール 招待券』

其れはこのホテルの最上階にあるプールのチケットだった。
普段からも利用者に解放されている施設（プール）ではあるが、暑い夏の期間は宿泊者以外にも解放され、アルコールと音楽が楽しめる場所として利用出来るのだと言う。

「…行く？」

尋ねた夜鷹に、司は首を振る。

「水着、ありませんし」
「下のブティックで売ってるよ」
「…高級店で買えるほど手持ちはないです」
「買ってあげる」

――洋服を買うのは脱がすアピールだと小耳に挟んだことがある。
水着が“洋服”の範疇に入るのか分からなかったが、少なくとも夜鷹は司に服を買い与えることに抵抗は無かった。

普段は夜鷹の言葉に頷く司なのに、今回は珍しく首を縦に振らない。もどかしさに夜鷹は一歩、踏み込んだ。

「泳ぐの、嫌いなの？」

水泳は身体を使う競技だ、司が苦手とは思えない。
続けた夜鷹に司は困った顔を作ったが、夜鷹は其れに動じない。沈黙をものともしない男に、負けるのはいつも司で、無音に耐えかねて彼は口を開いた。

「苦手、と言うか…
カナヅチなんです」

恋人からの思わぬ告白に夜鷹は驚く。

――曰く。

筋肉は重い。水に沈む。
体脂肪率が低い司はどう頑張って泳いでも気付けば沈んでしまうのだと言う。なまじ泳ぎ方は分かるものだから、泳いでは沈む己に虚無感を覚えてプールの類は好きになれないのだと。

夜鷹も水泳は得意な方では無かったが、上手く腹の中心を外に向ければ身体は浮く。水に浮くのは非日常感が強くて好きな方だ。天上を眺めながら温水に浸かるのは瞑想にも似ていて悪い時間ではなかった。

「…そう」

司の言葉に夜鷹は返すと、

「海は？」

そう、即座に切り替える。

塩水である海は浮力の関係でどんな人間でも身体が浮く。
プールに比べて移動の不便さはあるものの、道中も含めての“デート”なのだから特に問題はなかった。

夜鷹の提案に「海は…」やっぱり司は口籠る。

「今度は何」

歯切れの悪い恋人の態度に夜鷹の語尾も強くなった。
はぁ、司は肩を落とすとまたボソボソと説明する。

「海…は。
海は……ライフセーバーに間違われるんです…」

――ライフセーバー？

夜鷹は知識の引き出しを開ける。
ライフセーバーは海水浴場で人々の安全を守る職業の人たちだ。
溺れる者が居ないか、危ない行動をしていないか目を走らせ、海の危険をいち早く訪れた人たちに伝える。それに、迷子や落し物の案内も。

夜鷹はそのまま想像する。
赤と白の帽子を被り、黄色のボディボードを持った司の肉体。
太陽が煌めく真っ白な砂浜を走る姿、ボディボードに身体を乗せ波間を泳ぐ姿を。

「…似合うね」

呟いた言葉に司は頬を膨らませる。

「似合うね、って何を想像してるんですか！
…もう！！
遊びに行っただけなのに『溺れている人がいる』とか『落とし物をした』とか呼び止められる側にもなってください」
「……それは大変そうだね…」
「1番最悪だったのはバイトと間違えられて“この仕事を遊びだと思ってるのか！”って怒られたことですかね…」

まぁ、最後は誤解が解けて謝罪はして貰いましたけど。
溜め息混じりに続けた司に「もう、いいよ…」夜鷹は首を振る。

バイトとは言え本職に間違われるほどに司の肉体は完成されているのだ、その事実に夜鷹は口の端を上げる。
恋人の豊かな胸筋に完成された上腕二頭筋のライン、鍛えられた見事な腹筋の造形を存分に楽しめる水着姿を見たいと思うものの、裸ならいつでも見れるし…まぁ、いいか。

なんて、恋人の水着姿（夏の遊び）は諦める夜鷹だった。

＊おしまい＊