てんしのあかし

メダリスト/夜鷹×司

夜鷹が初めて氷上（リンク）で人々を沸かせた（演技した）時、雑誌に書かれた見出しを鴗鳥は覚えていた。

『氷上の天使 現る』

確かに夜鷹は天使だった。悪魔のような技巧を持つ、恐ろしい程の天使。其れが氷上の帝王に変わるまでにそう時間は掛からなかった。

“天使”と言われようとも鴗鳥から見れば、好敵手（ライバル）であり同僚であり、気の許せる友人だった。

「…君は、本当に天使だったのかもね」

シャワールームから戻った夜鷹に鴗鳥は呟く。

「天使？」

言われた夜鷹は不思議そうな顔をして首を傾げた。
2人が同じ部屋に居るのには理由がある。

夏の合宿、リンクの下見を兼ねて泊りの旅行を計画した鴗鳥（父）だったが、前日になって理凰が熱を出したのだ。幸い、翌朝には体調は回復したが病み上がりの子供に無理をさせるべきではないと慎一郎は判断し、エイヴァの許可を得て友人の夜鷹を誘ったのが始まり。

「久しぶりに純くんとゆっくり話したいしね」

なんて鴗鳥は言うが、彼がハンドルを握る車中でも相変わらず夜鷹の口は重い。借りた車は禁煙車だったから、余計に彼の口は重くなるのかもしれなかった。
それでも、そんな夜鷹との時間を“楽しい”と形容できる鴗鳥は強い。

「ずっと座りっぱなしで疲れたろう？
　純くん、先にお風呂に入っていいよ」

夕食を終え、ホテルに着くと鴗鳥はそう促したのだ。
そうして、話は冒頭に戻る。

「どうして…僕が天使なんだ…？」

気の置けない友人の前だからか、肩にタオルを掛けて下着だけを纏った姿の夜鷹に鴗鳥は自身の背中を指差す。
現役を退いたと言え、無駄な脂肪の少ない、均整の取れた肉体。あの頃よりも少し厚みがあるのは重ねた年齢の所為か。

「せなか」

子供のように悪戯っぽく笑った鴗鳥は続ける。

「その傷、背中の羽根を捥がれたんだろう？」

友人の笑顔にあぁ、夜鷹は口角を上げた。

「……付けて貰ったんだ、恋人に」

脳裏に過るのは金の髪の天使。
人の優しさを知り、その肉体の暖かさに触れた唯一の人。

――人と関わることが得意ではない友人からの“恋人”の言葉に鴗鳥は驚く。

「会えない間…忘れないように、ね」

肩甲骨の下に走る、3本の蚯蚓腫れ。
嫌がる司を説き伏せて、酷く抱いて傷を付けさせた。

他者に対しては無関心が基本なのに、何故か司を前にすると嗜虐心が疼く。
6本の傷の代償、司からの罵りの言葉、低い呻き声、ぐっしょりと濡れた寝具。
――その全てに興奮したのは、夜鷹の新しい側面。

「……予定があるのに、悪かったね」

瞳を伏せた鴗鳥に夜鷹は首を振る。

「慎一郎君からの誘いだから」

小悪魔的な微笑み――もとい、堕天使の微笑に「ありがとう」鴗鳥は素直に受け取り、天使が”堕天使（人間）”になったさまに少しだけ安堵するのだった。

＊おしまい＊