ようつう

メダリスト/夜鷹×司

明浦路司を観察するようになって、夜鷹は気付いたことがあった。
小さな子供に話しかける時、彼は必ず膝を折るのだ。少しだけ相手を見上げる形で彼は話す。リンクサイドならまだしも、氷上（リンク）でもその行動は変わらなかった。

「うん、今のターンはすっごく良かった！」
「綺麗なスピンだったね、その調子！！」
「もう少し指先まで意識できるかな？　うん、そうそう。もっと素敵に見えるよ」

白い歯を見せられて、どの生徒も「はい！」元気に返事をする姿が目に眩しい。
一通り子供たちにアドバイスを送った司が、リンクサイドに上って一息吐くのを見て、夜鷹はそっとスポーツドリンクのラベルが貼られたペットボトルを差し出した。

「……はい」
「アッ、ありがとうございます！！」

ピンと背筋を伸ばして受け取る姿は、まだ憧れの選手からファンサを受ける少年のような仕草で

「いい加減慣れなよ」

夜鷹はサングラスを掛け直す。
喫煙が出来ない場所で、手持無沙汰とばかりにとんとんと手すりを叩いた夜鷹に、司は「座ります？」着席を促されたと勘違いしたようだ。
説明するのも面倒だと、夜鷹が頭を揺らすと彼は少し距離を置いて隣に座る。

「汗かいてるんで」

いつも司は遠慮するが、冷え切ったリンクサイドで体温が高い男は暖を取る手段としては有能なのだ。夜鷹はいつも膝が触れ、太腿も密着出来るくらいまではパーソナルスペースを開放していた。
今日も夜鷹が距離を詰めると「！」司の背筋が伸びた。

「…いい加減慣れなよ」

もう一度夜鷹は吐くと、熱心にリンクを見つめる司に尋ねる。

「……ねぇ。
　なんで君は…子供話すときに屈むの」

脈略のない夜鷹からの問いに「！？」喉を潤していた司が夜鷹に振り向く。
彼はペットボトルのキャップを用心深く回して閉めると、夜鷹と視線を合わせた。

「…俺、身長が高いでしょう？
　素でも186あるのに、スケートのブレードが入ると190近くになって…」

130cmそこそこの子供からしたら、見上げるのに首が痛くなるし、それに俺もちゃんと顔を見て話したいんです。
どんなに小さくたって、ちゃんと一人の“人”ですからね。大人と変わりませんよ。

人を人として尊敬する、あまりに“彼”らしい答えに夜鷹は納得する。

「だって、大人から声だけ浴びせられたら怖いでしょう？　怒られてなくても」

――確かに、親友の慎一郎だって息子と大切は話をするときは座り、目と目を合わせて話していた。
ただ、妹と一緒に悪戯をした時なんかは「コラ！」そのまま怒ることもあったが。

「それに」

夜鷹の言葉が少ないのはいつものことだから、黙ったままの夜鷹に構わずに司は続ける。

「こう…腰を曲げて屈んでたら…
　……痛めちゃったんですよね」

背骨を叩く動作をした司に夜鷹は目を見開く。

「だから、なるべく膝をついて話すようにしています」

朗らかな笑みを浮かべた司に「そう…」夜鷹は考え込むように腕を組んだ。

――腰が痛いのは嫌。
だから屈まないで膝をついて話すようになった。

彼の話す理由はとてもシンプルだ。それは夜鷹にも分かる。

そして、とある記憶が脳裏を過った。
枕を共にした朝、「う…」難しい表情を浮かべて腰を摩る司は“腰が痛い”そのもの。
なのに彼は嫌がることなく僕に呼び出されるし、体を拓く。その理由は――

「…僕って、君に……結構愛されてる？」

唐突に尋ねた夜鷹に「はい！？！？」今度瞬きをするのは司の番。

「…あ、当たり前です！！」

顔を真っ赤にした彼に、腰痛に対して変な優越感を覚える夜鷹なのだった。

＊おしまい＊