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Serena*Mのあたまのなかみ。
メダリスト/夜鷹×司

CaseⅠ. 高峰瞳の場合
 
かつてのパートナー、明浦路司に“恋人”が出来たこと。
それは高峰も気が付いていた。
元より朗らかな司ではあったが、最近は休憩時間にスマートフォンを覗く顔が輪を掛けて穏やかで優しい。少し前までは嬉しそうな表情のことも多かったが、困った表情や肩を落としていたこともあったので、きっと懇意の相手と両想いになれたのだろうと高峰は察する。競技選手として努力家で強い人間ではあると承知していたが、精神面で脆い部分もあるのも分かっていたから、そんな彼を支えてくれる良い相棒が出来たのなら、それは元パートナーとして大変に喜ばしいことだった。
 
司と二人で月末の事務作業を一緒に片付けながら、それとなしに高峰は探りを入れる。
 
「…ふふ。週末はデートするの?」
「うーんどうでしょう…あまり連絡がマメな人ではないので…」
 
重ねた書類を丁寧に纏めていた司はそこまで言って、はっと口を噤む。
 
「…!?
 えっ! あ、あれ…!? 瞳さんに俺…」
「ううん、何も聞いてない。
 ただ私がそう思っただけ♡」
 
にっこりと笑顔を向けた高峰に「う゛~」司は頭を抱えたが、
 
「バレバレ…でした…?」
 
そう、困ったような照れた表情を作る。
初めて見せる司の表情に高峰は目を細めると続けた。
 
「ん、まぁ…ちょっと司くんのことは詳しいし」
 
得意げな顔になった彼女に適わないなぁ、司は苦笑する。
 
「…隠す、ことでもないと思いますけど…
 まぁ、はい…付き合っている人はいます…」
 
少し頬を赤らめて俯いた司に、「きゃぁ♡」高峰の乙女心に火が灯る。
 
「ねぇ、相手はどんな人?
 司くんより年下?年上? 私も知ってる人?」
 
矢継ぎ早に続けられる質問に、司は目を白黒させる。
 
「あ、えっと…その……」
 
相手は夜鷹純だと言う、一番重要な事実を隠して司は“恋人”について話す。
 
憧れの人であったこと、今でも自分と付き合っているのか不安になること、余り出掛けるのが得意な人ではなく、いつもホテルで肌を重ねてしまうこと――
 
夜鷹という事実を伏せているからか、それとも高峰との付き合いの深さ故か、赤裸々に恋人との関係を語った司に、それまで目を輝かせて恋愛話を聞いていた高峰がスッと大人の表情に変わる。
 
「——と、…スイマセン。なかなか人に話すことも出来なくて。
 つい色々と喋り過ぎちゃいました…」
 
取り繕うように苦笑した司の手を、高峰はそっと握る。
 
「司くん。
 貴方はもう子供じゃないし、こんなこと私から言う筋合いは無いと思うんだけど…」
 
「瞳さん?」首を傾げた司に、高峰はたっぷりの間を置いて続ける。
 
「…その、セックスについてなんだけど…。いくら相手が“大丈夫”って言ってもね、ダメ。相手のことを大切にしたいなら互いの同意があったってちゃんと避妊して。ね?
 貴方、そういうの大切にするでしょう? 今は“好き”で浮かれてるのかもしれないけど…… それに…本当にその人は恋人、なのかしら……??」
 
彼女の真剣な眼差しは、まさか抱かれるのは司の方で、付き合う相手も男だなんて微塵も思っていない証拠だ。彼女に迫られて、流されて抱いてしまう優男だと勘違いをしている。
 
「……あ、はい…すみません…」
 
肩を竦めた司にごめんなさい、高峰も謝った。
高峰だって意地悪で司に助言しているのではない。大切な同僚であり、相棒だったからこそ彼が傷つく姿を見たくは無いのだ。
 
「折角の楽しい期間なのに…ごめんね」
 
そうして、ぎゅっと司の手を握る。
あの頃と全く変わらない、高峰よりも高い体温。大きな手のひらは厚く、安心してその身を預けることが出来た。
 
「いえ、逆に心配させてしまって申し訳ないです」
 
首を振った司に、高峰は「いいのよ」続きの言葉を心の内に吐いた。
 
『そんな人と付き合うのはやめなさい』

CaseⅡ. 結束いのりの場合

司先生の雰囲気が変わった。

まだ“大人”の世界を知らないいのりではあったが、彼女も“女の子”。芸能人の誰それが格好良いだの、新しいグループのダンスが素敵だの、そう言った話題を知らない年齢では無い。
自身(いのり)の演技については大袈裟なほど一喜一憂するのに、自身の話になると急に口が重くなる司(先生)に、本当に知らないことばかりが多くて、理凰から「そんなことも知らねーの?」人を馬鹿にしたような顔を向けられるのも癪だった。

――先生が嫌だと思うことは聞きたくない。

それは、いのり自身が日陰を経験した身だからこそ思うこと。先生のことは大好きだ。けれど、考え込ませるような話題は(スケートは別として!)いのりの中でご法度だった。

そんな先生が、最近、なんだか暖かのだ。
勿論、物理的にも彼は暖かい。リンクサイドで「寒い」震えるいのりに「あったかいよ!」自分の羽織ったベンチコートを着せてもらうと驚くほど暑いのだ。
けれど、今言う暖かさはその体温の高さではない。
上手く言葉に出来ないけれど、お母さんのような優しさと言うか柔らかさと言うか。

勿論、指導は厳しい。
けれど、纏う雰囲気が変わったのだ。

“女子”とは言え、いのりも女。
まだ男女の仲については明るくないものの、その変化には気が付いていた。

更衣室前の廊下で帰りの荷物をまとめたいのりは、

「お母さん、着いたって」

向こうから走ってくる司から、揃いのシトラスの制汗剤とも違う、嗅ぎなれない匂いを感じて「?」気になるものの

「今日もお疲れ様!
 お家に帰ったらちゃんとストレッチして筋肉を休めるんだよ」

なんて白い歯を向けられると「はい!」司の笑顔につられて破顔するのだった。



司からの“匂い”がタバコだと気づいたのは、家族で出かけたショッピングモールの喫煙室の前を通った時だ。
つい先日、授業で『タバコの怖さ』習ったいのりは司の健康を慮る。
授業で見た実験映像、“ニコチン”を投与されたイトミミズがプチプチと千切れて死んでしまった。タバコとは恐ろしいものだ、感想文にも書いた記憶がある。

夜の練習後、通用口で司と母の迎えを待ついのりはやっぱり嗅ぎ慣れないタバコの匂いを漂わせる司を見上げた。

「…司先生」
「? どうしたの、いのりさん」
「先生…タバコ…吸ってるんですか…?」

おずおずと尋ねたいのりに、「!?」司は腕の匂いを嗅ぐ。

「…私、この前保健の授業で“タバコは怖い”って習って…
 ミミズが…先生が…死んじゃう……」

見上げたまま大きな瞳に涙を溜めたいのりに

「わーーーーっ!!!!」

司は大袈裟に手を振ると

「だだだ大丈夫!
 先生は吸ってないよ!! 安心していのりさん!!!!」

ポケットからハンカチを取り出すと視線を合わせていのりに差し出した。

「ほんとう…?」
「本当だよ。
 …先生の…ちょっと……親しい人がタバコを吸ってるだけで、さ」

嘘の上手くない司は素直に告白する。
その言葉に、いのりは潤んだ目で司を睨んだ。

「……タバコって、吸う人より煙の方が有害だって習いました」

頬を膨らませたいのりはその先を続けたかったが、零れた涙と嗚咽にその言葉は言えなかった。

『有害な煙を吸わせる(そんな)人と一緒にいないでください!』

CaseⅢ. 鴗鳥理凰の場合

同学年の子供よりもちょっとだけ冷静で背伸びをしている理凰は、憧れの明浦路先生があの最低な夜鷹純と特別な関係であると察していた。
最近矢鱈と光の氷上練習に熱心に付き合うと思っていたが、そのまま家に帰らないことも多く、そんな日はルクス東山FSCとの合同練習の予定が組まれていたりするのだ。
それに、父のスマートフォンで見かけるメッセージアプリの司のアイコンが夜鷹のスマートフォンの画面に表示されたのを見てしまったのだ。——彼の絶望は想像に容易い。

「少し休憩しようか」

理凰のステップを見ていた司がリンクサイドに上がった理凰にティッシュを差し出す。鼻を拭った理凰が持参したドリンクを飲んで定位置のベンチに座ると、少し離れて司も腰を下ろした。

「理凰さん、この前よりもすっごく調子が良いね!
 ちゃんとエッジを意識して回れてる」

言って、寒くない?上着のジッパーを下げた司に理凰は首を振る。
本当は、喉から手が出るくらい司のジャンパーに包まりたかった。汗臭いかな、なんて明浦路先生は気にするけど、汗ならオレだってかいてるし、条件は同じ。けれど、夜鷹との関係に気付いてしまった今、素直にその温もりに包まれたい気持ちよりも、夜鷹への拗れた感情が上回っていた。

「…明浦路先生」
「なぁに、理凰さん」

教え子からの呼びかけに、司は素直に応じる。
にこ、下がった目尻の優しげな表情に理凰の心はぎゅっと掴まれた。

「……先生。単刀直入に訊きます。
 先生は、あの…クソジ……夜鷹純と付き合ってるんですか?」

唐突な教え子からの問いに、「う゛え゛っ!?」司は咳込む。

「オレ、知ってるんです。
 先生とクソジジイが連絡取り合ってること。ジジイの呼び出しに…その…先生が応じているのも」

俯いた理凰に司は言葉を詰まらせる。

えっと、その。

上手く返す言葉が見つからなくて焦る司に、理凰は顔を上げると淡々と続けた。

「…好きなように呼び出されて、会うなんて…
 やめた方がいいよ、明浦路先生」

理凰は言うと深呼吸をする。
何か大事な話を切り出されるのだと、年上なのに司の背筋は緊張で伸びた。

「…それ、セフレってやつだろ?」

――ドラマで覚えた。
恋愛感情の無い、身体だけの関係。もしかしたら、お金も絡んでいるかもしれない。

生真面目な面持ちの|教え子《理凰》から放たれた、特大の爆弾に司は衝撃を受ける。
歯に物を着せぬ物言いの理凰ではあったが、その先の言葉を告げるのは司に申し訳なくて、心に仕舞った。

『あんな男は止めておけ』

CaseⅣ. 鴗鳥慎一郎の場合

夜鷹と司が付き合い始めたこと、それを鴗鳥慎一郎は夜鷹からの報告で知ることとなる。
慎一郎にとって夜鷹は大切な同僚であり、親友。それに、相手となった司も息子のコーチであり、大切な仲間だった。
人となりを知る2人が付き合うのは、大変に嬉しい。特に夜鷹に関しては、人を寄せ付けない人間だったから、こうして自分と同じように司を受け入れてくれたのは嬉しかった。性格が丸くなってくれとは思わないが、最低限人との繋がりは持っていて欲しい。現れた司の存在に鴗鳥は感謝していた。けれど、それはあくまで同僚としての鴗鳥の意見だ。けれど、友人の立場となると、その意見は180度転換する。

「…あまり友人を悪く言うべきではないだろうが…」

名港ウィンドFSC近くの喫茶店、偶然に鉢合わせた司を鴗鳥がお茶に誘った時。
ちょっと純くんのことで話さないか? 告げれば、司に断る選択肢はなかた。

運ばれたブラジルブレンドのコーヒーに口を付けた鴗鳥が切り出す。
姿勢を正した司に、楽にして、鴗鳥は朗らかに微笑んだ。

「…その…純くんはモノを伝えるのが上手くはないし、人とのトラブルも結構多くて……
 本人もあの性格だし、あまりに頓着はしないタイプだからね。
 ……明浦路先生が悲しむのは私もだけど、理凰もあまり良い顔をしないだろうし」

そう続けて、司に尋ねる。

「君が純くんと付き合っているのは知っているよ。だからこそ、聞いて欲しいんだ。
 …時々、純くんと全く連絡が取れなくなることがあるだろう?」
「……あぁ、はい。確かに」

鴗鳥の問いにレモンスカッシュを飲んでいた司は大きく頷いた。

「純くんはね、よくスマホを投げて壊すんだ…」

鴗鳥は説明する。

不注意か不機嫌か、しょっちゅう持ったスマートフォンを破壊しては、

『慎一郎くん』

新しいスマートフォンへのデータ移行を自分へ依頼すること。

『いいかい、純くん。
 君のデータは全てクラウドにバックアップしてるからね』

夜鷹のデータは全てクラウド上に保管してあり、新しいスマートフォンを用意するまでは音信普通になってしまうこと。

「…何の理由もなく、連絡がつかなくなる人でも…
 明浦路先生は“恋人だ”と言ってくれるかな」

真剣な眼差しの鴗鳥に、司も返答に詰まる。

自分は表彰台にも立てなかった夢潰えたアイスダンスの選手。
片や時代を牽引したフィギュア界の申し子、夜鷹純。

格差の恋であるのは承知の上だった。
性格に難のある人物なのも分かって付き合っているつもりだ。

そんな夜鷹の人柄人となりを知る友人が、司に警告している。

“あの男は止めなさい”と。

「…でも」

弾ける炭酸の泡を潰すと、真っ直ぐに司は顔を上げる。

「けれど俺、あの人が好きなんです。今でも憧れなんです」

きっと鴗鳥も司と同じ20代であれば、その誠実な眼差しと言葉に焼かれていたかもしれない。
けれど鴗鳥は夫であり二児の父であり、そして人生の先輩でもあった。輝くような司の言葉にも動じず、彼に関わる全ての人の思いを代弁する。彼らしい、丁寧な言葉遣いで。

「…悪いことは言わない」

「「「「そんな男はやめておけ(純くんはやめておきなさい)」」」」

*おしまい*

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