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Serena*Mのあたまのなかみ。
メダリスト/夜鷹×司


氷上の帝王は”持って”いる男である。
自動販売機のボタンを押せば『7777』おまけの1本が当たり、鴗鳥と入った蕎麦屋で「本日創業記念日なんです」と蕎麦を渡され、そして今回も暇つぶしに応募したホテルのキャンペーンに当選した。
当たって嬉しいのは2等のホテル宿泊券だったが、当選したのは特賞の温泉地宿泊券。生憎夜鷹は温泉に興味が無いし、移動も面倒だと思うタイプだったから親友の鴗鳥に「使って」なんて渡そうとしたものの、理凰の授業参観や汐恩との約束があって行くのは難しいと断られてしまった。流石に教え子と2人で温泉宿と言うのも気が引けて、白羽の矢が立ったのは恋人でもある明浦路司。
普通の人間ならいの一番に恋人に連絡しそうなものだが、彼は夜鷹純なのだ。一般常識は通用しない。

『今度の休みっていつ?』
『普通に明日の夕方はオフですけど…何かありました?』
『いや。下呂温泉の宿泊券が当たったから行こうと思って』
『だったら俺じゃなくて鴗鳥先生にお渡ししたら良いんじゃないですか?
 家族旅行、良いと思いますよ』

なんて恋人からも親友への譲渡を促されてしまったのには笑ったが、翌週のリンク練習の後に赴くことが決まった。
司の運転で新緑の山道を登り、隠れ家的なこぢんまりとした宿で一泊。
相変わらず食事には微塵の興味も示さない夜鷹だったが、硫黄の匂いに浴衣の合わせから覗く恋人の柔肌―—藺草(いぐさ)の香る布団も、普段と違って興奮した。“和”の夜も悪くない。

そんな帰り道、

「少し休憩しましょうか。
 お土産も買いたいですし」

なんて『道の駅』大きな看板を掲げた施設の駐車場に司は車を停める。

「ん~…」

ドアを閉めて大きく伸びをする司に付き合って夜鷹も深呼吸するものの、建物の端に見えた喫煙所のマークに恋人へ瞳で訴えた。

「もー、健康に悪いですよ」

ぶつくさと司は文句を言うものの、「暇なのは苦手なんだよ」夜鷹も睨む。
健康志向が高まる昨今、レンタカーは禁煙車しか取扱いが無かったから宿を出てから手持無沙汰だったのだ。別に煙草が好きでも嫌いでもなかったが、煙草を燻らせている間は立ち上る煙を見ていると時間が過ぎる。

「じゃ、俺はお土産買ってくるんで。
 終わったら来てくださいね」

そう喫煙所の前で別れて、一服した夜鷹が土産どころに行くとレジ前で山ほどの温泉まんじゅうを抱えた司を見つけた。

「なに、それ」
「なに…、ってお土産ですけど」
「そんなに?」
「加護さんと、高峰先生に鴗鳥先生に…
 あとは来週コーチ会があるので那智先生と… あ、これはよくおまけしてくれる駅前のお総菜屋さんのオバちゃんに…」

同じ土産の箱ながら、行き先を1つ1つ説明する司に、つい先日見かけたバラエティ番組の小話が脳裏を過る。

『なんかさぁ~母ちゃんって「これ美味いから食べろ」「これも好きじゃないか」って色々出してくるよね~』
『そうそう。もうこっちは20じゃねぇっつーの』
『でも食っちゃう。母ちゃんが用意してくれて嬉しいしさ』
『分かるー。あと帰りにめちゃくちゃお土産持たせてくるよな』

“一緒に美味しい物を共有しようとする心、それって愛じゃない?”

そんなオチを無理やりにつけた、どうでもよい話。
けれど、食べ物に興味が無い夜鷹にとっては興味深い話だった。

――好きな人に美味しい物を与えたい、共有したい。

それだけ司は人が好きだし、人に愛されているのだろう。
足りるかなぁ、なんて心配する困り顔も彼の人柄の良さ。

「……愛…だね」

ぼそりと呟いた夜鷹に「?」司は首を傾げる。
その気持ちは、恋人を温泉旅行に誘った夜鷹にも当てはまるのだけれど、夜鷹は気付いていないらしい。

財布を用意しようと、手に持った小さなキーホルダーを「持っててください」司から渡された夜鷹は

「…これは?」

短く尋ねた。

「あ、これはいのりさんと羊さんに…理凰さんにはちょっと可愛すぎるかな」

――確かに、カエルが温泉に入っているデザインは理凰の趣味ではないだろう。
けれどきっと、彼は明浦路先生からのお土産だ、喜ぶのは理解できる。

色違いのカエルを見ていた夜鷹に司は続けた。

「狼嵜選手にはお土産は買わないんですか?」

言われた夜鷹は考える。

「…そうだね」

じゃぁ、きみと同じものを買おうかな。
女の子の好きな物ってよく分からないし。
言った夜鷹に司は顔を綻ばせた。

「狼嵜選手といのりさんは仲が良いからお揃いだときっと喜んでくれますよ!
……それから、その、これ…」

急に声のトーンを落とした司が、ペアのキーホルダーをおずおずと差し出す。温泉街の名前が書かれたシンプルなものだったが、2つを合わせるとハートマークが完成する其れはどこにでも置いてありそうな、定番商品だった。
夜鷹は「ふうん」言うと

「いいよ」

司に頷く。

「なんかいいね、恋人っぽい」

続けた言葉に司が破顔すると、その眩しさに夜鷹は目を細めた。

――恋人らしい行為なんて、いくらでも経験済みなのに。

喉まで出かかった失言を飲み込んで、

「…また、どこかに出かけようか」

なんて本音を隠して提案するのだった。

*おしまい*

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