星のよる、月のあさ Ⅰ

長いので分割。
ポコさんとスマイル。
ペコじゃない。


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Ⅰ.
その日は隣駅の大きな書店まで参考書を買ってきた帰りで、電車に早く乗りたかったからスマイルこと月本誠は近道である少しだけビルの陰になる裏道を急いでいた。夕方の降水確率は60％だったが、いつも持ち歩く折りたたみ傘を部室に忘れてきてしまったので、濡れたくなかったのもある。3冊の参考書は片手にぶら下げるには少々重かったが、それでも構わず月本は裏路地を急いだ。

きついネオンの看板のホテルを曲がると、見かけた赤いキャップを見つけて、思わず物陰に隠れる。それは、条件反射に近かった。ほんの少し前まで、いつも一緒に居たけれど【卓球】と云う共通の絆が無くなってしまうと一緒に過ごすのもなんだか憚られて、つい、距離を取ってしまうのだった。
そっと窺うと、それは卓球から足を洗った筈のペコ――星野裕に似ていた。いや、似ていたのではない。纏う雰囲気こそ違ったが、それは確かに星野だった。

――どうして、ペコが…？

月本は意を決し、声を掛けようかと身を乗り出したが、陰になった部分に人影を見つけて、また物陰に身を潜めてしまった。別に、悪いことをしているワケじゃないのに。そう独り唇を噛みしめる。ちらりと見やると、それは星野より背の高い人物のようだった。後ろ姿だからはっきりとは見えないが、その背中は学生のものではない、ぴしりとした肩のラインでスーツ姿のように見える。星野はその人物に腕を絡めると、背伸びして何かを耳打ちした。
スーツ姿は立ち止まって辺りを窺うと、彼のキャップを素早く後ろに回し、そして唇を重ねる。暗がりに、二人の舌が行きかうのが見えた。星野もスーツ姿の背中に手を回し、少しでも密着度を高めようとしている。と、星野が薄く目を空けてこちらを見遣った。正しくは、見遣ったように、見えた。
驚いて半歩引くと、後ろに立てかけられた脚立ががたりと大きな音を出す。
その音に、スーツ姿が突き飛ばすように星野から唇を離す。星野はキャップを被り直すと、赤い舌で唇を舐めとった。そう、それは偶然じゃなかった。今度は、はっきりと月本の方角を向いていたから。
そして彼はまたスーツ姿に腕を絡めると、少しだけ寄り添いながら、別の角を曲がって行った。

それを見届けて、やっと、月本の思考が現実に戻る。
――ペコ、君は、今、何を…？

胸に抱いた3冊の参考書が、ずしりと重くなった。