プロヒーローの卵と身だしなみの話

僕のヒーローアカデミア/心尾

PLUTRA PLUS!! 2023春にて展示
プロヒの心尾とちょっとだけお茶子ちゃん

心操と尾白が一緒に居を構えた日、洗面台に並ぶ整髪料の数々に尾白は首を捻っていた。

「なに、コレ」
「何…って、スタイリングフォーム」

短い金色の髪の恋人の毛質は本人の意志の様に真っ直ぐで硬い。
酷い寝癖の朝だって「水付けて梳かせば直るよ」言っていたのを心操は訝しがっていたのだが、本当に酷い寝癖も水を吹いて溶かしただけで綺麗になるものだから、柔らかい髪質でなかなか寝癖の直らない心操には羨ましい限りだった。
――だから、そんな彼が整髪料に疎くても何ら不思議なことでは無い（逆に、心操以上にテーピングの材料とか、怪我の薬なんかは詳しい）。

「こっちは軽めのワックス。あ、今日付けてるのはコレね。
　あと…こっちのはちょっと固めたいときのムース。それにこれは……」

説明を始めた心操に「いい、いい！！」尾白は首を振る。そして、

「この辺の整理は任せたから！
　俺、テレビの配線チェックしてくる」

なんて体よく密着させた身体を離されてしまった。

――ずっと、引っ越しの準備で会える時間も少なくて、今日だって午前中からの搬出に搬入、購入した電化製品も次々に届くから、お互い業者と家の中を行ったり来たりしているのだ。
少しくらい、恋人成分を補給させてくれたっていいのに。心操は少し唇を尖らせる（とは言っても今夜からはずっと一緒に過ごせるのだけれど！）。

そうして、やっとの思いで新居を整えると（まだダンボールは山積みにされていたが）、もうすっかり夕暮れの時間になっていて、

「何か食べに行くか。冷蔵庫の中も何もないし」
「賛成。ついでにコンビニで明日のご飯も買おう」

なんて2人は頷き、新生活の幕を開けたのだった。

＊

「尾白くん、シャンプーとか変えた？」

工事現場での足場崩壊の事故の片付けをしながら、麗日が瓦礫を担いだ尾白にそう尋ねる。

「んぇ？」

尾白が目を瞬かせると

「離れてくださ～い！　解除しまーす！！」

麗日が両手を合わせる。

「ん？　なんか今日の尾白くんの髪、サラツヤだな～って。
　今良いドライヤーとかもあるし、引っ越しで変えたんかな、思って」

尾白の持つ瓦礫に触れて彼女は続ける。
尾白と心操が学校卒業後に共に住むのは雄英のクラスメイト、誰もが知る所だったから、彼女も勿論、尾白と心操の関係についても察していた。

「あー…」

言われて尾白は恋人とのやり取りを思い出す。

出掛ける前の洗面台に並ぶのは、頭に水を付けて梳かすだけの尾白に、寝癖を熱心にブローで直す心操。
そんな心操が「ついでだから」そう尾白を引き留めて、今朝は髪の毛を整えてくれたのだ。

「心操の……整髪料借りたかも」

細々とした瓦礫を拾いながら尾白は小さな声で答える。
クラスメイトの私生活を垣間見た麗日は

「ふ～～～～～～ん？」

ニヤリと目を細め、「上手くいってるんやねぇ」そう尾白を揶揄った。

「う、うら…ウラビティ！
そんな事は良いから早く片付けちまおう！！」

尾白が少しだけ顔を赤くすると「またお話聞かせてね」なんて恋バナをする芦戸と同じ笑みを浮かべる。

――あの、自分の髪の毛よりも尻尾のケアを優先していた尾白くんがねぇ。

ふわふわと上げた瓦礫を見上げて麗日は思う。
クラスメイトが暮らすのは、恋人なのは承知している。あらゆる意味で切磋琢磨できる存在があるのは良い事だ――と、緑色がテーマカラーの、あのヒーローを彼女は思い浮かべるのだった。

＊おしまい＊