ヒーロー情景者と身だしなみの話

僕のヒーローアカデミア/心尾

受がリップをしているとキスの合図、みたいな鉄板ネタを心尾ちゃんにやって欲しかった欲。
高校生よ健やかなれ（祈）

「ちょっと休憩しよう」

枝の上に潜んでいた心操を尻尾で叩き落とした尾白が尻もちをついた彼に片手を差し出すと、

「…少しは手加減してよ」

口元の操縛布を引き寄せて心操は文句を言う。

「はは、手加減したら意味ないだろ」

二の腕をぐっと膨らませて自分を持ち上げた尾白に心操は溜息を吐くと足元に転がったスポーツドリンクを拾ってキャップを開ける。半分くらい残っていた其れを更に半分程に減らすと、同じように尾白も喉を潤わせていた。
飲み干したペットボトルの封を閉め、口元を拭った彼に心操は目を細める。心操も同様にキャップの蓋を閉めると、ジャージのポケットからリップクリームを取り出してくるりと唇の周りを拭った。

「？　何したの？？」

傍らで見ていた尾白が首を傾げると「リップ。尾白はしないの？」心操も尋ね返す。

「乾燥するからって舌で舐めてばっかりだともっと乾燥しちゃうよ」

当たり前とばかりに言った心操に尾白は

「イケメンはやっぱ気を遣うモンなんだな～」

なんて白い歯を見せる。それから、

「ベタベタしない？」

続けて言って、心操を見上げた。
至近距離に見上げられて心操が視線を逸らす。そして、彼の気も逸らせるように「…続き、しよ。次は負けないから」そう、ペットボトルを置いた。

＊

また別の昼休み、相も変わらず操縛布と尻尾で組み手をしていた心操と尾白だったが、今回の勝者は心操のようで、彼の操縛布に尾白が捕まっていた。

「…っ！」

彼の個性でもあり、最大の武器を拘束されて尾白は降参の手を上げる。

「今のは素直に引っかかっちまった。
　……前よりずっと良い動きになったな」

するりと外された操縛布を尾白は素直に褒める。
お互いの時間がある時にこうして組み合う彼は、心操の師に次いで彼の動きに詳しかった。

「…ん」

好敵手からの誉め言葉に少しだけ心操は口元を緩める。綻んだ其処を隠すように操縛布を引き寄せると、尾白の唇が妙にしっとりとしているのに気が付いた。

「尾白、唐揚げでも食べた？」

いつかの日と同じようにペットボトルを開ける尾白に心操は尋ねる。

「え、なんで？」
「唇テカテカしてる。今日のランチラッシュのA定食って揚げ物だったっけ？」

心操は今日の昼休みのメニューを思い出そうと頭を捻る。
今日はB定食が中華丼と餃子のセットだったから――　ほんのさっき、一緒に昼食を摂ったクラスメイトのトレイを心操は思い浮かべた。

「…いや」

難しい顔をした心操に尾白は頭を振ると、ポケットから小さなリップクリームを取り出す。

「あの後…っても先週だけど、心操とリップクリームの話した次の日に唇切れちゃってさ。
　上鳴に聞いて買って来たんだ。なんか色々オススメされたんだけど…1番オーソドックスなヤツ…って買ってみた。結構みんなこーゆーの詳しいし、ちゃんと使ってんだな」

見せられた緑色が鮮やかな印刷のリップクリームはメントール配合の1番有名なブランドのもので、ある意味“普通”な1本だった。

「ふうん…？」

差し出されたリップクリームに心操がニヤリと悪い顔を作る。

「？　どした？　あっ、なんか悪いこと――」

言いかけた尾白の尻尾を引っ張り不意打ちに体幹を崩すと、そのまま腰を引き寄せた。
そのまま彼を抱き留めて、艶やかな唇に己のを押し付ける。上下の唇を甘噛みして引っ張ると、心操は満足げに嗤った。

「…ちょ、心操！　人が居たら…！！」

顔を赤くした尾白が心操の胸を叩き、小さく彼は咽る。

――心操と尾白は恋人同士だ。

表沙汰にした関係ではないが、それなりに“学生の恋人同士らしい”ステップは踏んでいる。

「だってさ……そんな風にされるとキスしてもいいのかなって思うじゃん、ずるいよ」

悪びれもせず言った恋人に「もう！」尾白が唇を尖らせる。

「ねぇ、尾白……」

口を開いた心操の声を遮るように昼休みの終わりを告げる予鈴が聞こえる。

「わ、次俺演習だから着替えなきゃなんだ！」
「オレも移動教室だ…！」

校舎に向かって駆け出した2人に、秋の風が舞う。ひらめく落ち葉が冬の始まりを告げるのだった。

＊おしまい＊