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バットマン/ブルース＆ディック

Twitterの企画に参加するのに書きました。
戦争を起こさずに書けるようになったなんて、随分私も丸くなったなぁ…って思います。

ディックを引き取ってから、ブルースは気が付いたことがある。
其れは、彼が『好き』を沢山見つけてくる事だ。

「アルフレッドの作ってくれたクッキーが好き」
「宿題の最後にブルースがサインしてくれるのが好き」
「お風呂の新しいボディソープの香りが好き」

指折り数えれば、直ぐに両手が埋まってしまうほど。

――ディックは随分と“好きなもの”に囲まれてるな。

そう、ブルースは目を細めるのだった。

＊

柔らかな日差しの降り注ぐクリスマスの朝、大広間に飾ったクリスマスツリーの下には山程のプレゼントが置いてあって、

「ハッピーホリデー！」

はしゃいだディックが積まれたプレゼントの包みをびりびりに破る。
中から出てくるのは彼が欲しがっていた恐竜のおもちゃや、暖かなミトン。それに大きなお菓子の包みもあったから、宥めるのに随分と時間を取られてしまった。
やっとテーブルにつき、はちみつをたっぷりとかけたトーストに齧り付いたディックにブルースは口の端を緩める。

「“好き”が沢山増えたな」

「…なんふぇ？　ブルースだってふゅきなものあるれしょ。
　プレゼントだってたくさん……」

口の中にパンを詰め込んで喋る息子の言葉は新しい言語のようで、ブルースは苦笑して新聞を閉じる。

「ディック、人と話しする時はちゃんと食べ終えてからだ」

ブルースがコーヒーのマグに口を付けると真似するようにディックもミルクの入ったマグを引き寄せた。

「あのね…」

口の周りを真っ白にしたディックにブルースがナプキンのジェスチャーをすると、すかさず侍していたアルフレッドがディックに白いナプキンを手渡す。
大急ぎで口元を拭いたディックは早口で喋り出した。

「だって、好きなんだもん」

「好き？」

「トーストの焼ける匂いにはちみつの甘い匂い。
　それから、ふかふかの枕のお日様の匂いも好きだし、去年のクリスマスプレゼントのくまちゃんも大好き！
　それにね、この前そり遊びした公園とか、クリスマスマーケットの電飾とか、それから……」

小さな指を数えて“好きなもの”と数えるディックにブルースは穏やかな微笑みを浮かべる。

「アルフレッドのタルトも大好き！」

フルーツのお皿を持ったアルフレッドに振り向いて、ディックは弾けるような笑顔を向ける。

「…では、明日のおやつはアップルパイにしましょうね。
　今日はクリスマスのタルトを焼きましたから」

わぁい！
素直に喜んで手を叩いたディックに、こんな風に自分も子供の頃は何かを“好き”と口に出来ただろうかと自問する。

ブルース自身にも、こうした子供時代はあったのだ。
暖かな両親に囲まれて、何の心配もせずに過ごした優しい時間が。
クリスマスの朝にツリーの下に駆け寄って、積み上げられたプレゼントをはやる気持ちを押さえて開封した頃が。

――不幸な事故を切っ掛けに、ブルース少年からは笑顔が消え、代わりに眉間の皴が深く刻まれるようになってしまった。

「ねぇ、ブルースは？
　ブルースは何が好き？」

運ばれたオレンジの酸味に目を瞬かせながらディックはブルースに質問する。

「いっつも頼むミルクのジェラート？
　それとも、にがーーーいコーヒー？
　でもアルフのクッキーはブルースも好きだよね？」

養父の答えを聞かずにディックは喋り続ける。

――好きなもの。

品良く仕立てた父の背中を見るのが誇らしくて好きだった。
出かける前に一吹きする、母の香水の香りも。

避暑に出かけた別荘の木漏れ日や、初めて泳いだ川の水飛沫………

幼少の思い出は全て好き“だった”と過去形なのにブルースは気が付く。

「……何だろうなぁ」

肩を竦めたブルースに、ディックは言葉を重ねた。

「ベーコンのカリカリのところ？
　それとも書斎にある大きな椅子？」

続けて、ディックは今日一番の笑顔を見せる。

「僕、ブルースも大好き！！」

向けられた無垢な笑顔に、ブルースは少し驚いて、それから口の端を緩めた。

「そうだな……
　私もお前が大好きだよ、ディック」

おいで、告げるように手招きすると嬉しそうにディックは駆け寄ってブルースの膝によじ登る。

引き取った小さな子供は“大好き”に囲まれていて、彼と共に過ごせばブルースの“好き”も増えるような。
確証はないけれど、「そうだ」と独りブルースは頷いた。

ディックはテーブルと養父の小さな隙間に身体をねじ込ませると、ぎゅっとブルースに抱き着く。

「ふふっ、僕たち同じ気持ちだね！」

満面の笑みを浮かべたディックは、大きなガラス窓から差し込む光が後光にも見えて、まるで宗教画に描かれる幼い天使のようだった。
つられて微笑んだ養父にディックはもっと気をよくして、ご機嫌に足をぶらぶらさせながら鼻歌を歌う。

♪食べ過ぎた哀れなドゥーピー　可哀相に牧場に売られちゃった
　でも大変　太りすぎたドゥーピー　小屋に入れない

懐かしい旋律はクリスマスによく流れる歌で、本来であれば神の子の誕生を称える歌詞が付いていたのだが、ディックの歌う其れは子供が好きそうな低俗な単語が並んだ莫迦々々しい歌詞になっていた。最初こそ静かに聞いていたブルースだったが、上機嫌に歌うディックにつられて鼻歌を重ねる。

「ブルースも知ってる？」

「あぁ、子供の頃に歌ったよ。
　聖歌隊で“正しい”歌詞の方をね」

「この歌詞は好き？」

「…どうだろう。大人が歌うにはちょっと恥ずかしいんじゃないかな」

――まるまると太った豚が牧場の屋根を突き破って売り、その補修代金が払えなくて牧場自体が買い取られてしまう歌を、大富豪 ブルース・ウェインが歌いだしたら一体どんな顔をされるだろうか。
想像して、ブルースは苦笑した。

「でも僕、ブルースの声が好きだよ」

「…じゃぁ、何か悪戯をしたい時に歌おうか」

アルフレッドには見えないように悪戯っぽくウインクしたブルースに、

「ふふっ！
　僕らだけの秘密！」

ディックはにっこりと笑みを向ける。

――優しい冬の日差しも、暖炉の火が爆ぜる音も。
こうして少しだけ音程の外れた“酷い歌詞の”クリスマスソングも。

小さな息子を介すると全てが愛おしく、“好き”であるとブルースは実感する。
こうして、少しずつ世界を“好き”で満たすのも悪くないな、とブルースはディックを抱きしめた。

「？？？　どうしたのブルース？」

「…いや、お前は私に必要な存在なんだなと思って」

ブルースの言葉に、ディックが弾んだ声で答える。

「当たり前だよ。

だって、僕らはダイナミックデュオだもの！」

――ねぇ、早く続きのプレゼントも開けよう！
僕が選んだプレゼントもあの中にあるから見つけてね。

ツリーの下を指差した小さなサンタクロースに、大きなトナカイは「仰せのままに」言ってディックのおでこに短くキスを贈ったのだった。

＊おしまい＊