Serena*Mのあたまのなかみ。
風立ちぬの本庄と二郎さん。
それは、昼休みの喧騒の出来事だった。
珍しく食堂で鉢合わせた二郎と本庄の二人が窓辺の席で昼食を摂る。
「今日も鯖か」
笑った本庄に
「今日は味噌煮だよ。昨日は焼き鯖だった」
事も無げに二郎が返す。
其れは学生時代から繰り返された会話であり、通過儀礼のようなものだった。
カツ丼の大きなどんぶりを置いて、一口茶を啜った本庄に、相変わらず鯖の骨をまじまじと見つめながら二郎が呟く。
「なぁ、本庄。
…所帯を持つって、どんな気持ちだ」
二郎が【菜穂子】と言う女性と婚約した事、それは直接二郎から報告を受けていた。
けれど、詳しくは聞いていない。
本庄がさらっと「俺も結婚することにしたよ」と伝えた時に二郎から何も言われなかったように、彼も何も返さなかったからだ。
「気になるか?」
からかうように覗き込むと、二郎が視線を反らす。
反応が懐かしくて、カラカラと本庄は笑った。
「久しぶりに飲みに行こうぜ、二郎」
「え、でも…」
「たまには良いだろう、男同士の話だ」
言って、二つ分のお盆を下げる。
「え、ちょっ…と!」
追いかけた二郎だったが、ちょうど30分から休憩の団体に押し戻され、聞こえたのは本庄の声だけだった。
「いつもの場所で待ってる!」
*
いつもの場所、なんて聞こえは良いが其処は会社の勝手口のことだった。
少し町から離れた場所にある其処は星が綺麗に見え、煮詰まった二郎や本庄がよく気分転換に夜風に当たりにくる所だった。
建て付けの悪い、金属の扉が鳴る度に本庄が視線を走らせるが、懇意の相手はまだ来ない。
今宵、何本目かの煙草を揉み消した時にやっと懐かしい声が耳に届いた。
「すまん、本庄!」
駆けつけたのであろう、二郎の姿は酷い。
「酷い姿だな、二郎」
微笑して、曲がった帽子と外套を直してやる。
きゅっとマフラーに触れた手が思いのほか冷たくて、俯いて二郎はもう一度謝った。
「…本当に、済まない…」
「いいさ、おれが急に誘っただけなんだから」
本庄は言い、冷えた両手を外套に突っ込む。
「熱燗が一等旨くなるな」
続けて笑うと、やっと強張った二郎の顔が綻ぶ。
その顔に安堵して、本庄は歩き出した。
*
本庄の馴染みの店は小ぢんまりとした料亭で、2階はそのまま馴染みに使わせてくれるようだった。
遅い時間に邪魔をしたとは言え、美味い料理と熱燗に舌鼓を打ち、そのまま2階へと案内される。
「…お前、大丈夫なのか」
家で待つであろう、妻の心配をした二郎に本庄はそっと肩を抱き寄せて囁いた。
「人の心配よりもお前の心配しろよ、馬鹿」
「ぇ?」
きょとんと見上げた二郎の、とろんと酔った瞳に本庄が顔を背ける。
「顔赤いぞ?」
けらけらと上機嫌に笑った二郎の横っ腹を「ウルサイ」小さく言って小突いた。
襖を開けると、8畳程の部屋に布団が2組既に敷かれている。
開けっぱなしの押入れに外套と帽子を置いて、本庄は紫煙を燻らせた。
目の前では、二郎がたどたどしい手つきで浴衣に着替えている。
「…で、なんだっけ。」
本庄が呟く。
「そうだよ、お前、所帯を持ってこんな所によく来ているのか」
彼の声は少しぶすくれて聞こえる。
それは、二郎の知らない本庄の姿であり、なんだか妙に苛々をさせた。
「それは黙秘しておこうか」
人の悪い笑みを浮かべて、本庄も備え付けられた浴衣に着替える。
煙草を吸ったまま布団の上に座ると、二郎がそっと灰皿を差し出した。
差し出された灰皿に煙草を押し付け、その炎を消す。独特の硝煙がして、二人は少しだけ顔を歪めた。
直後、破願して腹を抱える。
「なんか、お前とこうするのって変な気分だな」
「ドイツじゃぁ、ベッドだったしね」
あまりに笑いすぎて、涙まで流した二郎の目元をそっと拭う。
「ほんじょ…」
言った二郎の言葉は、本庄の接吻によってかき消された。
薄いけれど、柔らかい唇。
ちゅっと啄ばむように唇を合わせ、そっと上唇を舌でなぞる。
その先は――止めておいた。
「…いいか、二郎。こうして優しく扱ってやるんだそ」
唇を離した本庄に、二郎が「うん」小さく頷く。
「…さ、寝よう。今日は飲み過ぎちまったな」
続けると、俯いたまま、こくんと彼の頭が揺れた。
「飲み過ぎだよ、本庄…」
二郎が今、どんな顔をしているのか。
それは誰も分からない――
*
翌朝。
運ばれた簡素な朝食を何度も食べ零す二郎に、本庄はやれやれと肩を落とす。
実は昨日、一睡も出来なかったから酷い顔だ。
階下から響くどんちゃん騒ぎ、薄い壁越しの隣の声、隣に眠る親友、昨日の接吻――
「おれはな、よく此処にくるんだ」
「それは知ってる」
「仕事が詰まった時に来ると、此処はよく捗るんだ」
「…仕事?」
てっきり、遊びの女だと。
思った言葉は飲み込んだが、本庄はそれも見透かしていたようだった。
「はははは、おれも所帯を持ったからな」
ひとしきり笑った本庄は、急に真面目な顔を作る。
「朝から晩まで、あの会社に詰めてみろ。
おれは自分の仕事が嫌いじゃない。でもな、ずっとあそこに居ると息が詰まってしまうんだ。
此処は、色々な人が集まる。
その中に、おれみたいな仕事馬鹿が居たって悪くないだろう?」
煮詰まった時に来ると、あのどんちゃん騒ぎに安心するんだ。
本庄は続ける。
「――そうか」
なんだか、昨日とは違った、また知らない本庄を見てしまったようで、二郎は頷く。
彼には彼の悩みがあり、けれど、ずっとそれを二郎は知らなかった。
「本庄、あの――」
「ごちそうさま。
ほら、行くぞ二郎」
両手を合わせた本庄が、帽子と外套を掴む。
「あ、あぁ!」
慌てて二郎も残りのお新香と白米をかき込むと本庄の後を追った。
*
会社に着き、真っ直ぐ自分の部署に向かう二郎を本庄は見送る。
一服、そうジェスチャーを送ると彼も諒解したようだった。
「ごちそうさま!」
大きく手を振り、階段を駆け上がる。
彼見えなくなったのを確認して、本庄はあの、勝手口に進んだ。
「きっとお前もこれから、おれの知らない二郎になるんだな」
軒先で燻らせた紫煙と本庄の言葉が、青い空に溶けた。
*終*
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