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開け放たれた窓からは、春の香りを含んだ風が届く。
それは、レースのカーテンを優しく揺らした。
「ねぇ、にいさま」
本棚に囲まれた部屋で、彼は向かいに座った少年へと声を掛ける。
歳の頃は、まだ…初等部に入る前だろうか。
まだ幼児らしさの残る顔ではあったが、意志の強そうな瞳を持っていた。
「どうした、ファラミア」
『にいさま』と、呼ばれた少年が顔を上げる。
ファラミアよりも随分と大きく、その顔は少年よりも青年の近さを伺えた。
ただ、彼と同じなのは強い意志を持った瞳だった。
「この問題を…教えて欲しくて」
ファラミアは兄に解いていた問題を差し出す。
それは、数学に関する問題で20個のリンゴを5人に配ると一人何個貰えるか、と言う初歩的は割り算の問題だった。
「そんなの、簡単だろ」
兄は知っている。
弟が、自分よりも古い言葉の本をすらすら読めるのも、
エルフの言葉をより多く理解しているのも。
「にいさまに教えて欲しいの」
弟は続ける。
書きかけの計算用紙には、リンゴを模したのであろう、〇がいくつも書かれていた。
「いいか、ファラミア」
兄は答える。
傍らのティーセットから、クッキーを二枚差し出した。
「ここにクッキーがある。
お前は、食べたいか?」
「うん。
2枚あるから、1枚欲しいな」
「それは、出来ない。」
クッキーを引っ込める。
「えぇっ、にいさまのいじわる!」
ぷっくりと頬を膨らますファラミアに、兄は大きな手を置いた。
「いいか、ファラミア。
大将はオレだ。
オレの力になったら、褒美としてこのクッキーをお前にやろう」
うん、弟は頷く。
「じゃぁ、このリンゴもそうなの?」
「そうだ」
兄は大きく頷いた。
「そのリンゴは大将のものであって、
手柄を立てた者でなければ分配は無い。
以上だ」
そっかぁ、ファラミアは頷くとさらさらと回答欄を埋めていく。
本当は、ファラミアも分かっていた。
リンゴは1人に4個。
だけど、兄に聞きたかった。
兄に聞くと、お前は賢いな、と褒めてくれるから。
彼は、兄の笑顔が好きだったから。
「では、賢いお前に褒美をやろう」
兄はファラミアの前にクッキーを置く。
「こんなに、もらえないよ」
彼は抗議した。
大きなクッキー5枚なんて食べたら、夕食が食べられなくなってしまう。
だから、続けた。
「にいさまと、一緒に食べる」
兄は、にっこり笑って彼の頭を撫でてくれた。
「オレは、賢くて優しい弟を持った幸せ者だよ」
まだ、中つ国が平和だった頃のお話――
*FIN*