指輪を棄ててるけど、ボロミアさんも生きてる。
そんな矛盾。
恵方巻きネタ。
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最初、それはエオメルがオークの巣穴で見つけたものでした。
(サウロンが滅び、殆どの悪いモノ達は廃れたとは言え、まだオークの残党が残っていました)
とても古い革表紙の本で、それでもしっかりと金で装飾もされています。
中のページを捲ってもエオメルにはサッパリでしたので、ギムリに頼み、レゴラスに解読を頼んだのでした。
けれども、それはとても古い言葉で書かれていたらしく、結局のところ、レゴラスとアラゴルン、そしてファラミアの三人でひと月掛かりでやっと読むことが出来たのでした。
「それで、結局は何が書いてあったんだ?」
発見者であるエオメルは、どんな歴史的発見なのだろうと目を輝かせています。
重厚な装丁に、難しい言葉…それは、新しい歴史の発見だろうと彼は予感しています。
「兄さん、そんなに急かさないで」
夫である、ファラミアから事情を聴いているのでしょう。エオウィンは優しく微笑みました。
「ねぇねぇ、レゴラスでも読めないくらい難しい言葉なんだから、僕たちに読めるワケが無いよね!!」
後ろのテーブルでは同じく発見者であるメリーと、親友のピピンがどんちゃん騒ぎ。
サムが零れたビールを一生懸命に拭いています。
「…静かにするのじゃ」
決まってガンダルフはパイプ草を燻らせながら、面白い時にだけやってくるのです。
「静かにせんか!!!!」
言われて、やっと二人は大人しくなりました。
「ガンダルフ、貴方はこの本を…?」
おずおずと尋ねたフロドに、ガンダルフは首を振ります。
「こちらで良い匂いがしたからな、寄ったまでじゃ」
「さて…では、そろそろ話をして良いかな?」
レゴラスが本を持ってきます。
大きな人間用のテーブルにメリーとピピンがよじ登ると、にっこりしてボロミアが膝に乗せてくれました。
遠慮がちにフロドとサムも覗き込むと、アラゴルンとアルウェンが優しく迎え入れてくれます。
ギムリだけが、クッションを並べた上に座っていて、エオウィンがちょっと心配そうに見つめていました。
「…もう、アルウェン妃やエオウィン嬢も知ってる事だとは思うけれど…
これは、昔のローハンで行われていたお祭りに関する記述だった。
文字は2期の終わりに書かれたらしい。
その地方は、小麦では無くてどうやら稲作が行われていたようでね…」
「稲ってなぁに?
ボロミアさん知ってる?」
ピピンが上を向くとボロミアは首を振りました。
「本で見たことありますだ!」
サムが言います。
「昔は、もっとゴンドールもローハンも暖かな土地じゃった。
その頃に作っていたのだろうな…」
ガンダルフも頷きます。
「そう、その【米】を使った料理が紹介されていたんだよ」
『米!』
ホビットが言います。
美味しいものに目が無い彼らは、きっと食べた事があったのでしょう。
口ぐちに言い始めます。
「あの、りぞっと、とか言う料理だよね!」
「ぱえりや、って言った料理もあったよ」
「でも僕はチキンを入れて蒸かしたのが好きだったなぁ」
そう聞くと、米はまだ中つ国で作られているようです。
けれど、あまり口に出来ない食材なのでしょう。
そのうちにホビットの会話はあの時の結婚式は良かった、あの会はこうだった…と食べた時の思い出話に花が咲きます。
「…みんな、食べたいと言うと思ってね…」
レゴラスがアラゴルンに目配せすると、アルウェンは奥から麻の袋を持ってきました。
「お父様にお願いしてね、ちょっとだけ分けて頂いたの」
それは、さっきから話題になっている【米】でした。
「じゃぁ、これで何か作るのかい?」
メリーが目を輝かせます。
「この本に載ってる料理を作ろうと思ってるんだ。
どうやら…この季節に無病息災を祈って食べる料理があるらしい。」
レゴラスはパラパラとページを捲ります。
あるページに、黒くて細長い何かの絵が見えてきました。
「えほうまき、って言うらしい」
「この黒いのは何?」
今度聞いたのはピピン。
「それが分からないんだ。
でもその他の材料は卵だったり、山に生えてる植物だったり、きのこだから何とか出来ると思うんだ」
そこで、エオウィンが言います。
「それは、ローハンの料理なんでしょう?
それなら、私が…」
一瞬にして全員の顔が固まり、そして何とかエオウィンに思いとどまって貰おうと説得を始めました。
長い討論の末、美味しい料理を作らせたら右に出るものが居ないサムが、アルウェンに手伝ってもらって作る、と言う事で落ち着きました。
エオウィンにはお祝い事に食べる、煮込み料理を頼みます。
宴の別れ際、皆、しっかりとファラミアと握手とハグをして帰りました。
「吉と出るか凶と出るか…」
ガンダルフだけは飄々と城を後にします。
言い忘れていましたが、ここはローハンの、エオメルの居城でした。
次の新月に集まろうと約束し、それぞれの国へ帰ります。
「ねぇギムリ、月が綺麗だからちょっと散歩して帰ろうよ」
レゴラスだけは、素直に帰る気が無いようですが…
*
「サム、責任重大だな」
「フロド様に気に入って貰えるように頑張りますだ!」
「君の料理はとっても美味しいって知ってるから心配はしてないよ」
励ましてくれるフロドに、サムは何度もお礼をしました。
メリーとピピンは月明かりに歌っています。
次の新月まで、あと2週間でした。
*
「サム、これとっても美味しいわ!
新しい調味料なの?」
「最近、ホビット庄で流行っている【塩麹】ですだよ、アルウェンの王妃。
これを魚に刷り込んで焼くとふっくら!
何にでも合う万能調味料ですだ」
「ホビットは本当に、食べる事が好きね。
今度、私にも教えて頂戴ね」
「もちろんですだよ、王妃」
キッチンではサムとアルウェンが楽しそうに料理をしています。
ダイニングではエオウィンとメリー、ピピンがテーブルコーディネートをしています。
人間用のテーブルのセッティングはどうしても届かないので、ボロミアが抱え上げてくれているようでした。
エオウィンが今日の為に作ったと言う、レース織りの敷物にフォークを引っ掛けやしないかと内心は緊張します。
人間用のテーブルでは、ドワーフもホビットも不自由なのですが今日は全員席に着こうと言う事で、彼らの席も設えてありました。ギムリが椅子の上に取り付ける台を作っていてくれたのです。その上に、ふんわりとクッションを置くと人間の席と変わりはありませんでした。
向こうのダイニングでは、北方の残党オークについてアラゴルンとファラミア、エオメルが熱い討論を交わしています。
なんだか居場所が無いような気がして、フロドは装飾棚に飾られている、見事な食器を見ていました。
「おや、フロド」
フロドの様子にアラゴルンが気づきます。
「こちらでお茶でも?」
「いいえ、大層話し込んでいるのに申し訳ないと思って…」
申し出を断ると、ファラミアが首を振ります。
「こんな楽しい時にまで仕事の話は止めましょう、って話していたんですよ。
私はホビット庄の事を詳しく知らないので、教えて頂けますか?」
彼はにっこりしました。
「もちろん!」
その時です。
大きな窓の外を横切る大鷲が現れました。
ガンダルフです。
ちょうど、窓に一番近かったエオメルが彼を迎えます。
「ようこそ、ガンダルフ!
お待ちしておりました」
「時間ぴったりじゃろう?
魔法使いは、早くも、遅れもせん」
ガンダルフが茶目っ気たっぷりに言うので、その場に居た彼らは笑いました。
「もうすぐ料理が出来ますだよ」
サムが皆を呼びます。
ダイニングには大皿に盛られた色とりどりの料理、
(これは、アルウェンの作ったエルフ料理)
ローハンの郷土料理、
(エオウィンが作ったものですが、ファラミアが何度も味見をしたので味はお墨付き!)
それに、本に載っていた「えほうまき」が乗っています。
「どれも美味しそう!」
席に着いたホビットは、ナプキンを首に巻き早く食べようと急かします。
そこで、ピピンが気づきました。
「あれ、この『えほうまき』…僕とボロミアさんので大きさが違ってる!」
食べる事が大好きなホビットは、取り分けられた料理にも敏感なのです。
「あぁ…それはね…」
レゴラスが説明するより早く、ピピンが叫びました。
「おっきぃのがいいーーー!
ねぇ、ボロミアさん、交換してくれるよね?」
そう言われたら、嫌と言えるボロミアではありません。
結局、ボロミアはピピンと交換、メリーやフロドの分も優しいアラゴルンやファラミアたちが交換してくれました。
「ねぇ、そしてこれはどう食べるんだい?」
メリーが尋ねます。
「これは、どうやら決まった方角を向いて食べるものらしいんだ。
今年は南南東の方角を向いて、
そして無言で食べなければならない」
「無言!?」
「さらに、一度口に含んだら食べ終わるまで離したらいけないらしいんだ」
神妙な顔つきでレゴラスが言うので、メリーは事の大きさに気づきました。
「ピピン、これはやばいぞ…?!」
「いいや、僕は食べるもんね!
ホビット魂だ。
だろう、みんな!」
ピピンが振り向くので、フロドたちも嫌とは言えません。
「…ギムリ、僕のと交換してあげようか?
それ、足りないんじゃない?」
「別に人間サイズよりかは小さいが、これで充分だろう」
レゴラスの提案を、あっさりとギムリが断ります。
「多いのか、レゴラス」
「そうじゃないけど…
なんか…エルフがこれ食べるのって滑稽かなって思って…」
「…また、そんな下らんことを考えているのか!
ほら、寄越せ」
…レゴラスの企みは、成功したようです。
案の定、食べ始めたら大きな巻き寿司に苦戦するギムリの姿がありました。
アラゴルンやボロミア、アルウェンが食べ終わっても、まだフロドたちは巻き寿司に苦戦していました。
頑張れよ、と一声かけてから宴が始まります。
ガンダルフの持ってきた上等のワインはとても美味しく、
エルフとローハンの料理によく合いました。
1番に食べ終わったピピンは、口が痛いと涙目です。
ガンダルフに「欲張るからじゃ、馬鹿者」と言われていました。
サムが一生懸命食べているのを見て、なんだかフロドは幸せな気分になります。
指輪の旅をしていた頃は、こんな風に食事をとれるのは考えられませんでした。
『こんな平和が続きますように』
と、フロドは最後の一口を食べ終えました。
「あ。」
レゴラスが何かを思い出します。
「…願い事をするって話、言ってましたか…?」
聞いてない、全員が首を振るとレゴラスは申し訳なさそうに頭を下げました。
「無言の間、今年1年の願い事をしながら食べる、と書いてありました…」
ガンダルフは苦笑し、また来年じゃな、と続けます。
「来年はもっとほっそいのにする!」
ピピンが言いましたが、
「お前、来年になったら絶対忘れてるだろ」
メリーのツッコミで笑いに包まれます。
フロドは、心のうちに願い事をしたことに嬉しくなり、サムとグラスを合わせました。
「サム、来年も美味しい料理を期待しているよ」
ゴンドールの、お城での話です。
*FIN*