くちうつし

メダリスト/夜鷹×司

2月も14日を控えたある練習日、練習を終えた生徒と保護者がコーチたちに「先生ありがとう！」「いつもお世話になっています」なんて気遣いのチョコレートを渡していた。
コーチ側も「これからもテストに向けて頑張ろう」なんてラッピングされたチョコ菓子を返している。衛生面上の観点から禁止にすべきとの声も上がっていたが、“気持ち”を強制するものではないと廉価なものに関しては容認されていた。
司も、昨日から瞳と分担してスーパーで買った小袋のチョコレート菓子を可愛らしいビニール袋に詰めて用意していた。

その日は名港リンクを借りての夜の練習会で、忘れ物確認として最後までリンクに残っていた司は通用口で運悪くも光の指導に来ていた夜鷹と鉢合わせる。いつも身一つの彼が大きな紙袋をぶら下げていたから、司も其れが捧げられた貢物だと察した。

「… …」

相変わらず眼光も鋭く司を射抜いた夜鷹に、「あ、あぁ」司は羽織ったジャンパーから小さなチョコレートを取り出す。

「その辺で売ってるものですし、珍しい物でもないですけど」

金色のコイン型のチョコレートは司の体温に少し溶けて歪つだったが、差し出された其れを夜鷹は物珍しそうに見つめる。

「…バレンタイン、ですよね？」

てっきり強請られたのかと思って差し出した司は首を傾げる。
苦手だと思う人物の前でも、こうして朗らかに振舞えるのは彼の強みだった。

「……君が、僕に？」

夜鷹の思うバレンタインの風習は、生徒からコーチへ、それか女から男へと渡されるようなものだ。コーチからコーチへ、しかも同性だなんて聞いたことも無い。

「違いましたか…？」

夜鷹の反応に困ってしまったのは司の方で、彼は眉をハの字に寄せる。そんな司の顔に、夜鷹は何かに気付いたように頷くと、紙袋を置いて小さな箱を取り出した。それは司もよく知るチョコレートのブランドで、デパートの地下に特設会場が作られるような店だ。夜鷹はそのまま金色の包み紙を剥がすと、取り出したチョコレートを一粒口に含む。驚く司を余所に、そのまま彼へ一歩踏み出すと背伸びして口付けた。

「！？！？！？」

恋人のキスの作法よろしく、広げた唇から舌先でチョコレートを押し付けて口移すと、満足げに口の端を歪める。

「…チョコレートはその昔、媚薬として使われていたらしい。
　君には、どうかな…」

見上げた夜鷹の、ちらりと覗かせたルビーチョコレートより赤い舌に司の喉が上下する。
かっと上気した頬に、夜鷹の言う“媚薬”の効果は表れているようだった――

＊おしまい＊