Serena*Mのあたまのなかみ。
僕のヒーローアカデミア/心尾
心操くんのお誕生日に合わせて、2022.3.27発行【Forelsket】より書き下ろしを再録します
心操くんのお誕生日に合わせて、2022.3.27発行【Forelsket】より書き下ろしを再録します
※プロヒ/同棲設定
随分と事務所に居座ってしまった夜勤明け、遅くなってしまったと玄関のドアを開けたが其処はがらんどうで、心操が出掛けた時のまま、時間を止めた姿だった。
重厚な遮光カーテンから漏れる日光、干した洗濯物。回した筈のサーキュレーターは規定の時間が過ぎたのだろう、モーター音も止まっていた。
――あれ、今日って日勤だっけ?
心操は欠伸を一つ噛み殺すと冷蔵庫に貼ったホワイトボードを確認する。
手書きのカレンダーには心操と尾白の勤務予定が書き込まれていて、昨日から二人が夜勤であることが記されていた。
心操はコートを脱ぐとソファに置き、カーテンを一気に開ける。
差し込む陽光が目に刺さったが、眠気を覚ますには充分だった。
壁に掛けた時計の針は10時30分。
遅い朝食でも早い昼食でも、まぁ何か胃に入れよう。流石に明け方に餅1つ食べた身じゃ、腹が減る。
洗濯物はそのままに心操はキッチンに立つと冷凍庫から作り置きした筑前煮を取り出し、そのまま鍋に投げ入れる。適当に水とめんつゆも放り込んで火を点けると、事務所から持たされた餅をトースターにセットした。
くつくつと煮える即席の鶏汁を眺めていると玄関の扉が開く音が聞こえる。次いでパタパタとスリッパの音がして、リビングの扉が開いた。
「ただいま、心操。遅くなった!」
カーキ色のモッズコートを着た尾白の頬は赤く、走って帰ってきたことが容易に想像出来る。
「おかえり。
もうすぐお雑煮出来るよ」
鍋を指差した心操に尾白の顔がぱっと明るくなる。
「わ! 作っててくれたのか?」
「…いや? この前の筑前煮を出汁で温めただけ。
やっぱ新年だし、一応……食べたいじゃん」
「気持ちが大切なんだよ~。
あ、俺事務所から餅貰って来た!」
「あ、餅ならオレも貰った」
トースターを振り向いた心操に「手ぇ洗ったら手伝う~」尾白は白いビニール袋をキッチンカウンターに置くと、ソファに置いた心操のコートも持ってリビングを後にする。
思い出したように心操がリモコンでテレビを点けると、新年らしいマラソンの中継が映った。
「お待たせ~。何したらいい?」
水に濡れた手を拭きながら尾白が尋ね、心操が冷蔵庫に視線を投げる。
「確かまだ水菜あったから出して。
そろそろ餅も温まるし、お椀も用意して欲しいな」
「おっけ」
心操の指示に尾白は素直に従うと野菜室から水菜を取り出し軽く濯ぐ。そしてキッチンバサミで簡単に刻むとシンク下から出したボウルへ雑に盛った。三つ葉には程遠い野菜ではあるが、雑煮を模した汁物の上に飾る緑としては上出来だろう。それから、トースターからぷっくりと膨れた餅を「あちち!」取り出すと揃いの椀に並べる。二つずつ入れた其れに「足りる?」尾白が尋ねると「足りない」心操は答えた。
「だよな」
尾白も返すと、また餅をトースターに入れてタイマーをセットする。
その間、心操は湯気の立つつゆをお椀に流し込み、刻んだ水菜をこんもりと盛りつけた。
手の込んだ〝雑煮〟には遠い汁物だったが、夜勤明けのぼんやりした頭で新年を祝うには充分な膳だろう。
物干しで少し窮屈なリビングを抜けて、ダイニングテーブルに心操は出来上がった雑煮を置く。
「ビールでいい?」
キッチンからの声に「いい」心操は答えるとそのまま椅子を引いて座った。
遅れて尾白がビールを差し出し、向かい側の席につく。
2人して生真面目な顔を作ると、ゆっくりと頭を下げた。
「「あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします」」
――2人が一緒に暮らして5年。
ヴィランに休みが無いように、ヒーローにだって休みはなかった。年末年始だって仕事だし、事実、今日の二人だって夜勤明けだ。口にこそ出さないだけで、尾白は帰りがけに神社のパトロールも兼ねた見回りをしていて、随分と寄り道をしながら帰ってきたのだ。流石に五回目となった今年は、心操も尋ねることもしなかった。
新年の挨拶を交わすと、ハレの日のご褒美と缶ビールのプルタブを引く。成人男性の嗜みとばかりに豪快にビールを飲み干して、「~~~っはー!!」尾白は口元を拭う。心操も一口で飲み干した缶を握り潰すと「いただきます」両手を合わせた。
「あ、年賀状届いてたよ」
心操と同じように両手を合わせてお雑煮を啜った尾白がテーブルに置いた葉書を引き寄せる。
昨日の晩からクラスチャットや個別に『あけましておめでとう』新年の挨拶で賑わっていたが、それでもこうして葉書で挨拶するクラスメイトは多かった。青山は毎年海外旅行の写真だったし、オールマイトからは力強い手書きの干支の書初めで、電子で交わす挨拶とはまた違った風情があって好きだった。
『引っ越しました☆新しい我が家にも遊びに来てください』
住所変更の報告が並んだ年賀状は緑谷からのもので、その下に麗日の名前も並んでいる。
緑谷と麗日、2人も一緒に生活をしていて、もう少し広い家へ引っ越す予定だとクラスチャットには流れてきていたが(あの2人はお似合いだと思う。尾白も心操も引越し祝いを送った)、上鳴が『お父さんは許しません!』なんて悪ノリし、なのに1番その家に入り浸っているのが彼なのだと切島が溜め息を吐いていたのを思い出す。
「オレたちも落ち着いたら遊びに行きたいね」
餅を伸ばしながら心操が言うと、尾白も頷く。
「お、轟からも来てるぞ」
心操は言うと一枚の年賀状を手繰り寄せる。見覚えのある赤と白の髪色のピンナップに「今年もよろしく」添えられた筆文字に朴訥な彼の人柄が表れていた。一緒に写された蕎麦のパッケージに、仕事の1つとして作られた宣伝用の葉書なのだろうと尾白は笑い「年賀状くらい普通に作れよな」心操も苦笑する。きっと裏側にはメーカーの詳細が書かれているのだろう、初笑いついでに見てやろうと思って宛名面にひっくり返すと、表面と同じ手書きの文字が綴られていた。
「1枚ずつ書いてるなんて律義だな~。轟、暇なんて無さそうなのに」
未だサイドキックとして活動することが多い心操や尾白と違って、既に轟はヒーロー・ショートとしてその名を馳せている。本人はあまり目立つことが好きそうではないが(と、言うか余りの天然っぷりに見ているこっちが緊張する…)見た目の良さに本人の個性の強さ、それにエンデヴァーの名もあって彼の人気はうなぎ上りだった。
呟いた尾白に、心操は並んだ文字を見て固まる。
2つめの餅を伸ばしながら「心操?」首を傾げた尾白へ心操はそっと年賀状を差し出した。
猿夫 様
心操 人使 様
手書き故のミスなのだろうか、尾白の苗字の抜けた宛名に今度は尾白本人が目を見開く。
「…ほぇ!?」
なんとか餅を呑み込んで胸を叩くと尾白は目の前にいる恋人を見つめる。
彼と年賀状を交互に見比べて、尾白は頭を掻いた。
「た、たまたまだよ。手書きだとこんな風に抜けちゃうことなんて…ある、し…さ」
高鳴る鼓動を抑えるように尾白は残りの雑煮も掻き込む。
――2人が一緒に住むのは単純に家賃が安くなるから、なんて利害関係が一致したからではない。
在学時代から心を通わせて付き合っており、今だってこうして”同棲”しているのだ。
仕事の関係上、学生時代のように四六時中一緒には過ごせないが、それでも同じ屋根の下に帰ることは不規則な生活の中で彩がある。あの頃とはまた違った喧嘩もしたけれど、程よい距離感で良い恋人関係を続けてきた。
「…心を操る、猿夫…か」
にんまりと口の端を上げた心操に、尾白が怒った顔を作る。
彼の個性も相まって、引き継ぐ姓に対して自虐することが心操は多かった。”人を使う”と、他人から後ろ指を差され続けたことは、彼の心の奥でずっと燻り続ける昏い感情だ。
「心操…」
尾白が口を開きかけたが、その言葉は心操によって掻き消される。
「……そのまんまじゃん」
愛おしそうに目を細めて自分を見つめた恋人に、尾白は眉を寄せた。
「…そのまんま?」
「そ。そのまんまの意味。
オレはずっと猿夫に心を占領されてるし」
「…!」
突然の告白に尾白が息を呑むと、心操は手を伸ばして尾白の頬に触れる。
あまり体毛の濃くない尾白は、夜勤明けの朝でも髭の感触は少なかった。
「……ちょうどいい機会だしさ、オレたちも入籍しよっか」
差し込んだ日の光が柔らかく心操を縁取る。
いつかはと思っていた話が突然、現実に突き付けられて尾白は目を瞬かせた。
「…え??? ま……は……ん…、ま…? え……???」
鳩が豆鉄砲食らったような意味のない音を発する恋人に、心操にしては珍しく年相応の青年らしい笑顔を作る。
「まぁ、オレが尾白人使になっても構わないんだけどさ。
このまま名前を変えなくても生活には問題ないし、その辺はこれから話し合ってこうよ」
表情を固めたままの尾白の頬をむにむにと引っ張って無理矢理な笑顔を作らせる心操に、トースターのタイマー音が鳴った。
音に反応した心操がキッチンを振り向き、そのまま頬を掴んだ手を離す。
「…餅、尾白も食うでしょ?」
うん、頷いた尾白に心操は彼の分の椀も持って立ち上がる。
恋人の消えたテーブルに、尾白はばったりと倒れ込んで動かなくなった。
そんな尾白の目に入ったのはテーブル端に置かれたビールの空き缶で、恋人が妙に饒舌なのは”それ”の所為かと腑に落ちる。
【新しい酒は新しい革袋に盛れ】
学生時代に習った諺を不意に思い出して尾白は苦笑いを浮かべた。それから、
「ひとし! ビールも追加だ!!」
勢いよく拳を振り上げて叫ぶと「あいよ」心操も返して冷蔵庫を開ける。
――思わず”入籍”なんて言ってしまったけれど。
けど、そのうち…と考えていたことだし。まぁ、もうちょっと格好良くキメたい気持ちもあったけど、日常の延長上みたいな穏やかなプロポーズだってあって構わないでしょ。籍を入れる、って言っても書類上の話だし。今更、自分と恋人の関係が変わってしまうなんて考えられなかった。
尾白と自分の缶ビールを取り出しながら心操は思考を巡らす。そして、きっと今日は荒れるぞ、なんてあまり酒に強くない恋人を横目で眺めた。
――そうして翌年。
緑谷や轟らに届いた年賀状の名前は――
*おしまい*
【新しい酒は新しい革袋に盛れ】
新しい内容を表現するためには、新しい形式が必要であるということ
PR
What's NEW
PASSについては『はじめに』をご覧ください。
2025.07.09
えすこーと UP
2025.06.27
しかえし UP
2025.06.26
ろてんぶろ UP
2025.06.23
しーつ UP
2025.06.20
ねっちゅうしょう UP
2025.06.17
あくじき UP
2025.06.15
しゃしん UP
2025.06.14
ヒーロー情景者がヒーローの卵を手伝う話
大人になったヒーロー情景者が現役ヒーローを手伝う話 UP
2025.06.12
ていれ② UP
2025.06.10
せきにん UP
2025.06.09
よっぱらい UP
2025.05.28
まんぞく UP
2025.05.27
きすあんどくらい UP
2025.05.26
もーにんぐるーてぃん UP
2025.05.23
みせたくない UP
2025.05.21
あい UP
2025.05.15
サイズ UP
2025.05.13
すいぞくかん UP
2025.05.12
intentional gentleman UP
2025.05.09
てんしのあかし
considerate gentleman UP
2025.05.06
新米ヒーローと仕事の話
そんな男は止めておけ! UP
2025.04.27
なつのあそび UP
2025.04.19
はちみつ UP
2025.04.18
ようつう UP
2025.04.16
しつけ UP
2025.04.10
へいねつ
鮫イタSSまとめ UP
2025.04.08
ヒーロー2人と買い物の話
かいもの UP
2025.04.05
こんいんかんけい UP
2025.04.04
角飛SSまとめ⑦ UP
2025.04.03
ゆうれい UP
2025.04.02
汝 我らに安寧を与えん UP
2025.03.31
どりょく UP
2025.03.29
とれーにんぐ UP
2025.03.28
しらこ UP
2025.03.26
ティム・ドレイクの幸せで不幸せな1日
あいのけもの 陸 UP
2025.03.25
さんぱつ UP
2025.03.23
けんこうきぐ UP
2025.03.21
へんか UP
2025.03.20
はな UP
2025.03.18
こえ UP
2025.03.17
こくはく UP
2025.03.15
ぎもん UP
2025.03.14
あめ UP
2025.03.12
よだつか/オメガバ UP
2025.03.10
あこがれ UP
2025.03.08
おていれ UP
2025.03.07
くちづけ UP
2025.03.06
どきどき UP
2025.03.04
たいかん② UP
2025.03.03
たいかん UP
2025.03.01
かおり UP
2025.02.28
なまえ UP
2025.02.27
さいふ UP
2025.02.26
しらない UP
2025.02.24
くちうつし UP
2025.02.21
うそ UP
2025.02.20
たばこ UP
2025.02.19
よだつか R18習作 UP
2025.02.17
きのこ UP
2025.02.15
汝 指のわざなる天を見よ UP
2025.02.04
角飛 24の日まとめ UP
since…2013.02.02