Serena*Mのあたまのなかみ。
NARUTO/角飛
2023.06~07にTwitter(専用アカ)にて書き散らしたSSまとめ。
※各種パロ(転生・リーマン)、謎時空 他 色々あります
2023.06~07にTwitter(専用アカ)にて書き散らしたSSまとめ。
※各種パロ(転生・リーマン)、謎時空 他 色々あります
平熱36.5度の恋人
※転パロ
角都は体温が高い。寝起きの平熱で36.5度の人間だ。
恋人の飛段なんかは「人間ゆたんぽ」「暖房要らず」「あったか抱き枕」なんて適当な名称を付けて抱き着いて来るが、夏場の電気代は高くつくし、冬だって普通に“寒い”と感じるのだから特に得をした気分にはならない。
ここ最近などは流行病の影響もあってか、何処に行くにしろ『検温をお願いします』そう体温計が置かれていて、ちょっと走っただけでも37度の微熱になる(本人は至って健康なのだが)から『お客様…』そう待機を促されることも多くてうんざりする日々だった。
今だって恋人が誘ってきたピザ屋の前で待ちぼうけを喰らわされている。
急に日差しが強くなったからと帽子を被ったのがいけなかったか、年中着用している黒いマスクの影響か。5分経っても相変わらず『37.3度』はじき出される数字に角都は機嫌を悪くする。
『帰るぞ』
そう傍らの恋人の肩に手を掛けると、恋人は体温計を持った店員に尋ねていた。
「なぁ、この店ってテイクアウトしてんの?
この前友達と食べに来てよぉ…すっげ~美味かったからまた食いたいんだけど…」
「…あ、はい。
少しお待ちい頂きますが、ピザのテイクアウトなら承っております。メニューはこちらに……」
出入り口に置かれた用紙を差し出して店員は飛段に答える。
「ありがとな!」
飛段は言うと角都を見上げた。
「…だってよぉ、角都~。
映画は隣のレンタル屋で何か借りてさぁ、ピザパしよーぜぇ」
苛々を噛み潰すしか出来ない角都に、飛段は即座に思考を切り替えたのだ。若さ故の柔軟な思考と言えば聞こえは良いが、逆を言うと角都が唯の頑固者である。
「………ん」
角都がスマホを差し出すと、「やりぃ♪」飛段が店員に尋ねる。
「電子マネーって使える?」
「あっ、はい。使えます」
「じゃぁ~…えっと……」
マルゲリータとこの肉のヤツと、あ、このコーンのも欲しい!
お姉さんのオススメは? あ、そう…じゃぁそれと……
何枚かのピザを注文した飛段が、慣れた様子で角都のスマホのロックを外すと画面を見せて会計を済ませる。
「15分くらいで焼き上がるってぇ」
カバーも掛けられていないスマホを返して飛段は続ける。
「待ってる間に映画探そうぜぇ~」
腕を絡めて歩き出した飛段に「…そんなに強く引っ張るな」角都は引きずられるようにして長い脚を差し出した。
「やっぱピザパつったらグロいやつだよな~」
“スプラッタ”掲げられた棚を眺める飛段に「…鮫映画はもう飽きたのか?」角都は呟く。
「もう鮫が宇宙に行って宇宙人連れてくるのは鮫映画じゃねぇだろ~。
人を食い殺しての鮫ってもんさぁ」
口を尖らせてシリアルキラーを題材としたパッケージを手に取った飛段に「そうか」角都は頷く。
別に、外で飯を食って映画を見て、そのまま適当なホテルで夜を明かそうとしていたのだ。
其れが“自宅”に代わっただけ。ピザを受け取ったら、適当に美味そうなワインでも買って帰るか。
血みどろのパッケージを見ながらウキウキと映画を選定する恋人の背中に、角都はぼんやりと思うのだった。
――体よく恋人を家に引き込めるから、この少し高い体温も悪くはない。
= = = = =
ノストラダ■スの大予言
※平和な暁
其れは、ぼんやりと暁のアジトで流れていたテレビの話だった。
『地球が滅亡するとしたら何がしたい?』
粘土を捏ねていたデイダラが「地球の爆発!? 見届けてーな、うん」間髪入れずにそう答える。
爆発!大爆発!! 1人盛り上がるデイダラに、台拭きを持った鬼鮫が「そろそろご飯にしますから片付けて下さい」ぱらぱらと落ちた粘土を拭きながら言う。
「なぁ~俺ってば地球が滅亡しても生きてんのかな」
椅子の足を2本だけを使ってゆらゆらと揺らしながら飛段は口を尖らせる。
「死なんのだから、そうだろう」
四肢を切ったって首をもいだって死なない相棒に角都は冷静に答える。
彼も広げた帳面を「片付けて下さい」鬼鮫に言われて素直に片付けていた。
「そっかぁ~
なーんも無い世界だとジャシン教を広める事も出来ねぇなぁ~」
キイキイと揺れる其れに「危ないですよ」鬼鮫が注意する。
「…だったら改宗でもするか?」
意地悪く言った角都に、「かいしゅ~?」飛段は首を傾げる。
「宗教を変えるってことだ、うん」
粘土を払いながらデイダラが口を挟むと飛段は「うーん」頭を捻る。
「でも地球が無くなったらそのジャシン様もいなくなっちまうんだろ~?
なんだか寂しいよなぁ」
呟いた飛段に「角都の旦那がいるだろ、うん」デイダラが続ける。
「そっかぁ~角都も死なねーもんなぁ。
なら寂しくないかもなぁ」
口元を緩ませて破顔した飛段にデイダラは白い目を向けると
「鬼鮫の旦那ァ! 手伝うぞ、うん」
そう席を立った。
残された角都は、じっと飛段の顔を見つめる。
――信仰する神の力とやらで不死となった存在の彼は、その“神”を喪うと、力はどう変わるのだろう。
“本当の”不死と違い、唯心臓を蓄える事で命を繋いでいる角都は、少しだけ疑問を持った。
「なんだ~角都ぅ?」
きょとんと阿呆面を晒した相棒に、角都は目を細めた。
いつもは『殺してやる』そう豪語する角都だったのに、今日は勝手が違うらしい。
「…仕方ないから、一緒に生きてやろう」
人生経験が豊かな彼は、嘘を吐くのが上手い。
――夢は、夢であるからこそ”夢”なのだ。
「じゃ~地球の爆発を見てぇ、滅ぶ世界を散歩しようぜぇ」
「…爆発とは限らんぞ。自転が止まって嵐が来るのかもしれん」
「でも爆発だとデ~ダラちゃんが喜ぶからなぁ。爆発して欲しいなァ!」
能天気に笑った相棒に角都は「……晩飯がじきに来る。箸を出せ」話題を変えるのだった。
= = = = =
腹を捌いて「モツならあるぜ~」と言う飛段
其れは、角都が飛段と組んで間もない頃の話だ。
「ゲハハハハハハーーーーーーーッ!!」
敵忍の返り血に塗れ、己の心臓を一突きした飛段が高揚して信仰する神に祈りを捧げる。
月明かりに浮かぶ身体の線は未だ細く(まだ10代だとリーダーは言っていた)、一般常識に欠ける頭だ。難しい事ばかり考える角都にとって、少し頭に痛い存在だと考えていた。
儀式を終えた飛段が焚火に当たる角都の目の前に腰を下ろし、炙られた川魚に「魚かぁ」唇を尖らせる。
「…文句があるなら食うな」
じろりと一瞥した角都に「わ~ってるって!ありがとうございます、いただきますゥ」両手を合わせて飛段は魚を貪る。身の柔らかな背を齧り、腑の方になると苦手なのか食べる速度が遅くなった。2匹、3匹と消える其れによく食うな、角都は思ったが、勢いよく平らげる割には飛段の腹はぺこりと凹んだままだった。
「……そんな細い身体をして。
ちゃんと内臓は入っているのか」
爆ぜる火の粉に注意しながら古書を読む角都は視線を上げる。
鍛え上げた角都の肉体は厚く、二の腕の太さも腰回りも、全てが飛段を越えていた。彼がまだ成長途中の“青年”なのを加味したって、飛段は随分とか細く、角都の目に頼りなく見えた。
「んぁ?」
蒸されたもち米を頬張っていた飛段は小さく首を傾げる。
「ないぞう?
ちゃんとモツなら入ってるぜぇ~」
飛段は手のひらに付いた米を啄むと、おもむろに立ち上がって傍に置いた鎌で己の腹を躊躇なく裂く。不死となり、痛みを喜びに感じる彼の肉体は、自傷することに無頓着だった。
大きく切った其処から迸るは真っ赤な鮮血、土砂降りの雨のように目の前で浴びた角都は眉を寄せる。
「ほぉら」
無造作に裂いた腹から暗い臙脂色をした腸を掴んで相棒に見せると、不機嫌に歪んだ角都の顔が一気に綻んだ。
――信じられるのは、金だけ。
…もっと踏み込めば、己の見たものだけ。
其れを信条にした角都に、飛段の行動は全くの“正解”だった。
「ふは、は…」
頭を抱えて笑い声をあげた相棒に、てっきり鉄拳制裁されると思っていた飛段は「うぇ……えぇ…?」変な顔を作る。
「角都ぅ、その本面白いのかぁ?」
素っ頓狂な答えを出した彼に、角都は「縫ってやる」笑い声を抑えながら手招きした。
「…よ、っと」
引きずり出した内臓を持って隣に腰掛けた飛段に、角都は地怨虞を伸ばす。
ゆっくりと引っ張った臓物を肉体に収め、ざくざくと裂いた場所を縫い留めながら口布の中の角都の口角は上がっていた。
死なない相棒――嫌いになれんではないか。
細い月の浮かぶ、ある夜のことだった。
= = = = =
待たせる男(ひと)
※リーマンパロ
人気のない喫煙室、終業時間を告げるチャイムが鳴ってから十五分は経った時計を見遣って、角都は3本目の煙草をもみ消す。フィルターぎりぎりまでになった小さな其れを吸い殻入れに投げると、間髪入れずに次の煙草に火を着けようとジャケットの内ポケットを探った。同僚に『待つのも、待たされるのも嫌いだ』と豪語する輩が居たが、別に角都は待つのは苦痛ではない。肺を汚す事に少しは抵抗があったが、こうして何にも縛られずに思考するのも悪くない時間たっだし、静寂を彼は愛していた。——と、ばたばたと廊下を駆ける音に続いて、喫煙室のドアが開く。
「わり~~~~~っ、角都ッ!! 遅くなった!!!!!」
息を切らせて駆け込んできた恋人を一瞥すると、角都は取り出した煙草を仕舞う。
――開口一番に彼が謝ったのには理由があった。相手は、経理部・部長の角都なのだ。期日と締切に社内で1番厳しい人物で、飛段も彼に何度雷を落とされたか分からない(そもそもきちんと書類を提出しないのが悪いのだが)。
てっきり怒号を落とされると思って身を竦めた飛段だったが、返す角都の声音は穏やかだった。
「…大方、夕方のクレームが長引いたんだろう」
ジャケットを羽織り直した角都に並んで、「そう」飛段は口を尖らせる。
「岩ノ国物産のさぁ……強引に値引きしろってうっせ~の」
「あそこの課長は話が通じないヤツだからな…。
見積書なら出してやる、明日持ってこい」
渋い顔をした飛段に、角都は頷く。営業部に配属された新人は、最近になってやっと1人で顧客対応を始めたが、若造だと無理難題を吹っ掛けられることも多かった。
「あんがと~な、角都ぅ」
喫煙室を出て並んで歩きながら、飛段は調子の良い笑顔を向ける。
「面倒事になる前に、後始末してやらんとな」
やれやれと肩を竦めた角都に「意地悪~の」飛段は頬を膨らませて、エレベーターの呼び出しボタンを押した。
「…な、角都。怒んねーの」
エレベーターが来るのを待つ間、革靴の爪先をぶつけながら飛段が俯くと「?」角都は眉を寄せる。
「怒る? なんでだ?」
「だって――」
飛段は説明する。
社会人たるもの、期日は守れ。時間を厳守しろ。
社内の人間に迷惑を掛ける人間は必ず社外の人間にも同じ間違いを行う。
――其れは、いつも角都から怒られる時に言われる言葉だ。
確かに飛段はだらしない所があるし、その小さなミスで先方に迷惑を掛ける可能性だってあった(事実、何度か数字の間違いで飛段は大目玉を食らった事がある)。いつも“遅れるな”耳にタコが出来る勢いで注意されているのだ。
「——だから」
俯いた飛段に角都は目を細めるとぴしりと整えられたオールバックの頭を撫でる。
「かく……」
飛段が顔を上げた刹那、エレベーターのドアが開く。運良く箱の中には先客が居らず、2人はそのまま乗り込んだ。
エレベーターのワイヤーが重苦しい音を立てると、今度は角都が口を開く。
「……飛段。
俺が普段お前に注意しているのは“お前自身”の構えについてだ。今日のは不可抗力だろう?
実際、お前は少しでも時間を取り戻そうと走ってやってきた」
――肩を上下させてやってきたのは、すっとんで来た証拠だろう。
先刻の飛段の姿を思い出して角都は告げる。
表情を緩めて飛段を見たが、彼の顔は曇ったままだった。
「…どうした。
まだ何か引っかかるのか?」
続けた角都に、飛段はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「…今日、さ。
休憩室で聞いちゃったんだ。
“彼氏が遅刻するのが信じられない”って」
『こっちは間に合うようにちゃんと化粧もして待ってるのに』
『三十分も待たせた上にヨレヨレのTシャツ!』
『信じられない!!』
――それは、休憩時間の話のネタ。
お喋りに花が咲いた女性社員たちの会話だった。
デートするのにお洒落したのに、寝坊した挙句にダサい格好で悪びれもせずやって来た男に腹を立てたらしい。
囲む事務員たちも「そうだ」「そうだ」と肯定する。
カップ麺を啜っていた飛段だったが、なんだか居た堪れなくなって大急ぎでスープを飲み干して休憩室を出たのだった。
そこまで話すと“1”表示されたドアが開き、無言のまま角都と飛段はエレベーターを降りる。角都が出入口のカードリーダーに社員証を翳してゲートを開けると、飛段もそれに続いた。
正面玄関の自動ドアを潜ると、まだ浮かない表情のままの恋人を角都は引き寄せた。
「…俺が待たせられて怒る男だと?」
片眉を上げて挑戦的な表情を浮かべた角都に、飛段は「…違う、けど」視線を泳がせる。恋人の表情に角都は薄く笑うと、飛段の耳に顔を寄せた。
「お前はもっと俺の恋人として自信を持っていい」
「…自信~…?」
耳元で囁かれた言葉に飛段は視線を合わせる。目の前に迫る恋人の顔は極上の造形で、思わず息を呑んだ。
――新卒で営業部に配属された飛段と、経理部の部長として長く働く角都では2回りほど年の開きがある。其れを“運命”と呼ぶには余りにも陳腐ではあったが、出会いから三か月、酒の力も手伝って2人は互いを恋人と認め、深い仲になったのだった。
「……お前は俺を待たせられる唯一の男なんだからな」
至近距離の角都の口角はきゅっと上がっていて、飛段も思わず表情を緩める。
難しいことを考えるのは苦手だったが、こうして直ぐに気持ちを切り替えられるのが彼の強みだった。
「角都ぅ~♡」
高いビルに囲まれた雑踏、人目を憚らず抱き着いた若い恋人を角都は諫める。そして、腕時計を見遣ると顔を険しくさせた。
「ほら、飛段。
お前の好きなステーキ屋を押さえてある。……急ぐぞ」
角都の言葉に飛段の声が弾む。
「お? あのタワーが良く見えるとこ?」
「……そうだ。明日は休みだからな」
ニヤリと口元を歪ませた角都に「ん゛」飛段の顔が赤く染まる。
――人生経験の豊かな恋人は、こうして若い恋人を喜ばせるのが好きなようだった。
山と置かれた肉をぺろりと平らげる姿に「見てるこっちが胸やけする」文句を並べながらも追加で肉を注文するのだ。
洗練された幾つもの夜を思い出して、飛段は押し黙る。
そんな恋人の姿に、拗ねたり笑ったり、忙しい奴だ。角都は軽口を叩くと
「走るぞ」
傍らの飛段に手を差し出した。
「王子様かよ」
最近一緒に見ているトレンディドラマの主人公を髣髴とさせた行動に飛段は皮肉ったが、それでも素直に恋人の手を掴む。
点滅する信号機に駆け出すと、高揚した2人の週末が始まるのだった――
= = = = =
健康器具と素直な飛段
「かぁくず~~金くれー」
鍵の掛かっていない相棒の部屋のドアを開けて飛段は叫ぶ。
いくら暁のアジトを言えど、鍵を掛けないで部屋を空けるのは不用心だと思うが、キレて半殺しにするような輩の部屋に勝手に侵入するのは、命知らずな飛段以外に無いに等しい(唯一殺さないという点でペインも部屋には入れるが、彼は紳士なのできちんと角都の存在を確認する)。
『今月の小遣いは渡したろう?』
そう小言を返されるとばかり思っていた角都の部屋は空で、家主の存在は確認出来ない。
「……留守かぁ~」
飛段は大きな独り言を言うと、きょろきょろと辺りを伺った。
暁1人1人に与えられた6畳ほどの部屋は、飛段の間取りと大きくは変わらない。いつでも万年床で何かしら菓子の包み紙や食べかすが落ちている彼の部屋と違って、整理整頓された角都の部屋はとても広く見えた。
「んん~デーダラちゃんにアイス奢るって言っちまったんだよなァ」
口を尖らせると飛段は部屋の中を物色する。
隅に置かれた文机……には何もない。流石の角都だって机の上に金を置きっぱなしにはしないだろう。
――さて、金は何処に隠すか。
飛段は顎を触りながら考える。
彼とよく行く換金所では、まとまった金は店の奥から出して来ていた。机の下に置いた金庫だったり、置かれた棚から小さな手提げ金庫を持って来たり…。少なくとも、目には見えない場所に“金”は仕舞ってある。
飛段は部屋の押し入れに目を付けると、そっと其処を開けた。
飛段の部屋の押し入れの中は雑多に物が詰め込まれているが、角都の方は部屋と同じく整理整頓されている。上段には布団が置かれ、下段には段ボールが重ねられていた。
――ビンゴ♪
飛段は舌なめずりをすると、屈んで封をされていない段ボールを開ける。
中に仕舞われていたのは目当ての札束――ではなく、少し重い箱だった。
「…なんだぁ?」
飛段は呟くと箱を引っ張り出す。
彼の腕くらいの長さの箱には
“しつこい肩凝りに!
10段階の調節ダイヤルでスッキリ快適!!“
肩を露わにした女性の背中と、こけしのような棒が印刷されていた。
大きく書かれた文字を、彼はゆっくりと読み上げる。
「電 気 マ ッ サ ー ジ 器 ぃ ?」
電気マッサージ器。
もう一度、意味を噛みしめるように呟いて、飛段は相棒の秘密に気が付いてしまった。
――角都もあぁ見えてジジイだからなァ。
自分の祖父以上に年を重ねた忍に「うんうん」飛段は頷く。
今度温泉に行った時は肩でも揉んでやるかぁ、なんて少し相棒に優しさを見せた飛段だったが、彼はこの健康器具の違う使い方を知らないのだった。
数分後、部屋に戻った角都から勝手に押入れを漁った罰とばかりに、
『あ゙ひ、ひ、……ぁ゙ゔ…や…っ、ゃ゙ら゙ぁ゙……!!』
酷く、恋人から乱されることを――
= = = = =
飛段の怖い話
※少し歪んだ平行世界
「な~ァ…」
目の前で蕎麦を啜る角都に頬杖をついた飛段はカツ丼を掻き込む。
剣呑とした相棒の口調に「…なんだ」角都の答えはつれない。
「ソレ、どうやって飯食ってんの?」
食事の時でも口布を外さない彼に飛段は浮かんだ疑問をそのままぶつけた。
――向こうが透けているワケでもないし、ってかちゃんの“布”なのを俺は知ってるし。
共に泊まる宿の一室では頭巾も口布も外す角都の顔を飛段は知っている。
白目の部分は真っ黒だし、目の色も緑色だし、浅黒い肌に何本も走る縫い跡は少し目立つ出で立ちではあったが此処は戦の存在する世界だ、派手な傷だって誰も気にやしない。
「幻術だ」
まだ若い忍に角都は答える。
相棒の言葉に「ふうん」飛段は頷いたが、どうもその答えは腑に落ちていないようだった。
アジトでだって角都は飯を食っている。
一流の忍ばかりが集う組織で、容易く幻術に掛かる者も居ないだろう(そりゃぁ、確かに角都は強いけど)、飛段は頭を捻る。
確かイタチって奴は最強の瞳術使いの筈だ。そんな彼も角都は“騙せる”のだろうか。
「……無い頭を絞るな。
食ったら行くぞ」
難しい顔を作ったまま箸が進まない飛段に角都は一瞥すると、食べ終わった蕎麦の椀を静かに置く。
「わ~ってるってぇ!」
相棒の言葉に、飛段も慌てて残りの米を頬張ると「ごっそ~さん!」2人並んで店を後にするのだった。
――後に、台所に立つ鬼鮫に尋ねてみる。
「なぁ、角都の顔って見たことある?」
「角都さん…ですか?
お食事をお持ちしますが……お顔は見たことがないですね」
コトコトと煮える大根に「野菜かぁ」口を尖らせた飛段に鬼鮫は目を細めた。
「お肉も用意してありますよ」
――また別の日、粘土を捏ねるデイダラの向かいに腰掛けて訊いた。
「なぁ、角都の顔って見たことある?」
デイダラの答えも、鬼鮫と同じ。
「ん~? 見た事ないなぁ、うん」
そっかぁ、飛段はやっぱり腑に落ちない顔でアジトのメンバーに尋ねて回る。
けれど、誰に聞いても答えはひとつ――
“知らない”
「オメ~の顔を知ってるのは俺だけかぁ」
アジトの共同浴場、身体中を泡だらけにして独り呟いた飛段に、浴槽から眺めていた角都が「何をニヤニヤしている」相変わらず怖い表情で手厳しい言葉を投げる。
湯気に曇った鏡に映る角都は頭巾も口布も外していて、艶やかな黒髪に凛とした佇まいで此方を見ていた。……なんだか自分だけが“特別”な気がして少し嬉しかった。
――あくる日。
新しい任務を与えられたと「行ってくらぁ」片手を上げた飛段を見送って、イタチは眉を寄せる。
「……聞いてはいたが、本当にあいつは1人で喋ってるんだな」
朝から晩まで、ひっきりなしに。
あまり口数が多い方ではないイタチには、よく喋るものだと同じ人間には思えなかった。
「……でも、そう聞いていたでしょう?」
彼の言葉に傍らに立った鬼鮫が諭す。
――飛段は、暁で1番最後に加入したメンバーだった。
小南から言われたことはふたつ。
・古の禁術の力を宿し、死ねない身体であること
・精神面の崩壊はないが、“角都”と言う滝隠れの抜け忍が自身の相棒だと認識しており、常に“彼”の幻覚を見ていること。そして、角都が存在しているように振る舞うこと
――特例として、ツーマンセルを基本とする暁で単独行動を許すこと。
「滝隠れ…なんて里はさぁ、無いのにねぇ」
真っ赤な大鎌を抱えた背中が小さくなると、にゅっと地面から身体を出してゼツが呟く。
彼の言葉にイタチは口を噤むと、くるりと背中を向けた。
「…オレたちも、任務に行く準備をしよう」
「そうですね、イタチさん」
2人の言葉に「いってらっしゃい」義務的にゼツは言うと、また地面に身を溶かしたのだった。
= = = = =
或る病
――妙な病気だ、と角都は思った。
単純に生命の残機が多い自分とは違い、相棒の飛段は紛うことなき完全な“不死”の存在である。
足を捥ごうが、胴体を切り裂こうが、頭を刎ねようが彼は死なない。
――ただ、それは“見た目”の問題ではあって身体の中身までは知らぬ事だった。
歯が折れれば「痛ってぇ」抜けば気付けば生えてくる。同じく虫歯にしたって抜けば“治る”のが当たり前だった。
痛んだ臓器も取り出せば良い。其れだけの話だ。
「なぁ~んか、胃の調子が悪ぃんだよなぁ…」
寿司を頬張りながら愚痴る飛段に、角都は「貴様でもそんな事を言うんだな」嗤い、その晩に胃を抜いてやった。相変わらず鮮やかな腑の色で健康そのものに見えたが、本人が“具合が悪い”と言っているのだ。今までも食べ過ぎた時なんかはこうして捌いたこともあったから、特に何も不思議には思わなかった。
それからふた月程経った頃だろうか。
今度は「肺がおかしい」なんて頭を傾げる。
少し前に妙な幻術を使う忍と戦ったから、其れの影響だろうか。それとも“儀式”での刺し方でも誤ったのだろうか。言われるまま肺を取り出した角都だったが、少しくすんだ血の色に妙な胸騒ぎを感じた。
肺の次に「変だ」と告げたのは腸(はらわた)。
これも引きずり出して飛段に隠れて捌いてみたが、細胞が崩れていたのが気になった。
「角都ゥ~……」
夕暮れの迫る森の奥、追ってきた賞金首を返り討ちにした角都に飛段が鎌を振り上げて声を上げる。
「…儀式か?
日暮れが違い、手短に済ませろ」
賞金首の首を刎ねて角都は答える。
普段ならこの場に倒れて1時間、彼は崇拝するジャシン様に祈りを捧げる筈だ。慣れたこと故に角都も特に口出しはしない。里に近ければ勝手に換金所にも行くし、適当に用事を済ませても良かった。地面に倒れ込んで無防備な姿を晒すが、別に死なずの肉体なのだ、刺されたとて問題は無いと角都は判断していた(し、実際は殺し返すのが飛段だろう)。
相棒の答えに飛段は口を尖らせる。
「…ってコトはよぉ…まだ日は暮れてないんだなァ?」
「……どうした、藪から棒に。遂に目までもイカれたか」
嘲笑った角都に、飛段の声は重い。
「かもしんねェ。妙に見づらいんだよんだぁ」
眼前で手のひらを振ったり指を立てて飛段は難しい顔を作る。
――視神経を冒されたか。
手早く賞金首を仕舞って角都は眉を顰める。
「繰り抜いてやる、来い」
「だ~か~らぁ!! 見えねぇっつってんだろォ!?」
相変わらず威勢の良い相棒に溜息を吐くと、角都は吐き捨てた。
「…さっさと儀式とやらを始めろ。
そうしたら抉ってやる」
――視神経くらいであれば、1時間もせずに再生出来るだろう。
飛段の驚異の再生力を知る角都はそう告げる。
「俺の祈りが足りね~のかなぁ……もっと贄を増やすかァ…?」
ぶつぶつと飛段は呟きながらも、慣れた足さばきでジャシン教の印を描き、己の肉体を尖った槍で刺す。
彼が祈りの姿勢になったのを見て、角都は相棒から眼球と神経を抉り取ると、「換金所に行ってくる」そう告げて踵を返した。
木々に囲まれた街道のど真ん中で、両目から血を吹き出し、微動だにしない姿は滑稽ではあったが、そんな姿の者に誰も手出しはしないだろう。こんな時間に里を出歩く者は自分たちのような影のある者たちだけだろうし、妙な安堵を覚える。
手に持った相棒の眼球は丸く綺麗で、いつも自分を見つめる紫が血に染まっているのが少し悲しかった。
――それからも時折、飛段は肉体の不調を訴える。
「左の耳が聞こえない」
「また胃の調子が変だ」
「背中が痛い」
その度に角都は相棒の肉体を裂き、臓器を抜き取ってやった。
じわりじわりと増える縫い痕に、飛段は「おそろいだなぁ」なんて能天気に笑っている。
なんだか少し痩せた様にも見えるし、その言葉は本心なのか嘘なのか、角都には分かりかねていた。
――もともと、腹の見えない男だ。莫迦だとは思っているが、勘だけは良いのだ。
好物のスペアリブにかぶり付く相棒に角都は目を細める。
「…勝手に死ぬのは許さん。
俺が殺してやる」
いつもの言葉を吐き捨てて、彼は思うのだった。
――妙な病に、殺されるなよ。
= = = = =
彦星と織姫の話
「なんでぇこの町はこんなに笹飾ってんだァ?」
宿場町の門を潜った飛段が、商店街の軒先に飾られた笹を見て傍らの相棒を見上げる。
見上げられた角都は面倒そうに眉を寄せて「七夕だ」一言返した。
「たなばたァ?」
首を傾げた飛段に角都は「知らんのか」短く言うと「知ってっけどよォ~…」相棒は記憶を辿るように顎を擦る。
「…なら、言ってみろ」
宿屋を探して視線を走らせる角都は呟く。
「……美味いモンを食う」
沈黙の後、俯いた相棒に角都には珍しく笑い声を零した。
「当たらずとも遠からず、だな」
「…難しい言葉を使うなよぉ」
角都の言葉に飛段は唇を尖らせる。角都は諦めたように小さく溜息を吐くと無知な彼に教えてやった。
「以前、夏の空の話をしたのは覚えているか?」
「んぁ? あぁ…なんかでっけ~三角を作る?」
「そうだ。元は大陸から伝わった古典……と言っても貴様には難しいだろうな。
簡単に言えば――」
大昔の人間は夜空に物語を夢想した。
夏の空に輝く星と天の川を作る、無数に散らばる星々から。
——彦星と織姫の物語。
子供でも知る話を角都は飛段に教えて聞かす。
「…じゃぁ、その2人は夫婦だっつーのに神の怒りに触れて1日しか会えねーってのかぁ」
ふ~ん、神様ってのは酷だなぁ。
考え込む素振りをした飛段だったが、直ぐに彼は角都に笑顔を向けた。
「なら、俺はこうして角都と毎日一緒に過ごせるから幸せだな!」
きっと贄を捧げているからジャシン様も認めてくれてるんだぜぇ、真っ直ぐな相棒の視線に角都は思わず視線を逸らす。それから、「今日の宿だ」軒下に掲げられた看板を見て歩みを止めた。
「お! じゃぁ今日はご馳走だな!? その“タナバタ”ってヤツで」
嬉しそうに跳ねた飛段に「七夕と馳走は別の話だ」——人の話を聞いてなかったのか、角都は飛段の頭を叩く。
「あ~~そうして人の頭を叩くぅ!これ以上バカになったらどうすっつーのォ!!」
「煩い飛段。今でも阿呆なのだから今更構わん。それ以上騒ぐと口を縫い付けるぞ」
抗議した相棒に暴力的な言葉を吐いて睨み付けると、
「2人」
暖簾を潜り、宿帳に名を書き付けるのだった。
*
「お、タナバタかぁ」
甘味処の店先に立て掛けられた笹を見て飛段は足を止める。
相棒が見たら顔を顰めそうな真っ青な羊羹が陳列台に並んでいて飛段の目は釘付けになる。
——大戦が終わり復興を遂げた里は、長く続く平和にこうして凝った菓子を出す店が増えた。
「いらっしゃい! 今日限定の七夕羊羹さ」
店の女将が彼を呼び込む。断る理由も無かったから「ひとつ」思わず飛段は答えてしまった。
今食べていくと伝えると店の横に置かれた小さな机に通され、緑色の濃い茶と共に羊羹が運ばれる。一緒に置かれた小さな切り紙と筆に飛段が首を傾げると
「店先の笹に下げるからさ、良かったら願い事を書いてってよ。
この羊羹もこの町の神社に奉納してるからね、効果は抜群さ」
なんてにこやかに微笑まれる。
「…ど、どうもォ」
妙齢の女性の強気さに慣れていない飛段は思わず肩を竦めると素直に頷いてしまう。
「ははっ、ゆっくりして行きな!」
女将に背中を叩かれて余計に飛段は縮こまる。彼女の姿が店に消えると、飛段は少し伸びをして運ばれた菓子を眺めた。
遠目には真っ青な羊羹に見えた其れだが、上半分は透明なゼリーになっていて黄色い星と色とりどりの丸い粒が飾られている。下の青い羊羹部分にも銀色の粉が混ざっていて随分と繊細な和菓子のようだった。
かつての相棒なら、こんな菓子1つに金を出すのを渋っただろう。1番安い団子を買わせるのだって苦労したのを飛段は思い出す。なのに自分の好きな食べ物なら有無を言わせず“時価”(ところでジカってなんだ? 未だに飛段は良く分からない)だろうと頼んでいたのだから余計に始末が悪かった。
「…いただきます」
丁寧に両手を合わせて頭を下げると飛段は羊羹を口に運ぶ。小豆と砂糖の塊だと思っていた羊羹だったが、随分とさっぱりとした味付けて思ったより苦も無く食べることが出来た。女将の淹れてくれた茶も熱過ぎず温過ぎず、丁度良い塩梅だ。
「ふぅ~…」
ほんの3口程で羊羹を平らげ、茶を啜った飛段は置かれた小さな半紙をじっと見つめる。
――女将は“願い事を書け”と言っていたが、どうして七夕に願い事をすんだァ?
飛段は頭を捻る。
まだ角都と旅をしていた頃、角都に七夕の話を教えて貰った記憶はある。
働き者の男と女が(名前は忘れた!!)夫婦になった途端に働かなくなったからと、神様が怒って1年に1度しか逢瀬を許さなくなった話だ。
あの頃は、ずっと角都と一緒だと思っていた。
心臓を5つ持つ男だ、自分と同じく死なない存在であり、ずっと隣を歩いてくれるものだと――
「…なー…角都ゥ。どうして七夕に願い事を笹にぶら下げるんだァ…?」
飛段は下唇を噛むと、ぎこちなく筆を運ぶ。並んだ大小の文字に「へったくそ~」彼は頭を掻いた。——字の書き方も習ったのだけど、角都のように流麗な文字は飛段には書けなかった。
「うっし!」
気合いを入れるようにぱんと両手で頬を叩くと、立て掛けた鎌を担いで彼は立ち上がる。そして
「ごっそさん~! 美味かったぜぇ~~」
店先で笹の手入れをする女将に声を掛けた。
「まいど!」
女将は笑顔を作ると「願い事はいいのかい?」そう続ける。
「ん~…良いのが思いつかなかったなァ」
肩を竦めた飛段に彼女は「そうかい」さして気にした風もない。
「浮かばないってことは、アンタが今満たされていて幸せってことさね。良い事だよ」
道中気を付けて、背中に掛けられた言葉に飛段は頬の内側を噛む。
――願い事なら紙に書いた。
『かくずにあいたい』
満たされた生などではない、ずっと足りないままだ。
贄を捧げない信徒に神はこうした罰を与え続けるのだろうか。
女将の言葉と七夕の伝説が重なって、飛段の頬を冷たく濡らすのだった。
= = = = =
夏祭りの過ごし方
※100両=100円くらいの感覚でお読みください
任務の帰り道、このままアジトに戻ろうと思うと日が暮れてしまうので角都と飛段の2人は山間の小さな村に立ち寄った。宿屋が1件に村の共同売店しかないようなあまり栄えているようには見えない村だったが、家の数の割に妙に人が多い。家々の戸口にも色とりどりの提灯が飾られ、今日が何か“特別な日”であることを角都は察した。
宿の主人に角都は尋ねる。
「今日は何かあるのか? 邪魔であれば部屋から出ない選択もするが」
彼の言葉に老齢な宿の主人は首を振る。
「とんでもない!
今日は3年に1度の神社のお祭りでねぇ。この辺の村の人間も集まっての祭りになるんだ。
ゆっくりと旅の疲れは取れないかもしれんが…良かったら楽しんでっておくれ」
前金を受け取った主人は目尻を下げる。
「神社?」
「あぁ、裏の山に古くからある神社があってね。夜になると神輿も担ぐし、露店も出ているよ。
昔は…まぁ、お楽しみも少なかったしね」
意味深に微笑った主人に、古い人間である角都も祭りの意図を察する。
人の往来が少なかった時代、こうして村と村が交わる場所は男女が知り合う絶好のチャンスだった。
「まぁ、今はそんな野蛮な事はないけどね」
主人は付け加えて、「2階の一番手前の部屋を使っておくれ」そう続ける。
「飛段、行くぞ」
板の間に飾られた木彫りの人形を突いていた相棒に声を掛けると、早速に階段を軋ませるのだった。
*
「ほえ~夏祭りねぇ」
担いだ鎌を下ろして肩を回した飛段に、角都は財布から100両と書かれた札を何枚か抜き取って渡す。
「??
小遣いならこの前貰ったぞぉ?」
首を傾げた飛段に、角都も首を傾げる。
「祭りの小遣いだ。要らんのか」
「祭りの小遣いぃ?」
相棒の言葉をそのまま返した飛段は、どうやら“祭り”の楽しみ方を知らないようだ。
教団と言う世間から切り離された世界で生きてきたから当たり前なのかもしれないが、こんな年になっても“祭り”と聞くと浮足立ってしまう角都には飛段の反応は意外なものだった。
「…こうして祭りの日には、特別な小遣いを貰って子供たちは遊ぶものだ」
ふうん、角都の言葉に飛段は小遣いを受け取る。
「その…子供、ってのは癪に障るけどよぉ」
「俺から見ればリーダーだってガキよ」
口の端を歪ませた角都に飛段も声立てて笑う。
「…でも、これってどう使ったらいいんだぁ?」
ひい、ふう…貰った札を数えて飛段は尋ねる。
「……射的、とか麩菓子とか」
――ずっと遠い記憶、まだ滝隠れの忍だった頃にこうして夏祭りを闊歩したのを思い出して角都は答える。
「まぁ、ここで此処で考えるより行ってみるのが早いだろう。
行くぞ」
立ち上がった相棒を、慌てて飛段は追い掛ける。
「えっ、飯は~!?」
「露店で好きな物を食えばいい。今日はそれが夕飯だ」
角都の言葉に、“夏祭り”を理解していない飛段は「祭りに飯もあるのかぁ!?」驚くのだった。
*
確かに、宿の主人が言うように寂れた村にしては祭りは随分と大きなものだった。
拝殿前に飾られた村々の神輿、鎮守の森に飾られた飾り提灯に境内に並ぶ露店…
初めこそは「俺が信じるのはジャシン様だけだから」なんて遠慮がちだった飛段だが、気付けば「あれは何だ?」射的を指差し、「これはどう遊ぶんだ?」金魚の泳ぐ水槽に近付いた。
角都は飛段に応えるように子供だましの鉄砲を構え、破れたポイに不機嫌な顔を作る。射的の景品の光る棒を振り回して飛段は角都を振り返った。
「楽しいなぁ、角都ゥ!!」
もう“大人”だと言うのに、満面の笑みを浮かべた飛段の顔は少年のように幼い。いつもなら「うるさい、飛段」そう制するところだが、こうも祭りを楽しんでいる人間ばかりの場所では、彼の姿の方が正しいと思えらから何も言わなかった。
「あっ角都、アレ食おうぜぇ」
首に下げた小さながま口を揺らして飛段は『かき氷』書かれた露店を指差す。
「食べ過ぎて腹を壊すなよ」
角都は言うと、駆け出した飛段の後をゆっくりとついて歩く。
「おっちゃん!
かき氷ふたっつ!! いちごとメロン!!」
二つも食うのか、腹を冷やすぞ。
言おうと口を開いた角都だったが、「お前のぶん!」緑色の氷を差し出されて「あぁ」思わず受け取ってしまった。
「いいのか、お前の金だぞ」
冷たい砂糖氷を口に運びながら角都が呟くと、
「俺が角都と食いたいからい~の!」
赤くなった舌を出して飛段は破顔する。
懐から財布を取り出してまた小遣いを渡そうとした相棒に飛段は「要らない」首を振った。
――普段は、小遣いをもっと寄越せと煩いくらいなのに。
天邪鬼か? 心の内に嗤った角都だったが、そこまで難しい事を飛段は考えていないようだった。
「これ食ったらさ~あっちのアレも食べてみようぜぇ」
『ハリケーンポテト』
書かれた暖簾を指差した飛段に「ガキか貴様は」角都も頬を緩めて笑った。
*
ばたん。
背後の布団で寝返った飛段にがむにゃむにゃと寝言を垂れている。
「…ったく。
腹を冷やすなと……」
蹴飛ばされた薄掛け布団を地怨具で直してやると、明かりを灯した文机に角都は向き直る。
報告する出費を帳面に書きつけながら、角都は背後で涎を垂らす相棒を見遣る。
△千両
書いた後に彼は二重線を引っ張った。
――角都にとっては端した金だ。わざわざ報告する必要だってない。
何より、飛段は渡された小遣いの殆どを自分と一緒に食べるものに使ったのだ。
小遣いは好きに使えと言ったのに。
変な所で純粋な相棒に、
「今回だけだからな」
素直じゃない角都は呟いて、そっと頭を撫でてやるのだった。
*
――それから。
夏祭りに限らず、祭りに遭遇すると角都と飛段は催し事を楽しむことを覚えた。
互いに、軍資金は千両。
角都は射的や型抜きなんかの遊び物に、飛段はかき氷やりんご飴なんかの食べ物に。
「千両で阿呆面の百面相が見れるなら安いものだ」
アジトでそう説明した角都に、鬼鮫が「角都さんも素直じゃないんですから…」夕餉の支度をしながら笑うのだった。
= = = = =
飛段と食育
――人の細胞は、口から摂取したもので出来ていると聞いた。
昼時に立ち寄った定食屋、
「焼肉定食~~~ゥ!」
案内された席に座るなり元気に言う飛段に続いて、角都も低く続ける。
「…煮魚定食」
運ばれた定食の盆に盛られた細々とした小鉢には彩りよく野菜が盛られている。
大通りから入った路地に店を構えていたからあまり味に期待はしていなかったのだが、この様子ではなかなかに繁盛している店のようだ。見渡せば、空席が目立っていたテーブルも全て埋まっていた。
厨房からは何かを炒める音が聞こえ、威勢の良い店員の声が響く。
――この店、正解のようだ。
たっぷりと卵を抱えたカレイの煮つけに角都は満足する。
これに小鉢が3つ、どんぶりの白米と赤だしの味噌汁で700両とは随分と破格だ。
目の前の相棒の定食も同じような並びで、焼き肉の皿に野菜が添えられた分だけ小鉢の数が少ないくらいで、同じ価格だったから文句は無かった。
「いったっだっきまぁす!」
両手を合わせて箸を割った飛段は湯気の立つ肉を頬張ると「うめェ!」白米を掻き込む。
肉と米だけを食べる姿に丁寧に魚の骨と身を外しながら角都は溜め息を吐いた。
「…野菜も食え」
野菜の煮漬しに白和えの小鉢、それに刻んだキャベツには全く箸をつけない彼に角都はいつも注意する。
「均等に食べないと大きくなれんぞ」
蒟蒻の含め煮を口に運びながら角都が言うと、飛段は口の端に米粒を付けたまま反論する。
「だってぇ~ 野菜ってにげーんだもん」
人参は硬いし美味くない、ピーマンは苦い。
トマトは真ん中の部分がぐちゃぐちゃして嫌いだし、キャベツだって嫌いだ。
口早に説明する飛段に角都は眉を寄せる。
「人体には必要な栄養だ。食ったもので人の身体は動くもの。
米は身体を動かすのに、肉はお前の身体を作るのに使う」
「だったら充分じゃんかよぉ」
「…だから貴様は阿呆だと言うのだ」
味良く煮つけられた魚を食べながら角都は続ける。
「人体は肉体のみで形成されているわけではない。
骨、臓器、血液…見えない場所にも必要な栄養素がある」
「悪いトコなんて切っちまえば再生するだろ~?」
「…それはお前だけの話だ、阿呆」
はぁ、特大の溜め息を吐いた角都に「メシくらい好きに食わせろっつーの」ぶつぶつと飛段は文句を言い、無言で皿の上の肉を平らげる。
「…野菜も食え」
もう一度注意した角都に
「知~~~らねッ!!」
飛段は顰め面を作って赤い舌を伸ばす。それから残った小鉢を角都の方へ押し付けると「あんみつちょ~だい!」くるくると動き回る店員に声を掛けた。
「…ったく」
飛段から押し付けられた小鉢の野菜を片付けながら角都も苦々しい顔を作ると、
「こうして口に入ったものでお前の身体は作られてるんだ。
少しは考えてモノを食え」
相棒の耳には届いていないと思うものの、まだ説教を続けるのだった。
*
『あ~…そうだったなァ』
昏い穴ぐら、未だに爆散した四肢は再生に程遠く、運良く残った脳と視神経が繋がった程度だ。
――目が見えた所で何も見えないんだけどなァ。
飛段は独り嗤う。
今がいつなのか、何時なのか、朝か夜なのか。――あれから、どれくらいの時間が流れたのか。
ふわふわと漂うような時間を過ごしていた飛段は、時折こうして“昔の思い出”を夢想していた。
肉体が再生するまでにはまだ時間を要するであろう、有り余る時間。せめて口があって、何か食べる事が出来れば再生速度を早めることが出来るのに。
『今なら野菜だって食ってやらぁ』
硬い人参も、苦いピーマンも。
かつて相棒に押し付けた野菜の数々を羅列して彼は自身を追いやった奈良の息子に呪詛を吐く。
――口から食べたもので細胞が構成されるのなら。
『…だったら、お前も食べておきゃぁ一緒に生きれたのかもなァ』
角都は一流の忍だ。
きっと若かりし頃は拷問の1つや2つを経験し、爪を剥がされたことだってあっただろう。
いや、それより薄く肉を削いだ方が“肉”だし俺好みかぁ?
無い声帯で飛段は笑うと、考えるのも面倒になったようでまた意識を手放す。
『小指の一本でも食っておけば良かったなぁ』
角都が迎えに来たら訊いてみよう。きっと『貴様は阿呆か』そう罵られるだけだと思うけどな。
――立ち入り禁止の奈良の森は、静かに時間を重ねるだけだった。
= = = = =
口付け
※エドテンした角都が飛段と出会う謎世界
目覚めては寝、寝ては目覚める無為な時間をどれだけ過ごしただろう。
穴ぐらの中は不便で快適さには程遠く、飽き飽きしていた。けれども、いつ相棒が迎えに来るか分からないから飛段はこうして大人しく過ごしている。かつての仲間だったデイダラを真似て土を捏ねてみたが粘土とは違う其れはざらざらと指の間から零れ落ちるだけで何の形も作り出す事が出来なかった。とは言っても何処に手首から先があるのか分からないので、“作品”が出来上がったところで鑑賞することは出来ないのではあるが。
「は~~ひま」
声にならない声を上げて飛段は呟く。
腹は減り過ぎて空腹を感じる事も無くなったし、未だに再生した手先の感覚は薄い。下半身も何処かで再生していると感じるが、未だ繋がらない肉体の破片は多く、面倒になって探るのも止めてしまった。
「このまんまじゃぁ、教えてくれた文字も忘れちまうぞぉ」
頬を膨らませて彼は悪態を吐く。喋ることは出来なくても思考することが出来るのは飛段にとって幸か不幸か。
崇拝するジャシン様に祈りを捧げられても贄を供与出来ない自分はいつか罰を受けるんじゃないだろうか。――その前に迎えに来てくれよ。いつも彼は相棒を気に掛ける。心臓を5つ持ち“いつか死ぬ”とは言っていたがあの強い角都だ、負ける理由が無いだろう、誰も居ないその場所で飛段は独り得意げな顔を作る。
それから暫くジャシン様に祈りを捧げた飛段だったが、急な睡魔に襲われたので祈りを切り上げ
「おやすみなさい、ジャシン様。明日も貴方様に栄光がありますように」
そう、瞼を閉じるのだった。
*
冷たい空気が鼻腔を抜け、久し振りのの新鮮な空気に飛段は目を覚ます。
「!?」
急に明るくなった視界に彼は顔を顰める。瞳孔が収縮して青空に慣れた飛段は眼前の相棒の姿に更に驚いた。
『角都!!!!』
掠れた音を漏らした飛段に、再生した頭だけを掴んだ角都の言葉は相変わらず冷たい。
「煩い、飛段」
そのやり取りさえも懐かしくて、もう一度飛段は叫ぶ。
『かぁくずぅ~~~~~~~~~~っ!!』
相変わらずの音のない声だったが、“煩い”と言わんばかりに角都は顔を顰める。
『遅ぇよぉ』
寂しさと嬉しさと、感情を爆発させて顔を歪めた飛段に角都は腕を上げて首だけの彼と視線を合わせる。
「…この姿、負けたのか」
真っ直ぐな相棒からの言葉に飛段はバツが悪そうに口を噤むと小さく漏らした。
『……負けた。でも次は勝つ』
闘志を灯した紫の瞳に角都は少しだけ表情を緩ませる。
『角都は勝ったんだろ?
どうして早く迎えに来てくれなかったんだよぉ。あっ…此処は奈良の森っつってたからなぁ…?
もしかして皆殺しに…!?』
相棒の登場にお得意の口の軽さを披露させて飛段は捲し立てる(とは言っても殆ど声は出ていなかったが。付き合いの長い角都は『煩い』表情だけで悟った)。
「……任務は失敗した」
頭だけを再生させた相棒に角都は告げる。
その言葉に、くるくるとよく動いた飛段の表情が固まった。
『…っ、え…?』
「俺は死んだ。今だって死んでいる」
角都からの告白に飛段は息を呑む。掠れた声が一層低くなったが、少しずつ音が戻って来た。
『…で、でもよォ…今目の前に居るじゃね~か…』
「“穢土転生”と言う禁術で現世に蘇った。
この肉体も仮の物だ」
相棒の疑問に答えるように角都は頬に爪を立てる。ヒビの入った頬から蛇の鱗のようにぽろぽろと落ちた塵芥に“生きた人間”ではないことを飛段も悟った。
「……じゃぁ、お別れに来たっつーのか」
眼前の相棒を飛段は睨む。
「…そうだな、じきに俺はこの世から消える」
静かに告げた角都に、飛段は悲鳴を上げた。
「嘘だろォ、角都ぅ!
お前は死なないって、俺を殺すって――」
最後は嗚咽に消えた言葉に、ただ一言、角都は返す。
「済まない」
強情っぱりで、素直じゃなくて。絶対に人に頭を下げることのなかった角都からの謝罪に「いやだいやだいやだ」飛段は首を振る。
「…殺してくれるって、俺を殺すって、ずっと……」
不完全な再生でも飛段の瞳からは大粒の涙が零れ落ちる。
「…済まない」
角都はもう一度同じ言葉を告げると、飛段の涙を掬い、そっと唇を重ねた。
カサカサに乾燥した飛段の唇に角都の塵芥が剥がれ、探る舌は触れれば溶ける。
「にげぇ」
探られる口内にもごもごと飛段は文句を吐いたが、首だけの存在に優位なのは角都の方だ。落ちる塵芥をものともせず、存分に恋人の口内を犯すと彼は唇を離した。
激しく重なり合った唇に、すっかりと角都の口元の塵芥は剥がれている。塵芥の中に贄と差し出された人間の肌が見えて、
「知らね~奴とキスしちまったのかよ」
飛段は悪態を吐いたが「今生の別れだ」角都は意に介さないように薄く笑う。
「こんじょー…?」
相変わらず言葉を知らない飛段に角都は「今生」もう一度言うと
「もう会え――いや、後は自分で調べろ。……忘れなかったら、な」
そう言葉を濁し、目を細める。
滅多に見られない角都の柔らかい微笑みに「!!!!!!」飛段は目を瞬かせると、「これは夢なんじゃないか」なんて失言して角都に頭突きされた。
――其れは、飛段が見た幻想か希望か。
飛段自身にも、それが幻覚なのか現実なのかよく分からなかった。
ただ悟ったのは相棒の角都がこの世に存在しない(いない)こと、飛段は相変わらず死んでいないこと――1人きりで生きていかねばならないこと。
そして重要なのは、二度と愛おしい人と口付けを交わすことができないこと。
「1人じゃ、キスも出来ねぇもんなァ…」
相変わらずの飛段の掠れ声が、地中の塵芥に吸い込まれて消える。
この口の苦さが角都の塵芥なのか、唇に触れた砂利の味なのか、彼には分からなかった。
※転パロ
角都は体温が高い。寝起きの平熱で36.5度の人間だ。
恋人の飛段なんかは「人間ゆたんぽ」「暖房要らず」「あったか抱き枕」なんて適当な名称を付けて抱き着いて来るが、夏場の電気代は高くつくし、冬だって普通に“寒い”と感じるのだから特に得をした気分にはならない。
ここ最近などは流行病の影響もあってか、何処に行くにしろ『検温をお願いします』そう体温計が置かれていて、ちょっと走っただけでも37度の微熱になる(本人は至って健康なのだが)から『お客様…』そう待機を促されることも多くてうんざりする日々だった。
今だって恋人が誘ってきたピザ屋の前で待ちぼうけを喰らわされている。
急に日差しが強くなったからと帽子を被ったのがいけなかったか、年中着用している黒いマスクの影響か。5分経っても相変わらず『37.3度』はじき出される数字に角都は機嫌を悪くする。
『帰るぞ』
そう傍らの恋人の肩に手を掛けると、恋人は体温計を持った店員に尋ねていた。
「なぁ、この店ってテイクアウトしてんの?
この前友達と食べに来てよぉ…すっげ~美味かったからまた食いたいんだけど…」
「…あ、はい。
少しお待ちい頂きますが、ピザのテイクアウトなら承っております。メニューはこちらに……」
出入り口に置かれた用紙を差し出して店員は飛段に答える。
「ありがとな!」
飛段は言うと角都を見上げた。
「…だってよぉ、角都~。
映画は隣のレンタル屋で何か借りてさぁ、ピザパしよーぜぇ」
苛々を噛み潰すしか出来ない角都に、飛段は即座に思考を切り替えたのだ。若さ故の柔軟な思考と言えば聞こえは良いが、逆を言うと角都が唯の頑固者である。
「………ん」
角都がスマホを差し出すと、「やりぃ♪」飛段が店員に尋ねる。
「電子マネーって使える?」
「あっ、はい。使えます」
「じゃぁ~…えっと……」
マルゲリータとこの肉のヤツと、あ、このコーンのも欲しい!
お姉さんのオススメは? あ、そう…じゃぁそれと……
何枚かのピザを注文した飛段が、慣れた様子で角都のスマホのロックを外すと画面を見せて会計を済ませる。
「15分くらいで焼き上がるってぇ」
カバーも掛けられていないスマホを返して飛段は続ける。
「待ってる間に映画探そうぜぇ~」
腕を絡めて歩き出した飛段に「…そんなに強く引っ張るな」角都は引きずられるようにして長い脚を差し出した。
「やっぱピザパつったらグロいやつだよな~」
“スプラッタ”掲げられた棚を眺める飛段に「…鮫映画はもう飽きたのか?」角都は呟く。
「もう鮫が宇宙に行って宇宙人連れてくるのは鮫映画じゃねぇだろ~。
人を食い殺しての鮫ってもんさぁ」
口を尖らせてシリアルキラーを題材としたパッケージを手に取った飛段に「そうか」角都は頷く。
別に、外で飯を食って映画を見て、そのまま適当なホテルで夜を明かそうとしていたのだ。
其れが“自宅”に代わっただけ。ピザを受け取ったら、適当に美味そうなワインでも買って帰るか。
血みどろのパッケージを見ながらウキウキと映画を選定する恋人の背中に、角都はぼんやりと思うのだった。
――体よく恋人を家に引き込めるから、この少し高い体温も悪くはない。
= = = = =
ノストラダ■スの大予言
※平和な暁
其れは、ぼんやりと暁のアジトで流れていたテレビの話だった。
『地球が滅亡するとしたら何がしたい?』
粘土を捏ねていたデイダラが「地球の爆発!? 見届けてーな、うん」間髪入れずにそう答える。
爆発!大爆発!! 1人盛り上がるデイダラに、台拭きを持った鬼鮫が「そろそろご飯にしますから片付けて下さい」ぱらぱらと落ちた粘土を拭きながら言う。
「なぁ~俺ってば地球が滅亡しても生きてんのかな」
椅子の足を2本だけを使ってゆらゆらと揺らしながら飛段は口を尖らせる。
「死なんのだから、そうだろう」
四肢を切ったって首をもいだって死なない相棒に角都は冷静に答える。
彼も広げた帳面を「片付けて下さい」鬼鮫に言われて素直に片付けていた。
「そっかぁ~
なーんも無い世界だとジャシン教を広める事も出来ねぇなぁ~」
キイキイと揺れる其れに「危ないですよ」鬼鮫が注意する。
「…だったら改宗でもするか?」
意地悪く言った角都に、「かいしゅ~?」飛段は首を傾げる。
「宗教を変えるってことだ、うん」
粘土を払いながらデイダラが口を挟むと飛段は「うーん」頭を捻る。
「でも地球が無くなったらそのジャシン様もいなくなっちまうんだろ~?
なんだか寂しいよなぁ」
呟いた飛段に「角都の旦那がいるだろ、うん」デイダラが続ける。
「そっかぁ~角都も死なねーもんなぁ。
なら寂しくないかもなぁ」
口元を緩ませて破顔した飛段にデイダラは白い目を向けると
「鬼鮫の旦那ァ! 手伝うぞ、うん」
そう席を立った。
残された角都は、じっと飛段の顔を見つめる。
――信仰する神の力とやらで不死となった存在の彼は、その“神”を喪うと、力はどう変わるのだろう。
“本当の”不死と違い、唯心臓を蓄える事で命を繋いでいる角都は、少しだけ疑問を持った。
「なんだ~角都ぅ?」
きょとんと阿呆面を晒した相棒に、角都は目を細めた。
いつもは『殺してやる』そう豪語する角都だったのに、今日は勝手が違うらしい。
「…仕方ないから、一緒に生きてやろう」
人生経験が豊かな彼は、嘘を吐くのが上手い。
――夢は、夢であるからこそ”夢”なのだ。
「じゃ~地球の爆発を見てぇ、滅ぶ世界を散歩しようぜぇ」
「…爆発とは限らんぞ。自転が止まって嵐が来るのかもしれん」
「でも爆発だとデ~ダラちゃんが喜ぶからなぁ。爆発して欲しいなァ!」
能天気に笑った相棒に角都は「……晩飯がじきに来る。箸を出せ」話題を変えるのだった。
= = = = =
腹を捌いて「モツならあるぜ~」と言う飛段
其れは、角都が飛段と組んで間もない頃の話だ。
「ゲハハハハハハーーーーーーーッ!!」
敵忍の返り血に塗れ、己の心臓を一突きした飛段が高揚して信仰する神に祈りを捧げる。
月明かりに浮かぶ身体の線は未だ細く(まだ10代だとリーダーは言っていた)、一般常識に欠ける頭だ。難しい事ばかり考える角都にとって、少し頭に痛い存在だと考えていた。
儀式を終えた飛段が焚火に当たる角都の目の前に腰を下ろし、炙られた川魚に「魚かぁ」唇を尖らせる。
「…文句があるなら食うな」
じろりと一瞥した角都に「わ~ってるって!ありがとうございます、いただきますゥ」両手を合わせて飛段は魚を貪る。身の柔らかな背を齧り、腑の方になると苦手なのか食べる速度が遅くなった。2匹、3匹と消える其れによく食うな、角都は思ったが、勢いよく平らげる割には飛段の腹はぺこりと凹んだままだった。
「……そんな細い身体をして。
ちゃんと内臓は入っているのか」
爆ぜる火の粉に注意しながら古書を読む角都は視線を上げる。
鍛え上げた角都の肉体は厚く、二の腕の太さも腰回りも、全てが飛段を越えていた。彼がまだ成長途中の“青年”なのを加味したって、飛段は随分とか細く、角都の目に頼りなく見えた。
「んぁ?」
蒸されたもち米を頬張っていた飛段は小さく首を傾げる。
「ないぞう?
ちゃんとモツなら入ってるぜぇ~」
飛段は手のひらに付いた米を啄むと、おもむろに立ち上がって傍に置いた鎌で己の腹を躊躇なく裂く。不死となり、痛みを喜びに感じる彼の肉体は、自傷することに無頓着だった。
大きく切った其処から迸るは真っ赤な鮮血、土砂降りの雨のように目の前で浴びた角都は眉を寄せる。
「ほぉら」
無造作に裂いた腹から暗い臙脂色をした腸を掴んで相棒に見せると、不機嫌に歪んだ角都の顔が一気に綻んだ。
――信じられるのは、金だけ。
…もっと踏み込めば、己の見たものだけ。
其れを信条にした角都に、飛段の行動は全くの“正解”だった。
「ふは、は…」
頭を抱えて笑い声をあげた相棒に、てっきり鉄拳制裁されると思っていた飛段は「うぇ……えぇ…?」変な顔を作る。
「角都ぅ、その本面白いのかぁ?」
素っ頓狂な答えを出した彼に、角都は「縫ってやる」笑い声を抑えながら手招きした。
「…よ、っと」
引きずり出した内臓を持って隣に腰掛けた飛段に、角都は地怨虞を伸ばす。
ゆっくりと引っ張った臓物を肉体に収め、ざくざくと裂いた場所を縫い留めながら口布の中の角都の口角は上がっていた。
死なない相棒――嫌いになれんではないか。
細い月の浮かぶ、ある夜のことだった。
= = = = =
待たせる男(ひと)
※リーマンパロ
人気のない喫煙室、終業時間を告げるチャイムが鳴ってから十五分は経った時計を見遣って、角都は3本目の煙草をもみ消す。フィルターぎりぎりまでになった小さな其れを吸い殻入れに投げると、間髪入れずに次の煙草に火を着けようとジャケットの内ポケットを探った。同僚に『待つのも、待たされるのも嫌いだ』と豪語する輩が居たが、別に角都は待つのは苦痛ではない。肺を汚す事に少しは抵抗があったが、こうして何にも縛られずに思考するのも悪くない時間たっだし、静寂を彼は愛していた。——と、ばたばたと廊下を駆ける音に続いて、喫煙室のドアが開く。
「わり~~~~~っ、角都ッ!! 遅くなった!!!!!」
息を切らせて駆け込んできた恋人を一瞥すると、角都は取り出した煙草を仕舞う。
――開口一番に彼が謝ったのには理由があった。相手は、経理部・部長の角都なのだ。期日と締切に社内で1番厳しい人物で、飛段も彼に何度雷を落とされたか分からない(そもそもきちんと書類を提出しないのが悪いのだが)。
てっきり怒号を落とされると思って身を竦めた飛段だったが、返す角都の声音は穏やかだった。
「…大方、夕方のクレームが長引いたんだろう」
ジャケットを羽織り直した角都に並んで、「そう」飛段は口を尖らせる。
「岩ノ国物産のさぁ……強引に値引きしろってうっせ~の」
「あそこの課長は話が通じないヤツだからな…。
見積書なら出してやる、明日持ってこい」
渋い顔をした飛段に、角都は頷く。営業部に配属された新人は、最近になってやっと1人で顧客対応を始めたが、若造だと無理難題を吹っ掛けられることも多かった。
「あんがと~な、角都ぅ」
喫煙室を出て並んで歩きながら、飛段は調子の良い笑顔を向ける。
「面倒事になる前に、後始末してやらんとな」
やれやれと肩を竦めた角都に「意地悪~の」飛段は頬を膨らませて、エレベーターの呼び出しボタンを押した。
「…な、角都。怒んねーの」
エレベーターが来るのを待つ間、革靴の爪先をぶつけながら飛段が俯くと「?」角都は眉を寄せる。
「怒る? なんでだ?」
「だって――」
飛段は説明する。
社会人たるもの、期日は守れ。時間を厳守しろ。
社内の人間に迷惑を掛ける人間は必ず社外の人間にも同じ間違いを行う。
――其れは、いつも角都から怒られる時に言われる言葉だ。
確かに飛段はだらしない所があるし、その小さなミスで先方に迷惑を掛ける可能性だってあった(事実、何度か数字の間違いで飛段は大目玉を食らった事がある)。いつも“遅れるな”耳にタコが出来る勢いで注意されているのだ。
「——だから」
俯いた飛段に角都は目を細めるとぴしりと整えられたオールバックの頭を撫でる。
「かく……」
飛段が顔を上げた刹那、エレベーターのドアが開く。運良く箱の中には先客が居らず、2人はそのまま乗り込んだ。
エレベーターのワイヤーが重苦しい音を立てると、今度は角都が口を開く。
「……飛段。
俺が普段お前に注意しているのは“お前自身”の構えについてだ。今日のは不可抗力だろう?
実際、お前は少しでも時間を取り戻そうと走ってやってきた」
――肩を上下させてやってきたのは、すっとんで来た証拠だろう。
先刻の飛段の姿を思い出して角都は告げる。
表情を緩めて飛段を見たが、彼の顔は曇ったままだった。
「…どうした。
まだ何か引っかかるのか?」
続けた角都に、飛段はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「…今日、さ。
休憩室で聞いちゃったんだ。
“彼氏が遅刻するのが信じられない”って」
『こっちは間に合うようにちゃんと化粧もして待ってるのに』
『三十分も待たせた上にヨレヨレのTシャツ!』
『信じられない!!』
――それは、休憩時間の話のネタ。
お喋りに花が咲いた女性社員たちの会話だった。
デートするのにお洒落したのに、寝坊した挙句にダサい格好で悪びれもせずやって来た男に腹を立てたらしい。
囲む事務員たちも「そうだ」「そうだ」と肯定する。
カップ麺を啜っていた飛段だったが、なんだか居た堪れなくなって大急ぎでスープを飲み干して休憩室を出たのだった。
そこまで話すと“1”表示されたドアが開き、無言のまま角都と飛段はエレベーターを降りる。角都が出入口のカードリーダーに社員証を翳してゲートを開けると、飛段もそれに続いた。
正面玄関の自動ドアを潜ると、まだ浮かない表情のままの恋人を角都は引き寄せた。
「…俺が待たせられて怒る男だと?」
片眉を上げて挑戦的な表情を浮かべた角都に、飛段は「…違う、けど」視線を泳がせる。恋人の表情に角都は薄く笑うと、飛段の耳に顔を寄せた。
「お前はもっと俺の恋人として自信を持っていい」
「…自信~…?」
耳元で囁かれた言葉に飛段は視線を合わせる。目の前に迫る恋人の顔は極上の造形で、思わず息を呑んだ。
――新卒で営業部に配属された飛段と、経理部の部長として長く働く角都では2回りほど年の開きがある。其れを“運命”と呼ぶには余りにも陳腐ではあったが、出会いから三か月、酒の力も手伝って2人は互いを恋人と認め、深い仲になったのだった。
「……お前は俺を待たせられる唯一の男なんだからな」
至近距離の角都の口角はきゅっと上がっていて、飛段も思わず表情を緩める。
難しいことを考えるのは苦手だったが、こうして直ぐに気持ちを切り替えられるのが彼の強みだった。
「角都ぅ~♡」
高いビルに囲まれた雑踏、人目を憚らず抱き着いた若い恋人を角都は諫める。そして、腕時計を見遣ると顔を険しくさせた。
「ほら、飛段。
お前の好きなステーキ屋を押さえてある。……急ぐぞ」
角都の言葉に飛段の声が弾む。
「お? あのタワーが良く見えるとこ?」
「……そうだ。明日は休みだからな」
ニヤリと口元を歪ませた角都に「ん゛」飛段の顔が赤く染まる。
――人生経験の豊かな恋人は、こうして若い恋人を喜ばせるのが好きなようだった。
山と置かれた肉をぺろりと平らげる姿に「見てるこっちが胸やけする」文句を並べながらも追加で肉を注文するのだ。
洗練された幾つもの夜を思い出して、飛段は押し黙る。
そんな恋人の姿に、拗ねたり笑ったり、忙しい奴だ。角都は軽口を叩くと
「走るぞ」
傍らの飛段に手を差し出した。
「王子様かよ」
最近一緒に見ているトレンディドラマの主人公を髣髴とさせた行動に飛段は皮肉ったが、それでも素直に恋人の手を掴む。
点滅する信号機に駆け出すと、高揚した2人の週末が始まるのだった――
= = = = =
健康器具と素直な飛段
「かぁくず~~金くれー」
鍵の掛かっていない相棒の部屋のドアを開けて飛段は叫ぶ。
いくら暁のアジトを言えど、鍵を掛けないで部屋を空けるのは不用心だと思うが、キレて半殺しにするような輩の部屋に勝手に侵入するのは、命知らずな飛段以外に無いに等しい(唯一殺さないという点でペインも部屋には入れるが、彼は紳士なのできちんと角都の存在を確認する)。
『今月の小遣いは渡したろう?』
そう小言を返されるとばかり思っていた角都の部屋は空で、家主の存在は確認出来ない。
「……留守かぁ~」
飛段は大きな独り言を言うと、きょろきょろと辺りを伺った。
暁1人1人に与えられた6畳ほどの部屋は、飛段の間取りと大きくは変わらない。いつでも万年床で何かしら菓子の包み紙や食べかすが落ちている彼の部屋と違って、整理整頓された角都の部屋はとても広く見えた。
「んん~デーダラちゃんにアイス奢るって言っちまったんだよなァ」
口を尖らせると飛段は部屋の中を物色する。
隅に置かれた文机……には何もない。流石の角都だって机の上に金を置きっぱなしにはしないだろう。
――さて、金は何処に隠すか。
飛段は顎を触りながら考える。
彼とよく行く換金所では、まとまった金は店の奥から出して来ていた。机の下に置いた金庫だったり、置かれた棚から小さな手提げ金庫を持って来たり…。少なくとも、目には見えない場所に“金”は仕舞ってある。
飛段は部屋の押し入れに目を付けると、そっと其処を開けた。
飛段の部屋の押し入れの中は雑多に物が詰め込まれているが、角都の方は部屋と同じく整理整頓されている。上段には布団が置かれ、下段には段ボールが重ねられていた。
――ビンゴ♪
飛段は舌なめずりをすると、屈んで封をされていない段ボールを開ける。
中に仕舞われていたのは目当ての札束――ではなく、少し重い箱だった。
「…なんだぁ?」
飛段は呟くと箱を引っ張り出す。
彼の腕くらいの長さの箱には
“しつこい肩凝りに!
10段階の調節ダイヤルでスッキリ快適!!“
肩を露わにした女性の背中と、こけしのような棒が印刷されていた。
大きく書かれた文字を、彼はゆっくりと読み上げる。
「電 気 マ ッ サ ー ジ 器 ぃ ?」
電気マッサージ器。
もう一度、意味を噛みしめるように呟いて、飛段は相棒の秘密に気が付いてしまった。
――角都もあぁ見えてジジイだからなァ。
自分の祖父以上に年を重ねた忍に「うんうん」飛段は頷く。
今度温泉に行った時は肩でも揉んでやるかぁ、なんて少し相棒に優しさを見せた飛段だったが、彼はこの健康器具の違う使い方を知らないのだった。
数分後、部屋に戻った角都から勝手に押入れを漁った罰とばかりに、
『あ゙ひ、ひ、……ぁ゙ゔ…や…っ、ゃ゙ら゙ぁ゙……!!』
酷く、恋人から乱されることを――
= = = = =
飛段の怖い話
※少し歪んだ平行世界
「な~ァ…」
目の前で蕎麦を啜る角都に頬杖をついた飛段はカツ丼を掻き込む。
剣呑とした相棒の口調に「…なんだ」角都の答えはつれない。
「ソレ、どうやって飯食ってんの?」
食事の時でも口布を外さない彼に飛段は浮かんだ疑問をそのままぶつけた。
――向こうが透けているワケでもないし、ってかちゃんの“布”なのを俺は知ってるし。
共に泊まる宿の一室では頭巾も口布も外す角都の顔を飛段は知っている。
白目の部分は真っ黒だし、目の色も緑色だし、浅黒い肌に何本も走る縫い跡は少し目立つ出で立ちではあったが此処は戦の存在する世界だ、派手な傷だって誰も気にやしない。
「幻術だ」
まだ若い忍に角都は答える。
相棒の言葉に「ふうん」飛段は頷いたが、どうもその答えは腑に落ちていないようだった。
アジトでだって角都は飯を食っている。
一流の忍ばかりが集う組織で、容易く幻術に掛かる者も居ないだろう(そりゃぁ、確かに角都は強いけど)、飛段は頭を捻る。
確かイタチって奴は最強の瞳術使いの筈だ。そんな彼も角都は“騙せる”のだろうか。
「……無い頭を絞るな。
食ったら行くぞ」
難しい顔を作ったまま箸が進まない飛段に角都は一瞥すると、食べ終わった蕎麦の椀を静かに置く。
「わ~ってるってぇ!」
相棒の言葉に、飛段も慌てて残りの米を頬張ると「ごっそ~さん!」2人並んで店を後にするのだった。
――後に、台所に立つ鬼鮫に尋ねてみる。
「なぁ、角都の顔って見たことある?」
「角都さん…ですか?
お食事をお持ちしますが……お顔は見たことがないですね」
コトコトと煮える大根に「野菜かぁ」口を尖らせた飛段に鬼鮫は目を細めた。
「お肉も用意してありますよ」
――また別の日、粘土を捏ねるデイダラの向かいに腰掛けて訊いた。
「なぁ、角都の顔って見たことある?」
デイダラの答えも、鬼鮫と同じ。
「ん~? 見た事ないなぁ、うん」
そっかぁ、飛段はやっぱり腑に落ちない顔でアジトのメンバーに尋ねて回る。
けれど、誰に聞いても答えはひとつ――
“知らない”
「オメ~の顔を知ってるのは俺だけかぁ」
アジトの共同浴場、身体中を泡だらけにして独り呟いた飛段に、浴槽から眺めていた角都が「何をニヤニヤしている」相変わらず怖い表情で手厳しい言葉を投げる。
湯気に曇った鏡に映る角都は頭巾も口布も外していて、艶やかな黒髪に凛とした佇まいで此方を見ていた。……なんだか自分だけが“特別”な気がして少し嬉しかった。
――あくる日。
新しい任務を与えられたと「行ってくらぁ」片手を上げた飛段を見送って、イタチは眉を寄せる。
「……聞いてはいたが、本当にあいつは1人で喋ってるんだな」
朝から晩まで、ひっきりなしに。
あまり口数が多い方ではないイタチには、よく喋るものだと同じ人間には思えなかった。
「……でも、そう聞いていたでしょう?」
彼の言葉に傍らに立った鬼鮫が諭す。
――飛段は、暁で1番最後に加入したメンバーだった。
小南から言われたことはふたつ。
・古の禁術の力を宿し、死ねない身体であること
・精神面の崩壊はないが、“角都”と言う滝隠れの抜け忍が自身の相棒だと認識しており、常に“彼”の幻覚を見ていること。そして、角都が存在しているように振る舞うこと
――特例として、ツーマンセルを基本とする暁で単独行動を許すこと。
「滝隠れ…なんて里はさぁ、無いのにねぇ」
真っ赤な大鎌を抱えた背中が小さくなると、にゅっと地面から身体を出してゼツが呟く。
彼の言葉にイタチは口を噤むと、くるりと背中を向けた。
「…オレたちも、任務に行く準備をしよう」
「そうですね、イタチさん」
2人の言葉に「いってらっしゃい」義務的にゼツは言うと、また地面に身を溶かしたのだった。
= = = = =
或る病
――妙な病気だ、と角都は思った。
単純に生命の残機が多い自分とは違い、相棒の飛段は紛うことなき完全な“不死”の存在である。
足を捥ごうが、胴体を切り裂こうが、頭を刎ねようが彼は死なない。
――ただ、それは“見た目”の問題ではあって身体の中身までは知らぬ事だった。
歯が折れれば「痛ってぇ」抜けば気付けば生えてくる。同じく虫歯にしたって抜けば“治る”のが当たり前だった。
痛んだ臓器も取り出せば良い。其れだけの話だ。
「なぁ~んか、胃の調子が悪ぃんだよなぁ…」
寿司を頬張りながら愚痴る飛段に、角都は「貴様でもそんな事を言うんだな」嗤い、その晩に胃を抜いてやった。相変わらず鮮やかな腑の色で健康そのものに見えたが、本人が“具合が悪い”と言っているのだ。今までも食べ過ぎた時なんかはこうして捌いたこともあったから、特に何も不思議には思わなかった。
それからふた月程経った頃だろうか。
今度は「肺がおかしい」なんて頭を傾げる。
少し前に妙な幻術を使う忍と戦ったから、其れの影響だろうか。それとも“儀式”での刺し方でも誤ったのだろうか。言われるまま肺を取り出した角都だったが、少しくすんだ血の色に妙な胸騒ぎを感じた。
肺の次に「変だ」と告げたのは腸(はらわた)。
これも引きずり出して飛段に隠れて捌いてみたが、細胞が崩れていたのが気になった。
「角都ゥ~……」
夕暮れの迫る森の奥、追ってきた賞金首を返り討ちにした角都に飛段が鎌を振り上げて声を上げる。
「…儀式か?
日暮れが違い、手短に済ませろ」
賞金首の首を刎ねて角都は答える。
普段ならこの場に倒れて1時間、彼は崇拝するジャシン様に祈りを捧げる筈だ。慣れたこと故に角都も特に口出しはしない。里に近ければ勝手に換金所にも行くし、適当に用事を済ませても良かった。地面に倒れ込んで無防備な姿を晒すが、別に死なずの肉体なのだ、刺されたとて問題は無いと角都は判断していた(し、実際は殺し返すのが飛段だろう)。
相棒の答えに飛段は口を尖らせる。
「…ってコトはよぉ…まだ日は暮れてないんだなァ?」
「……どうした、藪から棒に。遂に目までもイカれたか」
嘲笑った角都に、飛段の声は重い。
「かもしんねェ。妙に見づらいんだよんだぁ」
眼前で手のひらを振ったり指を立てて飛段は難しい顔を作る。
――視神経を冒されたか。
手早く賞金首を仕舞って角都は眉を顰める。
「繰り抜いてやる、来い」
「だ~か~らぁ!! 見えねぇっつってんだろォ!?」
相変わらず威勢の良い相棒に溜息を吐くと、角都は吐き捨てた。
「…さっさと儀式とやらを始めろ。
そうしたら抉ってやる」
――視神経くらいであれば、1時間もせずに再生出来るだろう。
飛段の驚異の再生力を知る角都はそう告げる。
「俺の祈りが足りね~のかなぁ……もっと贄を増やすかァ…?」
ぶつぶつと飛段は呟きながらも、慣れた足さばきでジャシン教の印を描き、己の肉体を尖った槍で刺す。
彼が祈りの姿勢になったのを見て、角都は相棒から眼球と神経を抉り取ると、「換金所に行ってくる」そう告げて踵を返した。
木々に囲まれた街道のど真ん中で、両目から血を吹き出し、微動だにしない姿は滑稽ではあったが、そんな姿の者に誰も手出しはしないだろう。こんな時間に里を出歩く者は自分たちのような影のある者たちだけだろうし、妙な安堵を覚える。
手に持った相棒の眼球は丸く綺麗で、いつも自分を見つめる紫が血に染まっているのが少し悲しかった。
――それからも時折、飛段は肉体の不調を訴える。
「左の耳が聞こえない」
「また胃の調子が変だ」
「背中が痛い」
その度に角都は相棒の肉体を裂き、臓器を抜き取ってやった。
じわりじわりと増える縫い痕に、飛段は「おそろいだなぁ」なんて能天気に笑っている。
なんだか少し痩せた様にも見えるし、その言葉は本心なのか嘘なのか、角都には分かりかねていた。
――もともと、腹の見えない男だ。莫迦だとは思っているが、勘だけは良いのだ。
好物のスペアリブにかぶり付く相棒に角都は目を細める。
「…勝手に死ぬのは許さん。
俺が殺してやる」
いつもの言葉を吐き捨てて、彼は思うのだった。
――妙な病に、殺されるなよ。
= = = = =
彦星と織姫の話
「なんでぇこの町はこんなに笹飾ってんだァ?」
宿場町の門を潜った飛段が、商店街の軒先に飾られた笹を見て傍らの相棒を見上げる。
見上げられた角都は面倒そうに眉を寄せて「七夕だ」一言返した。
「たなばたァ?」
首を傾げた飛段に角都は「知らんのか」短く言うと「知ってっけどよォ~…」相棒は記憶を辿るように顎を擦る。
「…なら、言ってみろ」
宿屋を探して視線を走らせる角都は呟く。
「……美味いモンを食う」
沈黙の後、俯いた相棒に角都には珍しく笑い声を零した。
「当たらずとも遠からず、だな」
「…難しい言葉を使うなよぉ」
角都の言葉に飛段は唇を尖らせる。角都は諦めたように小さく溜息を吐くと無知な彼に教えてやった。
「以前、夏の空の話をしたのは覚えているか?」
「んぁ? あぁ…なんかでっけ~三角を作る?」
「そうだ。元は大陸から伝わった古典……と言っても貴様には難しいだろうな。
簡単に言えば――」
大昔の人間は夜空に物語を夢想した。
夏の空に輝く星と天の川を作る、無数に散らばる星々から。
——彦星と織姫の物語。
子供でも知る話を角都は飛段に教えて聞かす。
「…じゃぁ、その2人は夫婦だっつーのに神の怒りに触れて1日しか会えねーってのかぁ」
ふ~ん、神様ってのは酷だなぁ。
考え込む素振りをした飛段だったが、直ぐに彼は角都に笑顔を向けた。
「なら、俺はこうして角都と毎日一緒に過ごせるから幸せだな!」
きっと贄を捧げているからジャシン様も認めてくれてるんだぜぇ、真っ直ぐな相棒の視線に角都は思わず視線を逸らす。それから、「今日の宿だ」軒下に掲げられた看板を見て歩みを止めた。
「お! じゃぁ今日はご馳走だな!? その“タナバタ”ってヤツで」
嬉しそうに跳ねた飛段に「七夕と馳走は別の話だ」——人の話を聞いてなかったのか、角都は飛段の頭を叩く。
「あ~~そうして人の頭を叩くぅ!これ以上バカになったらどうすっつーのォ!!」
「煩い飛段。今でも阿呆なのだから今更構わん。それ以上騒ぐと口を縫い付けるぞ」
抗議した相棒に暴力的な言葉を吐いて睨み付けると、
「2人」
暖簾を潜り、宿帳に名を書き付けるのだった。
*
「お、タナバタかぁ」
甘味処の店先に立て掛けられた笹を見て飛段は足を止める。
相棒が見たら顔を顰めそうな真っ青な羊羹が陳列台に並んでいて飛段の目は釘付けになる。
——大戦が終わり復興を遂げた里は、長く続く平和にこうして凝った菓子を出す店が増えた。
「いらっしゃい! 今日限定の七夕羊羹さ」
店の女将が彼を呼び込む。断る理由も無かったから「ひとつ」思わず飛段は答えてしまった。
今食べていくと伝えると店の横に置かれた小さな机に通され、緑色の濃い茶と共に羊羹が運ばれる。一緒に置かれた小さな切り紙と筆に飛段が首を傾げると
「店先の笹に下げるからさ、良かったら願い事を書いてってよ。
この羊羹もこの町の神社に奉納してるからね、効果は抜群さ」
なんてにこやかに微笑まれる。
「…ど、どうもォ」
妙齢の女性の強気さに慣れていない飛段は思わず肩を竦めると素直に頷いてしまう。
「ははっ、ゆっくりして行きな!」
女将に背中を叩かれて余計に飛段は縮こまる。彼女の姿が店に消えると、飛段は少し伸びをして運ばれた菓子を眺めた。
遠目には真っ青な羊羹に見えた其れだが、上半分は透明なゼリーになっていて黄色い星と色とりどりの丸い粒が飾られている。下の青い羊羹部分にも銀色の粉が混ざっていて随分と繊細な和菓子のようだった。
かつての相棒なら、こんな菓子1つに金を出すのを渋っただろう。1番安い団子を買わせるのだって苦労したのを飛段は思い出す。なのに自分の好きな食べ物なら有無を言わせず“時価”(ところでジカってなんだ? 未だに飛段は良く分からない)だろうと頼んでいたのだから余計に始末が悪かった。
「…いただきます」
丁寧に両手を合わせて頭を下げると飛段は羊羹を口に運ぶ。小豆と砂糖の塊だと思っていた羊羹だったが、随分とさっぱりとした味付けて思ったより苦も無く食べることが出来た。女将の淹れてくれた茶も熱過ぎず温過ぎず、丁度良い塩梅だ。
「ふぅ~…」
ほんの3口程で羊羹を平らげ、茶を啜った飛段は置かれた小さな半紙をじっと見つめる。
――女将は“願い事を書け”と言っていたが、どうして七夕に願い事をすんだァ?
飛段は頭を捻る。
まだ角都と旅をしていた頃、角都に七夕の話を教えて貰った記憶はある。
働き者の男と女が(名前は忘れた!!)夫婦になった途端に働かなくなったからと、神様が怒って1年に1度しか逢瀬を許さなくなった話だ。
あの頃は、ずっと角都と一緒だと思っていた。
心臓を5つ持つ男だ、自分と同じく死なない存在であり、ずっと隣を歩いてくれるものだと――
「…なー…角都ゥ。どうして七夕に願い事を笹にぶら下げるんだァ…?」
飛段は下唇を噛むと、ぎこちなく筆を運ぶ。並んだ大小の文字に「へったくそ~」彼は頭を掻いた。——字の書き方も習ったのだけど、角都のように流麗な文字は飛段には書けなかった。
「うっし!」
気合いを入れるようにぱんと両手で頬を叩くと、立て掛けた鎌を担いで彼は立ち上がる。そして
「ごっそさん~! 美味かったぜぇ~~」
店先で笹の手入れをする女将に声を掛けた。
「まいど!」
女将は笑顔を作ると「願い事はいいのかい?」そう続ける。
「ん~…良いのが思いつかなかったなァ」
肩を竦めた飛段に彼女は「そうかい」さして気にした風もない。
「浮かばないってことは、アンタが今満たされていて幸せってことさね。良い事だよ」
道中気を付けて、背中に掛けられた言葉に飛段は頬の内側を噛む。
――願い事なら紙に書いた。
『かくずにあいたい』
満たされた生などではない、ずっと足りないままだ。
贄を捧げない信徒に神はこうした罰を与え続けるのだろうか。
女将の言葉と七夕の伝説が重なって、飛段の頬を冷たく濡らすのだった。
= = = = =
夏祭りの過ごし方
※100両=100円くらいの感覚でお読みください
任務の帰り道、このままアジトに戻ろうと思うと日が暮れてしまうので角都と飛段の2人は山間の小さな村に立ち寄った。宿屋が1件に村の共同売店しかないようなあまり栄えているようには見えない村だったが、家の数の割に妙に人が多い。家々の戸口にも色とりどりの提灯が飾られ、今日が何か“特別な日”であることを角都は察した。
宿の主人に角都は尋ねる。
「今日は何かあるのか? 邪魔であれば部屋から出ない選択もするが」
彼の言葉に老齢な宿の主人は首を振る。
「とんでもない!
今日は3年に1度の神社のお祭りでねぇ。この辺の村の人間も集まっての祭りになるんだ。
ゆっくりと旅の疲れは取れないかもしれんが…良かったら楽しんでっておくれ」
前金を受け取った主人は目尻を下げる。
「神社?」
「あぁ、裏の山に古くからある神社があってね。夜になると神輿も担ぐし、露店も出ているよ。
昔は…まぁ、お楽しみも少なかったしね」
意味深に微笑った主人に、古い人間である角都も祭りの意図を察する。
人の往来が少なかった時代、こうして村と村が交わる場所は男女が知り合う絶好のチャンスだった。
「まぁ、今はそんな野蛮な事はないけどね」
主人は付け加えて、「2階の一番手前の部屋を使っておくれ」そう続ける。
「飛段、行くぞ」
板の間に飾られた木彫りの人形を突いていた相棒に声を掛けると、早速に階段を軋ませるのだった。
*
「ほえ~夏祭りねぇ」
担いだ鎌を下ろして肩を回した飛段に、角都は財布から100両と書かれた札を何枚か抜き取って渡す。
「??
小遣いならこの前貰ったぞぉ?」
首を傾げた飛段に、角都も首を傾げる。
「祭りの小遣いだ。要らんのか」
「祭りの小遣いぃ?」
相棒の言葉をそのまま返した飛段は、どうやら“祭り”の楽しみ方を知らないようだ。
教団と言う世間から切り離された世界で生きてきたから当たり前なのかもしれないが、こんな年になっても“祭り”と聞くと浮足立ってしまう角都には飛段の反応は意外なものだった。
「…こうして祭りの日には、特別な小遣いを貰って子供たちは遊ぶものだ」
ふうん、角都の言葉に飛段は小遣いを受け取る。
「その…子供、ってのは癪に障るけどよぉ」
「俺から見ればリーダーだってガキよ」
口の端を歪ませた角都に飛段も声立てて笑う。
「…でも、これってどう使ったらいいんだぁ?」
ひい、ふう…貰った札を数えて飛段は尋ねる。
「……射的、とか麩菓子とか」
――ずっと遠い記憶、まだ滝隠れの忍だった頃にこうして夏祭りを闊歩したのを思い出して角都は答える。
「まぁ、ここで此処で考えるより行ってみるのが早いだろう。
行くぞ」
立ち上がった相棒を、慌てて飛段は追い掛ける。
「えっ、飯は~!?」
「露店で好きな物を食えばいい。今日はそれが夕飯だ」
角都の言葉に、“夏祭り”を理解していない飛段は「祭りに飯もあるのかぁ!?」驚くのだった。
*
確かに、宿の主人が言うように寂れた村にしては祭りは随分と大きなものだった。
拝殿前に飾られた村々の神輿、鎮守の森に飾られた飾り提灯に境内に並ぶ露店…
初めこそは「俺が信じるのはジャシン様だけだから」なんて遠慮がちだった飛段だが、気付けば「あれは何だ?」射的を指差し、「これはどう遊ぶんだ?」金魚の泳ぐ水槽に近付いた。
角都は飛段に応えるように子供だましの鉄砲を構え、破れたポイに不機嫌な顔を作る。射的の景品の光る棒を振り回して飛段は角都を振り返った。
「楽しいなぁ、角都ゥ!!」
もう“大人”だと言うのに、満面の笑みを浮かべた飛段の顔は少年のように幼い。いつもなら「うるさい、飛段」そう制するところだが、こうも祭りを楽しんでいる人間ばかりの場所では、彼の姿の方が正しいと思えらから何も言わなかった。
「あっ角都、アレ食おうぜぇ」
首に下げた小さながま口を揺らして飛段は『かき氷』書かれた露店を指差す。
「食べ過ぎて腹を壊すなよ」
角都は言うと、駆け出した飛段の後をゆっくりとついて歩く。
「おっちゃん!
かき氷ふたっつ!! いちごとメロン!!」
二つも食うのか、腹を冷やすぞ。
言おうと口を開いた角都だったが、「お前のぶん!」緑色の氷を差し出されて「あぁ」思わず受け取ってしまった。
「いいのか、お前の金だぞ」
冷たい砂糖氷を口に運びながら角都が呟くと、
「俺が角都と食いたいからい~の!」
赤くなった舌を出して飛段は破顔する。
懐から財布を取り出してまた小遣いを渡そうとした相棒に飛段は「要らない」首を振った。
――普段は、小遣いをもっと寄越せと煩いくらいなのに。
天邪鬼か? 心の内に嗤った角都だったが、そこまで難しい事を飛段は考えていないようだった。
「これ食ったらさ~あっちのアレも食べてみようぜぇ」
『ハリケーンポテト』
書かれた暖簾を指差した飛段に「ガキか貴様は」角都も頬を緩めて笑った。
*
ばたん。
背後の布団で寝返った飛段にがむにゃむにゃと寝言を垂れている。
「…ったく。
腹を冷やすなと……」
蹴飛ばされた薄掛け布団を地怨具で直してやると、明かりを灯した文机に角都は向き直る。
報告する出費を帳面に書きつけながら、角都は背後で涎を垂らす相棒を見遣る。
△千両
書いた後に彼は二重線を引っ張った。
――角都にとっては端した金だ。わざわざ報告する必要だってない。
何より、飛段は渡された小遣いの殆どを自分と一緒に食べるものに使ったのだ。
小遣いは好きに使えと言ったのに。
変な所で純粋な相棒に、
「今回だけだからな」
素直じゃない角都は呟いて、そっと頭を撫でてやるのだった。
*
――それから。
夏祭りに限らず、祭りに遭遇すると角都と飛段は催し事を楽しむことを覚えた。
互いに、軍資金は千両。
角都は射的や型抜きなんかの遊び物に、飛段はかき氷やりんご飴なんかの食べ物に。
「千両で阿呆面の百面相が見れるなら安いものだ」
アジトでそう説明した角都に、鬼鮫が「角都さんも素直じゃないんですから…」夕餉の支度をしながら笑うのだった。
= = = = =
飛段と食育
――人の細胞は、口から摂取したもので出来ていると聞いた。
昼時に立ち寄った定食屋、
「焼肉定食~~~ゥ!」
案内された席に座るなり元気に言う飛段に続いて、角都も低く続ける。
「…煮魚定食」
運ばれた定食の盆に盛られた細々とした小鉢には彩りよく野菜が盛られている。
大通りから入った路地に店を構えていたからあまり味に期待はしていなかったのだが、この様子ではなかなかに繁盛している店のようだ。見渡せば、空席が目立っていたテーブルも全て埋まっていた。
厨房からは何かを炒める音が聞こえ、威勢の良い店員の声が響く。
――この店、正解のようだ。
たっぷりと卵を抱えたカレイの煮つけに角都は満足する。
これに小鉢が3つ、どんぶりの白米と赤だしの味噌汁で700両とは随分と破格だ。
目の前の相棒の定食も同じような並びで、焼き肉の皿に野菜が添えられた分だけ小鉢の数が少ないくらいで、同じ価格だったから文句は無かった。
「いったっだっきまぁす!」
両手を合わせて箸を割った飛段は湯気の立つ肉を頬張ると「うめェ!」白米を掻き込む。
肉と米だけを食べる姿に丁寧に魚の骨と身を外しながら角都は溜め息を吐いた。
「…野菜も食え」
野菜の煮漬しに白和えの小鉢、それに刻んだキャベツには全く箸をつけない彼に角都はいつも注意する。
「均等に食べないと大きくなれんぞ」
蒟蒻の含め煮を口に運びながら角都が言うと、飛段は口の端に米粒を付けたまま反論する。
「だってぇ~ 野菜ってにげーんだもん」
人参は硬いし美味くない、ピーマンは苦い。
トマトは真ん中の部分がぐちゃぐちゃして嫌いだし、キャベツだって嫌いだ。
口早に説明する飛段に角都は眉を寄せる。
「人体には必要な栄養だ。食ったもので人の身体は動くもの。
米は身体を動かすのに、肉はお前の身体を作るのに使う」
「だったら充分じゃんかよぉ」
「…だから貴様は阿呆だと言うのだ」
味良く煮つけられた魚を食べながら角都は続ける。
「人体は肉体のみで形成されているわけではない。
骨、臓器、血液…見えない場所にも必要な栄養素がある」
「悪いトコなんて切っちまえば再生するだろ~?」
「…それはお前だけの話だ、阿呆」
はぁ、特大の溜め息を吐いた角都に「メシくらい好きに食わせろっつーの」ぶつぶつと飛段は文句を言い、無言で皿の上の肉を平らげる。
「…野菜も食え」
もう一度注意した角都に
「知~~~らねッ!!」
飛段は顰め面を作って赤い舌を伸ばす。それから残った小鉢を角都の方へ押し付けると「あんみつちょ~だい!」くるくると動き回る店員に声を掛けた。
「…ったく」
飛段から押し付けられた小鉢の野菜を片付けながら角都も苦々しい顔を作ると、
「こうして口に入ったものでお前の身体は作られてるんだ。
少しは考えてモノを食え」
相棒の耳には届いていないと思うものの、まだ説教を続けるのだった。
*
『あ~…そうだったなァ』
昏い穴ぐら、未だに爆散した四肢は再生に程遠く、運良く残った脳と視神経が繋がった程度だ。
――目が見えた所で何も見えないんだけどなァ。
飛段は独り嗤う。
今がいつなのか、何時なのか、朝か夜なのか。――あれから、どれくらいの時間が流れたのか。
ふわふわと漂うような時間を過ごしていた飛段は、時折こうして“昔の思い出”を夢想していた。
肉体が再生するまでにはまだ時間を要するであろう、有り余る時間。せめて口があって、何か食べる事が出来れば再生速度を早めることが出来るのに。
『今なら野菜だって食ってやらぁ』
硬い人参も、苦いピーマンも。
かつて相棒に押し付けた野菜の数々を羅列して彼は自身を追いやった奈良の息子に呪詛を吐く。
――口から食べたもので細胞が構成されるのなら。
『…だったら、お前も食べておきゃぁ一緒に生きれたのかもなァ』
角都は一流の忍だ。
きっと若かりし頃は拷問の1つや2つを経験し、爪を剥がされたことだってあっただろう。
いや、それより薄く肉を削いだ方が“肉”だし俺好みかぁ?
無い声帯で飛段は笑うと、考えるのも面倒になったようでまた意識を手放す。
『小指の一本でも食っておけば良かったなぁ』
角都が迎えに来たら訊いてみよう。きっと『貴様は阿呆か』そう罵られるだけだと思うけどな。
――立ち入り禁止の奈良の森は、静かに時間を重ねるだけだった。
= = = = =
口付け
※エドテンした角都が飛段と出会う謎世界
目覚めては寝、寝ては目覚める無為な時間をどれだけ過ごしただろう。
穴ぐらの中は不便で快適さには程遠く、飽き飽きしていた。けれども、いつ相棒が迎えに来るか分からないから飛段はこうして大人しく過ごしている。かつての仲間だったデイダラを真似て土を捏ねてみたが粘土とは違う其れはざらざらと指の間から零れ落ちるだけで何の形も作り出す事が出来なかった。とは言っても何処に手首から先があるのか分からないので、“作品”が出来上がったところで鑑賞することは出来ないのではあるが。
「は~~ひま」
声にならない声を上げて飛段は呟く。
腹は減り過ぎて空腹を感じる事も無くなったし、未だに再生した手先の感覚は薄い。下半身も何処かで再生していると感じるが、未だ繋がらない肉体の破片は多く、面倒になって探るのも止めてしまった。
「このまんまじゃぁ、教えてくれた文字も忘れちまうぞぉ」
頬を膨らませて彼は悪態を吐く。喋ることは出来なくても思考することが出来るのは飛段にとって幸か不幸か。
崇拝するジャシン様に祈りを捧げられても贄を供与出来ない自分はいつか罰を受けるんじゃないだろうか。――その前に迎えに来てくれよ。いつも彼は相棒を気に掛ける。心臓を5つ持ち“いつか死ぬ”とは言っていたがあの強い角都だ、負ける理由が無いだろう、誰も居ないその場所で飛段は独り得意げな顔を作る。
それから暫くジャシン様に祈りを捧げた飛段だったが、急な睡魔に襲われたので祈りを切り上げ
「おやすみなさい、ジャシン様。明日も貴方様に栄光がありますように」
そう、瞼を閉じるのだった。
*
冷たい空気が鼻腔を抜け、久し振りのの新鮮な空気に飛段は目を覚ます。
「!?」
急に明るくなった視界に彼は顔を顰める。瞳孔が収縮して青空に慣れた飛段は眼前の相棒の姿に更に驚いた。
『角都!!!!』
掠れた音を漏らした飛段に、再生した頭だけを掴んだ角都の言葉は相変わらず冷たい。
「煩い、飛段」
そのやり取りさえも懐かしくて、もう一度飛段は叫ぶ。
『かぁくずぅ~~~~~~~~~~っ!!』
相変わらずの音のない声だったが、“煩い”と言わんばかりに角都は顔を顰める。
『遅ぇよぉ』
寂しさと嬉しさと、感情を爆発させて顔を歪めた飛段に角都は腕を上げて首だけの彼と視線を合わせる。
「…この姿、負けたのか」
真っ直ぐな相棒からの言葉に飛段はバツが悪そうに口を噤むと小さく漏らした。
『……負けた。でも次は勝つ』
闘志を灯した紫の瞳に角都は少しだけ表情を緩ませる。
『角都は勝ったんだろ?
どうして早く迎えに来てくれなかったんだよぉ。あっ…此処は奈良の森っつってたからなぁ…?
もしかして皆殺しに…!?』
相棒の登場にお得意の口の軽さを披露させて飛段は捲し立てる(とは言っても殆ど声は出ていなかったが。付き合いの長い角都は『煩い』表情だけで悟った)。
「……任務は失敗した」
頭だけを再生させた相棒に角都は告げる。
その言葉に、くるくるとよく動いた飛段の表情が固まった。
『…っ、え…?』
「俺は死んだ。今だって死んでいる」
角都からの告白に飛段は息を呑む。掠れた声が一層低くなったが、少しずつ音が戻って来た。
『…で、でもよォ…今目の前に居るじゃね~か…』
「“穢土転生”と言う禁術で現世に蘇った。
この肉体も仮の物だ」
相棒の疑問に答えるように角都は頬に爪を立てる。ヒビの入った頬から蛇の鱗のようにぽろぽろと落ちた塵芥に“生きた人間”ではないことを飛段も悟った。
「……じゃぁ、お別れに来たっつーのか」
眼前の相棒を飛段は睨む。
「…そうだな、じきに俺はこの世から消える」
静かに告げた角都に、飛段は悲鳴を上げた。
「嘘だろォ、角都ぅ!
お前は死なないって、俺を殺すって――」
最後は嗚咽に消えた言葉に、ただ一言、角都は返す。
「済まない」
強情っぱりで、素直じゃなくて。絶対に人に頭を下げることのなかった角都からの謝罪に「いやだいやだいやだ」飛段は首を振る。
「…殺してくれるって、俺を殺すって、ずっと……」
不完全な再生でも飛段の瞳からは大粒の涙が零れ落ちる。
「…済まない」
角都はもう一度同じ言葉を告げると、飛段の涙を掬い、そっと唇を重ねた。
カサカサに乾燥した飛段の唇に角都の塵芥が剥がれ、探る舌は触れれば溶ける。
「にげぇ」
探られる口内にもごもごと飛段は文句を吐いたが、首だけの存在に優位なのは角都の方だ。落ちる塵芥をものともせず、存分に恋人の口内を犯すと彼は唇を離した。
激しく重なり合った唇に、すっかりと角都の口元の塵芥は剥がれている。塵芥の中に贄と差し出された人間の肌が見えて、
「知らね~奴とキスしちまったのかよ」
飛段は悪態を吐いたが「今生の別れだ」角都は意に介さないように薄く笑う。
「こんじょー…?」
相変わらず言葉を知らない飛段に角都は「今生」もう一度言うと
「もう会え――いや、後は自分で調べろ。……忘れなかったら、な」
そう言葉を濁し、目を細める。
滅多に見られない角都の柔らかい微笑みに「!!!!!!」飛段は目を瞬かせると、「これは夢なんじゃないか」なんて失言して角都に頭突きされた。
――其れは、飛段が見た幻想か希望か。
飛段自身にも、それが幻覚なのか現実なのかよく分からなかった。
ただ悟ったのは相棒の角都がこの世に存在しない(いない)こと、飛段は相変わらず死んでいないこと――1人きりで生きていかねばならないこと。
そして重要なのは、二度と愛おしい人と口付けを交わすことができないこと。
「1人じゃ、キスも出来ねぇもんなァ…」
相変わらずの飛段の掠れ声が、地中の塵芥に吸い込まれて消える。
この口の苦さが角都の塵芥なのか、唇に触れた砂利の味なのか、彼には分からなかった。
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