NARUTO/角飛
2023.04~05にTwitter(専用アカ)にて書き散らかしてたSSまとめ。
※転生、モブ視点、幼少期の角都の捏造 あります
ここ1年近く”書けない”って感覚が抜けなかったんだけど、人間 萌えるとちゃんと書けるんだな…って思いました(小並感)
玩具を買って欲しい飛段 vs (金の無駄だから)買いたくない角都
「なァ、角都~ あれ何の店ぇ?」
角都にたかって買わせたリンゴ飴を齧りながら路地の先の店を飛段は指差す。
裏通りの其処は換金所の裏口から出た場所で、あまり治安の良くない店が並んでいた。
看板に描かれた派手なピンクの文字に、角都は閉口する。
「なぁ、なぁってば角都」
読み書きの苦手な飛段は角都の腕を掴むとせがむ。角都は大袈裟に溜息を吐くと「玩具の店だ」そう吐き捨てた。
「おもちゃぁ?」
相棒の答えに飛段は首を傾げる。
日陰に営業する“玩具”の意味を飛段は察していないようで、仕方なしに角都は付け加えた。
「大人の玩具だ、大人の」
握った手を上下させる身振りに、あぁ!飛段は諒解する。
「おもしろそ~! 入ってみよーぜぇ」
大股に歩き出した飛段を角都は止める。
「…行って何を買うんだ」
――もう今月の小遣いならない筈だが?
付け加えた懐事情にむぅ、飛段は頬を膨らませると、またしゃりしゃりとリンゴ飴を齧る。
「角都が買ってぇ」
「さっきリンゴ飴も買ってやったろう。これ以上老人にたかるな」
「あーーーっヒデェ!こんな時ばっかり老人振りやがってェ!」
実際、“大人の玩具”がどんなものかは知らない。けれど、いつもは冷徹な角都が少しだけ慌てたような気がして気になったのだ。
店の前で繰り広げられる攻防に折れたのは意外にも角都の方で(いたたまれなくなったらしい。後に鬼鮫に愚痴っていた)なんだかよく分からないがチャクラを流すと動くと言う張型を「誰にも見せるな」条件に飛段に買い与える。
当の飛段はと言うと、“買って貰った”事実に満足し、翌日にはすっかり玩具のことなど忘れていて、
――だから、無駄だと言ったのに。
孫ほどに年の離れた相棒に、角都は頭を痛めるのだった。
=====
良いこと/悪いこと
「良いコトじゃねぇか…何を恥ずかしがる?」
唇を離して角都が尋ねると、飛段は紫の瞳を伏せる。薄銀色の睫毛が濡れて、其れだけで角都の劣情を煽った。
角都は性行為を“良い事”だと言う。種の繁栄のための本能、その為に子種を撒くことに何を抵抗する?――其れが角都の主張だ。
対する飛段は彼と真逆の意見だった。
男性同士の性行為を“悪い事”だと言う。
性欲処理だけの行為、一般論とかけ離れた愛の行為にいつも彼は躊躇する。そんな彼を言い含め、身体を拓くのに角都は手を焼いたが、其れでも“堕ちた果実”は美味なるもの。背徳の蜜は懺悔の味。心拍数を上げた肉体に、角都の其れも反応する。
崇高な宗教者を組み敷いて、“良いコト”を相棒に教えるのだった――
=====
風呂
風呂に入ると飛段は長い。
矢張り湯隠れの忍だからか、何か湯に入る作法でもあるのか。
露天風呂が個室に付いている宿に泊まった時に一緒に入って確認したが、半身浴が良いだと水を浴びろだのそのあと全身浸かれだと煩くて仕方なかった。
「あんな里つまんね~ ぬるま湯隠れだろぉ!?」
角都の言葉に飛段はいつもそう言うが、立派な湯隠れの血が流れていると角都は思う。
ただ――
湯に浸かってしっとりとしたきめ細やかな肌、真っ白な其れが興奮に紅潮するのは悪くないなと彼を抱きながら角都は口元を緩ませるのだった。
=====
ペットシートと角都と飛段
飛段は角都の事が嫌いだ。
――いや、正しくは好きではあるのだが“嫌い”なのだ。
話はほんの五刻ほど前に遡る。
いつものように適当に賞金首を狩り、儀式を行い、近くの里の小さな換金所にチンピラな輩を突き出す(今回のはビンゴブックに乗るような有名な犯罪者ではなかったが、窃盗犯として里から周知されていたものだ。たまたま飛段に喧嘩を売られ、角都が成敗した次第)と、今日の仕事は仕舞だと宿を取る。
いい加減野宿にも飽きてきたし、久し振りに角都と寝られるのを飛段は内心喜んでしたが、角都の方は少し違ったようだった。
普段なら適当に飯屋に入るのを、今日は薬屋で時間を潰している(薬屋と言っても昔からある個人の薬草取扱い店ではなく、ここ最近どこの里でも見かける大きな薬問屋だ。屋号も創業者の名前で、少し洒落て見える)。
『ペット用品』
天井から下げられた札の真下、ビニールパッケージに包まれたペットシートと睨めっこしている角都に飛段は口を尖らせる。
「犬なんて飼ってねぇだろ~?」
“大型犬用”書かれたパッケージを手に取って、角都は冷ややかな視線を向ける。
「…貴様と言う駄犬がいる」
「はァ!?」
厭な顔を作って睨んだ飛段だが、角都は相変わらず表情を変えなかった。
「使い物にならん布団に俺だって寝たくはない」
じろりと翡翠色の瞳に凄まれて飛段は押し黙る。
同性同士の二人が睦む夜、記憶を失うまで抱き潰される飛段の体液が用意された寝具を駄目にするのだ。追加で支払った料金を、いつの間にか角都は数えるのを止めた。
汚してしまうなら、きちんと対策をすれば良いだけの話だ。
普段手にする武器だって、戦い方だって、全て自分の癖や相手の戦闘方法に合わせて対処し、進化させてきた。
――人類は、考える葦なのだ。
ペットシートを持ったまま、背中を向けた角都を飛段は追いかける。
控えめに外套の裾を掴んで相棒の足を止めると、彼は少し赤い顔で俯いた。
「……使うのは…構わねぇけど……ペットのはやだ…」
全く、我儘な犬だな。
角都は眉を寄せると、ペットシートを元の場所に戻して店を後にしたのだった。
*
商店街の飯屋で適当に腹に食い物を詰め(飛段が肉が食いたいと騒いでいたが却下した。海に近い里だから海産物を食べた方が良い)、そのまま宿に戻る。
普段となんら変わらない動作で身を清め、飛段を組み敷くと彼は「萎えねぇの」口の端を歪ませた。
ペットシーツを買うのは阻止した。
だが、代替案を出さないと角都は納得しないだろう。最初から2組の布団を手配すれば良いものを。
飛段は思うが、角都と一緒に寝るのも好きだったので1組だけの布団に文句を言うつもりはなかった。けれど毎回“使い物に出来ない”状態にするのは、流石に気が引ける。
「…なに、暗くしてしまえば同じことよ」
抱えた恋人の足の爪先を舐めて角都は告げる。
飛段の下に敷かれたシーツは子供向けのおねしょシーツでニワトリとヒヨコがプリントされた可愛らしいものだった(子孫繁栄する模様の上でその真逆の行為を行うとは笑止千万)。
「……」
羞恥に飛段は頬を膨らませると、「いーから早く来いよ」両手を広げて角都を求める。
「お前からは見えないんだ、気にすることもなかろう」
恋人の足を大きく開き、その身を割りながら角都が答えると、
――だから、この色気の無い状態でも欲情してるアンタが嫌いなんだって!
痛みとも快感とも言えない複雑な感覚に支配されながら、飛段は角都の落ちた髪の毛を耳に掛けてやるのだった。
=====
飛段の誕生日を決める話
新しく角都と組まされた男は、恐ろしく“莫迦”だった。
「いち、にぃ、さん、し~、ご、ろく、しち、なな…」
「7(シチ)と7(ナナ)は同じだ」
浴槽で10も満足に数えられないのに始まり、
「日曜の次? 土曜だろ!」
なんて自慢気に胸を反らせる。
案の定文字も満足に読めず、その割に信仰している宗教の経典は大事にしているのだ。
――面倒だったら殺してしまえ。
今までの相棒も“そう”してきた角都は誓う。
けれど、飛段は頭は悪かったものの、回転は速かったし、今までの奴らのような“比較的マトモ”な倫理観は持ち合わせてなかった。
気に入らなければ殺せばいい。
直ぐに手が出る角都の事も「ほぉ~」面白そうに眺めるのだ。
一度、飛段が眠った後に彼の持つ“経典”を流し読みしたことがある。
随分と難しい、古めかしい言葉ばかり並べられていたが(その狂った教義は別として)『人を大切にろ』『神に背くことはするな』『己の義を持て』アカデミーで教えられるような事ばかり並んでおり、莫迦だと思っていた相棒の心根が悪くないのはこの経典か、そう本を元の場所に仕舞う。
――ある日のことだ。
ビンゴブックを捲りながら街道を歩いていた角都は飛段に尋ねる。
「……そういや、貴様はいつの生まれなんだ?」
「湯隠れ」
「…阿呆が。それは場所だ。俺が言ったのは日にちの話だ」
またアホって言った!飛段が騒ぎ立てるので拳骨を落として黙らせる。
ビンゴブックにはまだ載らない存在の飛段だったが、暁に所属したのだ、この先彼の情報も載るだろう。其れを待っても良いのだが、隣の本人に聞いた方が話は早い。
「誕生日ぃ~?」
飛段は頭を撫でながら首を傾げる。暫く彼は難しい顔を作っていたが、「わっかんね!」あっけらかんと笑った。
「…覚えがないのか」
――時々起こる国同士の小競り合いで、親を亡くした子は何処の里にも存在していた。
湯隠れはあまり戦乱に巻き込まれない場所にあったが、それでも忍は有していたから、彼が戦災孤児で本来の誕生日を知らないことも何ら不思議なことでは無かった。
「や、祝って貰った気はするんだけどよぉ」
飛段は喋り始める。
「あんま記憶ねぇんだわ。
別に特別なことでも無かったんじゃねーの?」
そこまで言うと、懐から落雁を取り出して無造作に口に放り込んだ。「食う?」差し出された茶色の菓子に「要らん」角都は首を振る。
「あー…、でもあったかい季節でピンクの花がいっぱい咲いてたな」
振られた飛段は気にした風もなく、茶色の落雁を口に含む。
「里の山がさぁ、こう、全部ピンク色になって。
その季節も客入りが良いって賑わってたな。そんな事より戦いで稼げっつーの」
ついでに吐かれたいつもの呪詛に角都は苦笑する。
里に裏切られて追い出された彼に対し、自ら里を抜けた飛段はよくこうして里を罵った。
――桃色の花、山を染めるほどの木と言えば桜が妥当か。
角都は桃色に染まった湯の里を想像する。
「春先の生まれか」
寄こせ、差し出した手のひらに「ん」飛段は落雁を落とす。今度の菓子は淡い桃色をしていた。
「…わっかんね」
飛段は本当に自分の誕生日に興味がないらしく、淡々と続ける。
会話にも飽きたのか、彼は手ごろな石を蹴って歩き始めた。
「…なら、4月2日はどうだ?」
ゆっくりと頬の裏で落雁を梳かしながら角都は続ける。
「しがつふつかぁ?」
相棒から発せられた言葉の意味も分からなくて、飛段はそのまま言葉をなぞる。
「4月 2日 だ」
親指を折った手のひらと、人差し指と中指だけを立てた手を角都は見せる。
「しがつ、ににち…」
「2日(ふつか)、だ」
自分の手の形も角都と同じにした飛段がゆっくりと呟く。
角都からの訂正も意に介さず、飛段は相棒に笑顔を向けた。
「これなら俺でも数えられるから覚えてられるな!」
――5以上の数になると不明瞭になる飛段の言葉は事実だ。
「…新年度の始まりの日だ、いくら阿呆なお前でも忘れないだろう」
4と2を作った手を見つめる飛段の隣を角都は追い越す。
「しがつ、ふつか…4月2日……」
与えられた日を覚えるように呟く飛段に、随分と先まで歩いた角都が振り返った。
「置いていくぞ、飛段」
相棒の言葉に、はっと飛段は顔を上げる。
「!!
待てよぉ~角都ぅ~~~」
ジャシン教のペンダントを揺らして追いかけた飛段の背中に、ひらり、ピンクの花びらが舞い落ちた。
=====
男風呂な角都
風呂上がり、濡れた髪の毛のまま畳に転がった飛段は、小さな文机で金を数える角都の黒髪を撫でる。
「キレ~な髪してんなぁ」
不精の飛段とは違って、角都はきちんと髪の毛を乾かしてから上がってくる。
飛段より髪の毛が長いし手入れが面倒だと思うものの、烏の様に真っ黒で真っ直ぐな角都の髪質を飛段は好きだった。
「なァなァ、何か特別な手入れとかしてんの?」
さらさらと相棒の髪を梳いて呟く飛段に、微動だにしないまま角都は返す。
「石鹸」
至極簡単な一言に「ぅぇえ?」飛段は素っ頓狂な声を上げる。
このシャンプーは泡立ちが良いだの、コンディショナーはこれが良いだと拘りのある飛段に対して、いつも角都の持ち物は軽かった。
「石鹸」
もう一度続けられた言葉に
「せっけんねぇ~…」
指先で相棒の髪を巻き取って飛段は呟く。直後「…っきし!」くしゃみをしたものだから、角都に「ちゃんと乾かしてこい」そう怒られるのだった。
=====
こども体温の飛段の話
月明かりの夜、焚火に小枝をくべた角都の向かいで「ねみ~…」飛段は目を擦る。
「…眠いなら寝てろ」
角都は視線だけを上げて短く吐き捨てる。
「ん~…」
大きく伸びをした飛段は立ち上がると、角都の隣に腰を下ろした。
「……眠いなら寝ろと言ったろう」
「だって角都あったけぇんだもん…」
体躯の良い角都の肩に頭を預けて飛段は呟く。
――確かに、飛段の体温は低い。
角都が特殊な肉体で心臓を5つ持つから温かいのだ、と言われれば“そうか”と否定も肯定も出来ないのだが、雪の降る里でも外套を開けさせた飛段の体温は誰から見ても低いのは当たり前だった。
もぞりと絡めた腕の先、外套から出た手のひらに飛段は己のを合わせる。指と指とを交差するように重ねると「あったけ」飛段はもう一度呟いた。
「…前を閉めろ」
角都は注意するが「知らね」飛段は目を瞑る。
「寝るっつってんのに小言しか言えね~のか、このジーさんはよぉ」
悪態をついた相棒に、角都も「貴様は寝てまで煩いのか」空いた片手でまた枝をくべる。
「……」
「……」
濃い青の闇に揺らめく炎を眺めていると、圧し掛かった体重が重くなるのと同時にぼっと熱くなったのを角都は感じる。
――何が“あったけぇ”だ。
貴様の方が温かいだろう。
オレンジ色の炎に照らされた相棒を見て角都は嗤う。それから、規則的な寝息を立てた飛段の外套を腕を伸ばして閉めてやった。
緩い風の吹く、半月の晩。
角都の、長い夜が始まろうとしていた――
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アルコールおばけの話
※モブ視点
オレは、路地裏の酒場で働いてる。主人はオレの親友で飯担当、オレは酒の目利きが出来たからちょっと珍しい酒なんかを置いた酒場だ。有難いことにこんな辺鄙な場所でも美味い肴と酒で人はそこそこに来てくれる。最近のお気に入りは南の方の国で作った癖の強い酒と、其れに合わせた匂いのキツい料理の数々だった。
――その客は、店に入った時から異様だと思った。
1人は身長の高い、ツギハギの傷だらけの男。
もう1人はこの辺にしては珍しい、紫の瞳の男。
ツギハギの男は静かに飲みたいようだが、傍らの男は大声で笑い転げている。
此処が静かな酒場だったら『お客さん』強面の親友が肩を叩くところだが(オレは平和主義者なのだ)、此処はそんな畏まった場所ではない。常連同士が取っ組み合いの喧嘩がすることもあったし、別れ話のカップルの平手打ちが響いたことだってある(あの時の店の静けさはヤバかった)。相手の出で立ちを見るに奴らは裏の職業者で(じゃなきゃあんな傷だらけの身体にならないし、怖そうなオッサンに若造が一緒に居るワケがない!)、オレらが穏便に頼んだって敵う相手ではないだろう。
紫の瞳の男は上機嫌に飲んでいるだけらしく、5分に1回は「肉寄こせぇ!」注文を入れるくらいで特に変わったところもなかった。
「ほい、蛇酒だよ」
ツギハギ男の前にオレは最近仕入れた酒を置く。
男からの注文は『強い酒を寄越せ』。
最初はこの辺の地酒の強いやつ、その次は消毒液か!?ってくらい辛い味のする酒、その後は店にある度数の高い酒を指名していたが、また好きなのを持ってこいと注文されたので、蛇と漬け込んだ酒を持って来たワケだ。
最近仕入れた南国の酒の1つで、その名の通り――毒蛇と一緒に漬け込んだものだ。酒に強いオレでもちょっと鼻を摘まみたくなるくらい強烈な臭いと味で、一応「臭いぞ」断ったが『それで構わん』男は言うから、並々とコップに注いで置いてやった。
傍らの男は山盛りの唐揚げを平らげながら、あの消毒液みたいな強い酒を飲み干している。
小さなグラスに注いで一気に飲み干すのが礼儀の酒らしいが、まるで水の様に飲み下す様にオレと親友は何度か目配せする。店を始めて長いんだ、その辺は阿吽の呼吸ってヤツだろう。
――2人とも酒に強いな。
店で吐かないと良いんだけど。
其れがホールを回すオレの気掛かりだった。
「あざ~っした!」
蛇酒と消毒液酒の瓶を空にして店を後にした2人に、オレと親友は顔を見合わせた。
「なぁ、お前…途中から水出してた?」
すっからかんになった酒瓶を並べて、親友は尋ねる。
「いや…あんまり出ない酒だからちょっと多めには注いだけど…でも…」
瓶の口を指で撫でてそのまま舐めると、強烈な刺激臭と酒の味が脳天まで突き抜けた。
「…や、ホンモノ」
顔を白黒させたオレに、親友も「だよなぁ」頷く。
――あれは、アルコールの妖怪だったのかもなぁ。
オレと親友はそう結論付ける。
店の肉も殆ど食いつくされたし、今日は店仕舞いにするか。言った親友に「おう」オレも店の暖簾を下げる。
「なぁ、さっき金払ってたろ?
妖怪ならさぁ、明日になったら消えてたりするんじゃね?」
掃除をしながら揶揄ったオレに、親友は「怖い事言うなよな~お前の給料払えなくなるぞ」なんて笑った。
――翌日。
一応の心配をよそに、店の金は減ってなかったから(葉っぱに変わってるとか…)、取り敢えずあの2人は妖怪の類ではなく人間だ、とオレと親友は納得して、今日も店を開ける準備をするのだった。
こうして酒場で働いていると面白い人間が来るから、この仕事が辞められないんだ、オレは。
さて、次はどんな酒を仕入れようかな。
=====
エイプリルフールと角飛
相変わらず几帳面に札束の枚数を数える角都に、畳の上で転がりながら飛段は尋ねる。
「角都よォ~オメーはなんでそんなに金が好きなんだァ?」
――分かりきったことを。
何度尋ねられても答えは同じなのに、いつも飛段は訊いてくるのだ。
「…金は裏切らんからな。
それに、今年はひ孫もアカデミーに入学するから金が要る」
“孫”角都の口から飛び出た言葉に飛段は言葉を失う。
「…!?!?!?」
「子供は7人、孫は13人。ひ孫の数は覚えとらん」
目を白黒させた相棒に角都はニヤリと笑うとまた札束の枚数を数える作業に戻る。
「あぁ~~~!?」
まだ畳の上でゴロゴロと唸っている飛段を尻目に、角都は今日が4月1日なのを黙っているのだった。
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22.愛のある生活
「怒られたい」「何度だって」「教えて」
――学の無い男だ。
新しく組んだ男(飛段)に対して角都はいつだって鼻で嗤う。
字を書かせれば蚯蚓がのたうち、本を読ませれば簡単な漢字で詰まる。
新興宗教の施設で匿われていた男だ、一般常識に欠いているのは角都の想定内だったがまさかここまでとは。
箸遣いもおぼつかない相棒に対して角都は今日も溜息を漏らす。
この男が『肉が好き』そう好物を説明したが、其れだってきっと“手掴み”で食べられるからだろう、角都は推測する。
「なァ~?
なんで蕎麦は音立てて食っても怒らないんだぁ?」
普段は口煩い角都が黙ったまま蕎麦を啜るのを見て飛段は首を傾げる。
「蕎麦は良いんだ、蕎麦は」
答えになっていない答えを出して角都はかき揚げを出汁に沈める。
「ふぅん?」
相棒の答えに飛段は唇を尖らせたが、それ以上は追及せずに静かにかつ丼を頬張った。
持ったスプーンは角都が頼んだもの。
――コイツがまともに箸を使えるのはいつになるやら。
俺が死ぬ前までに習得してくれよ。
角都は腹の底で嗤いながら豪快にかき揚げにかぶり付いたのだった。
*
飛段は、角都の事が好きだった。
その“好き”がジャシン様に向けられた物と同じなのか、施設で食事を与えてくれた人物へと注がれた気持ちと一緒なのか、飛段自身にもよく分かっていなかったが、少なくとも“嫌い”ではなかった。
『ジャシン様に愛されし子』
そう言って人々は飛段を祭り上げた。
彼が間違ったことを言おうが何をしても行動は肯定され、神の御子のように扱われたのは事実だ。
――その扱いが嫌だったと言えば嘘になるが、辟易していたのは正直な気持ちだ。
飛段はジャシン様を敬愛してはいるが、自身を“神”だとは思った事はない。
ただ力を得た一介の人間だし、真摯にジャシン様の教えを学びたかった。
里を抜け、暁と呼ばれる組織に入り、こうして口煩い年上の相棒と組まされて。
売り言葉に買い言葉、口論は絶えなかったが物知りな角都に飛段は素直だった。
どうして星は輝くのか
風は吹くのか
何度も尋ねる飛段に角都は面倒そうに溜息を吐きながらも言葉を返してくれるのだ。
其れは、ずっと飛段が欲しかった“答え”だった。
*
「なぁなぁ、角都ぅ」
道端に咲く小さな花を指差して飛段は今日も尋ねる。
どんなに怒られたって叱られたって。
死なずの2人に“時間”だけは無限にあるのだから――
=====
21.きみの手で愛を授けて
「難しい」「指切り」「置いていかないで」
“指切りげんまん 嘘吐いたら針千本 飲ます”
この地なら誰もが口遊んだことがあるであろう歌にぼんやりと飛段は耳を傾ける。
目の前の広場でゴム跳びをする少女たちが楽しそうに笑い合い、そして小指を結んだ仕草を終えると、今度は印の練習を始めた。
――怖ぇ歌なのによくそんな悍ましい約束が出来るな。
なんて目を細める。
彼女たちの約束は何なのだろう。少し離れた場所に座る飛段には聞こえない。駄菓子屋で買う菓子代の肩代わりか、それとも明日も一緒に遊ぶ約束か。人の命のやりとりをする飛段と相棒との契約と違うことは明らかだった。
賞金首を換金してくると、裏通りに消えた相棒を待って二十分。
少女たちは陽光のなか鈴を転がす声で遊び、そして難しい顔をした飛段にも「こんにちは!」元気に挨拶をした。
少女たちの手の形を見ながら、飛段も子供の頃、こうして初歩の印を結んだ事を思い出す。あの頃はまだジャシン教も知らず、不死の肉体も持たず、唯“普通”の忍だった。
と――
「行くぞ」
頭上から降り注ぐ声に飛段は顔を上げる。
「随分と待たせたなぁ?」
口を開けた相棒に角都は怖い顔を一層曇らせる。
「金払いが悪かったから、少し派手に暴れて来た」
行くぞ、言う前に角都は踵を返して長い足を踏み出した。
「また殺したのかァ!?」
――爺のキレ癖にも困ったもんだぜぇ。
飛段は溜息を吐くと、傍らの鎌を担いで速足の角都を追いかける。
「置いてくなよぉ!」
少女たちの笑い声を背に駆け出した飛段に、角都は歩調を緩めずに外套の裾をはためかせるのだった。
=====
17.溶けた魔法
「大人になれない」「頑固」「要らない」
――場所はとある宿場町の静かな宿屋。
其れは、互いの体温を確かめようと枕を共にした夜にはあまりに似つかわしくない怒号だった。
「要らねぇっつってんだろォ⁉️」
顔を歪ませて吠えた飛段の顎を角都は掴む。
角都は舌打ちすると、飛段の太腿を割ったまま凄んだ。
「何も着けなくて良いってェ…!!」
未だ威勢よく睨み上げる飛段に、角都も負けてはいなかった。
枕元の小箱を乱暴に地怨虞で引き寄せると、透ける袋の薄いパッケージを引きずり出す。
薄い桃色の円が見える其れは2人が睦む宵に必要な用具で、同時に飛段が嫌いなモノでもあった。
――頑固者。
角都もそんな飛段に負けず劣らずの“頑固者”であり、似たもの同士の2人だったから、こうなると“始まる”までがぐんと長くなるのだ。
「貴っ様…!」
相棒の拒否の言葉に角都は顔を顰める。
この前だって『そのままで良い』そう言われて本能に任せて抱いたら、明け方になって“腹が痛い”と泣きながら起こしたのは誰だ?
その前だって顔に掛けてくれと強請り、その後に“痒くて眠れない”と面倒な事になったではないか!
早口で捲し立てる角都に、口元を押さえつけられたままの飛段がモゴモゴと反論したが、その声は角都には届かない。
相棒を黙らせるように角都は地怨虞を伸ばすと、彼の喉の奥を撫でつけた。
「〜〜ッ!!!!」
弱い箇所に触れられて飛段の身体が跳ねる。
息苦しさに涙目になった飛段が睨みつけると、その姿がまた角都の劣情を煽った。
――90を過ぎても、20を過ぎても。
大人になれない2人の[[rb:夜 > 戦い]]は始まったばかりだった。
=====
すました右手
「少し苦い」「会いに来た」「深呼吸」
※転生IF
初めて会った時は少し苦いと不得手だったコーヒーが、長く付き合ううちにすっかりと苦手意識が薄れてしまった。恋人が自分に合わせて浅煎りの豆を用意したり、挽き方を変えてみたりと小さな努力は重ねていたのだが、当の本人は其れを知らない。大人ぶったブラックコーヒーなんて恋人の前でしか飲まなかったし、そもそも彼の友人は彼がコーヒーを嗜むなんて知らないだろう。
彼——飛段にとって恋人の存在は極秘だったのだ。
友人に紹介するのが億劫だ、とか恥ずかしいとか――そんな理由ではない。何をどう説明したら良いのか飛段にも分からなかったけれど、彼は一目見た時から恋人(角都)が運命の人だと思ったし、其れは角都の方も同じようだった。
学生の飛段にとって角都は大人で、親にも近い年齢だった。
二人並んで繁華街を歩けば、『ちょっと』そう警官に肩を叩かれたこともある。疚(やま)しい関係ではない――そう真っすぐに答えても、強面の角都には信じ難い部分があるようだった。
「少し時間頂けますか?」
角都に会いに来た飛段が、路地裏で今もまた見回りの警官に呼び止められる。
同世代と一緒だと大人びた容姿に見える飛段が、角都の傍らを歩くと幼く映るのが不思議だった。
面倒そうに眉を寄せた角都を見上げて、飛段は深呼吸をする。
「…身分証ですか? ほら、ちゃんと成人してますよ」
普段は伸ばす語尾を封印して、嘘偽りのない学生証を飛段は提示する。そんな彼に続いて、角都も身分証を差し出した。
――そう、飛段はほんの一月ほど前に成人を迎えていて。
やっと堂々と恋人との仲を公言出来るようになったのだ。
「ご提示ありがとうございます」
会釈した警官を尻目に、飛段はそっと角都の手のひらに自分のを重ねる。無言で指を絡めて来た恋人に「…げハ♪」友人に変な笑い方、そう形容される笑い声を上げるのだった。
=====
19.沈黙で着飾って
「後悔しない」「甘すぎる」「知らなかった」
峠道、疲れた疲れたと五月蠅い相棒を黙らせるのに角都は道端の甘味処の軒先に腰掛けた。
「いらっしゃい。何にする?」
緑色の薄い茶を出した娘に飛段は元気に壁の品書きを指差す。
「あれ!」
壁に貼られた品書きを、飛段はよく読めてないだろう。甘味処で野菜は出ない、だから何を頼んでも大丈夫!!飛段の経験則からの行動だった。
「あいよ。
隣のお兄さんは?」
頭巾と口布で半分以上顔を隠した角都にも臆せず、茶屋の娘は続ける。
「……」
無言を貫く角都だったが、こんな辺鄙な場所で商売をしている売り子だ、強気の返答だった。
「朝晩は冷えて来たからお汁粉がお薦め…なんだけど苦手そうだね。
じゃぁ、みたらし団子ね! 濃いお茶も付けておくよ!!」
そう威勢よく言って開けたままの引き戸から店内に消える。
――ったく、無駄な金を。
ちらりと品書きを見て支出を計算する角都に、飛段は「熊倒してくるゥ~」そう立ち上がった。
「…熊?」
この辺に出るのか? 表情を曇らせた相棒を察した飛段はゲハハ、いつもの笑い声を上げる。
「この前さぁ~デーダラちゃんと話してたんだ。
小南はトイレに行くっつーのを『お花を摘みに行く』って言うだろぉ? だったら、俺ら男は何て言うんだ?ってなってよ~。『熊倒す!』に決めたんだぁ~」
ちゃらけた顔に「チ゛ッ」角都は舌打ちすると、さっさと行って来い、言うように顎を遣る。其れを見て飛段も「へぇへぇ」頭を掻くと、店の中へと入って行った。
相棒が消えた角都の世界は急に静かになる。長く延びた陽光にはらはらと舞う落ち葉を彼は眺めた。そよぐ風は気付けば冬の香りを含んでいて、情緒の“情”の字も無い相棒を角都は憂う。刹那——
「お待たせしました~!
芋羊羹とみたらし団子!あっおかきはオマケね」
サービス精神旺盛な娘が満面の笑みで丸い盆を置く。
角都が多めの小銭を渡すと「まいど!!」彼女は営業用の笑顔を弾けさせた。
――栗羊羹。
濃い茶色の羊羹の上に鮮やかな黄色の栗が乗った和菓子は、角都には興味のないものだった。
――戻らないお前が悪い。
角都は心の内に断ると、黒文字を使って小さく羊羹を切り取る。
そっと口に含んだ其れに
「…甘すぎる」
低く呟いて眉を寄せた。
娘の淹れた濃い茶で甘味を胃に流し込むと、戻った飛段が「あーーーっ」後ろから抗議する。角都の隣に腰を下ろすと、少しだけ削られて歪になった栗羊羹に「食ったろぉ!?」頬を膨らませた。
「席を外していたお前が悪い」
事も無げに角都は吐き捨てると、みたらし団子を口に運ぶ。
少しだけ塩気のある其れは角都の口に合い、甘味などこの程度で良い、彼は1人頷く。
――もともと、栗羊羹は嫌いだった。
小豆自体は苦手ではないし、栗だって嫌いではない。
けれど、一緒に加工された其れを出されると“要らない”そうなってしまうのだ。
相棒と深い仲にならなければ、こうして“嫌いだ”を分かった物に手を出すことも無かったと思う。生き様の違い過ぎる相棒と寝食を共にすると、世界の条理で知らなかった事が意外と多いのにも気付かされた。
飛段との関係に後悔はない。
久方振りに食べた栗羊羹は矢張り好きにはなれなかったが、嬉しそうに頬張る相棒の間抜け面に栗羊羹も悪くないと、そう、緑茶を啜った。
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28.祈りのように囁いて
「少ししか」「大きな手」「守りたい」
※角都の幼少期/家族の捏造有
幼少の頃に見上げた父の顔は、もうよくは覚えていない。記憶の彼方になっていたし、何よりも角都が5つを迎える前に戦で死んでしまったのだ。
ただ、
『父上! 父上の手は大きいですね」
小さな自分の手のひらと合わせた大きな手と、その温もりだけは覚えていた。
『里の人を守れるように父の手は大きいのだ』
そう父が言って、肩車した世界の高い事、広い事——そして怖い事。
ぎゅっと頭にしがみついた角都の足をしっかりと握った父が頼もしかった事——
『僕も大きくなったら父上のような立派な忍になりたです!』
心からの願いを聞いた父の反応は如何だったか。もう其処までは記憶には残っていなかった。
とうの昔に父の年齢を越えたというのに、“守りたい”ものは在るのか。角都は時々自問自答する。
細やかな傷の付いた指先、欠けた爪は今夜にでもやすり掛けしよう。若い頃にクナイで裂いた小指の根元は、未だに寒い季節になると病む。
焚火に手を翳した角都に、「でっけぇ手だなァ」隣で川魚を貪っていた飛段が呟いた。
顔を上げた角都に、飛段は魚を咥えたまま、かつて父とそうしたように手のひらを重ね合わせる。
「ほらぁ」
分厚い角都の手に合わせる飛段の手のひらは、薄さと白さが一層引き立つ。
「少ししか違わんだろう」
身長差を考えろ、角都は言って飛段の食べかけの魚を奪う。頭からそのまま骨までばりばりと噛み砕くと、「うへ~」飛段は嫌そうな顔を作った。
「内臓はにげ~し骨はかて~し…よく食えんなぁ」
言って、湯気の立つ身を頬張った彼に「好き嫌いをするから伸びんのだ」己よりも一回り体躯の小さい相棒を揶揄う。
「あっ、デーダラちゃんの前で言ってみろよぉ~爆殺されんぜぇ?」
笑った飛段に角都も答える。
「芸術なぞ知るか」
吐き捨てた彼に「俺もぉ」飛段はカラカラと笑い、角都の肩に頭を預ける。
「信じられるのは金だけだもんなァ!」
夜空に響く相棒の声に、角都も否定せずに炎に小枝を投げた。
爆ぜた火の粉に、刺した魚の影がゆらめく。
――守りたいものなら。
里を捨てた角都に守るべき里の人間は居ない。
それなら、隣で無遠慮に笑う相棒だけで充分だと角都は思うのだった。
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26.キャラメルリボン
「少し高い体温」「ありふれた」「愛おしい」
「…っ、は、ぅ」
触れ合った素肌から、普段よりも少し高い体温が伝わる。
汗ばんだ其処はしっとりと吸い付き、肉体を溶け合わせたのを物語っていた。
「んも~…無理ぃ」
ぱたん、寝返った飛段を角都は引き寄せる。
「冷えるぞ」
飛び出た半身を腕に抱き、布団に包むと「んん…」飛段は身体を寄せた。
「……角都、あったけぇ」
ふにゃりと目尻を下げた表情は儚げで、角都は恋人をそっと撫でる。指先から香った体臭が彼の鼻孔を擽り、思わず表情を緩めた。
人に触れるのも、触れられるのも――1人では出来ないことだから。
「すきぃ」
寝言のように呟いた飛段の言葉に角都は彼を抱き込む。
愛おしいとこみ上げた感情は一切顔には出さなかったが、こうして飛段の意識が無いときだけは素直に口にした。
「……俺もだ、飛段」
――ありふれた、角都と飛段の宵の話。
=====
ごっくん。
(5/9の日によせて)
好き嫌いは在ったが、別に毒を食らっても死なない肉体だ。食べ物に対して良いも悪いも感じなかったのが飛段の利点でもあり欠点でもあった。
好きな物は肉。脂身のこってりした骨付きのスペアリブは最高。
逆に精進料理みたいな薄い味付けは嫌いだ。其れで栄養が摂れると言われても、どうも血肉に変換される気がしなかった。
「…ぅ、ぐ」
薄暗い閨に飛段の声が響く。
乱れた布団は一組、膝立ちになった角都の影に銀色の髪が揺れる。
「……飛段」
低い角都の声音が普段よりも硬く、そして色を含んでいるのは気の所為だろうか。
角都は飛段の頭を乱暴に掴むとそのまま強く動かす。喉の柔らかい所を犯され、飛段も条件反射に嘔吐いたがそのまま相棒の腰を掴むと奥で咥え込んだ。
「出せ!!」
珍しく感情を表に出した角都だったが、時 既に遅し。
――ごっくん。
喉仏を上下させて「にげぇ」口内に残る白濁の性を見せつけた恋人に、
「…悪食」
角都は眉を寄せた。
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浴衣と飛段の話
『だらしがない』『前を閉めろ』
いつも相棒に注意する角都だったが、彼が何も言わない格好があった。
――其れは、温泉街に泊まった時の浴衣姿だ。
機械で圧縮され、妙に糊付けされた安い生地に彼はばさりと風を通すと、小粋に襟を抜き、慣れた手付きで腰骨に帯を回す。さらりと貝の口に結んで力任せに回すと、其れで彼の浴衣姿は完成した。
「あぁん? 何見てんだぁ??」
姿見越に角都の視線に気付いた飛段が首を傾げる。
角都だって昔の人間だったから、浴衣は着慣れていたし、帯だってきちんと結べる。浴衣の作法は相棒に劣るとも思わなかったが、抹茶色の浴衣を纏った姿は凛として綺麗だと感じた。
「馬子にも衣裳、と思ってな」
角都は呟き、先の飛段と同じように浴衣を着付ける。
「孫ぉ~? そりゃぁ、角都はジーさんの年だけどよォ」
角都の発した言葉の意味を分からないように飛段が返すと「阿呆が」いつものように角都は嗤う。
――相棒の里は湯の国と言っていた。
その行儀が湯隠れの出身として刻まれたものなら、滝隠れの自分には何が“癖”として残っているのだろう。あの里を棄てたと言うのに、その遺伝子は未だ生きているのか。
「角都ぅ~ 行くぞぉ~~」
襖の前で振り返った飛段が角都を呼ぶ。
いつもは開けた胸元がきっちりと袷に隠されていて、なんだか別人のように目に映った。
「…年寄りと形容するなら、少しは労われ」
角都も憎まれ口を返すと、連れ立って浴場までの廊下を歩く。
――まぁ、どうせすぐに乱れるんだがな。
袷にちらりと注がれた視線に飛段は気付くはずもなく、「風呂ぉ♪」そう上機嫌に下駄を鳴らすのだった。
=====
角都の額当ての話
新しく組んだ相棒は文字すら読めない男だった。
流石に字も満足に読めないのは困るし、角都としても覚書を渡せないのは面倒だ、仕方なしに、角都は空いた時間を使って飛段に文字を教え始めた。
「ほら、この前教えた文字を書いてみろ」
ビンゴブックを広げて賞金首の人相の確認をする角都は隣の飛段にそう指図する。
なぁんだよぉ、鎌を振り回して飛段は口を尖らせたが、じっと角都に見つめられてバツが悪そうに頭を掻くとその場にしゃがみこんだ。
「い ろ は に ほ …」
落ちた小枝を使い、小さく言葉を漏らしながら教わったばかりの文字を土に刻む。
ちらりと横目で飛段の文字を見遣って角都は訂正した。
「…に、が逆だ」
地怨虞を伸ばして該当の文字を指すと、
「に」
飛段は小さく呟く。
お手本のように書かれた“に”の文字を見ながら書き直した相棒に、地怨虞を仕舞いながら角都は続きの文字を書いてやった。
「ちりぬるを」
流れるように書かれた文字に「あっ! 俺これ知ってるぜぇ」飛段は顔を上げる。
「ち!!」
頭上の相棒の額当てを指差して彼は嬉しそうに笑う。
「角都の額当てと同じ」
白い歯を見せた相棒に、角都は賞金首の首を斬り取りながら溜め息を吐いた。
「……この額当ての標識(マーク)が字に見えるのか?」
「ん~? 違うのかぁ?」
抜け忍を示す一本線を引いた滝隠れの印に飛段は頷く。
「だってこっちの文字もよぉ…」
えっとぉ…
飛段は頭を捻ると、角都に貰った文字の一覧表を外套から取り出す。文字を教え始めた頃に見本として渡したものだ。基本的に物に頓着しない飛段だったが、その用紙は大切に扱っているらしい。丁寧に折り目を伸ばして広げると、目の前の角都の額当てと見比べた。——どうやら、同じものを探しているようだ。
「…さ」
待つ時間も無駄だと思い、角都は地怨虞で文字を指し示す。
「そうそれ! さ!!」
角都からの答えに満足したように飛段は頷くと、取り出した時と同じように注意深く和紙を折り畳む。
「…さ……ち!」
砂利の転がる地面にその2文字を綴ると「行くぞ」角都は低く告げた。
そして、
「俺の額当ては“さち”ではない。滝隠れだ」
舌打ちをしながら相棒に釘を刺す。
「わ~ってるよぉ」
早くも歩き出した相棒に慌てて飛段も大鎌を担いで追いかける。速足の角都に飛段は並ぶと、長身の彼を見上げた。
「でもよぉ…“幸(さち)って幸せってことだろぉ?」
真っ直ぐに向けられる紫の瞳が眩しくて、思わず角都は視線を逸らす。
けれど相棒の態度はいつものことだったから、飛段も気にせずに続けた。
「幸せ…てさぁ。
抜け忍つってもなんが良くねぇ??」
げはは、お得意の笑い声を上げた相棒に「はぁ」今日一番の溜息を角都は吐いて頭を抱えた。
――何が幸せだ。
里を抜けた忍に幸などあるものか。
あまりに能天気な飛段に角都は頭が痛くなったが、あっけらかんと笑う相棒は里を抜けたって幸せそうだ。こうして考え込む自分と足して割って、良い塩梅なのかもな、なんて相棒に影響されて少し思考を柔らかくさせた。
「…宿に戻ったら字の練習をするぞ。間違えたら飯抜きと思え」
厳しい師からの声に「えぇ~~~~~!?」飛段の悲鳴が響き、声に驚いた小鳥たちが飛び去った。
=====
腹いっぱい
その日は珍しく、日の高い内から飛段を抱いた。
宿場町から近い街道で賞金首を捕まえたのもあったし、換金所での金払いも素早かった(ビンゴブックに載ってた輩とは言え、小物だったのもある)。
小さな町だったし、さっさと抜けて次の町に向かいたい気持ちもあったが、ここ数日ずっと森の中を駆け抜けており、畳の上でゆっくり休みたい気持ちもあった。
たかが半日ゆっくり過ごしたところで、与えられた任務に支障はないだろう。小金の増えた財布に、角都は町に留まることを選択する。飛段こそ「生贄~~」じたばたと暴れたが、彼がこうして駄々を捏ねるのも分かって居たので「今夜は肉を食わせてやろう」そう耳打ちしたら大人しくなった。
事後の一服、気に入りの草を煙管に詰めて蒸かした角都に、背中を向けて転がったまま飛段は動かない。
いつもなら「肉を食わせろ」「疲れた」「ジャシン様」それしか言わないのに妙な事もあるものだ。何処か具合でも悪いのかと肩を揺すった角都に、
「ん…っ」
頬を赤らめたまま、飛段は黙ったままだ。
背中を丸めて腹を擦る動作に「下(くだ)したか」にべもなく角都は言い放つ。
額に手を充てて体温を確認するものの、普段の体温と変わりはない気がする。運動の直後で汗ばんではいたが、血色も良かったから体調が悪いわけでは無さそうだった。
「…なんかぁ……
腹いっぱいなんだわ」
眉を寄せた相棒を安心させるように飛段は目を細める。
「…マジで腹が苦しいだけぇ……」
臍の下の部分を擦って見上げた飛段に、一層角都は顔を険しくさせた。
「…ごめんなぁ。肉食うの楽しみにしてたんだけどよォ…
角都、好きなモン食ってきていーからさぁ」
話すのも面倒だとばかりに飛段は瞳を閉じると「わりィ」小さく呟く。
「……分かった」
角都は短く告げると「適当に食べ物を買ってくる」置いた頭巾と口布を装着した。
「本当に、体調はおかしくないんだな」
「…あぁ。
……まだ、腹ン中に角都が挿入ってるみたいでよぉ…」
念押しに訊いた角都に、飛段は素直に答えると行ってこい、言うように片手を上げる。
角都は相棒の言葉に驚いたが、冷静を装って部屋の襖を閉めた。
――今夜は、抱き潰す。
そうして、半日の遅れが一日になったのは 笑い話。
=====
ラブレターの日(5/23)によせて
小南に頼まれて(今日の晩メシを鬼鮫に頼んで肉にしてくれるらしい!!)暁の個人部屋のゴミ集めをしていた飛段が、相棒(角都)の部屋に入ると其処はがらんどうで、部屋主の姿は見えなかった。いつも身の回りの整理整頓をしている相棒の部屋は掃除をせずとも綺麗で(さっきのデイダラの部屋は酷かった。粘土のカスが至る所に落ちている)、くず入れに入ったゴミを集めれば終わりそうだ。
「ん~…しょ、っと」
くず入れからかさかさと嵩張った半紙をゴミ袋に投げ入れた飛段は「ぉ?」紙面から覗く、流麗な角都の字体を確認する。
くしゃくしゃに丸められた其れは、何かを書き付けたもののようだったが、文字は途中で切れている。崩された仮名文字を読めるほど飛段の識字の能力は高くなかったから、ただ「かっけぇ~~!」飛段は言って、そのままズボンのポケットに仕舞った。
――ゴミとして捨てられたものなのだ、重要なものではないだろう。
あっさりと片付いた相棒の部屋に飛段は上機嫌に鼻歌を歌うと、「入るぞぉ~」そのまま隣のゼツの部屋のドアを叩くのだった。
*
「見て見て、デーダラちゃん。かっけぇ字」
夕食後、相変わらず戻らない角都に(換金所にでも行ったのだろうか?)手持無沙汰になって、同僚の部屋を飛段は訪ねる。忙しい、そう追い返したいデイダラだったが飛段の圧は強く、仕方なしに彼を迎え入れた。「旦那の道具もあるんだ、触るなよ!うん!!」そう注意したものの、きっと飛段は何かを触って壊すだろう。どうせまた怒られるのはオイラなんだ…1人肩を落としたデイダラだったが、大人しく飛段は起爆粘土を捏ねる彼を覗き込むに留めた。
「…どうした、うん」
横目で尋ねたデイダラに、待ってましたとばかりに飛段は懐から角都の部屋で見付けた紙を自慢する。
「かっけぇだろ~!」
見せびらかした飛段に、デイダラは眉を顰めた。
飛段の持つ半紙には、半分くらいまで墨文字が並んでいる。
縦書きされた其れは崩された仮名で、整った字体であると思ったが“美”は見出せなかった。
手のひらの上の小さな蜘蛛を机に並べながらデイダラは答える。
「なんだぁそれ、うん」
唇を尖らせたデイダラに「さっき角都の部屋で見付けたんだぁ」蜘蛛を撫でて飛段は返す。
“角都の部屋”と聞いて、デイダラは身構えた。
「勝手に持ってきたらやべーんじゃないの、うん」
身体を捩った彼に飛段は首を振る。
「ん? 捨ててあったのだからへ~き」
飛段の言葉にデイダラは少し安堵して、粘土を捏ねる手を止めた。
「何て書いてあるんだ、うん。オイラも読めねーな、それ」
若い忍者に、変体仮名は要らぬ教養のようだった。
「わっかんね!」
あっけらかんと笑った飛段に、「はぁ」デイダラは肩を落とす。
「じゃぁ何で持ってきたんだよ、うん」
「かっけ~って思って」
「…そんだけ?」
「そんだけぇ」
――角都の書き残しだぞ? 気にならないか、うん。
肩を寄せて囁いたデイダラに「気になるゥ!」飛段は手を叩く。
「…サソリの旦那にちょっと聞いてみるよ、うん」
悪だくみの顔を作ったデイダラに、同じく飛段も悪い顔を作ったのだった。
*
デイダラが飛段から半紙を受け取ってから暫く経った晩、「ちょっと手伝ってくれ」傀儡のメンテナンスをしていたサソリに呼ばれ、好機(チャンス)だと工具を咥えた相棒に借りた紙を見せる。
“読める?”
尋ねる前にサソリのぱっちりとした瞳が見開き、よく動く指先の動きが止まった。
「…お、お前…!」
珍しく声を荒げたサソリに「旦那!?」彼の剣幕にデイダラが後退る。
「飛段が角都の部屋で見付けたって言ってて…
旦那なら読めるかな…って見せただけなんだ、うん」
早口で白状すると、「これは俺が預かる!!」奪うように半紙をサソリは奪うと、もういい!呼んだ相棒を追い返したので「????」デイダラはちょっとだけ寂しい気持ちになって部屋を後にした。
――やべ~ことにならないといいけどな、うん。
*
――翌朝。
まだ起きて来ない飛段とデイダラに、その相棒たちは朝早くから共用の食堂で顔を合わせる。
「……」
角都に上から見下ろされたサソリが不機嫌に彼を睨み返した。
「……なんだ」
若輩者からの視線に慣れた角都は年長の部類に入るサソリでも“子供”だった。
「…返す」
差し出された半紙に角都は眉を顰めるが、其れが何かと気付くと表情を変えずに鼻で嗤った。
「……お子様には刺激が強かったか?」
目を細めた角都に、サソリが小さく舌を打つ。
「ちゃんと処分しろよ」
駄目押しに言うと、「小童がくすねたんだろう」角都も余裕で返した。
チッ。
もう一度サソリは舌打ちすると踵を返す。
カツカツと苛々を隠さずに天井に足音を響かせると、サソリは仲間(角都)を呪った。
――なんだあの爺! 相棒との夜の生活をわざわざ日記にするなっての!!
読んじまったこっちの身にもなれ!!!!
角都の捨てた半紙の内容。
其れは、飛段(恋人)と過ごした低俗な情事の記録だった――
=====
乳首と素直な角都の話
「行くぞ、飛段」
そう布団で転がったままの相棒に声を掛けて、角都はやっと朝から抱いていた違和感の正体に気が付いた。
「…具合でも悪いのか」
刃の連なった鎌を背負った飛段を角都は訝しがる。
「んぁ? 元気だぜ~??」
腕を振り回した飛段に「危ない」角都は舌打ちすると「前」いつもは開けた相棒の外套を指差す。
雪の降る寒い日だって、風が吹き付ける日だって、どんなに注意しても閉めようとしない其れは相棒の存在証明(アイデンティティ)かと思って放置していたのだが、今日は珍しく肌色が隠れていた。腹でも下したか、角都は考える。
あんなに食べるのを控えろと言ったスイカを半分ほど食べたのが悪かったか、肉の代わりだと鰻を差し出したのがまずかったか――昨晩の行動が脳裏を掠める。
「あぁ、これぇ?」
立てた襟を覗いて飛段は唇を尖らせる。
「どっかの誰かがよぉ、俺の乳首に思いっきり噛み付きやがって。
擦れて痛ぇの!!」
飛段の言葉に、角都は彼の外套を剥ぐ。
現れたのは、いつもより赤く充血してぷくりと腫れた其れで、手早く角都は外套を直すとくるりと背中を向けた。
「…行くぞ、飛段」
「わ~ってるって!」
大股で歩き出した相棒を飛段は追い掛ける。
「ツバでもつけときゃ治る」
ギシギシと階下に続く階段を下りながら顰め面する犯人に、「じゃぁ今晩お願いしまぁす、ゲハハ」なんて能天気に飛段も笑う。
角都が思うより、飛段は“痛み”に無頓着だったから。いつもより赤い其処を晒すのが少し気恥ずかしいくらいの、軽い気持ちだった。
その晩、“済まなかった”相棒から舐(ねぶ)り殺されるのを飛段はまだ知らなかった――
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飛段から見た角都について
飛段は、組まされた相棒の角都が凄いといつでも思う。
ツーマンセルで任務にあたる特性上、24時間ずっと一緒に過ごす事が多く、じっくりと観察できる利点もある。
生活が雑な飛段に対しての小言も多いし(やれ湯船に浸かる前に身体を洗えだと履物は揃えて脱げだの。子供かっつーの)、言うことを聞かなければ地怨虞の鉄拳制裁もザラだ。
けれど悔し紛れに理由を聞くと必ず其処には答えがあって(汗をかいたまま湯に浸かれば汚れるし、履物を揃えて脱げば次に履く時が楽だ)、「全く…」舌打ちしながら説明する角都に“すげ~なぁ”飛段はいつも思うのだ。
*
「な、なァ…角都さんよぉ」
部屋に入るなり押し倒された飛段が迫った角都から顔を逸らす。押し付けられた相棒の本能は熱く脈打ち、布越しでもその存在を主張させていた。
――男同士、肌を重ねる合わせることに抵抗はない。
ただ、子を為す為の行為を同性で行う意味はあるのかと問いたことはあった。
『お前も俺も“気持ち良い”。そこに理由は必要か?』
ばさりと落ちた髪の中、翡翠の瞳が飛段を射る。
「生殖の本能だ」
角都は言って飛段の唇を塞ぐ。
ぬるりと生暖かい舌に口内を弄られ、飛段は頭の芯を蕩けさせながら思うのだった。
――やっぱ、角都は凄ぇ…