Serena*Mのあたまのなかみ。
NARUTO/角飛
X(専用アカ)にて書き散らかしたSSまとめ③(2023.08~09)
X(専用アカ)にて書き散らかしたSSまとめ③(2023.08~09)
※各種パロ(転生・リーマン)、謎時空、モブ視点、ワードパレット 色々
責任転嫁
――元来、性欲は普通の方だったと思う。
まだ年齢を数えていた頃は勝手に勃つ其れを処理するのが面倒だったと思う時もあったし、放っておけば萎えるのも心得ていた。忍の性分、命をやり取りした際は昂りを抑えられない夜もあったと記憶しているが、発散する方法は知っている。
こうして女を買うようになったのはいつの頃からか。
禁術を手に入れた時か、新しい心臓を手に入れた時か。
――里を抜けてからか。
任務の為に野営が続いた晩、やっと大きな里に出られて角都も飛段も少しだけ肩の力が抜ける。
「肉! 肉食いてぇ! 肉ゥ!!」
その言葉しか言わない相棒を宿に置き、適当に飯でも食って待ってろと金を出して告げると角都はいつものように朱に塗られた塀の街へ赴く。
街の奥にある一番大きな館を角都は見上げると、扉が内に開いた。
「ようこそ」
わざとらしく目尻を下げた黒服に角都は冷たい視線を投げると、入り口の広間に置かれた豪奢なソファにどっかりと腰を下ろす。
「お客様のどんな要望にもお応え致しますよ」
ソファを軋ませた体格の良い角都に、黒服は薄いファイルを差し出した。
ページを捲ると豊かな身体の線を隠さない、布1枚を羽織っただけの女性の写真が目に飛び込む。
健康的な褐色の肌をした娘、長い髪を1つに纏めて此方に微笑む娘、豊満な胸を寄せて唇と尖らせる娘――
「きっとお客様の好みが見つかります」
――言い忘れていたが、館に入る前から角都は幻術を使っている。
黒服の目に映るのは、戦帰りに見える精悍な忍の姿だった。
ぱらぱらとペーシを捲る角都の手が、次第にゆっくりとなり、やがて止まる。
「…お好みの子が見つかりませんでしたか?
ウチは大名様のお許しを頂いておりますので、幻術を使っての好みの子を仕立て上げる事も出来ますよ」
動きを止めた角都に黒服は畳みかける。
戦帰りの忍は金を持っているのを知っているから、何とか金を落として貰おうと必死だった。
「……済まない、仕事を終えて金を貰ったら来ようと思って来たんだ。
あとで必ず」
角都は畏まった口調で言うと、急に舌打ちをして態度を変えた黒服に会釈して店を出る。
――好みの女なら、何人かは見つけた。
鎖骨の綺麗なほっそりした体形の娘、白く短い髪の娘、ぱっちりと大きな紫の瞳の娘――
その何処かに、無意識に相棒の面影を探す自分に角都は気付いたのだ。
早足で元来た道を歩き、相棒を置き去りにした宿の襖を開ける。
「…帰った」
勢いよく登場した相棒に「うおぉ!?」畳の上で転がって菓子を食んでいた飛段が驚く。
「早くねぇ!?」
薄い煎餅をボロボロと溢しながら起き上がった飛段はまだ夕食も済ませていないようで、脱いだ外套もそのまま投げ捨てられていた。机の隅に角都が置いた金もそのままだ。
「飯もまだ食ってね~し、それに何も準備してねぇぞ~!?」
――こうして任務を終えて里に下りた日、角都は女も抱くが相棒も抱いた。
少しだけ倫理観の欠けた飛段は角都に抱かれることに抵抗は無かったし、女を知らない宗教家に一流の忍は夜の作法を己好みに仕込んだ。
「俺も飯はまだだ。食いに行くぞ」
角都は言い放つと、寝転んだ飛段を起こすと放置された金を掴んで部屋を後にする。
「やっぱさ~肉がいいよなァ! 肉ッ!!」
相変わらずの好物しか言わない相棒にうんざりしながらも、角都は珍しく頷いてやった。
「……たまには、肉も悪くないな」
掲げられた看板に角都は足を止める。
『炭火焼 地鶏』
鶏の描かれた赤い暖簾の店先に
「角都ちゃ~ん♡」
一目を憚らずに飛段が抱き着いた。
立派な店構えは、あまり角都が選ばない店の類だ。金に厳しい角都は飛段が多く飲み食いする酒場にあまり良い顔をしない。なのに今日は珍しくその店を推したから、任務への慰労だと彼は喜んだのだ。
「うめ~肉~~♡」
嬉々として入り口の引き戸を開けた相棒の背中に、角都は口布に見えない口角をそっと上げるのだった。
――1世紀近く生きた人間の価値観を変えたんだ、責任を取って貰うぞ。
= = = = =
占い
もうすっかりと影が伸びた夕暮れの町、ぼんやりと公園のベンチに佇む飛段は駆け回る子供たちを眺める。
換金所に行った角都を待って三十分。最初は大人数で鬼ごっこをしていた子供たちは1人、また1人と減っていき数人になっていた。そのうちの1人が公園内に建てられた時計を指差し「時間だから帰るね!」残る友人たちに手を振って駆け出す。
「また明日!!」
聴こえる声は高く、耳慣れない少女の声に飛段の意識は其処に向いた。
残った少女たちは肩を寄せてお喋りを始める。
「今日ね、新しい占いを教えて貰ったの」
「なになに?」
「こうして、名前を呼んで…」
少女は言うと開いた手のひらに小さな指を辿らせる。
「天国 地獄 大地獄」
「なぁにそれ~」
「死んだ時に行く場所なんだって~」
無邪気な声音と“大地獄”の言葉の強さに思わず飛段は息を呑む。
――昔の大戦ほどの酷い世の中では無いとは言え、現在だって里同士の小競り合いは続いていた。
平和そうな里に住む子供たちだって、もしかしたらアカデミーに通う下忍かもしれない。両親は忍かもしれないし、そうした戦で命を落とした者が身内に居るのかもしれなかった。
「天国 地獄 大地獄」
飛段は呟くと子供たちの占いを真似る。
広げた手のひらに己の名前を告げ、最期の行き先を尋ねた。
「天国 地獄 大地獄 天国 地獄 おお…」
ぶつぶつと呟いたところで、彼の頭上から相棒の声が降る。
「何を不穏な事を言っている」
その言葉に、飛段は顔を上げた。
「んぁ?」
向けられた紫の瞳に、角都は相棒の隣に腰を下ろす。
「…何をやってるんだ」
2人の真ん中に置かれたアタッシュケースは重く、先ほど突き出した賞金首は良い金になったようだ。――金が在ると角都の機嫌も良い。
「ん~~? 占い??ってヤツぅ?」
飛段は説明する。
目の前の女児が手のひらを使って、自分の最期を尋ねる占いをしていたこと。
天国 地獄 大地獄、なんて地獄の確率の方が高い不穏な占いなこと。
「…ほう」
相棒の話に角都は目を細めると、ぬっと手のひらを差し出す。――こんな馬鹿げた占いを実践しろだなんて、飛段の見立て通りに角都の機嫌は良いようだ。
「やれ」
短い命令にも「へいへい」飛段も気にせずその手をなぞる。
「た き が く れ の か く ず」
相棒の名を呼び、そのまま占いを始めた。
「天国 地獄 大地獄 天国 地獄 大地獄 …」
最後の指に触れて、飛段はニヤリを口の端を上げる。
眼前の相棒に視線を合わせると、彼はニッっと悪だくみの顔を作った。
「…大地獄」
そりゃ~抜け忍だし、賞金首殺しまくってるし、天国には行けねぇよなぁ~
続けた飛段に角都はゆっくりと首を振る。
「本当に、お前は馬鹿だな」
“馬鹿”言われた言葉にあぁ゙?!飛段は反射的に睨む。
「地獄の沙汰も金次第」
若輩者からの凄みなど何処吹く風の角都は飄々と続けた。
「…金さえあれば、閻魔大王も懐柔可能……そんな意味だ」
言葉の意味を説明した角都に「エッそうなの?」無知な飛段は素直に信じる。
「そうだ。地獄とて金がモノを言う」
重ねた角都の発言に「へぇ~~~」飛段は大きく頷いた。
「でもさぁ角都ぅ。俺、角都と一緒が良いなぁ」
行くぞ、立ち上がった相棒に続いて腰を上げた飛段が彼の後を追う。
いつの間にか公園に残ったのは角都と飛段の2人だけで、最後まで遊ばれていたのだろう、ブランコが静かに揺れていた。
「…お前も、地獄行なのだろう?」
――贄として殺人を重ねている身だ、信じているのは崇拝する神だけだろうが、地獄の世界にその“神”は存在しないだろう。まぁ、“不死”ではあるので“死”んだらの話ではあるが。
返した角都に「ま……死ねたらな」飛段は肩を竦ませる。
「だったらさ、その金で俺ン所まで戻って来いよ角都ゥ…
おめ~が一緒だと何処だって天国みたいに楽しいしよぉ」
今日は肉がいいなぁ、同じテンションで告げた相棒に角都は元より難しい顔をもっと険しくさせると、盛大に溜息を吐いた。
「……ったく、お前は」
――死んだ者に対して“その金で生き返れ”と言うのか。
死後の世界に金が持ち込めることも謎だ。けれど角都は金の力を信じているし、“地獄の沙汰も金次第”なんて慣用句まである。死んだ後も金を持ち込めるのなら、蘇ることが出来るのなら――
角都の溜め息に「あっ」飛段は反応する。
「『俺は死なん』とか言うなよぉ~!
いつも死ぬとか言う癖に、こんな時はそ~言うんだから」
頬を膨らませた相棒にすっかり怒る気も失せた角都は飛段の頭を撫でる。
子供扱いすんな!飛段は抗議するが、齢九十を越えた爺から見れば飛段はまだまだ“お子様”なのだ。
「……今日は思ったより良い換金率だったから、美味い肉でも食うか」
止めろって、彼の手を払いのけようとしていた飛段だったが、発せられた言葉に満面の笑みを作る。
――やっぱり、今日の角都は機嫌が良いみたいだ!!
現実主義(リアリスト)の角都に占いなんて似合わない話なのだ。
「やった~~肉ゥ!!」
長身の角都に飛段が飛びついて、「邪魔だ!!!!」肘鉄が落とされる。
――相棒が居れば、其れは何処だって天国。
陽の落ちた町に、赤い提灯が灯り始める時間だった。
= = = = =
9.ケープルクラムハイボール/あなたに会いたい
「繋がる」「珍しい」「海の底」
※人魚パロ
――人魚の肉は人(ヒト)を不死にさせる力があると云う。
古来から人間は浜に打ちあがった人魚を捕獲し、珍しい生き物だと見世物小屋に売り、そしてその肉を薄く削いで食した。
衰弱した人魚は死ぬと、人間は「海に還れ」と亡骸を捨てる。
そうしてまた暫くすると人魚が浜へ打ちあがるのだ。
飛段はまだ若い人魚だった。
水面へ出ることは長(オサ)から固く禁じられている。“空”と云うものを彼は知らず、唯海の底からきらきらと煌めく水面を眺めるのが精いっぱいだった。
北の海の底に、誰とも繋がろうとしない魔法使いが棲んでいた。
彼は男の魔法使いで金さえ積めばどんな願いも叶えてくれると言われていた。
彼の元には若い人魚がよく来ては『人間になりたい』と願いを伝えていた。
一族に禁止された“陸”の世界を見、そして人間の男に惚れた末路なのだと魔法使いは笑う。
彼は人魚から金品を巻き上げ、そして不完全な薬を使い人魚を人へと仕立て上げる。
夜明けとともに脚がヒレへと戻るが、もう人魚は海の底へは戻れない。——だから、泣く泣く浜に打ちあがるのが話の裏だった。
もっと言えば、彼は人からも金品を積まれている。人魚の願いを叶え、人の願いを叶え――彼はそうして一人きりで生きて来たのだった。
そんなある日、彼の元に若い男の人魚が尋ねて来る。
薄紫の瞳が綺麗な男で、話を聞くと陸の男を探して“人間”になりたいのだと云った。
「…それで貴様は何を差し出す?」
尋ねた男に人魚は答える。
「…何も、ない。
誰にも言わずに此処に来た。俺には何もない」
何も持たずに此処に来たか、魔法使いは笑う。
「そう言えば、人魚を食うと不死になれるらしいな」
男は8本の脚を伸ばして人魚を見定める。
人魚よりも寿命の長い種族の男ではあったが、彼も魔法使いの端くれ、“不死”に興味があった。
彼の言葉に人魚は腕を差し出す。
「いいぜ、食えよ、俺を」
躊躇の無いその行為に、魔法使いは縫い痕のある口の端を上げる。
――彼も少し長く生きて、寂しかったのかもしれない。
「人魚が戻らないのはな、俺の所為だ」
あっさりと人魚に種明かしをすると、その唇を塞いだ。
「きっと貴様の家族は一生戻らないだろう。
見世物小屋に売られ、最後は肉を食われて死ぬ」
よく動く触腕で男は人魚を乱す。
「…貴様も一族を出た身、戻る場所はもう無い」
魔法使いの毒の言葉は甘く若い人魚を侵す。
――その後の、飛段の行方は誰も知らない。
陸の男に恋をしただとか、魔法使いに騙されたとか、妙な宗教に走っただとか。
彼が恋した人間の男の名を角都と云い、魔法使いの容姿は彼と瓜二つだった――
= = = = =
10.ジンデイジー/ひと夏の恋
「後ろ髪」「かわいい」「涼しげ」
湯の国・湯隠れの里、という出身地が“そう”させるのか、飛段は風呂に対して角都よりも思い入れがあるようだった。
湯舟に浸かる前に汗を流せ、髪の毛を湯に浸けるな、風呂上りには冷たい水を浴びろ――
小僧の戯言だと角都は相手にしなかったが、それでも飛段は口煩く相棒に忠告する。
いつもは「煩い、飛段」角都の方が彼に注意していたから、湯浴みの場所だけは状況は逆転するようだった。
とやかく口を出す飛段に、「貴様こそどうなんだ」角都も反論しようとするものの、飛段の身なりは彼の語る規則を守られている。
肩まで浸かったって濡れない髪の毛の長さなのにちょこんと1つ結びにした後ろ髪は可愛らしく、浴衣の襟から涼し気な首筋を晒している。
――其れは、角都だけが知る相棒の姿。
「…チ゛ッ」
角都は舌打ちをすると
「かぁ~くずぅ~~! はーやーーく~~~!!」
宿屋の廊下、手拭いを振り回して飛段が大浴場と書かれた看板の下で振り向く。
「…煩い、飛段」
角都はお得意の言葉を吐くと、顰め面を作って相棒の元へ行くのだった。
= = = = =
2.プースカフェ/恋の駆け引き
「慎重に」「好きなもの」「積み重ね」
※現パロ
エメラルドグリーンの波が打ち寄せるリゾートビーチ、大型のパラソルの下でハイビスカスの飾ってあるジントニックを傾ける角都の隣で、飛段はサングラスの奥から恋人を覗いた。
「…似合わねぇ~」
ギラギラと輝く太陽に似合わない渋い顔、焼けたようにも見える褐色の肌は鍛え上げられていてサーファーとも言い訳出来そうだが、着せられた陽気なアロハシャツを打ち消すような不機嫌を立ち上らせていた。
破顔した顔に「うるさい」角都はそっぽを向く。
競馬で大きく勝った飛段が「海に行くぞ!海と言えばワイハ!!」と、嫌がる角都を捕まえたのが3日前。
『フリーランス? なんだろ!? 仕事休んで行こうぜぇ!!』
と、あれよあれよという間に飛段は旅行会社を経由して2人分の飛行機にコンドミニアムと手早く抑えたのだった。
――こんな時の行動力は“若さだな”と角都は思う。
「Thank you for waiting!hawaiian pancake!!」
(お待たせしました!ハワイアンパンケーキです)
クロックスを履いた金髪の美女が細かな砂を蹴り上げながら、飛段の前に食用花がこれでもかと散らされた華やかなパンケーキを置く。
「have fun♡」
(楽しんでね)
ウインクした彼女に「せんきゅ~~」飛段も片目を瞑ると、積み重ねられたパンケーキへ慎重にナイフを入れた。
丸くバターが盛られた其れはじゅわりとしみ込んだ蜂蜜を滴らせる。
「うめェ~~~けど甘ぇ~~~~」
そう言って身体を揺らした飛段の、開襟のアロハシャツから覗く白い肌が眩しくて思わず角都は顔を背ける。
「…見てるだけで胸やけがしそうだ」
顔を顰めて視線を逸らした理由を別に作ると、飛段は大口を開けてパンケーキを平らげながら「そんなに甘くね~よ?」口の端に付いたホイップクリームを舐め上げる。
「甘い物が嫌い、って食わず嫌いなんじゃねぇのォ、角都チャンよぉ」
ココナッツにストローが刺さった、南国特有の飲み物を飲みながら飛段は続けた。
「俺だってアン肝も食ったこと無かったけど、角都がよく食うから好きになったもんだし。
意外と甘いモンも美味ェかもよぉ~?」
小さく切ったパンケーキを差し出した飛段に、「……」仕方なく角都は其れを口に含む。
濃厚なバターの香りにたっぷりと含んだ甘い蜂蜜。乗せられたホイップクリームの油分に角都は難しい顔を作ると
「…嫌いだ」
冷たく言い放った。
「つっまんね~~~の」
飛段は口を尖らせると、残りのパンケーキも口に運ぶ。
「…これからよぉ~~どうするぅ?」
ハムスターのように頬をいっぱいにして喋る恋人に、角都は溜め息を履くと目を細めた。
「…お前の好きに過ごせ。
俺は誘われた身だ。文句は言わん」
――こうして揃いのアロハシャツも着てやってるんだ。旅の恥はかき捨て。
テーブルの下に持ったタブレットで株価のチャートを横目で見遣った角都に
「おうおう! 大船に乗ったつもりでいろよぉ!」
飛段は破顔すると、「泥船の間違いだがな」リゾート地に染まらない彼は相変わらず辛辣な一言を発するのだった。
= = = = =
6.ソルクバーノ/象徴
「どっちが」「覆う」「あつい」
通された一室に「暑い」飛段は異を唱える。
エアコンの付いた部屋なのに、古いその宿の其れは利きが悪く、吹き出し口に手を翳しても生温い風が吹くだけだった。
小さな窓には不釣り合いな大きさの分厚い遮光カーテンで覆われ、冷気を逃すまいと努力の跡が見られたが方向を間違えている気がする。
「な~ァ、部屋変えて貰おうぜぇ」
得物を立て掛けて飛段は口を尖らせたが、
「どうせ熱くなる」
角都は買ってきた唐揚げをテーブルに置く。
暑さに慣れた国の郷土料理は総じて“辛い”物が多い。今置いた唐揚げだって、真っ赤なソースに浸されて提供され、匂いを嗅いだだけで汗が吹き出しそうな一品だった。
「…どっちの意味でだぁ?」
つい、と相棒の脱ぎかけた外套の隙間に指を這わせた飛段に「どっちが」角都は冷徹に言うと彼の誘いを振り解く。
「…休憩だ、3時間の」
続けた角都に「つまんね~~のぉ」飛段は頬を膨らませたが、この休憩時間が角都からの情で篤くなるのに、食欲が勝った飛段は気が付かないようだった。
= = = = =
かくずのふしぎなおはなし
※転生パロ(飛段は出てきません)
その男の子は、不思議な子でした。
お母さまのお祖父さまか、そのまた曽祖父さまか、はたまたその先のお祖父さまか――由来は分かりませんが、お母さまのお血筋に緑の目の方がいらっしゃったようで、その男の子も不思議な緑色の目を持って生まれました。
お父さまは町1番のお金持ちで、大変に裕福なお屋敷にお住まいでした。男の子は“角都”と名付けられ、すくすくと育ちました。
彼はとてもお利口な子でしたが、時々「ひだんはどこ?」そうお母さまに尋ねます。怖い夢でも見たのかと背中を擦ってやりましたが、彼は時折「ひだんはどこ?」そう目を覚ますのでした。
始めの不幸は角都が10になる頃でした。
お父さまが悪い人に騙されて沢山の借金を抱えてしまったのです。
大きなお屋敷から小さなアパートに引っ越し、お父さまとお母さまは「ごめんね」角都に謝りましたが彼は首を振るだけでした。
「大丈夫。僕には5つの心臓があるから、1つ失っただけだよ」
お父さまとお母さまは首を傾げましたが、小さな頃から角都は不思議な子でしたので「ありがとう」と小さな弟たちと一緒に抱き締めたのでした。
それから続いた不幸は、お父さまが事故で亡くなってしまったことでした。
『騙されたお金を返してください』
お父さまは書き残しましたが、悪い人たちはそれだけでは足りないと玄関のドアを叩きました。
泣きはらしたお母さまに角都は言います。
「大丈夫。俺にはまだ3回やり直しが出来る」
小さな弟の頭を撫でて、角都は新聞配達を始めました。
まだ15にもならない子供でしたので、働き口はそれくらいしかなかったのです。
角都が16になる前、朝も夜も働き詰めだったお母さまが身体を悪くして亡くなりました。
「ごめんなさいね」
謝ったお母さまに、角都はやっぱり首を振りました。
「まだ2回やり直せる」
その頃から、角都は夜空をよく眺めるようになりました。
弟たちにも「お父さまとお母さまはあの星になったのだ」とお話していましたから、その影響もあったのかもしれません。
朝早くの新聞配達、まだ明けない朝の空に輝く星に角都は家族を重ねるのでした。
『まだ2回やり直せる』
そう言っていた角都でしたが、最後の1つになったのはそれから直ぐのことでした。
父と母を失った角都に、弟たちを養える手立てはありません。
お金も家も、悪い大人たちに全て持っていかれてしまいましたから、本当に角都は何もなかったのです。
弟たちと離れ離れになって、
「俺の心臓は1つだ」
初めて角都は泣きました。
初めて大声で泣いた夜、空に輝く1つの星に角都が気が付きました。
朝早くでも、夜でも、ただ輝く星の光。
夜空を眺めるのが好きだった角都は、いつの間にかその星に“ひだん”と名付け、その星を追うようになりました。
角都にとって幸せだったのは、新聞配達の小父さんが優しかったことです。
よく働く角都に奨学金の事を調べてくれ、学校も出ようとしない彼を説き伏せて学校に行かせ、星を研究する大学まで見つけてくれたのです。
小父さんは遠い昔の戦争で息子を亡くしたと言っていました。1度写真を見せて貰いましたが、角都と違って優しそうな良い顔をしています。けれど小父さんはあまり愛想のない角都のことを本当の子供のように可愛がってくれました。
星を研究する学校に入った角都は思う存分に星の研究をします。
人々が作った星の話から、星の生まれから死ぬ時までの一生、それに光り輝く理由など、沢山のことを学びました。
大きな望遠鏡を扱えるようになって、初めて彼はあの“ひだん”と名付けた星を調べます。
遠い遠いところにある星で、肉眼には見えないくらい暗い星の筈でしたが、何故か角都にははっきりと見えるのです。
一緒に研究している人たちは「新しい星だ!」と騒ぎましたが、角都は冷静にその星を調べました。
すると、矢張りその星は既に他の博士に発見されていた星だったのです。
角都はその星の名付け親になることは出来ませんでした。研究所の人たちは残念がり、「また新しい星を見付けよう」と角都の肩を叩きます。
角都はその星を発見した博士の名前を見て、胸の引っかかりが取れた気がしました。
――飛段 博士。
博士の事を調べると、博士は角都が生まれるずっとずっと前に亡くなってる人でした。
星の研究をしている博士は沢山居ります。角都は博士のことを調べましたが、あまりに古い文献ばかりで飛段博士がこの星を見つけたことしか分かりませんでした。
けれど、角都はそれで満足でした。
「あの星は飛段だった」
子供の頃から言っていた“ひだん”が何なのか、角都も良く分かりません。
けれど、その“ひだん”を見つけて角都はとても満足だったのです。
あれだけ熱心に星の研究をしていた角都でしたが、それからはぱったりと星の研究を止めてしまいました。
夜空を見上げているうちに、もうすっかり角都はお爺ちゃんの年齢になっていたのです。
研究所を去った角都の所在は誰も知りません。
けれど、最後の人生を生きた角都は幸せだったと私たちは知っているのです。
いつかまた、2人が出会えると信じて――
= = = = =
おとなのきのこがり。
雨が降ると茸がよく生える。——当たり前の話だ。
角都も子供の頃から山に茸を取りに行っていたし、飛段も「茸あっかな~」なんて雨上がりの街道を歩きながら木の裏側を見たりする。
「そんな場所には生えん」
人の足跡の残る街道脇に美味い食用茸なんて自生するわけがない。何処にでも見かけそうなものだが、食用の美味い種は特定の朽ち木に生えたり、薄明かりの差し込む決まった場所に群生したりするのだ。
「ふーん」
角都の言葉に飛段はつまらなさそうに唇を尖らせると「でも俺ぁ肉が好きだなぁ」いつもの調子に続ける。そんな相棒に、角都は縫い目のある口の端をひきつらせて笑った。
「…今晩、美味い茸が何処に生えるか教えてやろう」
= = = = =
無駄の定義
※リーマンパロ
社会人として働き始めた飛段は、バイト時代から考えるとびっくりするほどの大金を毎月手にするようになった。勿論、学生時代と違って“税金”が引かれたりもするが、それでも手にする金は倍以上に違う。社会人として出費も多かったが、もとよりコンビニ飯が多かったし、金遣いは荒いところがあったからあの頃と同様に使っても、金が余るのが不思議だった。——金が余る理由はもう一つだけ思い当たる。
人生の上でも先輩、仕事の上でも先輩——そして恋人も兼ねる角都の存在だ。
恋人と一緒に過ごす時、「会計を」角都はギャルソンを呼び止め、飛段が財布を開く前に金色のカードを差し出す。
それならコーヒーは奢ると流行りのカフェに並んで入れば「一緒に頼め」、残業しているところに差し入れを考えれば「これで皆の分も買って来い」——だったら、ホテル代はどうだと意気込むものの、繁華街にほど近いタワーマンションに居を構える恋人に「家に来た方が早い」そう買い物をして連れ込まれるのが常だった(因みにこの時の買い物も飛段は一銭も出せないで終わる!)。
――飛段だって“彼氏”なのだ。
恋人に見栄を張りたいし、格好良いところを見せたい。
けれど角都は会社の経理で「年金の手続きをしてちゃんと払え」「保険を見直せ」「節約して貯金をしろ」いつも口煩い。会社で作るワークシートを同じように、生活費や光熱費をきっちりと帳簿付けしているのを飛段は知っている。金を貯めるのが好きで無駄が嫌い――そんな恋人に良い顔を見せたい。
「…角都ぅ」
イタリアから取り寄せたというエスプレッソマシーンの前に立つ恋人を見つめながら飛段は呟く。手のひらに包み込んだカフェラテのカップは温かく、置かれたサンドイッチは飛段の好きなパストラミがたっぷり挟まれたものだ。枕を共にした朝、早起きな角都は文句も言わず飛段のことを昼まで寝かせてくれるし、こうして好きな物を食事として提供してくれる。せめてもの礼を、と食器洗いを申し出たこともあるが1度割ったグラスの弁償をしようと金額を調べたら想像以上に0が並んでいて泡を吹てからは食洗器に仕舞うだけになった。
「どうした、食欲がないか」
抽出されたエスプレッソをデミタスカップに注ぎながら角都は答える。
「んー…そうじゃなくてぇ」
飛段は言葉を濁すとサンドイッチを齧る。
「何か悩みか?」
恋人の表情があまり冴えるものじゃなかったから、角都は眉を寄せると飛段の向かいに腰掛けた。
「…悩み、っつーもんでもねぇけど…」
飛段はサンドイッチを置くと角都を見つめる。
「…角都さぁ、いつも俺に『金を貯めろ』っつーじゃん。『無駄遣いするな』とか」
「そうだな。お前の金遣いは荒いから心配している」
「……それ、さ。俺と一緒だといっつも角都が金出すだろ? 無駄…じゃねーのかな、って」
俯いた飛段に恋人の表情は分からない。
職場でも表情が読めないと言われる角都なのに、飛段は何故か彼の表情を読むのが得意だった。
「無駄…?」
飛段の言葉を角都は呟く。
「…なんだ、そんな事を気にしていたのか?」
「だ、だってぇ」
「好きな人間に金を遣うことを“無駄だ”と俺は思わん」
角都からの言葉に飛段は顔を上げる。
視線を上げた先にニヤリと笑う恋人と目が合って、思わず飛段は顔を背けた。
「お前の言う『推しに課金』って言葉で問題ないか?」
角都は続ける。
お前の倍以上は稼いでるんだ、気にせず年長者の好意には甘えろ。
そんな心配をするくらいなら少しは将来を考えて貯金しろ。
矢継ぎ早に言われた恋人からの言葉に、返す言葉も無い飛段は頬を膨らませて彼を睨む。
「…飛段」
角都は手を伸ばすと飛段の口の端に付いたパンくずを払って目を細めた。
「……俺は、お前が思っている以上にお前を好いている。もう少し自信を持て」
――普段、“好きだ”“愛してる”なんて言うのは飛段からばかりで、角都は何も返さないことが多い。
なのに彼はこんな風に不用意に“愛している”の言葉を吐くのだ。——その衝撃と言ったら。
「……おう!!!!」
角都から言葉に飛段は破顔してサンドイッチにかぶり付く。
安心しきってカフェラテを空にした彼に
「——単純なヤツめ」
恋人に気付かれないように角都は毒突くのだった。
= = = = =
爪を切る理由
風呂上がりの角都はいつも爪を切る。野宿が続いた夜なら「伸びてたんだなぁ」飛段も思うが、毎日里に下りた時にも“そう”なのだ。焚火の明かりだと暗くて見えないのだろうか、年長の相棒に飛段は勝手に想像する。
「…どうした」
風呂上がりの下着一枚の姿でぼんやり立ったままの飛段に気付いて角都は顔を向ける。
「…ン? いやぁ…角都はよく爪切りしてるなぁって思ってよぉ」
飛段は素直に答えると、相棒の隣に座り、切りたてのその爪に触れる。深爪とも言えるほどに切られた爪先を飛段が撫でると
「お前は無頓着すぎる」
白く伸びた飛段の爪を擦って角都は続けた。
「…手を握ってみろ」
「こう?」
相棒と指を絡ませたまま握り込んだ飛段に「違う」角都は首を振り、角都の手を振り解くと手本のように拳を握る。
「こうだ」
見せられた其れを真似て飛段も拳を握った。
「…こう?」
「そうだ。それから強く握ってみろ」
角都に言われて、飛段は強く拳を握る。それから「開け」言われて手のひらを開くと、手のひらの真ん中には細い三日月のような爪の痕が残った。
「……こうして人を殴ると爪が刺さって痛いだろう? だからだ」
放たれた彼の言葉に「ほぉ~~!」飛段は深く頷く。
「殴るだけでも痛ェのにこっちまで痛いのは嫌だもんなぁ!」
真っ直ぐに相棒の言葉を肯定する飛段に「お前のも切ってやろう」珍しく角都は申し出る。
「やりぃ~」
飛段は喜ぶと、素直に相棒に両手を差し出した。
「…阿呆か。切るのは片手ずつだ」
角都は溜息を吐くものの、飛段の手を取ると伸びた爪を切る。上機嫌に鼻歌を歌う恋人に、これでひっかき傷に悩ませられることもないな、なんて角都は思うのだった。
――知らぬが仏。
それが長く恋人関係を続ける極意である。
= = = = =
度胸試し
太陽が南中に上った頃、宿の好意で持たされた握り飯を何処で食おうかと飛段は辺りを見回す。森の中の街道は“街道”とは名前ばかりの登山道で、先日の大雨の影響か時折道が途切れていた。こう言った道を使うのが忍だから不便はないものの、普通の人間であれば骨が折れるだろうと角都は思う。そんな彼の耳にざぁざぁと水の音が届いて、角都は片手を差し出すと相棒の動きを制した。
「…水源がある」
相棒の言葉に「すいげん~?」飛段も耳を澄ます。
同じく流れる水の音に「いいねぇ」彼は手を打って喜んだ。
――今年の夏は、余りにも暑い。
こんな季節に不釣り合いな外套を着込ませる組織の正装なのだ、少しは涼を取ったって悪くないだろう。
「昼飯ついでに水浴びと行こうぜぇ~」
足取りを軽くした飛段に、角都も否定はしないのだった。
*
街道から外れた場所に在った水音は、切り立った崖の滝口だった。
チャクラで地面に張り付きながら眼下を臨むものの、滝壺は流れ落ちる水飛沫に煙って見えない。
「ひょえ~…」
覗き込んだ飛段は小さく感嘆を漏らすと、背後の木陰で握り飯を広げた角都の元へ駆け戻る。
「すっげぇ滝」
差し出された握り飯に大口を開けた相棒に「だろうな」角都は頷いた。
照り付ける日差しは強いものの、耳に届く水音と湿度に少しは暑さが和らいだ気がする。
竹筒の煎茶も飲むと、飛段は続けた。
「なァ~角都よぉ。
お前は“滝隠れ”出身って言ってたよなぁ。こんな滝がいっぱいある里なのかぁ?」
相棒からの質問に「そうだな…」ちびりちびりと握り飯を齧っていた角都が重い口を開く。
――滝隠れ、と言われる里だ。
里一番の名所は荘厳な滝だった。
山に囲まれた里で、その名の通りに大小沢山の滝が山に入れば幾らでも流れていた。水源の豊かな地で、戦乱の世であっても水に困らなかった地だ。
「…こんな滝が幾つもあってな。
子供の頃から度胸試しをしたものよ」
思い出を辿るように角都は目を細める。
飛段も山間の隠れ里の出身だったから、そうした沢で遊んだ記憶がある。
細い蔦にぶら下がって、『度胸試しだ!』飛び込んだのは飛段も持つ思い出だ。
「…どっこの里も似たようなモンだな~」
飛段は指先に付いた米粒を啄む。
角都も竹筒の茶を一口飲むと「そうだな」小さく頷いた。
「…秘密の遊び場は、口伝えで年長の少年から伝えられ…」
「そうそう! 男だけの遊び場だ!ってなァ!」
「其処もこんな高さの滝だった」
「ひえ~! こんな高さから“度胸試し”したのかよ。
つぅか、子供の遊び場にしては危な過ぎねぇ!?」
驚いた飛段だったが、遊び場に集うのはチャクラを取得したアカデミー生ばかりだろうと予想する。
チャクラのコントロールさえしっかり出来れば水の上に立つことも可能だし、受け身の際の力を分散させることだって出来る。
“度胸試し”なんて、チャクラコントロールの出来ない人間の話であって、下忍にもなれば操作も無い話だった。
「…で、幾つの頃に成功させたんだ?」
ニヤニヤと顔を歪めた飛段に、上手(うわて)なのは勿論、年の功で勝る角都の方だ。
――相棒の思考くらい、手に取るように分かる。
きっと今だって10やそこらで“度胸試し”を成功させたんだと思っているんだろう。そのプライド、うち砕いてやるか。
角都はゆっくりと口角を上げると人の悪い笑みを浮かべる。
「俺が飛んだのは5つになる前だ」
勝ち誇ったような表情に「大戦時代こえぇ」飛段は慄く。そんな彼に畳みかけるように角都は続けた。
「…度胸試し程度の試練を見誤る人間だ、忍になったところで使えん奴だろう」
冷徹な相棒の言葉に、飛段はまた身体を震わせる。
――そうだ、“アカデミー”なんてシステムは無ェんだ。
大戦を生きた忍、こぇぇ…!
あれだけ暑いと思っていた気温が、5度は下がった気がした飛段なのだった。
= = = = =
14.白い柔い熱い肢体
「せめぎあう」「見下ろす」「白い肌」
※現パロ/リーマン
――其れを不幸な事故と呼ぶか、否か。
経理部長の角都を連れての営業回り、年代物の営業車が急勾配の山道に悲鳴を上げてエンストを起こす。
ならばと呼んだ自動車修理サービスは高速道路の事故に巻き込まれての遅延、挙句に通り雨に降られて2人はびしょ濡れに。修理会社に連絡を入れ、仕方なしに探した寂れた簡易宿は所謂“ラブホテル”と言う代物で、受付の婆に不審な目を向けられたが事情を話すと部屋の鍵を渡してくれた。
「大変だったね」
景色が真っ白になる程降った雨は受付からも見えたから婆は労い、質のあまり良くないタオルを追加で手渡す。
そうして入った簡素な小部屋、「身体が冷えるから温めてこい」と飛段を浴室に叩き入れたものの、矢張り其処は“愛を語らう場所”で、何の趣向か全面ガラス張りの、身体を隠せることの出来ない作りだった。
熱い湯を浴びる飛段の姿はベッドに腰掛ける角都からは丸見えで白い肌を余すことなく彼に晒す。
若者特有の精悍な肉体、無駄な脂肪のないすっきりとした肢体を見遣って溜息と一緒に見下ろせば、少しだけ雄の力を滾らせた自身の姿。
――仕事中だ。
――けれど彼は恋人でもある。
――此処は会社じゃないんだ。
――いやこれは不可抗力で……
角都の脳内でせめぎあう天使を悪魔を知ってか知らずか、上機嫌に飛段はガラス張りの浴室で身を清めるのだった。
= = = = =
17.ぜんぶ愛のせい
「もう二度と」「危機感」「好きにしていい」
「も~終わりぃ?」
ずり落ちた下着を直しながら言った飛段に、角都は口元を拭いながら顔を上げる。翡翠色の鋭い眼光に「…べ、別に文句じゃね~し」飛段は言葉を濁すと唇を尖らせた。
「明日は夜明け前に出立すると言っただろう?
お前は朝が弱いのだから――」
くどくどと告げられた不満に「イーーーーだ」飛段は耳を塞いで舌を出す。年端も行かぬ子がその表情を作れば可愛さもあるのだろうが、角都の目の前に立つ男は20を過ぎた成人なのだ。言動が余りにも幼過ぎる。
「…ったく、貴様は」
まだ続けられそうな小言に飛段は
「別に…任務はちゃんとするし……角都の好きにしていーし……」
俯いて爪先を合わせながら呟く。
「はぁ」
角都はこれ見よがしに溜息を吐くと、汚れた膝の土を払って立ち上がった。
「――貴様は危機感が無さ過ぎる」
野外だぞ。
――其れは、飛段が聞いた最後の台詞。
遠くの空が群青から赤に変わるのを眺めながら、もう二度と角都の前で「好きにしていい」なんて言うものかと誓う飛段なのだった。
= = = = =
或る教師の話。
※飛段生存if/モブ視点
私は、ある小国の里でアカデミーの教師をしております。
あの大戦は酷い物でした。このような小さな小国でさえ戦火の爪痕は禍々しく、アカデミーの再建までにはこうも時間が掛かってしまったのです。
そんな、大戦後のまだ混乱した時代。やっと青空学級から、ほんの小さなアカデミーとして子供たちを集められた頃のことです。教師である私でさえも知らないような、遠い、小さな村から通う子供たちが妙に字が読めたり簡単な印を結べたりとチャクラの基礎がしっかり出来た子たちばかりでした。本来であればアカデミーで私たち教師が教えるような内容です。彼らの年齢は10くらいが多く、アカデミーが再建されても遠い村なのでなかなか来れなかったこと、アカデミーに来る代わりに「村で飛段先生の学校に通っていた」と言うのです。
飛段先生? 戦を退いた何処かの世話好きな忍か? 私は疑問に思います。きっと子供たちに教えるのですから悪い人間ではないでしょう。けれど、同じ忍の端くれとして下忍になる子供たちと関わる人間には会っておきたいと思いました。「私も飛段先生に会えるかな? 君たちをしっかり教育してくれたお礼をしたい」私の言葉に子供たちは頷くと、村まで案内してくれました。
「あそこが飛段先生の学校だよ」
子供たちが指を差す先、確かに村の外れには小さな小屋があります。
“飛段先生”と迎えたその人は銀色の髪の穏やかな出で立ちで、「ジャシン教に興味は無いか」そう時折言うものの書物に囲まれた部屋で子供たちに字を教えておりました。壁には印の組み方の手本があり、此れを見て子供たちは練習したと言います。
「自分も学が無くて苦労した。少しでもその知識を伝えられれば嬉しい」
部屋を見て回る私に、飛段と呼ばれる人物は言います。あれだけ酷い大戦の戦火を潜り抜けた古書たちはどれも古く、聞けば、その人も先人の上忍にこうして生きる術を学んだのだと言教えてくれました。
「ありがとうございます。
貴方のような立派な先生に教えらてあの子たちも幸せでしょう。あの子たちは筋も良い。きっとよい下忍になれます」
私の言葉に「いやいやぁ」先生は頭を掻いて扉を絞めました。部屋の隅に掛けられた外套が戦犯とも数えられる暁のものに良く似ていましたが、私は詮索するのを止めました。
彼の人がどのような過去があったって、あの子たちには良い教師であるのですから。
それから私は“ジャシン教”について調べてみましたが、何も分かりませんでした。
分かったのは湯の国の発祥のこと、教義が“汝 隣人を殺戮せよ”との物騒なもののこと、死司憑血と言う謎の術を開発した教団であること――
あの人は一体何者なのでしょうか。私には知る由もありません。
= = = = =
とばっちりのお爺ちゃん
「俺こーこに寝るっ!」
野宿の準備をしていた角都へ、飛段は叫ぶとふかふかと柔らかい雑草の生える藪に転がる。
角都が火の準備をしていた場所からは風下で、よく見える場所だったから別に其処でも構わなかったが、どうにも角都は其処に寝る気にはなれなかった。
「…1人で寝ろ」
巻物から乾物や米を出した角都に飛段が「一緒に寝よう、なんて言わない癖に~」なんて返されたのでまま無視をする。
塩と酒だけで味付けされた簡素な強飯を食べて、眠る支度をした飛段はもう一度相棒に尋ねた。
「な~ほんとにいーのかぁ?
すっげぇ寝心地良さそうだぞぉ」
敷物を広げた上に横になった飛段は角都を見つめる。
角都は火の始末をしながら「交代で眠ればいい」そう首を振って「さっさと寝ろ」犬を追いやるように手を振った。
「ちぇ。こんなにきもち~夜なのによぉ」
空には丸い月が浮かび、肌を撫でる風は生温い。
秋が近付いてきた宵、夏の盛りほどの暑さは無く、野宿するのには良い塩梅だった。
ものの3分もしないうちに穏やかな寝息が聞こえてきて角都は相棒に目を遣る。
敷物の上に大の字で寝るその姿は宿での寝姿と寸分の違いはなく「危機管理がなさ過ぎる」そう溜め息を吐くのだった。
*
「~~~~~っ!
かっいーーーーーーーーーーーーーー!!!」
近くを流れる小川で水浴びをしながら、全身についた赤い痕に飛段は大きく騒ぐ。
「……だから言っただろう、其処では寝ん、と」
朝餉の支度をしながら告げる角都に「ぎぃ~~~~!」飛段は全身を冷水に浸すと、何とか痒みを緩和しようと模索する。
「だったら教えてくれよぉ!」
清流から顔だけを出した相棒に「知るか。経験則だ」角都は珍しく笑うと「ほら、朝飯にするぞ」昨日作った強飯を温めて飛段を呼び出す。
「う~~…」
全身ずぶ濡れになって渋い顔を作る飛段に、もう一度角都は表情を緩めると
「食ったらアジトに戻るぞ」
そう急かすのだった。
*
「たでぇまぁ」
元気よくアジトに戻った飛段の姿に、出迎えた鬼鮫がぎょっとした顔を作る。
「おかえりなさい、飛段さん」
開けた外套から覗く無数の赤い痕に、彼と組む老齢の忍を頭に浮かべる。
続いて言葉を飲んだのはデイダラで「おかえり、うん」そう一言だけ告げると、隣の鬼鮫を見上げて目を合わせた。
「ぜんっぜん野宿って寝れね~なーーーちょっと寝る!」
ひらひらと手を振って自室に戻る飛段を見送って、そのあとに「どうした?」帰った角都にも「おかえりなさい」出迎えて見送ると、やっと二人は口を開いた。
「……す、凄いですね、角都さん…」
「飛段がジーさんジーさん言うけど、全然ジーさんじゃねぇぞ、うん」
只、蚊に刺されただけなのに。
随分と酷い勘違いを角都はされるのだった――
――元来、性欲は普通の方だったと思う。
まだ年齢を数えていた頃は勝手に勃つ其れを処理するのが面倒だったと思う時もあったし、放っておけば萎えるのも心得ていた。忍の性分、命をやり取りした際は昂りを抑えられない夜もあったと記憶しているが、発散する方法は知っている。
こうして女を買うようになったのはいつの頃からか。
禁術を手に入れた時か、新しい心臓を手に入れた時か。
――里を抜けてからか。
任務の為に野営が続いた晩、やっと大きな里に出られて角都も飛段も少しだけ肩の力が抜ける。
「肉! 肉食いてぇ! 肉ゥ!!」
その言葉しか言わない相棒を宿に置き、適当に飯でも食って待ってろと金を出して告げると角都はいつものように朱に塗られた塀の街へ赴く。
街の奥にある一番大きな館を角都は見上げると、扉が内に開いた。
「ようこそ」
わざとらしく目尻を下げた黒服に角都は冷たい視線を投げると、入り口の広間に置かれた豪奢なソファにどっかりと腰を下ろす。
「お客様のどんな要望にもお応え致しますよ」
ソファを軋ませた体格の良い角都に、黒服は薄いファイルを差し出した。
ページを捲ると豊かな身体の線を隠さない、布1枚を羽織っただけの女性の写真が目に飛び込む。
健康的な褐色の肌をした娘、長い髪を1つに纏めて此方に微笑む娘、豊満な胸を寄せて唇と尖らせる娘――
「きっとお客様の好みが見つかります」
――言い忘れていたが、館に入る前から角都は幻術を使っている。
黒服の目に映るのは、戦帰りに見える精悍な忍の姿だった。
ぱらぱらとペーシを捲る角都の手が、次第にゆっくりとなり、やがて止まる。
「…お好みの子が見つかりませんでしたか?
ウチは大名様のお許しを頂いておりますので、幻術を使っての好みの子を仕立て上げる事も出来ますよ」
動きを止めた角都に黒服は畳みかける。
戦帰りの忍は金を持っているのを知っているから、何とか金を落として貰おうと必死だった。
「……済まない、仕事を終えて金を貰ったら来ようと思って来たんだ。
あとで必ず」
角都は畏まった口調で言うと、急に舌打ちをして態度を変えた黒服に会釈して店を出る。
――好みの女なら、何人かは見つけた。
鎖骨の綺麗なほっそりした体形の娘、白く短い髪の娘、ぱっちりと大きな紫の瞳の娘――
その何処かに、無意識に相棒の面影を探す自分に角都は気付いたのだ。
早足で元来た道を歩き、相棒を置き去りにした宿の襖を開ける。
「…帰った」
勢いよく登場した相棒に「うおぉ!?」畳の上で転がって菓子を食んでいた飛段が驚く。
「早くねぇ!?」
薄い煎餅をボロボロと溢しながら起き上がった飛段はまだ夕食も済ませていないようで、脱いだ外套もそのまま投げ捨てられていた。机の隅に角都が置いた金もそのままだ。
「飯もまだ食ってね~し、それに何も準備してねぇぞ~!?」
――こうして任務を終えて里に下りた日、角都は女も抱くが相棒も抱いた。
少しだけ倫理観の欠けた飛段は角都に抱かれることに抵抗は無かったし、女を知らない宗教家に一流の忍は夜の作法を己好みに仕込んだ。
「俺も飯はまだだ。食いに行くぞ」
角都は言い放つと、寝転んだ飛段を起こすと放置された金を掴んで部屋を後にする。
「やっぱさ~肉がいいよなァ! 肉ッ!!」
相変わらずの好物しか言わない相棒にうんざりしながらも、角都は珍しく頷いてやった。
「……たまには、肉も悪くないな」
掲げられた看板に角都は足を止める。
『炭火焼 地鶏』
鶏の描かれた赤い暖簾の店先に
「角都ちゃ~ん♡」
一目を憚らずに飛段が抱き着いた。
立派な店構えは、あまり角都が選ばない店の類だ。金に厳しい角都は飛段が多く飲み食いする酒場にあまり良い顔をしない。なのに今日は珍しくその店を推したから、任務への慰労だと彼は喜んだのだ。
「うめ~肉~~♡」
嬉々として入り口の引き戸を開けた相棒の背中に、角都は口布に見えない口角をそっと上げるのだった。
――1世紀近く生きた人間の価値観を変えたんだ、責任を取って貰うぞ。
= = = = =
占い
もうすっかりと影が伸びた夕暮れの町、ぼんやりと公園のベンチに佇む飛段は駆け回る子供たちを眺める。
換金所に行った角都を待って三十分。最初は大人数で鬼ごっこをしていた子供たちは1人、また1人と減っていき数人になっていた。そのうちの1人が公園内に建てられた時計を指差し「時間だから帰るね!」残る友人たちに手を振って駆け出す。
「また明日!!」
聴こえる声は高く、耳慣れない少女の声に飛段の意識は其処に向いた。
残った少女たちは肩を寄せてお喋りを始める。
「今日ね、新しい占いを教えて貰ったの」
「なになに?」
「こうして、名前を呼んで…」
少女は言うと開いた手のひらに小さな指を辿らせる。
「天国 地獄 大地獄」
「なぁにそれ~」
「死んだ時に行く場所なんだって~」
無邪気な声音と“大地獄”の言葉の強さに思わず飛段は息を呑む。
――昔の大戦ほどの酷い世の中では無いとは言え、現在だって里同士の小競り合いは続いていた。
平和そうな里に住む子供たちだって、もしかしたらアカデミーに通う下忍かもしれない。両親は忍かもしれないし、そうした戦で命を落とした者が身内に居るのかもしれなかった。
「天国 地獄 大地獄」
飛段は呟くと子供たちの占いを真似る。
広げた手のひらに己の名前を告げ、最期の行き先を尋ねた。
「天国 地獄 大地獄 天国 地獄 おお…」
ぶつぶつと呟いたところで、彼の頭上から相棒の声が降る。
「何を不穏な事を言っている」
その言葉に、飛段は顔を上げた。
「んぁ?」
向けられた紫の瞳に、角都は相棒の隣に腰を下ろす。
「…何をやってるんだ」
2人の真ん中に置かれたアタッシュケースは重く、先ほど突き出した賞金首は良い金になったようだ。――金が在ると角都の機嫌も良い。
「ん~~? 占い??ってヤツぅ?」
飛段は説明する。
目の前の女児が手のひらを使って、自分の最期を尋ねる占いをしていたこと。
天国 地獄 大地獄、なんて地獄の確率の方が高い不穏な占いなこと。
「…ほう」
相棒の話に角都は目を細めると、ぬっと手のひらを差し出す。――こんな馬鹿げた占いを実践しろだなんて、飛段の見立て通りに角都の機嫌は良いようだ。
「やれ」
短い命令にも「へいへい」飛段も気にせずその手をなぞる。
「た き が く れ の か く ず」
相棒の名を呼び、そのまま占いを始めた。
「天国 地獄 大地獄 天国 地獄 大地獄 …」
最後の指に触れて、飛段はニヤリを口の端を上げる。
眼前の相棒に視線を合わせると、彼はニッっと悪だくみの顔を作った。
「…大地獄」
そりゃ~抜け忍だし、賞金首殺しまくってるし、天国には行けねぇよなぁ~
続けた飛段に角都はゆっくりと首を振る。
「本当に、お前は馬鹿だな」
“馬鹿”言われた言葉にあぁ゙?!飛段は反射的に睨む。
「地獄の沙汰も金次第」
若輩者からの凄みなど何処吹く風の角都は飄々と続けた。
「…金さえあれば、閻魔大王も懐柔可能……そんな意味だ」
言葉の意味を説明した角都に「エッそうなの?」無知な飛段は素直に信じる。
「そうだ。地獄とて金がモノを言う」
重ねた角都の発言に「へぇ~~~」飛段は大きく頷いた。
「でもさぁ角都ぅ。俺、角都と一緒が良いなぁ」
行くぞ、立ち上がった相棒に続いて腰を上げた飛段が彼の後を追う。
いつの間にか公園に残ったのは角都と飛段の2人だけで、最後まで遊ばれていたのだろう、ブランコが静かに揺れていた。
「…お前も、地獄行なのだろう?」
――贄として殺人を重ねている身だ、信じているのは崇拝する神だけだろうが、地獄の世界にその“神”は存在しないだろう。まぁ、“不死”ではあるので“死”んだらの話ではあるが。
返した角都に「ま……死ねたらな」飛段は肩を竦ませる。
「だったらさ、その金で俺ン所まで戻って来いよ角都ゥ…
おめ~が一緒だと何処だって天国みたいに楽しいしよぉ」
今日は肉がいいなぁ、同じテンションで告げた相棒に角都は元より難しい顔をもっと険しくさせると、盛大に溜息を吐いた。
「……ったく、お前は」
――死んだ者に対して“その金で生き返れ”と言うのか。
死後の世界に金が持ち込めることも謎だ。けれど角都は金の力を信じているし、“地獄の沙汰も金次第”なんて慣用句まである。死んだ後も金を持ち込めるのなら、蘇ることが出来るのなら――
角都の溜め息に「あっ」飛段は反応する。
「『俺は死なん』とか言うなよぉ~!
いつも死ぬとか言う癖に、こんな時はそ~言うんだから」
頬を膨らませた相棒にすっかり怒る気も失せた角都は飛段の頭を撫でる。
子供扱いすんな!飛段は抗議するが、齢九十を越えた爺から見れば飛段はまだまだ“お子様”なのだ。
「……今日は思ったより良い換金率だったから、美味い肉でも食うか」
止めろって、彼の手を払いのけようとしていた飛段だったが、発せられた言葉に満面の笑みを作る。
――やっぱり、今日の角都は機嫌が良いみたいだ!!
現実主義(リアリスト)の角都に占いなんて似合わない話なのだ。
「やった~~肉ゥ!!」
長身の角都に飛段が飛びついて、「邪魔だ!!!!」肘鉄が落とされる。
――相棒が居れば、其れは何処だって天国。
陽の落ちた町に、赤い提灯が灯り始める時間だった。
= = = = =
9.ケープルクラムハイボール/あなたに会いたい
「繋がる」「珍しい」「海の底」
※人魚パロ
――人魚の肉は人(ヒト)を不死にさせる力があると云う。
古来から人間は浜に打ちあがった人魚を捕獲し、珍しい生き物だと見世物小屋に売り、そしてその肉を薄く削いで食した。
衰弱した人魚は死ぬと、人間は「海に還れ」と亡骸を捨てる。
そうしてまた暫くすると人魚が浜へ打ちあがるのだ。
飛段はまだ若い人魚だった。
水面へ出ることは長(オサ)から固く禁じられている。“空”と云うものを彼は知らず、唯海の底からきらきらと煌めく水面を眺めるのが精いっぱいだった。
北の海の底に、誰とも繋がろうとしない魔法使いが棲んでいた。
彼は男の魔法使いで金さえ積めばどんな願いも叶えてくれると言われていた。
彼の元には若い人魚がよく来ては『人間になりたい』と願いを伝えていた。
一族に禁止された“陸”の世界を見、そして人間の男に惚れた末路なのだと魔法使いは笑う。
彼は人魚から金品を巻き上げ、そして不完全な薬を使い人魚を人へと仕立て上げる。
夜明けとともに脚がヒレへと戻るが、もう人魚は海の底へは戻れない。——だから、泣く泣く浜に打ちあがるのが話の裏だった。
もっと言えば、彼は人からも金品を積まれている。人魚の願いを叶え、人の願いを叶え――彼はそうして一人きりで生きて来たのだった。
そんなある日、彼の元に若い男の人魚が尋ねて来る。
薄紫の瞳が綺麗な男で、話を聞くと陸の男を探して“人間”になりたいのだと云った。
「…それで貴様は何を差し出す?」
尋ねた男に人魚は答える。
「…何も、ない。
誰にも言わずに此処に来た。俺には何もない」
何も持たずに此処に来たか、魔法使いは笑う。
「そう言えば、人魚を食うと不死になれるらしいな」
男は8本の脚を伸ばして人魚を見定める。
人魚よりも寿命の長い種族の男ではあったが、彼も魔法使いの端くれ、“不死”に興味があった。
彼の言葉に人魚は腕を差し出す。
「いいぜ、食えよ、俺を」
躊躇の無いその行為に、魔法使いは縫い痕のある口の端を上げる。
――彼も少し長く生きて、寂しかったのかもしれない。
「人魚が戻らないのはな、俺の所為だ」
あっさりと人魚に種明かしをすると、その唇を塞いだ。
「きっと貴様の家族は一生戻らないだろう。
見世物小屋に売られ、最後は肉を食われて死ぬ」
よく動く触腕で男は人魚を乱す。
「…貴様も一族を出た身、戻る場所はもう無い」
魔法使いの毒の言葉は甘く若い人魚を侵す。
――その後の、飛段の行方は誰も知らない。
陸の男に恋をしただとか、魔法使いに騙されたとか、妙な宗教に走っただとか。
彼が恋した人間の男の名を角都と云い、魔法使いの容姿は彼と瓜二つだった――
= = = = =
10.ジンデイジー/ひと夏の恋
「後ろ髪」「かわいい」「涼しげ」
湯の国・湯隠れの里、という出身地が“そう”させるのか、飛段は風呂に対して角都よりも思い入れがあるようだった。
湯舟に浸かる前に汗を流せ、髪の毛を湯に浸けるな、風呂上りには冷たい水を浴びろ――
小僧の戯言だと角都は相手にしなかったが、それでも飛段は口煩く相棒に忠告する。
いつもは「煩い、飛段」角都の方が彼に注意していたから、湯浴みの場所だけは状況は逆転するようだった。
とやかく口を出す飛段に、「貴様こそどうなんだ」角都も反論しようとするものの、飛段の身なりは彼の語る規則を守られている。
肩まで浸かったって濡れない髪の毛の長さなのにちょこんと1つ結びにした後ろ髪は可愛らしく、浴衣の襟から涼し気な首筋を晒している。
――其れは、角都だけが知る相棒の姿。
「…チ゛ッ」
角都は舌打ちをすると
「かぁ~くずぅ~~! はーやーーく~~~!!」
宿屋の廊下、手拭いを振り回して飛段が大浴場と書かれた看板の下で振り向く。
「…煩い、飛段」
角都はお得意の言葉を吐くと、顰め面を作って相棒の元へ行くのだった。
= = = = =
2.プースカフェ/恋の駆け引き
「慎重に」「好きなもの」「積み重ね」
※現パロ
エメラルドグリーンの波が打ち寄せるリゾートビーチ、大型のパラソルの下でハイビスカスの飾ってあるジントニックを傾ける角都の隣で、飛段はサングラスの奥から恋人を覗いた。
「…似合わねぇ~」
ギラギラと輝く太陽に似合わない渋い顔、焼けたようにも見える褐色の肌は鍛え上げられていてサーファーとも言い訳出来そうだが、着せられた陽気なアロハシャツを打ち消すような不機嫌を立ち上らせていた。
破顔した顔に「うるさい」角都はそっぽを向く。
競馬で大きく勝った飛段が「海に行くぞ!海と言えばワイハ!!」と、嫌がる角都を捕まえたのが3日前。
『フリーランス? なんだろ!? 仕事休んで行こうぜぇ!!』
と、あれよあれよという間に飛段は旅行会社を経由して2人分の飛行機にコンドミニアムと手早く抑えたのだった。
――こんな時の行動力は“若さだな”と角都は思う。
「Thank you for waiting!hawaiian pancake!!」
(お待たせしました!ハワイアンパンケーキです)
クロックスを履いた金髪の美女が細かな砂を蹴り上げながら、飛段の前に食用花がこれでもかと散らされた華やかなパンケーキを置く。
「have fun♡」
(楽しんでね)
ウインクした彼女に「せんきゅ~~」飛段も片目を瞑ると、積み重ねられたパンケーキへ慎重にナイフを入れた。
丸くバターが盛られた其れはじゅわりとしみ込んだ蜂蜜を滴らせる。
「うめェ~~~けど甘ぇ~~~~」
そう言って身体を揺らした飛段の、開襟のアロハシャツから覗く白い肌が眩しくて思わず角都は顔を背ける。
「…見てるだけで胸やけがしそうだ」
顔を顰めて視線を逸らした理由を別に作ると、飛段は大口を開けてパンケーキを平らげながら「そんなに甘くね~よ?」口の端に付いたホイップクリームを舐め上げる。
「甘い物が嫌い、って食わず嫌いなんじゃねぇのォ、角都チャンよぉ」
ココナッツにストローが刺さった、南国特有の飲み物を飲みながら飛段は続けた。
「俺だってアン肝も食ったこと無かったけど、角都がよく食うから好きになったもんだし。
意外と甘いモンも美味ェかもよぉ~?」
小さく切ったパンケーキを差し出した飛段に、「……」仕方なく角都は其れを口に含む。
濃厚なバターの香りにたっぷりと含んだ甘い蜂蜜。乗せられたホイップクリームの油分に角都は難しい顔を作ると
「…嫌いだ」
冷たく言い放った。
「つっまんね~~~の」
飛段は口を尖らせると、残りのパンケーキも口に運ぶ。
「…これからよぉ~~どうするぅ?」
ハムスターのように頬をいっぱいにして喋る恋人に、角都は溜め息を履くと目を細めた。
「…お前の好きに過ごせ。
俺は誘われた身だ。文句は言わん」
――こうして揃いのアロハシャツも着てやってるんだ。旅の恥はかき捨て。
テーブルの下に持ったタブレットで株価のチャートを横目で見遣った角都に
「おうおう! 大船に乗ったつもりでいろよぉ!」
飛段は破顔すると、「泥船の間違いだがな」リゾート地に染まらない彼は相変わらず辛辣な一言を発するのだった。
= = = = =
6.ソルクバーノ/象徴
「どっちが」「覆う」「あつい」
通された一室に「暑い」飛段は異を唱える。
エアコンの付いた部屋なのに、古いその宿の其れは利きが悪く、吹き出し口に手を翳しても生温い風が吹くだけだった。
小さな窓には不釣り合いな大きさの分厚い遮光カーテンで覆われ、冷気を逃すまいと努力の跡が見られたが方向を間違えている気がする。
「な~ァ、部屋変えて貰おうぜぇ」
得物を立て掛けて飛段は口を尖らせたが、
「どうせ熱くなる」
角都は買ってきた唐揚げをテーブルに置く。
暑さに慣れた国の郷土料理は総じて“辛い”物が多い。今置いた唐揚げだって、真っ赤なソースに浸されて提供され、匂いを嗅いだだけで汗が吹き出しそうな一品だった。
「…どっちの意味でだぁ?」
つい、と相棒の脱ぎかけた外套の隙間に指を這わせた飛段に「どっちが」角都は冷徹に言うと彼の誘いを振り解く。
「…休憩だ、3時間の」
続けた角都に「つまんね~~のぉ」飛段は頬を膨らませたが、この休憩時間が角都からの情で篤くなるのに、食欲が勝った飛段は気が付かないようだった。
= = = = =
かくずのふしぎなおはなし
※転生パロ(飛段は出てきません)
その男の子は、不思議な子でした。
お母さまのお祖父さまか、そのまた曽祖父さまか、はたまたその先のお祖父さまか――由来は分かりませんが、お母さまのお血筋に緑の目の方がいらっしゃったようで、その男の子も不思議な緑色の目を持って生まれました。
お父さまは町1番のお金持ちで、大変に裕福なお屋敷にお住まいでした。男の子は“角都”と名付けられ、すくすくと育ちました。
彼はとてもお利口な子でしたが、時々「ひだんはどこ?」そうお母さまに尋ねます。怖い夢でも見たのかと背中を擦ってやりましたが、彼は時折「ひだんはどこ?」そう目を覚ますのでした。
始めの不幸は角都が10になる頃でした。
お父さまが悪い人に騙されて沢山の借金を抱えてしまったのです。
大きなお屋敷から小さなアパートに引っ越し、お父さまとお母さまは「ごめんね」角都に謝りましたが彼は首を振るだけでした。
「大丈夫。僕には5つの心臓があるから、1つ失っただけだよ」
お父さまとお母さまは首を傾げましたが、小さな頃から角都は不思議な子でしたので「ありがとう」と小さな弟たちと一緒に抱き締めたのでした。
それから続いた不幸は、お父さまが事故で亡くなってしまったことでした。
『騙されたお金を返してください』
お父さまは書き残しましたが、悪い人たちはそれだけでは足りないと玄関のドアを叩きました。
泣きはらしたお母さまに角都は言います。
「大丈夫。俺にはまだ3回やり直しが出来る」
小さな弟の頭を撫でて、角都は新聞配達を始めました。
まだ15にもならない子供でしたので、働き口はそれくらいしかなかったのです。
角都が16になる前、朝も夜も働き詰めだったお母さまが身体を悪くして亡くなりました。
「ごめんなさいね」
謝ったお母さまに、角都はやっぱり首を振りました。
「まだ2回やり直せる」
その頃から、角都は夜空をよく眺めるようになりました。
弟たちにも「お父さまとお母さまはあの星になったのだ」とお話していましたから、その影響もあったのかもしれません。
朝早くの新聞配達、まだ明けない朝の空に輝く星に角都は家族を重ねるのでした。
『まだ2回やり直せる』
そう言っていた角都でしたが、最後の1つになったのはそれから直ぐのことでした。
父と母を失った角都に、弟たちを養える手立てはありません。
お金も家も、悪い大人たちに全て持っていかれてしまいましたから、本当に角都は何もなかったのです。
弟たちと離れ離れになって、
「俺の心臓は1つだ」
初めて角都は泣きました。
初めて大声で泣いた夜、空に輝く1つの星に角都が気が付きました。
朝早くでも、夜でも、ただ輝く星の光。
夜空を眺めるのが好きだった角都は、いつの間にかその星に“ひだん”と名付け、その星を追うようになりました。
角都にとって幸せだったのは、新聞配達の小父さんが優しかったことです。
よく働く角都に奨学金の事を調べてくれ、学校も出ようとしない彼を説き伏せて学校に行かせ、星を研究する大学まで見つけてくれたのです。
小父さんは遠い昔の戦争で息子を亡くしたと言っていました。1度写真を見せて貰いましたが、角都と違って優しそうな良い顔をしています。けれど小父さんはあまり愛想のない角都のことを本当の子供のように可愛がってくれました。
星を研究する学校に入った角都は思う存分に星の研究をします。
人々が作った星の話から、星の生まれから死ぬ時までの一生、それに光り輝く理由など、沢山のことを学びました。
大きな望遠鏡を扱えるようになって、初めて彼はあの“ひだん”と名付けた星を調べます。
遠い遠いところにある星で、肉眼には見えないくらい暗い星の筈でしたが、何故か角都にははっきりと見えるのです。
一緒に研究している人たちは「新しい星だ!」と騒ぎましたが、角都は冷静にその星を調べました。
すると、矢張りその星は既に他の博士に発見されていた星だったのです。
角都はその星の名付け親になることは出来ませんでした。研究所の人たちは残念がり、「また新しい星を見付けよう」と角都の肩を叩きます。
角都はその星を発見した博士の名前を見て、胸の引っかかりが取れた気がしました。
――飛段 博士。
博士の事を調べると、博士は角都が生まれるずっとずっと前に亡くなってる人でした。
星の研究をしている博士は沢山居ります。角都は博士のことを調べましたが、あまりに古い文献ばかりで飛段博士がこの星を見つけたことしか分かりませんでした。
けれど、角都はそれで満足でした。
「あの星は飛段だった」
子供の頃から言っていた“ひだん”が何なのか、角都も良く分かりません。
けれど、その“ひだん”を見つけて角都はとても満足だったのです。
あれだけ熱心に星の研究をしていた角都でしたが、それからはぱったりと星の研究を止めてしまいました。
夜空を見上げているうちに、もうすっかり角都はお爺ちゃんの年齢になっていたのです。
研究所を去った角都の所在は誰も知りません。
けれど、最後の人生を生きた角都は幸せだったと私たちは知っているのです。
いつかまた、2人が出会えると信じて――
= = = = =
おとなのきのこがり。
雨が降ると茸がよく生える。——当たり前の話だ。
角都も子供の頃から山に茸を取りに行っていたし、飛段も「茸あっかな~」なんて雨上がりの街道を歩きながら木の裏側を見たりする。
「そんな場所には生えん」
人の足跡の残る街道脇に美味い食用茸なんて自生するわけがない。何処にでも見かけそうなものだが、食用の美味い種は特定の朽ち木に生えたり、薄明かりの差し込む決まった場所に群生したりするのだ。
「ふーん」
角都の言葉に飛段はつまらなさそうに唇を尖らせると「でも俺ぁ肉が好きだなぁ」いつもの調子に続ける。そんな相棒に、角都は縫い目のある口の端をひきつらせて笑った。
「…今晩、美味い茸が何処に生えるか教えてやろう」
= = = = =
無駄の定義
※リーマンパロ
社会人として働き始めた飛段は、バイト時代から考えるとびっくりするほどの大金を毎月手にするようになった。勿論、学生時代と違って“税金”が引かれたりもするが、それでも手にする金は倍以上に違う。社会人として出費も多かったが、もとよりコンビニ飯が多かったし、金遣いは荒いところがあったからあの頃と同様に使っても、金が余るのが不思議だった。——金が余る理由はもう一つだけ思い当たる。
人生の上でも先輩、仕事の上でも先輩——そして恋人も兼ねる角都の存在だ。
恋人と一緒に過ごす時、「会計を」角都はギャルソンを呼び止め、飛段が財布を開く前に金色のカードを差し出す。
それならコーヒーは奢ると流行りのカフェに並んで入れば「一緒に頼め」、残業しているところに差し入れを考えれば「これで皆の分も買って来い」——だったら、ホテル代はどうだと意気込むものの、繁華街にほど近いタワーマンションに居を構える恋人に「家に来た方が早い」そう買い物をして連れ込まれるのが常だった(因みにこの時の買い物も飛段は一銭も出せないで終わる!)。
――飛段だって“彼氏”なのだ。
恋人に見栄を張りたいし、格好良いところを見せたい。
けれど角都は会社の経理で「年金の手続きをしてちゃんと払え」「保険を見直せ」「節約して貯金をしろ」いつも口煩い。会社で作るワークシートを同じように、生活費や光熱費をきっちりと帳簿付けしているのを飛段は知っている。金を貯めるのが好きで無駄が嫌い――そんな恋人に良い顔を見せたい。
「…角都ぅ」
イタリアから取り寄せたというエスプレッソマシーンの前に立つ恋人を見つめながら飛段は呟く。手のひらに包み込んだカフェラテのカップは温かく、置かれたサンドイッチは飛段の好きなパストラミがたっぷり挟まれたものだ。枕を共にした朝、早起きな角都は文句も言わず飛段のことを昼まで寝かせてくれるし、こうして好きな物を食事として提供してくれる。せめてもの礼を、と食器洗いを申し出たこともあるが1度割ったグラスの弁償をしようと金額を調べたら想像以上に0が並んでいて泡を吹てからは食洗器に仕舞うだけになった。
「どうした、食欲がないか」
抽出されたエスプレッソをデミタスカップに注ぎながら角都は答える。
「んー…そうじゃなくてぇ」
飛段は言葉を濁すとサンドイッチを齧る。
「何か悩みか?」
恋人の表情があまり冴えるものじゃなかったから、角都は眉を寄せると飛段の向かいに腰掛けた。
「…悩み、っつーもんでもねぇけど…」
飛段はサンドイッチを置くと角都を見つめる。
「…角都さぁ、いつも俺に『金を貯めろ』っつーじゃん。『無駄遣いするな』とか」
「そうだな。お前の金遣いは荒いから心配している」
「……それ、さ。俺と一緒だといっつも角都が金出すだろ? 無駄…じゃねーのかな、って」
俯いた飛段に恋人の表情は分からない。
職場でも表情が読めないと言われる角都なのに、飛段は何故か彼の表情を読むのが得意だった。
「無駄…?」
飛段の言葉を角都は呟く。
「…なんだ、そんな事を気にしていたのか?」
「だ、だってぇ」
「好きな人間に金を遣うことを“無駄だ”と俺は思わん」
角都からの言葉に飛段は顔を上げる。
視線を上げた先にニヤリと笑う恋人と目が合って、思わず飛段は顔を背けた。
「お前の言う『推しに課金』って言葉で問題ないか?」
角都は続ける。
お前の倍以上は稼いでるんだ、気にせず年長者の好意には甘えろ。
そんな心配をするくらいなら少しは将来を考えて貯金しろ。
矢継ぎ早に言われた恋人からの言葉に、返す言葉も無い飛段は頬を膨らませて彼を睨む。
「…飛段」
角都は手を伸ばすと飛段の口の端に付いたパンくずを払って目を細めた。
「……俺は、お前が思っている以上にお前を好いている。もう少し自信を持て」
――普段、“好きだ”“愛してる”なんて言うのは飛段からばかりで、角都は何も返さないことが多い。
なのに彼はこんな風に不用意に“愛している”の言葉を吐くのだ。——その衝撃と言ったら。
「……おう!!!!」
角都から言葉に飛段は破顔してサンドイッチにかぶり付く。
安心しきってカフェラテを空にした彼に
「——単純なヤツめ」
恋人に気付かれないように角都は毒突くのだった。
= = = = =
爪を切る理由
風呂上がりの角都はいつも爪を切る。野宿が続いた夜なら「伸びてたんだなぁ」飛段も思うが、毎日里に下りた時にも“そう”なのだ。焚火の明かりだと暗くて見えないのだろうか、年長の相棒に飛段は勝手に想像する。
「…どうした」
風呂上がりの下着一枚の姿でぼんやり立ったままの飛段に気付いて角都は顔を向ける。
「…ン? いやぁ…角都はよく爪切りしてるなぁって思ってよぉ」
飛段は素直に答えると、相棒の隣に座り、切りたてのその爪に触れる。深爪とも言えるほどに切られた爪先を飛段が撫でると
「お前は無頓着すぎる」
白く伸びた飛段の爪を擦って角都は続けた。
「…手を握ってみろ」
「こう?」
相棒と指を絡ませたまま握り込んだ飛段に「違う」角都は首を振り、角都の手を振り解くと手本のように拳を握る。
「こうだ」
見せられた其れを真似て飛段も拳を握った。
「…こう?」
「そうだ。それから強く握ってみろ」
角都に言われて、飛段は強く拳を握る。それから「開け」言われて手のひらを開くと、手のひらの真ん中には細い三日月のような爪の痕が残った。
「……こうして人を殴ると爪が刺さって痛いだろう? だからだ」
放たれた彼の言葉に「ほぉ~~!」飛段は深く頷く。
「殴るだけでも痛ェのにこっちまで痛いのは嫌だもんなぁ!」
真っ直ぐに相棒の言葉を肯定する飛段に「お前のも切ってやろう」珍しく角都は申し出る。
「やりぃ~」
飛段は喜ぶと、素直に相棒に両手を差し出した。
「…阿呆か。切るのは片手ずつだ」
角都は溜息を吐くものの、飛段の手を取ると伸びた爪を切る。上機嫌に鼻歌を歌う恋人に、これでひっかき傷に悩ませられることもないな、なんて角都は思うのだった。
――知らぬが仏。
それが長く恋人関係を続ける極意である。
= = = = =
度胸試し
太陽が南中に上った頃、宿の好意で持たされた握り飯を何処で食おうかと飛段は辺りを見回す。森の中の街道は“街道”とは名前ばかりの登山道で、先日の大雨の影響か時折道が途切れていた。こう言った道を使うのが忍だから不便はないものの、普通の人間であれば骨が折れるだろうと角都は思う。そんな彼の耳にざぁざぁと水の音が届いて、角都は片手を差し出すと相棒の動きを制した。
「…水源がある」
相棒の言葉に「すいげん~?」飛段も耳を澄ます。
同じく流れる水の音に「いいねぇ」彼は手を打って喜んだ。
――今年の夏は、余りにも暑い。
こんな季節に不釣り合いな外套を着込ませる組織の正装なのだ、少しは涼を取ったって悪くないだろう。
「昼飯ついでに水浴びと行こうぜぇ~」
足取りを軽くした飛段に、角都も否定はしないのだった。
*
街道から外れた場所に在った水音は、切り立った崖の滝口だった。
チャクラで地面に張り付きながら眼下を臨むものの、滝壺は流れ落ちる水飛沫に煙って見えない。
「ひょえ~…」
覗き込んだ飛段は小さく感嘆を漏らすと、背後の木陰で握り飯を広げた角都の元へ駆け戻る。
「すっげぇ滝」
差し出された握り飯に大口を開けた相棒に「だろうな」角都は頷いた。
照り付ける日差しは強いものの、耳に届く水音と湿度に少しは暑さが和らいだ気がする。
竹筒の煎茶も飲むと、飛段は続けた。
「なァ~角都よぉ。
お前は“滝隠れ”出身って言ってたよなぁ。こんな滝がいっぱいある里なのかぁ?」
相棒からの質問に「そうだな…」ちびりちびりと握り飯を齧っていた角都が重い口を開く。
――滝隠れ、と言われる里だ。
里一番の名所は荘厳な滝だった。
山に囲まれた里で、その名の通りに大小沢山の滝が山に入れば幾らでも流れていた。水源の豊かな地で、戦乱の世であっても水に困らなかった地だ。
「…こんな滝が幾つもあってな。
子供の頃から度胸試しをしたものよ」
思い出を辿るように角都は目を細める。
飛段も山間の隠れ里の出身だったから、そうした沢で遊んだ記憶がある。
細い蔦にぶら下がって、『度胸試しだ!』飛び込んだのは飛段も持つ思い出だ。
「…どっこの里も似たようなモンだな~」
飛段は指先に付いた米粒を啄む。
角都も竹筒の茶を一口飲むと「そうだな」小さく頷いた。
「…秘密の遊び場は、口伝えで年長の少年から伝えられ…」
「そうそう! 男だけの遊び場だ!ってなァ!」
「其処もこんな高さの滝だった」
「ひえ~! こんな高さから“度胸試し”したのかよ。
つぅか、子供の遊び場にしては危な過ぎねぇ!?」
驚いた飛段だったが、遊び場に集うのはチャクラを取得したアカデミー生ばかりだろうと予想する。
チャクラのコントロールさえしっかり出来れば水の上に立つことも可能だし、受け身の際の力を分散させることだって出来る。
“度胸試し”なんて、チャクラコントロールの出来ない人間の話であって、下忍にもなれば操作も無い話だった。
「…で、幾つの頃に成功させたんだ?」
ニヤニヤと顔を歪めた飛段に、上手(うわて)なのは勿論、年の功で勝る角都の方だ。
――相棒の思考くらい、手に取るように分かる。
きっと今だって10やそこらで“度胸試し”を成功させたんだと思っているんだろう。そのプライド、うち砕いてやるか。
角都はゆっくりと口角を上げると人の悪い笑みを浮かべる。
「俺が飛んだのは5つになる前だ」
勝ち誇ったような表情に「大戦時代こえぇ」飛段は慄く。そんな彼に畳みかけるように角都は続けた。
「…度胸試し程度の試練を見誤る人間だ、忍になったところで使えん奴だろう」
冷徹な相棒の言葉に、飛段はまた身体を震わせる。
――そうだ、“アカデミー”なんてシステムは無ェんだ。
大戦を生きた忍、こぇぇ…!
あれだけ暑いと思っていた気温が、5度は下がった気がした飛段なのだった。
= = = = =
14.白い柔い熱い肢体
「せめぎあう」「見下ろす」「白い肌」
※現パロ/リーマン
――其れを不幸な事故と呼ぶか、否か。
経理部長の角都を連れての営業回り、年代物の営業車が急勾配の山道に悲鳴を上げてエンストを起こす。
ならばと呼んだ自動車修理サービスは高速道路の事故に巻き込まれての遅延、挙句に通り雨に降られて2人はびしょ濡れに。修理会社に連絡を入れ、仕方なしに探した寂れた簡易宿は所謂“ラブホテル”と言う代物で、受付の婆に不審な目を向けられたが事情を話すと部屋の鍵を渡してくれた。
「大変だったね」
景色が真っ白になる程降った雨は受付からも見えたから婆は労い、質のあまり良くないタオルを追加で手渡す。
そうして入った簡素な小部屋、「身体が冷えるから温めてこい」と飛段を浴室に叩き入れたものの、矢張り其処は“愛を語らう場所”で、何の趣向か全面ガラス張りの、身体を隠せることの出来ない作りだった。
熱い湯を浴びる飛段の姿はベッドに腰掛ける角都からは丸見えで白い肌を余すことなく彼に晒す。
若者特有の精悍な肉体、無駄な脂肪のないすっきりとした肢体を見遣って溜息と一緒に見下ろせば、少しだけ雄の力を滾らせた自身の姿。
――仕事中だ。
――けれど彼は恋人でもある。
――此処は会社じゃないんだ。
――いやこれは不可抗力で……
角都の脳内でせめぎあう天使を悪魔を知ってか知らずか、上機嫌に飛段はガラス張りの浴室で身を清めるのだった。
= = = = =
17.ぜんぶ愛のせい
「もう二度と」「危機感」「好きにしていい」
「も~終わりぃ?」
ずり落ちた下着を直しながら言った飛段に、角都は口元を拭いながら顔を上げる。翡翠色の鋭い眼光に「…べ、別に文句じゃね~し」飛段は言葉を濁すと唇を尖らせた。
「明日は夜明け前に出立すると言っただろう?
お前は朝が弱いのだから――」
くどくどと告げられた不満に「イーーーーだ」飛段は耳を塞いで舌を出す。年端も行かぬ子がその表情を作れば可愛さもあるのだろうが、角都の目の前に立つ男は20を過ぎた成人なのだ。言動が余りにも幼過ぎる。
「…ったく、貴様は」
まだ続けられそうな小言に飛段は
「別に…任務はちゃんとするし……角都の好きにしていーし……」
俯いて爪先を合わせながら呟く。
「はぁ」
角都はこれ見よがしに溜息を吐くと、汚れた膝の土を払って立ち上がった。
「――貴様は危機感が無さ過ぎる」
野外だぞ。
――其れは、飛段が聞いた最後の台詞。
遠くの空が群青から赤に変わるのを眺めながら、もう二度と角都の前で「好きにしていい」なんて言うものかと誓う飛段なのだった。
= = = = =
或る教師の話。
※飛段生存if/モブ視点
私は、ある小国の里でアカデミーの教師をしております。
あの大戦は酷い物でした。このような小さな小国でさえ戦火の爪痕は禍々しく、アカデミーの再建までにはこうも時間が掛かってしまったのです。
そんな、大戦後のまだ混乱した時代。やっと青空学級から、ほんの小さなアカデミーとして子供たちを集められた頃のことです。教師である私でさえも知らないような、遠い、小さな村から通う子供たちが妙に字が読めたり簡単な印を結べたりとチャクラの基礎がしっかり出来た子たちばかりでした。本来であればアカデミーで私たち教師が教えるような内容です。彼らの年齢は10くらいが多く、アカデミーが再建されても遠い村なのでなかなか来れなかったこと、アカデミーに来る代わりに「村で飛段先生の学校に通っていた」と言うのです。
飛段先生? 戦を退いた何処かの世話好きな忍か? 私は疑問に思います。きっと子供たちに教えるのですから悪い人間ではないでしょう。けれど、同じ忍の端くれとして下忍になる子供たちと関わる人間には会っておきたいと思いました。「私も飛段先生に会えるかな? 君たちをしっかり教育してくれたお礼をしたい」私の言葉に子供たちは頷くと、村まで案内してくれました。
「あそこが飛段先生の学校だよ」
子供たちが指を差す先、確かに村の外れには小さな小屋があります。
“飛段先生”と迎えたその人は銀色の髪の穏やかな出で立ちで、「ジャシン教に興味は無いか」そう時折言うものの書物に囲まれた部屋で子供たちに字を教えておりました。壁には印の組み方の手本があり、此れを見て子供たちは練習したと言います。
「自分も学が無くて苦労した。少しでもその知識を伝えられれば嬉しい」
部屋を見て回る私に、飛段と呼ばれる人物は言います。あれだけ酷い大戦の戦火を潜り抜けた古書たちはどれも古く、聞けば、その人も先人の上忍にこうして生きる術を学んだのだと言教えてくれました。
「ありがとうございます。
貴方のような立派な先生に教えらてあの子たちも幸せでしょう。あの子たちは筋も良い。きっとよい下忍になれます」
私の言葉に「いやいやぁ」先生は頭を掻いて扉を絞めました。部屋の隅に掛けられた外套が戦犯とも数えられる暁のものに良く似ていましたが、私は詮索するのを止めました。
彼の人がどのような過去があったって、あの子たちには良い教師であるのですから。
それから私は“ジャシン教”について調べてみましたが、何も分かりませんでした。
分かったのは湯の国の発祥のこと、教義が“汝 隣人を殺戮せよ”との物騒なもののこと、死司憑血と言う謎の術を開発した教団であること――
あの人は一体何者なのでしょうか。私には知る由もありません。
= = = = =
とばっちりのお爺ちゃん
「俺こーこに寝るっ!」
野宿の準備をしていた角都へ、飛段は叫ぶとふかふかと柔らかい雑草の生える藪に転がる。
角都が火の準備をしていた場所からは風下で、よく見える場所だったから別に其処でも構わなかったが、どうにも角都は其処に寝る気にはなれなかった。
「…1人で寝ろ」
巻物から乾物や米を出した角都に飛段が「一緒に寝よう、なんて言わない癖に~」なんて返されたのでまま無視をする。
塩と酒だけで味付けされた簡素な強飯を食べて、眠る支度をした飛段はもう一度相棒に尋ねた。
「な~ほんとにいーのかぁ?
すっげぇ寝心地良さそうだぞぉ」
敷物を広げた上に横になった飛段は角都を見つめる。
角都は火の始末をしながら「交代で眠ればいい」そう首を振って「さっさと寝ろ」犬を追いやるように手を振った。
「ちぇ。こんなにきもち~夜なのによぉ」
空には丸い月が浮かび、肌を撫でる風は生温い。
秋が近付いてきた宵、夏の盛りほどの暑さは無く、野宿するのには良い塩梅だった。
ものの3分もしないうちに穏やかな寝息が聞こえてきて角都は相棒に目を遣る。
敷物の上に大の字で寝るその姿は宿での寝姿と寸分の違いはなく「危機管理がなさ過ぎる」そう溜め息を吐くのだった。
*
「~~~~~っ!
かっいーーーーーーーーーーーーーー!!!」
近くを流れる小川で水浴びをしながら、全身についた赤い痕に飛段は大きく騒ぐ。
「……だから言っただろう、其処では寝ん、と」
朝餉の支度をしながら告げる角都に「ぎぃ~~~~!」飛段は全身を冷水に浸すと、何とか痒みを緩和しようと模索する。
「だったら教えてくれよぉ!」
清流から顔だけを出した相棒に「知るか。経験則だ」角都は珍しく笑うと「ほら、朝飯にするぞ」昨日作った強飯を温めて飛段を呼び出す。
「う~~…」
全身ずぶ濡れになって渋い顔を作る飛段に、もう一度角都は表情を緩めると
「食ったらアジトに戻るぞ」
そう急かすのだった。
*
「たでぇまぁ」
元気よくアジトに戻った飛段の姿に、出迎えた鬼鮫がぎょっとした顔を作る。
「おかえりなさい、飛段さん」
開けた外套から覗く無数の赤い痕に、彼と組む老齢の忍を頭に浮かべる。
続いて言葉を飲んだのはデイダラで「おかえり、うん」そう一言だけ告げると、隣の鬼鮫を見上げて目を合わせた。
「ぜんっぜん野宿って寝れね~なーーーちょっと寝る!」
ひらひらと手を振って自室に戻る飛段を見送って、そのあとに「どうした?」帰った角都にも「おかえりなさい」出迎えて見送ると、やっと二人は口を開いた。
「……す、凄いですね、角都さん…」
「飛段がジーさんジーさん言うけど、全然ジーさんじゃねぇぞ、うん」
只、蚊に刺されただけなのに。
随分と酷い勘違いを角都はされるのだった――
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PASSについては『はじめに』をご覧ください。
2025.07.09
えすこーと UP
2025.06.27
しかえし UP
2025.06.26
ろてんぶろ UP
2025.06.23
しーつ UP
2025.06.20
ねっちゅうしょう UP
2025.06.17
あくじき UP
2025.06.15
しゃしん UP
2025.06.14
ヒーロー情景者がヒーローの卵を手伝う話
大人になったヒーロー情景者が現役ヒーローを手伝う話 UP
2025.06.12
ていれ② UP
2025.06.10
せきにん UP
2025.06.09
よっぱらい UP
2025.05.28
まんぞく UP
2025.05.27
きすあんどくらい UP
2025.05.26
もーにんぐるーてぃん UP
2025.05.23
みせたくない UP
2025.05.21
あい UP
2025.05.15
サイズ UP
2025.05.13
すいぞくかん UP
2025.05.12
intentional gentleman UP
2025.05.09
てんしのあかし
considerate gentleman UP
2025.05.06
新米ヒーローと仕事の話
そんな男は止めておけ! UP
2025.04.27
なつのあそび UP
2025.04.19
はちみつ UP
2025.04.18
ようつう UP
2025.04.16
しつけ UP
2025.04.10
へいねつ
鮫イタSSまとめ UP
2025.04.08
ヒーロー2人と買い物の話
かいもの UP
2025.04.05
こんいんかんけい UP
2025.04.04
角飛SSまとめ⑦ UP
2025.04.03
ゆうれい UP
2025.04.02
汝 我らに安寧を与えん UP
2025.03.31
どりょく UP
2025.03.29
とれーにんぐ UP
2025.03.28
しらこ UP
2025.03.26
ティム・ドレイクの幸せで不幸せな1日
あいのけもの 陸 UP
2025.03.25
さんぱつ UP
2025.03.23
けんこうきぐ UP
2025.03.21
へんか UP
2025.03.20
はな UP
2025.03.18
こえ UP
2025.03.17
こくはく UP
2025.03.15
ぎもん UP
2025.03.14
あめ UP
2025.03.12
よだつか/オメガバ UP
2025.03.10
あこがれ UP
2025.03.08
おていれ UP
2025.03.07
くちづけ UP
2025.03.06
どきどき UP
2025.03.04
たいかん② UP
2025.03.03
たいかん UP
2025.03.01
かおり UP
2025.02.28
なまえ UP
2025.02.27
さいふ UP
2025.02.26
しらない UP
2025.02.24
くちうつし UP
2025.02.21
うそ UP
2025.02.20
たばこ UP
2025.02.19
よだつか R18習作 UP
2025.02.17
きのこ UP
2025.02.15
汝 指のわざなる天を見よ UP
2025.02.04
角飛 24の日まとめ UP
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