ゆうれい

メダリスト/夜鷹×司

『霊は、貴方の隣に居るのかもしれません……』

青い背景に浮かび上がる女の幽霊に「キャー」女性の甲高いSEに思わず司が身震いする。

――夏が本格化する前に流れる心霊番組。
司が身体を清めて部屋に戻ると、珍しく夜鷹がチャンネルを合わせていたからそのまま2人で見入ってしまった。

「…怖いの？」

目の前のテレビから傍らの司に顔を向けた夜鷹が尋ねると、

「い、いえ…？　別に……？？」

不自然に司は視線を逸らす。
ひゅうと似合わない口笛まで吹いて繕うから、「そう」夜鷹は暖かいコーヒーを一口飲むと続けた。

「確かに……死んだ人間の魂がこの世界に残っているなんて…
　信じられないよね」

死んだら“終わり”だし。
極めて現実的な話をする夜鷹に司はうんうん、大きく頷く。
けれど、彼の組んだ二の腕の産毛が立っている。きらきらと輝く其れは低めに設定したエアコンの所為だけではないだろう、流石の夜鷹も気付いていた。

「けど――」

夜鷹は声をひそめるとじっと司の顔を見つめる。
長い睫毛が頬に影を落とし、其れだけでも彼が“美しい”と世界に証明していた。憧れの美丈夫に顔を寄せられて、司の背筋が自然と伸びる。
夜鷹は、そっと司の耳元で囁いた。

「僕も幽霊については分からないけど…
　こう…黒い、モヤみたいなのは見かけるかな」

突然の告白に「へっ？」振り向いた司の瞳が見開く。

「…見かけると、ちょっと嫌な感じがするんだよね」

淡々と続ける夜鷹の言葉に、みるみるうちに司の顔から血の気が失せる。

「でも、君とセックスすると大概のモヤは消えるから…
　そんなに悪いモノでもないのかな」

うーん、考え込むように虚空を見つめた夜鷹に、

「ひぃ」

とうとう司の表情が固まった。

「さっきも……廊下の隅で――」

言いかけた夜鷹の言葉を「ひぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ！」司は大声で遮り、腕を振ってその先を断固拒否するのだった。

＊

普段は『寝返りが自由に打てないのは嫌なんです』そう、情事の後ですらベッドを別にしたがる司が今宵は一緒に寝ようと誘う。
夜鷹は寝相が良い方ではあったものの、彼自身も眠りが浅い方だったし、“誰か”が居るとよく眠れなかったから寝所が別なのは悪くない提案で受け入れていた。

――けれど、今夜は勝手が違う。

体温が高い司にぴったりとくっ付かれ、しっかりと抱き締められた夜鷹は首を動かす事すらままならない。唯一の利点は彼の甘い体臭が直ぐに感じられるところ、それに柔らかな胸筋の感触が常に腕にあることくらいだろうか。

その日の夜鷹は眠れない夜を過ごしたし、ほんの少し眠れたと思えば肉まんになってほかほかに蒸される夢、クッキーになってオーブンに閉じ込められる夢と夢見は最悪だった。それに、“寝返りが打てない”言う司の気持ちも理解したつもりだ。

――今度から、怖い番組を一緒に見るのは止めよう。

すぅすぅと子供のように規則的な寝息を立ててぐっすりと眠る司に、目の下の隈を濃くした夜鷹は高いホテルの天井を見つめながら誓うのだった。

＊おしまい＊