とれーにんぐ

メダリスト/夜鷹×司

その日の呼び出しは、いつものホテルとは別の場所（ホテル）が示されていた。
乗り慣れない地下鉄に揺られ、相変わらず豪奢な作りのホテルのドアをくぐり、そして指定された部屋へと司は向かう。

「お邪魔します」

内開きの扉を入って司が荷物を置くと、彼は部屋の奥で寛ぐ夜鷹に依願した。

「ちょっと子供たちのプログラムを実践してて。
　汗かいちゃったので先にシャワー浴びても良いですか？」

司が夜鷹に呼び出される意味は唯一つ。
――身体を重ねること。

互いに居候の身、逢瀬はこうしたホテルに限られる。
司自身には若干の不満はあるものの、相手はあの夜鷹純。下手に出掛けて詮索されるより、こうして閉鎖的な空間で過ごす方が良い。彼と２人きりなのは緊張する部分もあったが、ベッドに沈んでしまえば言葉は要らない。

「…いいよ」

夜鷹は司を眺めながら答える。それから、置かれた革のファイルを開くと司に見せた。

「……そう言えば、このホテル…
　地下にフィットネスマシーンが置いてあるんだって」

健康に気を遣う、ハイクラスな客層を意識したホテルには時々見かける設備だ。小さな25mのプールだったりジャグジーだったり、このホテルのようにマシーンを置く場合もある。

一線を退いた今でもしなやかな司の肉体。
現役時代よりもふっくらと仕上がった胸筋にしっかりと肉付いた太腿は夜鷹より二回りは大きいと思う。今でもロードワークで日に5キロは走っていると言うし、ストレッチもSFC教室で一緒に行うと言うのだからきっと綺麗な開脚を今でも披露出来るのだろう。

顎に手を遣り、品定めをするように視線で舐めた夜鷹に「な、なんですか」司は顔を曇らせる。けれど、見せられたフィットネスマシーンの案内には興味があるようだった。

「わぁ、いいですね。
　あ、スミスマシンがある！ストレングスマシンもあるんですね！！上半身を鍛えるの、家では難しいからなぁ」

ぱっと顔を輝かせた司だったが、トレーニングの為にこの場所に赴いたのではない。呼ばれた意味を思い出して、今度は肩を落とすと夜鷹は珍しく優しさを見せた。

「……ここ、宿泊者なら利用は無料だし…行ってみる…？」

世間ではちょうど、夕食の時間帯だ。利用する客も居ないと夜鷹は提案する。

「えっ！　いいんですか！！」

司が犬だったなら、ぴんと耳は立ち、喜びに尻尾を大きく揺らしただろう。
見えない何かが見えた気がして夜鷹は目を擦ると、「ん゛」サングラスを掛け直す。そして、

「その顔止めて」

理不尽な文句を言うのだった。

＊

その日、初めて夜鷹は機械に嫉妬した。

――司の、トレーニングが終わらないのだ。

どの器具だって特段珍しい物でもない。
寧ろ、常任のトレーナーが居ない分、使用方法が簡単なものしか置いていないくらいだ。

なのに司はショルダープレスを行い、ダンベルを上げ、自転車をこぎ続ける。

ぢゅっ。

ルーム入り口に置かれた自動販売機で買ったゼリー飲料を咀嚼しながら、終わりの見えない司の筋トレをベンチに座った夜鷹は眺める。
きらきらと汗を振りまきながら嬉しそうにフィットネス器具と戯れる司に、

「……筋肉、育てる方が似合ってるんじゃない？」

いつの日か、理凰が司に放った言葉と同じ感想を抱くのだった。

＊おしまい＊