こくはく

メダリスト/夜鷹×司

「好きです。付き合ってください」
「私も好きです」

告白して、微笑み合って。
そうして人は“付き合う”ものだと司は理解している。
なので「好き」の一言もなくこうして身体を重ねる関係の夜鷹とは“遊び”——所謂セフレの状態だと理解していた。
相手はあの夜鷹純だ。下手な芸能人よりも知名度がある。そんな彼が一介のFSCコーチの自分と真剣に交際するワケがない。
司だって立派な大人だ。社会人経験は浅いかもしれないが、男女の関係くらいは分かる。

――夜鷹とのこうした関係が不毛なことだって。

男女の仲ならいざ知らず、同性同士。
彼の都合の良いときにだけ呼び出される自分、ただ一言「付き合ってるんですか？」尋ねるだけなのに、言えなかった。

今も、司のスマートフォンは震えている。
画面に表示されるのは、“夜鷹純”の文字。

この時間だから、夕食の誘いだろうか。——最近、彼に呼び出されるときは鴗鳥慎一郎も一緒だったりする。

友人同士の食事なら、わざわざ俺を誘わなくてもいいのに。

司は少しだけ唇を尖らせるものの、返信は素直で簡潔だった。

『これから向かいます』

＊

夜鷹は司と付き合っているつもりだった。
もとより人付き合いが苦手で、海外生活も長かった身。
彼氏彼女（パートナー）については、身体の相性から、それが良かったら友人に紹介してゆく……それが当たり前と思っていた。

なのにどうだろう。
夜鷹をよく知る人物に司を紹介しても、彼はいつもよそよそしい。
呼び出すのは夜鷹からだったし、自分の都合に合わせてくれるのは司の優しさだと思っていたのだが、違うのだろうか。
夜鷹はそっと溜め息を吐きながら鴗鳥と玄関のドアを開ける。自室に戻ろうとするも、何となく人の温もりを感じたくて慎一郎を見送りリビングの明かりを灯した。

テーブルの上には、珍しく漫画本が置かれている。光の私物か、理凰のものか。
大きな瞳の少女が描かれたそれを、「目ェでか…」慣れない画風に毒舌を吐きながら捲った夜鷹は衝撃を受けた。

教室の片隅、卒業証書を胸に抱いた青年に少女は告白する。

「センパイ、好きです。
　付き合ってください」

――僕は彼に、気持ちを伝えたか…？

好き、とか愛している、とか。
勿論、その前の“付き合って”も。

海外様式を理解しているであろう司だって、生活自体は日本が長い。感覚は夜鷹と違い、日本人だ。

――僕は。

慎一郎や理凰に会わせてもどうも浮かない顔だった司に合点がいく。
普段、人の心の動きに疎いのに、こんな時ばっかりは鋭いのは好意の現れか。

読みかけの漫画を投げ出し、駆け出した夜鷹はさながら今見た少女漫画のようだった。

「好きだ」

仄かに月が光る深夜（みよ）、呼び出した司へ思いを告げた夜鷹に、司が気を失うのはまた――別の話。

＊おしまい＊